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幕間──黄昏の記憶──

幕間──黄昏の記憶──

 ◇

 ━━━━━━━━━━━━━━━

「……ねえ」

「……?」


 誰かに声をかけられて目を覚ます。

 意識がぼんやりとしたまま声がした方を見ると、一頭の幼い竜が立っていた。身体は白でも黒でもない、何とも言えないような不思議な色をしている。


「いっしょに、あそぼ?」

「……」


 辺りを見回すと、ここは森のようだったが、どこにあるのかはさっぱりわからなかった。目の前の竜とも、恐らくここで初めて出会った。

 そもそも僕は自分のことについても、ヴァイスという名前以外ははっきりと覚えていなかった。

 自分の手や足を見ると随分小さいように感じたが、目を覚ます前はもっと大きかったという確信はなかった。


「……きみは?」


 ひとまず目の前の竜について聞こうと思った。声を発してみると、どうも僕の方も幼いような感じがした。

 僕が話すと、その竜は明るく笑って自分の名前を言った。


「わたしは、▁▃▅▇██▇▆▃▂▁」

「!?」


 何か雑音のようなものが急に脳裏をよぎり、ちょうど彼女の名前を聞きそびれてしまった。

 少し気が引けたが、もう一度聞き直すことにした。


「えっと……ごめん、もういちど教えてくれないか?」

「▁▃▅▇██▇▆▃▂▁だよ」

「!!」


 また、同じ雑音が頭の中を駆け巡り、彼女の名前だけは聞き取れなかった。流石にこれ以上聞き返すわけにもいかず、僕は名前を聞くのを諦めることにした。


「それで……なにをして遊ぶの?」

「えーっとね、おいかけっこ!」


 屈託のない笑顔で彼女は答える。僕も彼女も遊びに使えそうなものを何も持っていなかったため、確かにそれぐらいしかすることはないだろう。


「いいよ、やろう」

「やったあ!じゃあわたしがにげるね!」


 そう言って彼女は駆け出して遠くまで行ってしまった。

 ここには、無数の木々と、時折吹いてくる風と、そして名前も知らない竜の他には何もない。僕自身の記憶も無いし、しばらく遊んでいても別に構わないだろうと思った。

 逃げ出した彼女をしばらく追いかけ、やっと追いつくと、彼女は木を背にしていた。

 特に気にしないで真っ直ぐ近づくと、彼女は僕の腕をかわし、僕の身体の左側を通り抜けて再び逃げた。


「!」

「ざんねーん!ほら、もういっかいおいで!」


 その後三回ほど同じようなことを繰り返して、ようやく彼女を捕まえた。彼女から見て右に逃げ出す癖があるとわかってからは、捕まえるのは簡単だった。


「わあっ!」

「やっとつかまえた!」

「えー、どうしてつかまっちゃったんだろう……」


 彼女はしばらく考えていたが、いまいちわからないといった様子だったので、僕の方から話すことにした。


「かんたんなことだよ。きみは、いつも右のほうへ逃げるからね」

「そうなの?はじめてきがついた!」


 彼女は僕の話を聞いて、すっきりしたような晴れやかな表情を浮かべた。

 追いかけっこをするうちに、不思議と徐々に記憶が戻ってきていた。目の前の彼女のことは相変わらずさっぱりわからなかったが、自分がどのような竜であったのかは思い出した。


「……ありがとう」

「え?」

「きみのおかげで、わすれていたことを思い出せたんだ」

「そうなの、それはよかった!」


 自分のことのように喜んでくれる彼女の上で、空が歪んで、ゆっくりと渦を巻いているのが見えた。しかし、僕は一旦それを気にせず、一番伝えたいことを彼女に伝えた。


「でも、それよりも……」

「なあに?」

「ぼくは、ほかのみんなには近づいてはいけないって、とうさまから言われているんだ」

「……」

「だからきみが、ぼくのはじめての友だちなんだ。……ぼくと、あそんでくれてありがとう!」

「!」


 彼女は少し驚いたような様子を見せてから、満面の笑みを浮かべ、嬉しそうな表情をした。


「……うれしい。でも、もうおわかれなの」

「え……」


 彼女の突然の言葉に、驚きを隠せなかった。はっとして空を見上げると、先ほどに比べて空の歪みが大きく、渦を巻くのが速くなっていた。


「……きみは、どこに帰るの?」

「この、おそらのうえ」

「そんな……」


 自分だけではどうにもできないような別離の予感に、肩を落とす。一方、彼女は晴れやかな表情のままだった。


「だいじょうぶ、わたしがおねがいしておいてあげる」

「……?」

「きみのもとに、すてきななかまがあつまりますように!」


 彼女がそれだけ言い残すと、突然空が光り、彼女の姿が見えなくなった。

 取り残された僕はただ、呆然と森の中に立ち尽くしていた。

 ━━━━━━━━━━━━━━━

「……ヴァイス?」

「!」


 ミカエルの声が聞こえ、はっと目を覚ました。

 既に何度か呼ばれていたらしく、彼女は心配そうな表情をした。


「大丈夫?」

「ああ、すまない。昔の夢を見ていたみたいだ」

「ヘえー、なんか珍しいね。ちなみにそれってボクの夢?」

「……いや、もっと昔。君と会う前の頃の夢だった」


 それを聞いたミカエルはどういうわけか少し不満そうな様子だったが、すぐに元の明るい顔に戻った。


「うーん、残念……でもそれはそれで気になるなあ!ちょっと聞かせてよ!」

「もちろん。……と、言いたいところなんだけど」


 何だかわからないが、この夢はあまり他の竜に語るべきではないような気がして踏みとどまった。

 出逢った竜の名前も分からず、語るのも難しいので、これは自分の胸の中にしまっておこうと思った。


「……やっぱりこれは秘密にしておく」

「えー!話してくれたっていいじゃないか!キミとボクの仲だろー!」


 ばしばしとミカエルが私の背中を叩く。その時、私はあの竜が最後に残した言葉は、現実になったのかもしれないと思った。

 結局、それが誰であったのかはわからない。今どこにいるのかもわからない。夢を見るまで忘れていた彼女に、心の中で、改めて感謝した。


 幕間──黄昏の記憶── 完

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