男たちのパライソ (20/08/04)
軽く整備された家の横の空き地。
ついこの間から、自由に使うようになったそこにはところどころに荒れた部分が見える。
周りではようやく窯に火が入ったのか、煙突から煙が上がりだすのがわかるそんな時間。
つまり周りがまだ生活を始めない、そんな頃合いに、
「しっ!!!」
「ふん!」
「ウガァーー!!!!」
我が家の横の空き地で響くのはそんな掛け声。
というよりか実際のところ響かせているんだが。
ここ最近ではもはや日課ともなってきた朝の訓練。
剣と剣のぶつかる音を立てても、民家との距離と村の冒険者ということでむしろ推奨されている節すらあるので気負うことなく、堂々と行われるこれは激しさを増していく。
「グォオオオオ!!!!」
地面を鳴らしながらこちらに駆け抜けてくる巨体。
先の一件で、その白く輝く太い尖牙は一本欠けているが、残った一本だけでも危険性を伝えてくる。
「あぶね!?」
「グ!?」
ドンッ!!っと確かな衝撃を覚えながら剣の腹で突進を受ければ体が後ろへ数メートルほど飛ばされる。
ガードをしたって体にしっかりと余波を残すこの威力、直撃すれば無傷では入れないだろう。
かといって早くに軌道から逸れれば、今度はその巨岩のような体躯を支える大きな前足による凪祓いを浴びてしまう。
近接格闘が多い大型魔獣は動きさえ覚えれば捌きやすい。本来そうなのだが、それを知識と経験で補うグリドは厄介極まりない。
「ウウゥ~,,,,,,ガァアア!!!」
「っし!」
もう一回。大きく息を吸い、咆哮へと変えたグリドがこちらに突っ込んでくる。
もはや巨大な岩の弾丸のようにさえ見えるが、
——いける!
グリド自身に自信があるからだろう。さっきと同じ挙動で行われる突進。
ここまでの数合の打ち合いでなれた動きに、剣を立ててジッと待つ。
この巨岩に逃げるのではなく、合わせる。
「グオォォォ!!!!」
10メートル、5メートル
「ウウゥゥウ!!!」
1メートル
「ここだ!!」
もはや目前に迫ったその突進を上半身を後ろにそらし、重心の合わせるような足さばきで強引にかわす。
そうすれば目の前を巨体は突っ切るしかなくなる。
「グオォォ!!!!!」
予想外の動きに咆哮を立てるグリドの眉間。完全にがら空きとなったそこへ柄頭をたたき込んだ。
「シャァ!!見たか!」
狙い通りの動きに確かに手ごたえを感じ、吠えるようにグリドを見てやれば、
「はい。よそ見」
ゴチン!――—
「いた!?」
油断したところで、脳天に拳骨を落とされた。
完全に意識の外からの一撃。
必然として、妙に賢く人間味のあるグリドと俺は頭を押さえ蹲るという形になってしまった。
「三連勝~」
「くそっ」
さっきまで、完全に認識外にいたその犯人。
銀糸を翻しながら嬉しそうに剣をクルクルと遊ばせるリリス。見事にこちらにVサインをして自慢げな顔でこっちを見てくるリリスは確かに勝者だ。
ただ、ただ一つ言わせてもらうなら俺は限りなく善戦してる。
——と思う
グリドのパワーと謎の器用さに手を焼けば横からリリスに仕留められる。
グリドを相手取って満足すればリリスに油断を突かれる。
いや、グリドを相手取って満足してしまう自分が悪いのだがそこはいいとして。
問題はこいつ。
「グウ?」
「くそ」
リリスにだけは絶対に攻撃をしないグリドのせいで、実質1対2のこの戦闘は不利でしかない。
「なんていうか、ずるいぞ」
「ずるくないでしょ。魔法使ってもいいの?」
「よくないです。」
リリスに魔法なんて使われたらそれこそ敵わない。
一応俺も魔法を教えてはもらっているがそんなに才能はなかったのか、中の上くらいの腕とリリスに称されている。
そしてリリスは、そんな俺の師なのだから敵わない。
というか、敵うところが見当たらない。
「そろそろ朝ごはんだし、終わりにしようか」
「ヴウ」
我が家の方から漂ってくるいい匂いにそう告げればリリスがうなずいたのがわかる。
それにこたえるように、グリドも農作業のお礼として渡された果物の入ったかごを咥え森へと向かっていく。
一応、大きな小屋のような雨風の凌げる家も用意されているのだが、森の本来の居場所で食べるのがどうも日課らしい。おそらくは森の治安を守るためでもあるのだろうが。
そのため、グリドの家は子供たちの遊び場兼、見守り所のようなところになっている。
「さて、俺たちも行こうか」
「ええ」
グリドをある程度見送り、わが家へと足を向ける。
食卓は見事に彩られていた。
瑞々しい野菜に、いい匂いを醸しだす鹿の肉。そして湯気を立てる白い物体。
今までに見たことのない白い物体は、なんとも不思議な香りを放っている。
「シエテこれは?」
「ああ!お米っていうらしいです。スミレさんが分けてくださって。あ、そのトマトはレイナさんです。あとこれとこれは.......」
そういって、一つ一つの品を説明してくれるシエテ。
嬉しそうに説明を続けてくれるシエテをみると、こちらも自然とうれしい気持ちになる。
こんなに楽しそうなシエテを、王都にいたころには見えなかった。
ダークエルフはかなり特異な存在だ。その存在数が少ないという話だけで誰も正確なことを知らない。
そのため、根も葉もないうわさは後を絶たない。
王都にいたとき、シエテには最初いろいろな目が向けられていた。
邪悪なエルフだとか、忌み子だとか、残虐や淫乱など知りもしないでいろいろなことを陰で好き放題。だからかすぐにシエテは魔法で外では姿を変えるようになっていた。隣にいる人間がこんなこと言われていたら俺の立場がなどとシエテが気に病んでいたことも知っている。
だから、この村に来るときに一つ決めたのだ。
『この村では姿を変えずに暮らそう』
認められなければまた別の村でも町でも行けばいい。楽しくて幸せな、そんな暮らしがしたかったからそう言ったのだ。
最初渋っていたシエテだったがリリスがすぐに納得したために、仕方ないという風に頷いて見せた。
『レントさんに迷惑かけてすみません』
それに俺は、こちらこそと返した。
ただ、この村の人は王都の人間とは違っていた。王都の人間すべてがというわけでもないがシエテを悪く言う人はいなかった。
挨拶に回れば”美人な嫁さんだ”とか”こんなきれいな人見たことない”といろいろ褒めてくれた。
リリスだって、この国では珍しい銀髪だがみんなが褒めて認めてくれていた。
決まってそのあと、家の主人たちに俺が愚痴を言われたんだが。
「来てよかったなシエテ」
「はい!」
投げかけた言葉に嬉しそうに彼女は頷いたのを見れば、この引越しは成功だったのだろう。
「さて、そろそろ行くかな」
リビングに掛けられた時計に視線を送れば、時刻はいい頃合い。
「もうそんな時間ですか?」
「うん」
食後のティータイムもほどほどに、簡単に荷物をまとめて席を立つ。
時間としては、まだ確かに余裕があるのだが気持ちが先走ってしょうがない。
「本当に何をやってるんだか」
「まぁまぁ。皆さん楽しそうですし」
「変なことしてなきゃいいけど」
シエテの言葉にリリスが呆れたようにジト目で見てくるが、神に誓ってそんなことはしていないとだけ言えよう。
ただその説明をするのもはばかられるので、詳しくは告げない。
「まあ、行ってくるよ」
「はいはい。気を付けてね」
「お昼は帰ってきてくださいね」
後ろから聞こえる声に軽く腕を上げて答え、玄関へと向かう。
「いってきます」
完全に背を向けて、出かけざまに放ったそんな挨拶に、しっかりと返事が来たのは言うまでもない。
家から徒歩で3、4分の畑跡。
そばにはやや大きめな小川が流れている、そんな静かな場所に村中の男たちが集まっていた。
凡そ、静かさも枯れ果てたような喧騒の中には村長の姿も見え、こども以外の男衆は全員集まっている。
「グオ」
「早いな」
小川の中では、水を飲んでいたのかグリドがこちらに気づいて片手をあげてくる。
本当に、人間のようだ。
「おぉ!兄ちゃん来たかい」
「ええ、お疲れ様ですゲイルさん」
ぼーっと眺めていると、こちらに気づいたのか、ゲイルさんが手を挙げて挨拶をしてきた。
その恰好は、今まさに大工仕事をしていたかのような仕事着。
「兄ちゃん。嫁さん待ってるのに悪いなぁ」
「いいんすよ。あっちはあっちで楽しんでると思うんで」
ゲイルさんと話していた、ベインさんにもそう返せばいい嫁さんだなんていわれるが、だから嫁じゃないんだってば。
「おお、レントくんおはよう」
「ああ、レントおはよう」
「おはようさん」
周りの人たちも俺に気づき手を挙げてくれる。
約束の時間にはまだ早いのだが、みんなえらく気合の入っているようだ。
さて、そろそろ始まるのか。
後誰がいないのか。
そう、周りを眺めていると隣でゲイルさんが大きく息を吸い込んだのがわかる。
「よし!じゃあみんなで温泉作るぞ」
「「「「おぉぉおおおおおお!!!!!」」」」
もはや轟くようなそんな声を皆があげそれに答えたのがわかる。
――てか、俺が最後か!?
こうして、俺たちの温泉づくりは始まった。
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