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晴れ間

作者: 松河直人

コメント等頂けたら嬉しいです。

 その日の朝は特別に寒くて、身震いをしたはずみで目を覚ました。

 家の中にもかかわらず、吐く息は当然のように真っ白で、しばらくの間布団から出られずにいた。

 どこからか子どもたちの楽しげな声が聞こえてきて、慌てて時計を確認し、不思議に思いながらカーテンを開けると、その日は年に数度の雪が降っていた。

 近所の小学生であろう子どもたちは、珍しい雪に嬉々として、朝から思い思いの遊びをしていた。そんな気持ちには私も覚えがあったが、今の私にはそう思えないことに気が付いてしまい、少し寂しく感じた。


 都会の電車は信じられないくらい雪に弱くて、雪国で育った私からしたらなんのことない雪にでも、その動きを止められてしまっていた。

 今日も例にもれず、電車は動かないだろうと思い、憂鬱な気分になる。僕の会社では交通機関の麻痺は遅刻や欠勤の理由にはならないので、雪の日は普段よりもうんと早く家を出る必要があった。だから私には雪が不吉なもののようにしか思えなくなっていた。

 普段なら暖房をつけて部屋が温まるのを待ってから身支度をするのだが、観念してすぐに準備を始めた。

 冷えた床になるべく熱を奪われないよう、足は自然とつま先立ちになる。準備を終えて玄関のドアに手をかけたところで、朝食を摂っていないことを思い出したが、あきらめて家を出た。


 駅までの道には同じように考えたであろうサラリーマンたちの真っ黒な背広と、降り積もった真っ白な雪が、美しくコントラストをなしていた。

 中途半端に雪かきされて凍ったところをそろそろと歩く背中を尻目に、水っ気の多い雪を踏み歩いていく。


 駅に着くと、電車はほとんどが止まっていて、証明書をもらう窓口には長蛇の列が出来ていた。

 構内に漂う陰鬱な空気から伝わってくる他人の苛立ちが、たまらなく不快だった。

 どう考えてもしばらくはどうにもならないと悟り、私の体は硬直を始め、急速に冷えていった。

 その時点で私は、居場所のない会社に苦労してまで向かう理由を見つけられず、朝食を摂っていないせいだろうか、腹部に鈍い痛みが走った。


 「お客様にお知らせいたします。本日の積雪によるダイヤの乱れを受けまして、当駅から上り方面東京駅までの区間におきまして、新幹線による振替輸送を実施いたします―」


 アナウンスを聞いても、硬直しきった体はすぐには動き出せなかった。そうしているうちに自然と適当な言い訳を考え始め、ついには下りのチケットを買ってしまった。

 理由を聞かれても、答えられるほどにはまとまっていなかったが、会社へのささやかな反抗心だったのかもしれない。


 雪の日の下りの新幹線のホームは、上りのホームとは対照的に空いていた。

 不思議と私は対岸の人々を見ることが出来ず、足元を見つめながら首をかしげた。

 やって来た新幹線に乗り込むと、車内は少し暑さを感じるほどで、眠りに落ちてしまうまでにそう時間はかからなそうだった。

 数年前まであれほど魅惑的だった車窓に映る高層ビルも、今の私の目には入っておらず、そのはるか向こうに広がっているはずの、故郷の町を見つめていた。


 数時間後、地元の県で一番のターミナル駅で降り、寒さでじっとりとかいた汗が冷えていくのを感じた。

 高校時代、この駅には実家から毎朝通っていたのだが、その路線は、乗客の減少によって今は廃線になってしまっていた。思い出の一部が欠けてしまったように感じていたが、それが年を取るということなのだろうと、強引に納得しようとしていたのだった。


 無くなってしまった電車の代わりに運行している長距離バスに乗り換え、かつて電車の通っていた線路沿いの道を進む。

 車窓から見える見慣れた風景は、次第に懐かしさを増していき、沿線に見える建物の数も減っていく。

 腹から大きな音が鳴り、朝から何も口にしていなかったことを思い出した。少し恥ずかしく思い車内を見回したが、乗客はすでに私だけになっていた。

 その時、こんな風に逃避をしているのは自分だけなような気がした。わがままを言う子どものままで、大人になり切れていないことを実感してしまい、自分を必要としない会社に甘えていたのだと、気づいてしまった。


 実家の近くでバスを降りたが、いまさら親に何と言えばいいのかわからず、家に足を向けることが出来なかった。

 どうしていいのかわからず、ただ思い出をなぞり、最寄り駅だったモノの方へ向かった。


 雪かきもされず、深く雪の積もったままのかつての駅のホームには、ひたすらに駅の姿を見つめ、カメラのシャッターをきっている青年の姿があった。

 青年がなぜこの駅に来ていたのかは私の知るところではない。ただ、役目のないモノであるはずのこの駅にも価値を見出人もいるのだと、思ってしまった。


 私にとって雪は良いものではなくなってしまっているのは間違いない。けれど、少なくともそのとき見たそれは、雲間から顔を見せた太陽の光を受けてきらきらと輝いていた。



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