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うで比べ 6

 野良猫が住処と決めるクロスロードの南町、ここは上品な貴族に豪農の多く住まう東町や、水と芸術の街である北町とは趣きの違う、悪し様な言い方をすれば、やくざや成金達の牛耳る、少々下品な街である。もっともそれは、単純に活気があると言い換える事も可能であり、国内でも最大規模の繁華街と、様々な品揃えの、様々な専門店が有名なのである。


「んで、どうよセンセ、なんか名案は浮かんだ? 早くして欲しいんだけど、俺の魂がね、解放される(とき)を待ち望んでるんだけどね? 」


「とりあえず、この店で言わなけりゃ、もう少しだけ同情してやったんだけどなぁ」


「解放するもんが違うよなぁ」


 南町の巨大繁華街、赤い柵に囲まれた広大な一角は、国家の管理運営する風俗街であり、夜ともなれば南町は元より、各地の富豪や貴族達までが、ひと夜の灯りを求めて、誘蛾のごとく集まってくるのだ。


 ここ、不夜城クロスルージュも、そんな娼館の一店舗であり、南町でも最大級の規模と高い質を誇っている。犯罪を犯した女性たちが、刑罰として働く安値の店とは違い、教育の行き届いた嬢と上等な料理や酒が評判の店であり、お忍びで遊びに耽る、若い貴族豪商からの人気が高いのだ。


「でもさ、ウォルレン様もそろそろ考えて良い頃なんじゃないの? 」


 御用猫達も贔屓にする店ではあるのだが、今宵はどうしたことか、滅多に指名する事のできぬ、クロスルージュでも引く手数多な人気嬢が、同じテーブルにて一堂に会していたのである。


「やーだ! お兄さんは、まだまだ、遊び足りないの! 」


 ケインの横に座る黒髪の嬢は、彼の婚約者でもあるクレアという娘であった、結婚の約束を機に客を取るのは止めたようであるが、こうしてケインの相手と、普段は飲みだけの接客を続けているようだ。しかし、以前は名物嬢の一人でもあり、彼女が三番人気に甘んじているのは、入店が遅かっただけの理由なのだと、常連達に言われていたものである。


「そうよね、私もやっと、ウォルレン様の席に着いたんだもの、この縁を大切にしたいでーす」


 彼の横に陣取り、がっちりと腕を取るのは、丸顔丸鼻の愛嬌娘、マリリン シンバである、決して造りは良くないが、天性の人懐こさと間合いの取り方で、個人の売り上げでは最上位であった。今日も彼女の魔性の技は冴え渡っており、数多くの遊女を骨抜きにしてきた遊び人ウォルレンとも、互角以上に渡り合っているようなのだ。


「ある意味、流石だなぁ……クロンやビュレッフェ相手の時と、まるで変わらないもんなぁ」


「ぽんぽこ思い付きで喋ることと、すぐ調子に乗るのが欠点ですけど、マリリンは素直な良い子ですからね」


 御用猫の隣に座るのは、スイレンという名の金髪の娘であった。見た目も非常に美しく、また、非常に男好みのする身体つきではあるのだが、彼女に関しては、決して人気嬢とは呼べぬであろう、人喰い虎が重宝されるのは、檻の中で見世物になる時だけなのだから。


「そんなんいいから、早くリチャード連れて来いよ」


「ちょっとアンナ、お客様だってばよ……というか、明後日まで休みだったでしょ、なんで出てきたのよ、今から実家に帰るとか言ってたのに」


 渋面のクレアに(たしな)められている茶髪の女性こそが、このクロスルージュが誇る一番人気嬢、アンナなのである。少々勝気で気分屋なところもあるのだが、スイレンとは違い軽妙な語り口が好評で、自らの体験談を面白おかしく喋り立て、客を腹から笑わせる事に長けていた、また、寝床での技術も相当なものであるらしく、一度でも席に呼べば、必ずに再指名したくなると評判なのである。


「リチャード、まだ、初物、知ってる、くれろ、あたいにくれろ」


「黒雀か……うぅん、しかし、あいつも人気だからなぁ……まぁ、会わせるくらいなら構わないか、そのかわり交渉は自分でしろよ? 」


 少しばかり温くなってしまったホップビールを口に含み、御用猫が片眉を上げて返事する。酒を飲む事すら忘れていたのは、陰気で卑しい野良猫にとって、気安い仲間と騒げる機会というものが、それほどに楽しかった、という事であろうか。


「まじか、やったぜ、なら今夜は任せてつかーさい、商売抜きで頑張ったるわ」


「ちょっと、アンナ? 」


「ほほう? 大した自信だな、面白い……言っておくが、俺の普段の相手はな、この肉食獣だからな、別に頑張らなくても非常に満足するはずなのだ、どうだ、簡単なものだろう」


「……猫の先生? 」


 獰猛な光を湛え始めたスイレンの瞳から視線を逸らし、御用猫は太腿の辺りに痛みを感じながらも、ウォルレンに意識を戻す。彼の隣には、なにかクレアに説教されているケインの姿もあったのだが、それについはいつもの事であるのだ、御用猫は、いまさら気に留めることもない。


「……な、楽しいだろ? 俺っちは、もう少しだけ、こうして皆と馬鹿やってたいんだよね」


「そうだな、分かる話しだよ」


 互いに笑顔は見せているものの、その瞳の奥底には、何か暗く、底の見えぬ淀みが感じられるであろうか。


(……ま、人は誰しも、か)


 この、ウォルレンの底に見える闇は、彼を通して映し出された己自身の闇であろうかと、卑しい野良猫は自嘲するのだ。


「仕方ない、ちょいとばかり考えてみるか……しかし、上手い見合いの断り方ねぇ……貴族様が相手となれば、傷付けるのは無し、だろうな……こりゃ、斬り合いの方が、はるかに簡単だなぁ」


 ジョッキから手を離し、顎をさする御用猫は、珍しくも面倒ごとを受け入れるつもりであるようなのだ。しかし、そんな彼の、友人を想う心を踏みにじるかのように、満面の笑みを浮かべたウォルレンは言い放つ。


「あぁ、良かった、さっすが猫のセンセやで……ちなみにジッタンビットは、串刺し王女にも求婚してるからね、そっちもついでによろしくね、ややこしい話になってるから、慎重にお願いね、言質とったからね、約束破ったり捨て鉢にしたら団長と姫さんに言いつけるからね」


「……アンナちゃんよ、何か男を心底苦しめるような責め手を知らないか? この阿保を誅する事が出来たなら、リチャード君と二人きりになれる時間を確保しよう」


「のった」


 男を悦ばせる業も、裏返せば責め苦になるだろう、この裏切り者に天罰を与えんと、御用猫は遣り手の女豹を差し向けたのであるが。


 金髪碧眼の美青年、絵に描いて額に飾ったほどの軟派男であるウォルレン バーンナドは、結果的には、悦ぶだけに終わったのであった。






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