うで比べ 4
「たのもーう! 」
「おい馬鹿よせ、見学だけっつっただろが! 」
クロスロード王城、蒼天号内の鍛錬場に、まだ幼さの残る高い声が響き渡った。普段ならば見学者も珍しくないテンプル騎士達の稽古であったが、場内の皆がその視線を集め、そしてその手を止めたのは、見学者の一方、男の方の顔に、金色の仮面が嵌め込まれていた為であろう。
「わしより強い男に会いにきたんじゃが、あ、造りの悪い奴は遠慮しろよ、あと優しくて面白い奴がいい」
「聞けよほんとに」
普段ならば、誰かが諌めていただろう、もしくは、誰か一人でも、率先して笑い飛ばす者が居れば、話はまた違っていたのかもしれない、しかしながら、今現在この場には、まだ若く、血気盛んなテンプル騎士達しかおらず、そして彼らは、つい先程に、テンプル騎士団総団長の『電光』アドルパス ゼッタライトから、その剣力の未熟さについて、きつい叱責を受けたばかりであったのだ。
「……稽古に参加したいというならば好きにしろ、だが、気遣いは出来ぬと知っておけよ」
なので、この無礼な女騎士の目前に進み出た若い騎士の顔に、明らかな不快感が浮かんでいたとしても、これは誰にも責められぬ事であろうか。まさに符が悪い、としか言いようがなく、普通の感性を持つ人間ならば、大人しく出直すところであったのだろうが。
「なんじゃ、やるんか」
どむっ、と音が響く程に重く鋭く突き込まれたジッタンビットの掌底は、真正面から若い騎士の顎を撃ち抜き、彼は、まるで下半身が溶けてしまったかのように、力無く崩れ落ちてゆく。
「あっ! 」
「あっ! 」
稽古中の騎士たちと、金仮面の男の声が重なる。この場に居るテンプル騎士達は、まさしく若手ばかりであり、この白髪の女性騎士が、耳の無い森エルフである事にも、マスカンヴィット伯爵の娘である事にも、そして仮面を外している以上、当然ながら青ドラゴン騎士の『ダイヤモンド竜』である事にも気付けないでいるのだ。
「なんじゃ、ぬるいのぅ、ケツの青い餓鬼ばかりか、そんなんでわしの上に乗れると思うなよ、喉乾いたわ、金竜、ひやいの出せよ」
こともなげに言うジッタンビットに集められた視線には、既に隠す事もなく露わにされた敵意が、たっぷりと載せられていたのであった。
「なんだこれは、なんの騒ぎか、何事か! 」
それからしばらく、稽古場に現れた二人の近衛騎士が目にした光景は、頭を抱える金仮面の男と、床に蹲り、うめき声を上げる十人程の若い騎士達、そして、かつかつ、と楽しげに、木剣を下から叩いて宙に浮かべる白髪の女性騎士。
「そちらのお方は、青ドラゴン騎士の『金竜』様とお見受けいたしますわ、ひとまずは、この状況の、説明をして頂きたいと思うのですが」
白服に身を包んだ二人の女性騎士は、共に近衛の胸章を身に付けていたのだが、その盛り上がり方については、実に対照的なものであった。
「あー、これはな、単なる稽古だ、他意はない、こちらのマスカンヴィット伯爵令嬢がな、テンプル騎士と手合わせしてみたいと……はは、申し訳ない、みな、手を抜いてくれた様子で……」
「なんじゃ? 遠慮してたのか? そうじゃな、流石に腑抜け過ぎるしのぅ、おいお前、もう少し歯ごたえのあるテンプル騎士を連れてこい」
「お前、とはなんだ、いくらマスカンヴィット伯爵の縁故だからとて……む? マスカンヴィット? 」
気色ばんで前に出たのは、栗色の髪をした騎士であったが、彼女は同僚に抑えられる前に、自らの首を傾げ、なにやら思案している様子なのである。
「なんじゃ、ぐずぐずするな、お前に言うておるのじゃ、薄い方の女……ん? もしや男か? それはすまんかった」
「女だ! 私は! 」
傾げた首を一気に伸ばし、栗色の髪の騎士、リリィアドーネが目尻を吊り上げる。同僚であろう隣の豊満な肢体を持つ女性騎士は、溜め息を吐き出し、早々に事態の収拾を諦めたようである。
「いいだろう、そんなに稽古がしたいならば、私が相手になる、手加減は、せぬが好みであるようだしな! 」
「なんじゃ、いばりくさるな、この男女が」
額に青筋を浮かべた、テンプル騎士リリィアドーネと、ダイヤモンド竜ジッタンビットは、木剣にて激しい打ち合いを始める。両者の力量は、ほぼ互角のようであり、その稽古とも呼べぬ真剣勝負は、三十分ほども続いたであろうか。
「おあっ!? 」
一瞬の隙を突き、リリィアドーネのかち上げた斬撃は、ジッタンビットの木剣を、見事に宙に跳ね飛ばした。これは、彼女がラキガ二から見覚えたロンダヌスの剣術である、二人の勝負に仕舞いをつけたのは、わずかな実践経験の差であったのだ。
「あー、やられたのぅ、ええ勝負じゃった、強いなぁ、感心したぞ」
しかし、あれ程に本気であったジッタンビットの目には、勝負に敗れた事による負の感情というものは、一切見受けられないのだ。なんとも爽やかな笑顔を向けられたリリィアドーネは、なにか拍子抜けしたような表情を、寸刻浮かべたのであるが。
「うむ、いや、こちらこそ良い勉強になった……マスカンヴィット伯爵の御令嬢が、これ程の腕を持っていたとは、いや、こうなれば貴女の振る舞いも、狼藉とは言えぬ、こちらの未熟さが……」
和かな笑顔を見せると、残心を崩し、賞賛の言葉と共に、ジッタンビットへと右手を差し出したのだ。
しかし。
「よし、結婚しよう! 」
その一言で、途端に、しん、と辺りは静まり返った。随分と時間を経てから、リリィアドーネはその形良い眉根を寄せると、同僚の女性と、金仮面の男に視線を走らせる。
だが、当然ながら答えの返るはずもなく、疑問符を浮かべるばかりの二人を諦め、彼女はジッタンビットに視線を戻すのだ。
「いや、相手が女になるとは思わなかったのぅ、まぁええか、その辺りは適当に任せるから、早う跡継ぎを産んでくれ、まぁ、これでお父様に心配をかけることもない、一安心じゃな、おう金竜、いろいろと世話になったな、わしも晴れて寿退団じゃ」
「……いやいや……いやいやいや! おかしいだろ! なに言ってんのお前? ついに、とち狂って……いや、元からか! 元からだった! 」
何か満足げな笑みを浮かべ、悠々と歩き去る白髪のエルフを追いかけ、金仮面も稽古場を後にする。
嵐の後に取り残されたのは、十数名のテンプル騎士達のみであった。
「……ふぃ、フィオーレ……これは、いったい……何が、どうなって」
狼狽えるばかりの先輩騎士に、視線を送る事もなく、フィオーレと呼ばれた金髪の女性騎士は、その白魚のように嫋やかな指を額に添えると。
「そうですね、こういった事に関しては、ゴヨウ様に相談した方が良いと、そう思いますわ」
溜め息と共に、言葉を吐き出したのであった。