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鬼鳴岬 2

「あははははっ、なるほどね、それで私が呼ばれたって訳だ」


「ティーナさん、笑わないで下さいよ……正直、僕ひとりの力では、如何(いかん)ともし(がた)く……ですが、ただ単純に、早く貴女にお会いしたいと思ったのも、本当なのですからね」


 観光客で賑わうオランの海岸通り、夜になっても浜辺からの喧騒は、祭りもかくやと思うばかりであり、ここ、浜風の女亭でも、その名の通り窓から浜風が通り抜ける店内にまで、それを存分に運んで来ていたのである。運良く離れの大部屋を確保出来た一行であったのだが、これは決して都合の良い幸運などでは無く、この店では飯盛女が、夜の客を取らない為であったのだ。


 クロスロードで蓄積された日々の疲れを癒すべく、オランを訪れた大半の男達の目当ては、さっぱりとした性格の、少々露出度の高い衣装を身に付けた、健康的なオラン女であるのだから。


「んんっ?……へえぇ、人妻を口説こうだなんて、リチャード君もやるようになったわねぇ……知らないわよ? 大先生に折檻されても」


「ち、違いますったら! もう、ティーナさんも相変わらずですね……お酒が入ると、皆、冗談が通じなくなるのですからね? 本当にやめてください」


 必死の表情を見せるリチャード少年を前に、けらけら、と快活そうに笑う若い女性は、田ノ上老の妻であるティーナという名の半エルフであった。年の頃は二十代半ば、赤味の強い金髪は兄であるハーパスと良く似ているのだが、いかにも美丈夫といった凛々しい顔つきの彼とは違い、人懐こく愛嬌に溢れる、典型的なオラン人女性であった。


「……何が違うのですか? 何も違わないでしょう、最近のリチャードは、少々軟派が過ぎると思っています、そうですね、やはりウォルレンやケインの影響でしょうか、いえ、ビュレッフェもそう、クロンもそう、ゲコニスもハボックもクラネもそう! リチャードの周りには、いやらしい男性ばかりなのです! はしたない! 神聖な道場に夜のお店で働く女の人を連れ込んで、楽しげにお話しているのですからね! 信じられません、はしたない、いやらしい! 」


「うわっ! さ、サクラ、何をいきなり……まさか、酔っているのでは、ないでしょうね? 」


 突然に背後からのしかかられ、少年が驚声を上げる。普段から長口上のサクラではあったのだが、今宵の少女は、その頬をほんのりと桜色に染めており、吐き出す吐息には明らかな酒精の匂いが含まれていたのだ。


「いぇす、サクラちゃんは、酔ってる酔ってるよ、ヤシのお酒を飲んでたよ、きぃ、止めたんだけどね、それはお酒だよって」


「私は酔ってなどいません、それに、これは子供でも飲めると女将さんが言っていました、甘くて美味しいのですから、問題ありません、あと、早く服を着なさい、色々と目に付いて不愉快です」


 後ろの席では蜂番衆の女達が、サクラを交えて盛り上がっていた。さらにその向こうでは田ノ上老と嶋村夫妻が、飽きる事なく昔話を続けており、その為に、すっかりと居場所を失ってしまった少年は、店の女中に使いを頼むと、おそらくは彼の手に負えぬであろう後始末の応援として、酒が飲めない妊婦のティーナを呼び出した次第であったのだ。


「オランのヤシ酒は子供も飲むけど……水と砂糖で薄めてからだよ? どうせ女将さんの説明、ちゃんと聞いてなかったんでしょう……でも、うぅん、サクラもすっかりと色気付いちゃって……今日は着物じゃ無いんだね、地元じゃそんな短いスカート、滅多に履けないものねぇ、それなのに、ねぇ? ……さっきから不自然に、名前、出さないわよねぇ」


 ただ、少年の過ちとしては、このティーナという女性も、なかなかに悪戯好きだというところを、すっかりと失念していた事であろうか。いや、田ノ上老と籍を入れた辺りまでは、随分と落ち着いた様子にも見えていたのであるが、彼女とて妊婦として過ごすのは初めての経験であり、不安や鬱憤も溜まっていたのだろう、ならば、このように美味しい餌を前に、黙って見過ごす筈も無いのである。


「……何ですか、ティーナさん、何か言いたい事があるのでしたら、はっきりとおっしゃって下さい」


「猫ちゃんは、まだ来ないよ? さっき、さんちゃんがチャムちゃんと念話してたけど、到着はあさってくらいだって……そんなに見せたいなら、黒ちゃんと一緒に迎えに行けば良かったのに、のに」


「んぅ黙らっしゃい! 」


 ぱちん、とリチャード少年の頭をはたき、サクラが更に頬を紅潮させる。笑いながら表に逃げ出す黄雀(きすずめ)を、何やら喚きながらに追い掛けてゆくのだ。


「あはは、リチャード君も大変だ……それで? 誰にするかもう決めたの? お姉さんに相談してごらん? 来年まで、あっという間だよ、サクラとフィオーレが成人しちゃったらさ、いひひ、覚悟、決めなきゃね」


「だから、違いますってば、僕は……」


 にやにや、と笑いながらに絡み始めるティーナを前に、リチャード少年は、認める他には無かったのである。


「あ、ゆっこちゃんの事もあるのか、正妻に迎えなかったら、アドルパス様、怒るだろうなぁ……そんで、夜のお店の女って誰? 」


「……まさか、ティーナさんも酔ってるんですか」


 自らの判断が、過ちであったという事を。






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