恩剣 三度笠 15
長閑な片田舎は、日暮れと共に本来の落ち着きを取り戻し始めていただろうか。そろそろと傾き始めた太陽に視線を送ると、御用猫は両の腰に手をあてがい、身体を後ろに反らしてみせる。
「んんっ、取り敢えずは、こんなものか……悪かったな、後始末まで手伝わせて」
「いえ、よござんす……しかし、穴掘りとはいえ、何か久し振りに、まともな働きをした気分でござんすよ」
御用猫と刀郷は、先程までの土壇場に居残り、山賊達の亡骸を埋葬していたのだ。オコセットらには理解の出来ぬ作法であろうが、これは単に、賞金稼ぎと傭兵との、殺す数の違いであろう、戦場では死体など珍しくもないのだ、その全てを土に還すなど、出来ようはずも無いのである。
「ふふ、その分ならば、普通の仕事も問題なくこなせそうだな……残りの用事を済ませたならば、クロスロードに引きずって行くからな、きちんと覚悟を決めておけよ? 」
片手片足であるにも関わらず、刀郷は器用に墓穴を掘ってみせたのだ、オコセットの馬に取り付けてあった短いシャベルにて、腰を据えて汗を流し、一心不乱に穴を掘る様は、どこか楽しげですらあったろうか。
「……覚悟を決める前に、ひとつお尋ねしやすが……猫さん、そちらさんの用事とは、一体どのような事でござんしょう……最初に会った頃から思っていやしたが、猫さんはとても、ただの傭兵とは思えないでござんす」
「ん、まぁ、大した用件では無いのだがな……というか俺も気乗りはしないのだ、なにしろ村へ戻ったならば、村長の服をな、剥ぎ取らねばならないのだから」
肩を竦めて笑う御用猫に、刀郷はしかし、三度笠の端を摘み、日差しも無いというのに、それを目深に引き下げるのだ。
「……やはり、そうでござんしたか……ならば、こちらの覚悟は、既に決まっておりやす……どうかお控えくだせぇ」
松葉杖を支えに身を起こし、刀郷は右手を差し出すのであるが、当然に彼のそれは刃物であり、もはや下手に出る事も叶わないのである。
「なんとも、こいつぁいけねぇや……御免下さいよ、あっしには、やはり、切る仁義もござんせん」
「……ならば、そこまでにしておけ、座り商売でも何でも、出来る事はあるだろう……お前の首をノーラに差し出すのは、それこそ御免被るぞ」
ちりり、と御用猫の産毛が逆立つ。刀郷の言葉は、相変わらずに柔らかなものであったのだが、今は隠している彼の視線には、一体どれ程の殺意が込められているものか。
「なら、猫さん、今回の事は互いに忘れやしょう、そうして貰えるなら、クロスロードにも行きやしょう」
「断る、これは既に受けた仕事だ、受けたからには見逃せぬ……やはり村長が、ムラシゲが『焼き馬車』のリネンカップであるのか? 」
問いには答えず、刀郷は眼を見せた。片方だけの瞳の中には、決して揺るがぬ彼の決意が、容易く読み取れるほどの光が輝いていたのだ。
「そうでござんしょう、何しろ、猫さんは同類でござんすから……話は、これで仕舞いにござんす」
ひゅん、と腕剣を横に一閃、まるで会話を断ち切ったかのような、その一振りに、血の匂いを嗅ぎとり集まっていた鴉達が、一斉に飛び去ってゆく。既に刀郷の意思は決まっているのだ、それが果たして、どのようなものであるのかなどと、卑しい野良猫には皆目見当もつかぬのではあったのだが。
「おい、勝手に仕舞いを付けるな、こちらには此方の流儀があるのだ……刀郷よ、最後に機会をやる……考え直す事は出来ぬか? お前がどのような筋を通しているのかは知らんが、それは、ノーラを泣かせてまで通すものなのか? 渡世人は、一宿一飯の恩義に命を懸けると聞いたことがある……数えてみろよ、ノーラへの恩は、何宿何飯だ、たったの三度四度、命を懸けて、それを返したつもりなのか、この先、お前の一生を注ぎ込んですら、ようやく返せるか、返せないか……違うのか? そうではないか? 」
御用猫は、最後の説得を試みる、しかしこれは、全くに余計なお世話であるだろう。もちろん、それは重々承知する彼であったのだが、卑しい野良猫は、同類であるからこそ、刀郷に、生きて欲しいと願っていたのだ。
「……コタンは、貧しい村でござんす……それを責めることなど、余所者のあっしにはできやせん」
「成る程な、盗賊村であったか、それは納得がいったよ……だが、なればこそであろう、そんな村に恩人を置き去りにするのか? お前が真にノーラの為を思うなら……」
珍しくも力説する御用猫の言葉を、刀郷は右手で遮るのだ。それは殺意を向ける事であり、刃物を突き付ける事であり。
完全なる、拒否であったのだ。
「……ノーラさんの父親を、あっしは、この手にかけておりやす……どの面下げて、で、ござんしょう……あとは、あっしが消えて、そちらさんが消えれば、少なくとも、彼女は飢えに困らぬ暮らしが出来るのでござんすよ……これが、全てに、けじめを付ける……たったひとつの方法でござんす」
顎を引き、刀郷は構えをみせる。その、破れた三度笠の隙間から覗く光は、今度こそ会話の終わりを決定付けるものであったのだ。
「……そうか、致し方無し」
血の色に染まる空の下、御用猫は愛刀である井上真改二を、ゆっくりと腰から引き抜き、左上段に大きく振り上げる。
必殺の『鳥兜』の構えであった。




