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恩剣 三度笠 13

「……死にたいと思ってる奴を助ける、というのは、果たして余計な世話であろうか」


「おん? 哲学でごぜーますか」


 どうだろうな、と御用猫は猪口に手を伸ばす、傭兵達の仮住まいである空き家では、今しがたまで小宴会が行われていたのだ。オコセットがムラシゲから強請(ねだ)り取った食材の数々は、昨日までの質素な生活が嘘のように、どれもこれも食欲を唆るものばかりであった。


「貧乏村にしては羽振りが良いな……村長の私財か? それだけ期待されてるのか、それとも意外に業突く張りであったのか……しかし、なかなかに良い酒だ、これは蒸留酒かな? 確かに(きつ)いし回りも早いが……うぅん、こいつら傭兵の割には、なんか餓鬼みたいな奴らだなぁ」


 御用猫の周囲には、酒精に敗北した傭兵達の屍が、累々と折り重なって鼾をかいていたのだ。もっとも、これは御用猫と飲み比べの勝負をした結果、という訳ではなく、皆が皆して面白がり、膝の上の卑しいエルフに挑んだ為である。


「いつ死ぬか分からないからこそ、今を楽しんで生きる、か……誰だったかな、この髭面は、なかなか良い事を言っていたな……嘔吐する前までは」


 御用猫の肩を組み、唾を飛ばしながら笑っていた山髭の傭兵も、今は可愛らしく手足を畳み、まるで赤子のように指を咥えて夢の中なのだ。


「あたりめーでごぜーますよ、人生楽しんだもん勝ちですわ、やりたいようにやれば良かことですわ、先生ぇだって、そうなんでしょ? 」


「うぅん……そうだなぁ……時と場合によりけり、かなぁ……ま、上手く行かない時の方が多いのは、確かであろうか」


 膝の上にうつ伏せのチャムパグンを、御用猫は、ぐい、と抱き起こし、その胸に彼女を抱え込んだまま、仰向けに倒れ込む。


「ぐぇ、ごはんでる」


「おい、絶対に出すなよ? お前も枕ならば、きちんと仕事しろ……まったく、おチャムさんは気楽で良いなぁ……迷う事とか、あんのかよ」


 ぱくり、と卑しくも柔らかな金髪を咥え、御用猫は目を閉じる。これを再び開く頃には、すでに地獄が始まっているであろうか。


「もちろん、ありますでござんすわよ? ただ……オホホ、わてくしは決断が早いのですからね、素人さんには……そうね、迷いが見えないのかしら」


「良いなぁ、羨ましいなぁ……」


 光を遮断した為であろうか、心地よい暗がりの中、急速に襲い来る睡魔に、段々と御用猫の思考力は吸われてゆくのだ。混濁し始めた意識の中で、彼は件の男、その生き様を思い返していた。


「いや……別に、死にたい訳でも無いのか……奴は生きたいのだ……ただ、生きる事が、死へと向かっているだけ……ん? いやいや、それは誰もが同じであるな……単に、早いか遅いか……生き急いで……うぅん、それもなにか、しっくりこない……」


 ぐるぐる、と頭の中を疑問と酒精が巡り始めると同時、不意に野良猫は温もりに包まれた。前を開いた戦闘服の下に、チャムパグンが両手を差し込んできた為である。


「先生ぇ、いつか自分で言ってたでしょう? そうやって、答えの出ない事をね、いつまでもいつまでも、ぐちぐち考えてるから駄目なんだって……また、忘れてしまったの? 」


 そうであったか、と御用猫は考える、言われてみれば、随分と昔の記憶の中に、そのような言葉が眠っていたであろうか、と。


「どーんとやっちゃいましょうよ、どうせ、なるようにしかならんのですわ、所詮ね、他人に止められるのは、行動だけでしょ、本人の気持ちってのはね、結局、そいつにしか止められないし、変えられまへん、赤の他人に出来ることなんて、精々が、きっかけを与えるくらいのもんです……あと、気持ち悪いから耳を甘噛みしないでくだせぇ」


「……うむ……いや、うん、そうであるか……チャム、ありがとうな……あと、耳は離さんぞ、なんか口寂しいから……」


 もごもご、と咀嚼を続けながら、御用猫は眠りに落ちる。


 彼とて酔ってはいたのだ、珍しくも甘えたような行動は、この卑しいエルフに母性を感じているものか。もしかすれば、今は彼も精神的に、赤子へと退行しているのかもしれない。


 しかし明日の産声は、おそらく血の海から始まる事であろう。


 卑しい野良猫には、似合いの誕生だと言えるのだ。




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