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恩剣 三度笠 11

 状況に動きがあったのは、それから間もなくの事であった。


「よう、覗き魔の先生、お手紙が来たみたいだぜ」


「こら、失礼な呼び方するなよ、勘違いされたらどうするのだ」


 オコセット班との交代時間、寝ぐらに戻った御用猫は、両手に抱えた卑しいエルフを揺すりながら、なんとも失礼な男へと返答するのだ。


「なはは、怪しげな傷顔が村中の家を覗いて回ればな、そりゃ、言われもするだろ……差出人は不明の郵便だとよ、なんと古風な事だがな」


 あれから御用猫は、自由時間を利用して、コタン村の全ての家を確認していたのだ。傭兵達の見張りには参加しない名目であったのだが、オコセット不在の班を補佐する為、彼はそちらに生活基準を合わせていた。


「馬鹿を言え、必要だからしている事なのだぞ……それで? お手紙には何と書いてあったのだ、まさかに茶の誘いでもあるまいが」


 軽い調子で笑うオコセットから手渡された古紙には、山賊からの襲撃予告と、それを回避する為の条件が、のたうつような筆捌きにて記されている。


「ふぅん……傘の先生を引き渡せば、女と小遣いで許してやると……さもなくば、村人の半数を奴と同じ姿にしてやるとな……わざわざ、それを教えてくれるとは、なんと、お優しい山賊が居たものだ」


「猫の先生よ、向こうはどうやら、俺たちの存在に気付いて無い……なぁんて事が、あると思うかね? ……どうにも臭い、おいらの山勘だが、こりゃ、やっぱ何かあるぜ……まぁ、それが何なのか分からんのが、微妙なところなんだがな」


 同感だ、と顎をさすりながら、御用猫は考え込む。わざわざ襲撃を予告する手紙まで寄越すなどと、これは、およそ山賊のする事ではあるまい、なれば、それ程までに刀郷が恨まれているというのか。


「村の中に裏切り者が居たとしてだ、そいつが傭兵の存在を隠して、何か得をするのか? こちらを油断させる罠だとしても、これでは、まるで意味が分からんし……と、なると」


「たとえば、山賊に消えて欲しい……お宝を独り占めしたいとか、良心の呵責……いや、これは今更かねぇ」


 可能性は、あるだろうか。何らかの理由で山賊から足抜けしたいと思った内通者は、仲間に討伐隊の情報を隠したのだ、上手く事が運べば良し、オコセットらが倒されてしまっても、脅されていたとでも言えば許されるであろう、いや、その際は逃げ出してしまえば良いのだ、どちらに転んだとしても、山賊稼業からは足を洗えるのだから。


「そうだな、罠だとしても、そうでないとしても、これを利用しない手は無いか」


「決まりだな、んで、どうするよ先生、破れ傘を差し出して餌にするか、引き込んで餌にするか……どっちが楽に済むだろうね? 」


 抱え直したチャムパグンの柔らかな金髪に顎を載せ、御用猫は考え込むのだが、おそらく結論は同じであろう。何故ならば、目の前の細い目をした男は、なんとも意味ありげな笑みを浮かべているのだから。


「まぁ、穴ぐらに放り込むくらいだからな、コタン村の住人が、今さら刀郷を庇い立てする方がおかしかろう、多少不利でも外で戦うのが警戒されまい、結果的には楽になる……竹細工は、無駄になってしまうがな」


「なはは、一概に無駄とも言えないだろ、おかげで身体が鈍らなかったんだ、良い運動ってなもんよ」


 御用猫の返答が自分の考えと同じであった事に、オコセットも何か確信を得たのであろう、もうひと働きとばかりに踵を返し、村の中央へと足を踏み出す。たとえ刀郷を差し出すにしても、自分達は村を守ると説明しておかなければならないのだ。


「あぁ、オコセットよ、ひとつだけ頼まれてくれないか? 」


 その背中に声を掛けられ、細目の男は振り返る、これ以上の段取りが必要であろうかと、その傾げた首が物語っていた。


「いや、大した事じゃないんだ、矢文の件は知れ渡るだろうが、こちらの取る具体的な行動は伏せておいてくれないか……村長以外には、な」


「……怪しいのかい? 」


 途端に細目を光らせるオコセットである。多くを語った訳でも無いのであるが、これは何かを察したらしい、もしかすれば、彼にも気付く事があったのかも知れない。


「この村で、空調の呪いが効いていたのは、奴の家だけであった……不審な動きをする者が居ないなら、連絡手段は呪いであるだろう」


「……なるほどね、まぁ、頭には入れとくわ」


 確証の無い話である事は、オコセットも重々承知なのだろう、その返答は、たとえムラシゲが怪しいからといっても、必要以上に拘らないとの表明である。片手を上げて歩み去る彼の背中を見つめ、御用猫は感嘆の息を漏らすのだ。


「うぅむ、なんと出来る男だ……みとけよチャム、奴は食事を豪華にする約束も取り付けてくるぞ、話の主題を逸らす為に、英気を養うとかなんとか言ってな、賭けても良い」


「そいつぁ有能ですぜ、先生ぇ、この際トレードしやしょうよ、サクラで足りなきゃゲコゲコ辺りも付けて」


 げすげすげす、と嫌な笑い声をあげる卑しいエルフを、御用猫は地面に下ろし、自らは片膝をついてから彼女を再び抱え直すのだ。


「何を言ってるのかは分からんが、とりあえず最初に差し出すのは、貴様だろうよ」


「お、なんだか久し振りの体勢……あぁっ! 嫌ッ! 乙女の柔肌が! 」


 ぱしーん、ぱしーん、と村に響く制裁の音は、些か頼りないものであったのだが。


 これは確かに、開戦の狼煙であったのだ。




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