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恩剣 三度笠 10

 コタン村の東に位置する里山、その小さな稜線を、朝日が形取るかどうかという頃合い、一人の男が、その麓に現れていた。


「よう、おはようござんす、朝から精が出るな」


「そちらさんこそ、ご苦労様でござんす……見回りでござんすか? ここいらを張っても、何もありはしやせんが」


 オコセット達は、二名の呪い師を中心に、二組に別れて見張りを行う手筈となっていた。当然に御用猫は余り者であったのだが、彼は独自に行動する事で、既に皆も納得していたのだ。


 僅か数日にて、野良猫の性分は全員に知れ渡っており、もはや彼の動きに注目する仲間も居ない様子なのである。


「残念ながら除け者さ、言うことを聞かぬ野良猫をな、わざわざ仲間に迎える物好きもいないだろ」


「こんな穴ぐらを、わざわざ訪ねなさる物好きは、居るようでござんすがね」


 そう言って笑うと、穴ぐらの主、傘の先生こと刀郷は、松葉杖で支えた身体を器用に捻り、右腕に嵌めた小振りの刀を振るってみせる。どうやら自前の長ドスを折った物であるらしく、長さは丁度、失った右腕を指先まで伸ばした程であろう。


「なかなか、様になってるな……成る程、ノーラが居ない時には、こうして稽古に励んでいるのだな」


「もし見つかったら、それはもう長いお説教でござんすので」


 痛んではいるが、毎日洗濯されているであろう白いシャツに茶色のパンツ、無くした左膝から下は、邪魔にならぬように切り取られていた。手縫いのあとも各所に見られ、ノーラがいかに甲斐甲斐しく、この男の世話をしているのかが窺えるのだ。


「それだけ、心配してるんだろ……それとも奴の世話焼きは、余計なお節介か? 」


「まさか、ノーラさんには感謝しかござんせんよ、あっしがこうして生きていられるのも、まこと彼女のおかげでござんす」


 ととっ、と松葉杖で器用に距離を置き、刀郷は再び仕込み刀を一閃、防具らしきものは、あの穴ぐらの中に見られなかったのであるが、その代わりであろうか、彼の左脚ともいえる松葉杖には、板金補強が施されていた。


(体幹が良い……なんと、崩れぬな)


 無頼者である刀郷は、正規の剣術を習ったようにも見えぬのであるが、しかし、それ故にであろうか、松葉杖と仕込み刀を自由に使いこなし、山賊どころか、クロスロードの正騎士を相手取っても、充分に戦えそうである。


(……動きをみるに、呼び込んでから仕留める型か? だが、それは無理があるだろう、あの杖だけでは受け切れまい……やはり、命は惜しくないようだな)


 誰を想定しているものか、その、演舞にも見える刀郷の鍛錬は、小一時間程も続き、充分な彼の体力と、その執念にも似た努力の成果を、御用猫に見せ付けていたのである。


「ふぅ……さて、どうでござんすか? 止めるつもりでござんしたなら、それこそ、余計なお節介というものでござんしょう」


「ほう、なかなか鋭いな……しかしな、止めるつもりは無かったのだ、これは本当にな……どうせ、山賊どもは次で終わりなのだ、仕事にあぶれた流れもんに職を斡旋するのはな、その後なのさ」


 肩をすくめて、おどけて見せる御用猫に、しかし、これは初めてであろうか、刀郷は身体を曲げて腹を押さえると、大声にて笑い声をあげるのだ。


「ふははははっ、なんと変わったお方でござんすね、いや、これは見事に余計なお節介でござんすよ、あんまり見事に過ぎて、思わず笑ってしまいましたわ、申し訳ござんせん」


「別に、お節介が好きな訳じゃないんだが……ただな、そこまで世話になった女をな、無碍に棄てるのも、どうかと思っただけだよ」


 御用猫の言葉に、刀郷は息を吐き出して笑いを収め、その残された右眼だけを、鋭く窄めてみせる。


「……猫さんよ、自分に出来ねェ事を、ね、他人に勧めるもんじゃ、ござんせん……そちらさんもね、あっしと同類で、ござんしょう」


 元とはいえど、同じ流れ者、はぐれ者、刀郷は御用猫に、自身と同じ匂いを覚えたのであろう、感じ取ったのであろう。


 それ以上はものも言わず、破れ傘は野良猫に背を向ける。こつこつ、と穴ぐらに響く松葉杖の音を聞きながら。


「同類だからこそ、なのだがなぁ……」


 御用猫は、小さく独りごちるのであった。



 

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