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恩剣 三度笠 9

 穴ぐらでの昼食は、やはり、それが普段どおりなのだと思わせる、実に質素なものであった。ただ、普段と違うところがあったとするならば、ノーラの表情が、いつもより少しだけ柔らかかったのと、それを見守る刀郷の表情が、少しだけ温かいものであった事だろうか。



「ほぉほぉ、そいつは興味深いねぇ……おいら猫の先生は、一体どこを、ほっつき歩いてるのかと思ってたが……野良猫と破れ傘とは、なんともおかしな組み合わせだぁ」


「破れ傘とは、上手い事言うな……まぁ、それでこの酒が旨くなるとも思えんが」


 村長から充てがわれた空き家にて、御用猫とオコセットは濁り酒を酌み交わす。交代で見張りを立てている為に、部屋に残る人数は半分にも満たないのであるが、そこは全員慣れたものであるのだろう、緊張感は残しつつも、気の合う者と向かい合い、落ち着いて程々に談笑している様子であった。


「先生、御用猫の先生ぇー、コメ農家だからって、美味しいお酒を造れるとは限らんのですわ、そーゆーのは、もう少し北の方、お山が見える辺りでごぜーますよ」


「おや、エルフの嬢ちゃんは詳しいじゃないか、そうさな、丁度ここから北嶺山脈に真っ直ぐ向かって行けば、米の名産地があるんだよ……なんでも、昔は神様、今は王様への献上米にされてるそうで『天領米』って言うんだが、食う分と酒米は別の品種らしい」


「なんと、こだわってるな……うぬぅ、それは是非、一度訪ねてみたい」


 途端に目を輝かせるのは、卑しい野良猫の(さが)であろう。目の前の湯呑みに注がれた、酸味と雑味溢れる頼りない酒を揺らし、御用猫は遠く北の田園風景に想いを馳せるのだ。


「まぁ、しかし、それも仕事を片してからだぜ、先生……柵の方は順調に進んでる、空いた手を借りる段取りもつけてあるし、竹材には困らないからな」


「……そっちの呪術師に、虫を使える奴は居ないか? 出入りを監視したい、村の中に繋ぎ役が居るはずだ」


 ちびり、と酒を舐める御用猫の一言に、オコセットの細い目が、更に絞り込まれる。


「……中に仕込みが居るってのか? 流石に、それは無いんじゃないのかねぇ、いや、確かに神出鬼没らしいけどよ」


「普段なら、これは待ちの仕事であるだろうがな……どうにも、この村には何かありそうだ、そもそもな、俺がコタンに来たのはな、潜伏する『焼き馬車』リネンカップの情報があっての事なのだ」


 両の眉毛を指で掴んで寄せながら、オコセットは考え込んでいる、今しがた御用猫から聞いた話と、自分自身で得た情報を、頭の中で擦り合わせているのであろうか。


「……確かに、この三年程は破れ傘のせいだとして、その前は、こんな村を定期的に襲ってた……いや、襲う? 違うな……これは」


「人死にが、少な過ぎると思わないか? 」


 交わす視線は鋭いものであった、どうやら互いの嗅覚は、同じ匂いを嗅ぎつけたのだろう。五年以上も山賊団に的を付けられていたにも関わらず、このコタン村は、少なくとも人命においては、さしたる被害を受けた様子も無いのである。


(許容できる範囲での略奪……とも言えんな、どちらかといえば、これは、まるで接待ではないか)


 村長の言葉を信じるならば、何度か騎士団を頼った事もあるらしいのだ、しかしながら、コタン村は、その報復として殺戮はおろか、火をかけられた跡さえ無いのだ。荒事に慣れた御用猫にしてみれば、ムラシゲの言う『恐ろしい見せしめ』に違和感しか覚えないのだ。


「頭と我慢の弱い山賊さんにしては、確かに行儀が良すぎるねぇ……ただ、おいら焼き馬車って賊は知らないが、二十年も捕まってないなら、さぞかし慎重な頭目だろう? こういった生かさず殺さずも、可能性としては、有りなんじゃないか? 」


「なればこそ、中に人を入れるだろうさ……ま、ただの思い付きだし、確証もないからな、無理を言うつもりは無いよ……金はかかるが、こいつに頼んでも良いんだし」


 御用猫は、味噌汁の碗を口に押し当てられ、あちあち、と舌を出す卑しいエルフの頭を撫でる。


「……そういえば、おチャムさんの使い魔は見た事ないな……なぁ、どんなの飼ってるんだ? 」


「おん? 見たいでごぜーますか? そりゃ、別に構わんですが……でも、グフフ、良いんですかね? そんときゃ一夜で、クロスロードも火の海に……あっつ! やめ、やめろ……ちょ、お願い、ふーふーしてから、アッツウィ! 」


 じたじた、と暴れるエルフを押さえつけ、御用猫は構わず味噌汁を流し込むのだ。呆れたような、しかし楽しげに笑っているような、オコセットの細目を、横目で見やりながら。


(ならば、刀郷を排斥しようとしている者が、焼き馬車の仲間であろうか……奴らにとって都合が悪いと……しかし、ううむ、この村に執着する理由が分からんな)


 とはいえ、そこまでは仕事の範疇でもあるまいか、どの道、優先すべきは村の防衛と、リネンカップの捕獲であるのだから。


 などと考えを巡らせていた御用猫であったのだが、その思考は突然に中断を余儀なくされる。


「はー! もうやったるわ、今日という今日はやったんけんな! 雑な餌付け、ダメ、絶対! 」


 ついに味噌汁を飲み干し、赤く腫れ上がった唇にて、卑しいエルフが吸い付いてきたのだ。


「なんだと生意気な、ひな鳥でもそろそろ巣立ちする頃だろう、お前も良い加減に立てよ、その足は飾りか、もちもちしやがって」


「仲良いなぁ」


 揉み合う二人を肴に、オコセットは濁り酒を手酌するのだ。


(リチャードの手伝いか……そうだな、落ち着いたら、まぁ、考えても良いかもな)


 その頬を、自然と緩めながら。

 



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