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恩剣 三度笠 8

「ほら、忘れ物だぞ」


 どさり、と芝に落とされたのは、固パンが顔を覗かせる竹籠であった。村外れの石積みに、隠れるようにして座り込んでいたのは、三つ編みおさげの田舎少女、ノーラである。


「……ありがと、流石に今戻るのは、ちょっと気まずかったんだ」


「だろうな」


 にやり、と笑いながら彼女の横に腰を下ろし、御用猫は草の上に胡座をかいた。舞い上がった熱気が草いきれを鼻孔に送り込み、彼は僅かに眉をひそめる。


「……村長さんには、感謝してる……うちのお父さんが死んじゃった時にも、色々とお世話になったし、今だって、こうして面倒を見てもらってるんだ……けど、やっぱり、さっきのは許せないよ……傘の先生は、村の為に、あんなに頑張ってくれてるんだ……それを……」


「……村の為、じゃ無いだろう? 」


 御用猫の一言に、ノーラは、びくり、と肩を震わせる、そのまま己の両袖を握りしめると、唇をきつく噛みしめるのだ。


「刀郷はな、最初から、ああした男なのさ、お前が気に病む事じゃ無い……東方にはな、たまに居るのだ……えらく頑固で不器用で、まるで、死ぬ為に生きているような(おとこ)がな」


 長く続いた(いくさ)のせいでもあろうか、東方では、クロスロードの常識では考えられぬような価値観を持つ人間も多い。死を恐るるは恥であり、生を求むるは見苦しい、報恩と報復を何より重んじ、常に義理と人情を秤りにかける、彼らの、その生き様は。


「全くもって、つまらぬ生き方だよ、融通の利かぬ固い考え……けれどね、それ故に、奴らの剣は硬く鋭い……確かに脆く、弱くはあるが、それでも充分に命を貫く……ま、ゆめゆめ油断はせぬ事さ」


 御用猫の脳裏に、かつての師の言葉が蘇る。唾棄すべき固い剣だと言い放ちながらも、彼は決して、それを侮る事は無かったのだ。


 しかし、農村しか知らぬ純朴な少女にしてみれば、刀郷の生き様は、さぞかし峻烈に、そして鮮やかなものに映るのであろう。その、彼女の抱く想いを知りながらも、かの男は、ただただ恩義に報いる為に戦い続け、そして散るつもりであるのだ。


「……まぁ、身勝手だと言えなくもないかな、やり方も悪いし……いや、最初から死に場所を探していたのだろうな、そもそも出会った時に、お前をどこか安全な町まで連れて行けば、それで済む話であったのだから」


「傘の先生を悪く言わないで! 」


 御用猫の言葉には、当然に反発するノーラである。だが、その表情には、どこか不安にも似た色が浮かび、吐き出す言葉にも、先程のような勢いも無いであろうか。


 今の彼女は、感謝と罪悪感、恋慕と諦めの入り混じった、複雑な想いに囚われているのだ。


「ん、済まない、別に悪く言うつもりは無いのだ……ただな」


 しかし、この卑しい野良猫に出会ったのが運の尽きである、融通の利かぬ一本気な男も、哀れ、死に場所を奪われてしまう事だろう。


「もう山賊は居なくなるのだ、こうなれば、生き方を変えるしかあるまい、片手だろうと片足だろうと、何か仕事を覚えて貰わねば、と思ってな」


 固パンの匂いを嗅ぎつけたものか、御用猫の背中に卑しい荷がかかる。笑いながら彼は立ち上がると、暴食の悪魔から籠を守りながらに、片手をノーラへと差し出すのだ。


「ま、それも全てが終わってからだな、働き口なら何か紹介してやれるから、あいつはクロスロードにでも連れて行こう……ここの居心地が悪いなら、お前も一緒で構わんぞ? 」


 しかし、これは決して、助け舟では無いだろう。なぜならば、刀郷の望む生き方とは、まるで相反するものなのだから。


「……でも、でも、傘の先生は、きっと……」


 御用猫の差し出す手を見つめ、しかし、ノーラは動かない。長らく溜め込んだ鬱憤や想いがあろうとも、いざ決断するとなれば、しかもそれが、このように突然な話であったのならば、戸惑うのも当然ではあるだろう。


「慌てる事は無いさ、五年も迷ったんだ、いましばらくの猶予はあろう……ま、傘の先生が嫌がっても、恩人に逆らうのか、とか言って脅せばな、きっと付いてくるのだ……ふふ、なにしろ奴らは、恐ろしく頭が固いのだからな」


 ゆるゆる、と伸ばし始めたノーラの手を掴み、御用猫は強引に彼女を引き上げる。そして、いまだ状況を飲み込めぬ様子の彼女に籠を押し付け、青空の下を悠々と歩き始めるのだ。


(……そうだな、穴ぐらの先生とて、そろそろ腹を空かした頃であろう)


 などと、考えながら。




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