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恩剣 三度笠 7

 明けて翌日、御用猫はコタン村の村長、ムラシゲの家を訪ねていた。本来ならば、こうした単独行動は仲間から好まれないものであり、事実、彼の振る舞いに異を唱える者も居たのだが。


「あぁ、皆、無理を言っちゃあいけないぜ、猫の先生は賞金稼ぎだからな、そっちにはそっちの流儀ってもんがあるんだよ、そもそも先生は、獲物の情報(ネタ)をこっちに教えてくれてんだ、内緒にして独り占めも出来たはずなんだからな、その辺りは信用できるお人だぜ、こっちの戦いには手を貸してくれるんだし……ま、納得のいくようにして貰おうぜ、そのくらいしたって、ばち、は当たらないんだからよ」


 オコセットに陽気な態度で肩を叩かれ、不平を零した傭兵も得心したようである。もっとも、その男とて本心から文句を言った訳ではあるまい、どちらかといえば、防柵造りなどという単純作業に対する、ぼやきのようなものであろう。


 オコセットの立てた作戦は、村の中心部にある教会を要とし、敵を誘い込んで殲滅するというものである。山賊を発見したならば、即座に村民を教会へと避難させ、馬止め柵の袋小路で、背後から傭兵達が襲いかかる手筈であるのだ。


 その際には、戦える男達にも竹槍を持たせ、柵の内側から威嚇と投石をさせるつもりであったのだが。


「丁度良いや、猫の先生、そのあたりを上手いこと言い含めておいてくれよ、いやぁ、面倒ごとを押し付けちまって申し訳ないねぇ」


「ん、そのくらいならお安い御用さ、あと、柵の両側には出入りの隙間を……いや、言うまでもないか、任せるよ」


「なはは、そこは年季が違うからな、馬と弓だけ対策しとくよ……最悪、火も使うかなぁ」


 自信満々のオコセットの表情に、御用猫は余計な口出しをせぬ方が良いと決めるのだ。山賊の数は不明であるが、今までは刀郷一人で追い返していたのだ、そこまでの規模では無いであろうと考えていた。


(みつばちを置いてきたのは失敗かと思ったが……これならば、なんとか対処出来るであろうか)


 ひとまずの安堵感を覚え、御用猫は歩を進める。こうなれば後の心配は、この村が狙われている、その理由だけであるのだ。




「そもそもが、おかしいのだ……山賊に狙われているならば騎士団を頼れば良い、いかに動きの悪い領主といえど、こうまで自由に領地を荒らされては、自らの沽券にかかわるであろう? なぜだ」


 なので彼は直接に、その理由をぶつけていた。


「それは……身内の恥に……いんや、私どもは何の力も無いただの平民でごさいまして……」


 御用猫の訪問を受け、最初こそ訝しんでいた村長のムラシゲであったが、野良猫の核心を突く、しかし、もっともであろう質問を投げつけられると、途端に汗をかきかき、額を手ぬぐいで擦るばかりであるのだ。


 村の中央、教会横の村長宅は、教会を建設した際に出た余りの石材を利用したとかで、村では数少ない石造りの建築物であった。他の木造住宅とは違い、初夏の熱気に蒸されるはずの室内であったのだが、空調の呪いのおかげか、快適な温度が保たれている。


「奴らは、まこと泥狐のような輩であります……そりゃ、私どもも最初はお国に頼りましたよ、でもね、奴らは決して尻尾を出さんのです、騎士団が現れると途端に姿をくらませ、彼らが諦めて帰ると再び現れ、見せしめに……それはもう、人には言えぬような悪さをしてゆくのでございます……私どもにはもう、泣き寝入りしかごさいませんでして……」


 力無く項垂れるムラシゲは、その白髪頭を御用猫に晒し、小さく震えて言葉を紡ぐ。


「そりゃなんとも、大変であったな……それが何故、今頃になって用心棒を? 」


「それが……ある日の事です、村に現れた旅の……刀郷という男なのですが、この者が一人で斬り込み、山賊を追い払ってしまったのです……最初こそは良かったのですが、奴らはそれを根に持ち、減った仲間を増やしては、何度も襲ってまいりまして……刀郷はもう戦えぬ身体、しかし山賊どもの怒りは収まりませんのでして……今は奴らも大人しいのですが、今までの様子からして、そろそろ現れてもおかしくない……次に現れた日には、一体どれほどの無法をはたらくものか……まったく、こちらとしては、とんだ迷惑なのですよ」


 刀郷と出会い、その人柄を知り、また同じく剣を生業に生きる御用猫としては、ムラシゲの物言いに思うところが無い訳でも無かったのであるが、そのような態度を表に出すほどに、野良猫は子供で無いのだ。まずは情報を引き出し、コタン村を襲う山賊が『焼き馬車』であるかどうか、その紐を手繰らなければならないのだから。


 しかし、御用猫の思惑は、突然に跳ね開けられた木扉の音によって遮られるのだ。


「さっきから黙って聞いてれば! 村長! やっぱりあんたまで、そんな考えだったんだね! 見損なったよ! いや、最初から分かってた、私を引き取ったのだって、自分の孫を奴らに差し出す代わりだったんだ! 」


「の、ノーラ……お前、いつから」


 最初からだと言い残し、長い三つ編みを揺らしながら、ノーラは屋敷を飛び出してゆく。残されたムラシゲは、一歩二歩、と動き出したものの、声をかけるでもなく、その場に肩を落とす。


「あの娘は、分かっておらんのです……村の為には、こうするしかなかった……あの娘の父親は、私の友人であったんですが……後のことを頼まれとったんですが……なかなか、それを分かってもらえんのです……」


「……村の為、か」


 確かに、理解できる話ではあるだろう。戦う手立ての無い村民にとって、命を奪われるくらいならば、その他の事など、目を瞑れる程の代償であろうかと。


 ごく普通の農村に生まれ、そのまま一生を終える者にとっては、村を出るなどと考えの及ばぬ事であり、その手に農具以外を持つなどと、命懸けで荒くれ者と戦うなどと、それこそ想像の埒外(らちがい)であるのだ。


 とはいえ、たとえ臆病ではあったとしても、卑しい野良猫のように、他者の生き血を啜るよりは。


(遥かに、まし、な生き方やもしれぬ)


 などと、御用猫は考える。


「まぁ、とりあえず山賊どもはな、後腐れの無いように根切りしてやるさ、それが仕事だからな、もちろん、多少の手伝いはしてもらうが……それとな、ひとつ聞きたい事があるんだが」


 あとは、その臆病さゆえに長けたであろう演技、それに騙される事の無いように。


 卑しい野良猫は眼を光らせるのだ。


「……『焼き馬車』のリネンカップ、という名を、聞いた事はないか? 」


「……へぇ、とんと、聞かねえ名でございます」


 ムラシゲの肩は、僅かに震えた、であろうか。




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