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恩剣 三度笠 6

(……酒が欲しいな)


「山に入れば猿酒くらいあるかもしれませんが……わいは肉がご所望でごぜーますよ」


 固パンと牛のチーズを齧りながら、卑しいエルフが更なる要望を垂れ流している。相変わらずに心は読まれているようであったが、すっかり慣れてしまった御用猫は、さして気にするでもなく、ただ、その頭部をはたく事によって返答に代えていた。


「申し訳ござんせん、あっしはどうにも、酒ってやつが苦手でござんして……ひと舐めしただけで、そりゃもう茹でタコの如きでござんすよ」


「先生ぇ、御用猫の先生、タコが食いてーです、はよオラン行きましょうよ、ここに居たって、面白れーことは何もありやせんぜ」


 チャムパグンの物言いに、流石の刀郷も、その柔和な顔に苦笑いを貼り付けるのだ。固パンを千切って咥えると、御用猫は、抱え直した卑しい尻を叩きながら、今はオコセット達に使いを頼んであるノーラの言葉を思い返すのだ。




「奴らが現れたのは、五年くらい前だよ……お父さんが死んだ、すぐ後だから、よく覚えてる」


 おそらく自分の分であろうか、黄ばんだ茶碗の端を咥えるようにして、ノーラは、ぽつりぽつり、と話し始めた。オコセットの真似をした訳では無いのだが、世間話の延長で情報を聞き出すのも、野良猫の特技の一つであった。


 焼き馬車とおぼしき山賊達が、このコタン村に現れたのが五年前、彼らは度々に現れると、食料に多少の金品、そして若い娘を要求し、我が物顔で宴を楽しむ。それはいつしか、三月に一度の恒例となり、村では年貢の他に、彼らに渡す食料と、女の割り当てが決められる事となっていたのだ。


「村の若い娘はね、十五になると奴らに差し出されるんだ……あたしも三年前に、順番が回ってきて……でも、怖かったんだ……だから逃げ出して、そしたら山の中で迷子になって……そこでね、傘の先生に、助けてもらったんだよ」


「いやいやノーラさん、助けてもらったのは、あっしの方でござんすよ、何しろ見知らぬ土地で飲まず食わず、行き倒れ寸前だったのは、こちらの方でござんした」


 少しばかり照れ臭そうに話す刀郷は、左の人差し指で、鼻の頭を掻いていた。しかし、よく見れば彼の左手からは、中指すらも失われているのだ。


 ノーラの手持ちの食料で生き返った刀郷は、彼女の話を聞くと、ただ一人で山賊に立ち向かい、右手を失いつつも敵を撃退したのだという。しかし、いっときは喜んだ村人達も、次第に山賊の報復を恐れ始め、遂には彼を責め立てる者も現れたのだ。


「でも、それでも傘の先生はね、村の為に頑張ってくれて……あちこち怪我して、去年はとうとう、左足も……」


「なぁに、気にする事はありやせん、あっしの好きでやってる次第でござんすよ、それに……あっしは別に、村の為に体張ってる訳でもござんせん」


 その刀郷の言葉に、ノーラは、今まで俯いていた顔を、はっ、と上げ、しばし彼を見つめていたのだが、すぐに泣きそうな笑顔を作り出すと、男に感謝の言葉を伝えるのだ。


 おそらくは、気付いているのであろう。この刀郷という男は、彼女に対する恋愛感情などというものは無く、ただ純粋に、心の芯から、一飯の恩義に報いているだけなのだと。


「ありがとう……傘の先生」


 今にも泣き崩れそうなノーラに、御用猫は、オコセット達への使番を頼むのだ。これは、珍しくも野良猫が人間の心の機微を察知して、彼女がこの場から立ち去る理由を作り出したのであろう。


「……まぁ、余計なおせっかい、だな」


「いんや、猫さんは出来たお人でござんす」


 それには答えず、御用猫は洞部屋の隅、薄暗がりに眼をこらす。壁に立て掛けてあるのは、じょうご型の柄をした不思議な形状の刀と松葉杖、そして何度も補修した跡のある、痛んだ三度笠であった。


「……そんなになって、まだ、やる気なのかい? 」


 白湯とさほど変わらぬ味の温い茶を、酒代わりに傾けると、御用猫が小さく零す。明らかに手造りであろう、あの刀は、失った右手に嵌め込むものに、違いあるまいと。


「まだ、と言われても……あっしは、まだまだ返しておりやせんので」


「そうかい……そりゃまた、なんとも、難儀な生き方だなぁ」


 最後の固パンを卑しいエルフの口に押し込み、御用猫は眼を閉じる。目の前の男の返答は、彼の予想通りであったから。


「あっしは、これ以外に、生き方を知りやせん」


「……分かる話しだよ」


 野良猫と、同じであったから。






明日は野球観に行くのでお休みします。


かしこ

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