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恩剣 三度笠 1

 クロスロードの南に栄えるオランの街は、王都の衛星都市の内でも、最大の規模を誇り、その人口は十万を優に超えるものである。地中海に面した温暖な気候と豊富な海洋資源、そして人魚とも呼ばれる海エルフ種族との友好により、古来から発展を続けている都市であった。


「ふぅ、しかし、流石に暑いな……おい、おチャムさんよ、日傘の呪いとか、なんか無いのか」


 七月の初めとも思えぬ熱気に包まれ、旅の足を止めた御用猫である。卑しいエルフの指を咥え、呪いで生成された水を補給しながらに、そう零すのだ。


「先生ぇー、御用猫の先生ぇー、夏ってのはね、はなから暑いもんですわ、素直に受け入れ、それを楽しむのが、粋ってもんでげしょ? 」


「そうだな、確かに正論だよ、だがな、俺がこの暑さを感じているのはな、お前を背負って歩き続けているから、というのが一番の原因なのだ……というか、お前は自分だけ呪いで冷やしてるだろ、分かってるんだぞ」


 背中に小エルフを担ぎ、胸の前には旅用の雑嚢を下げている、御用猫が遠出をする際の姿であったのだが、いかな野良猫の体力とはいえ、初夏とも思えぬ日射しの中では、少々辛いものであろうか。


「もう、わがままなんだから……その服にだって、耐熱と調温の呪いがあるでしょう? 」


「それはそれ、これはこれ、だ、暑いもんは暑いんだよ、というかな、たまには自分の足で歩けよ、退化しても知らないぞ」


「やだの助」


 がっちり、としがみ付く卑しいエルフ、その、あまりの揺るぎなさに説得を諦め、再び歩き始めた御用猫であったのだが、とりあえずの報復として、卑しいエルフの指を力の限りに吸いあげるのだ、こうなれば、この卑しいエルフが干からびてしまっても構わない、などと思いながら。


 しかし、彼らの進む道は、オランへ向かう二本の主街道からは、少し離れているだろうか。川沿いに南へ下る道とも、山を越える古い道とも違う、少し東寄りの細い田舎道は、むしろ帰らずの森と呼ばれる、森エルフの領域へと続く道に近しいものであろう。


(まぁ、ただ遊びに行く訳にもいかぬしな)


 サクラやリチャード達は、少し遅れて出発する手筈になっている。これは、嫁入り前の一人娘であるサクラが、少々危険な前例もある旅に出る事を嫌ったサクラの父、マイヨハルト子爵の説得に時間がかかっている、という理由の他に、みつばちの持ち込んだ情報の所為でもあったのだ。


「六百万か……まぁ、狙う価値はありそうだな」


「はい、アカネからの情報です『焼き馬車』のリネンカップ、その根城はコタン村であろうかと」


 クロスロードと帰らずの森を繋ぐ『フォレストロード』と呼ばれる街道、長らくそこを荒らしていた『焼き馬車』という山賊団がある、彼らは、かつて御用猫が仕事にした『(ウルサ)』などとは違い、慎重で狡猾であった。二、三度仕事をしては、ほとぼりが冷めるまで身を隠し、貴重品を積荷にしたものや、守りの薄い行商団などがあれば、忘れた頃に襲いかかる、なかなかに。


(……手堅い仕事をする)


 山賊らしからぬ者達であったのだ。


 ことのついで、という訳でも無いのだが、最近は稼ぎの悪い御用猫である。オランへ向かうに距離が離れていないこともあり、彼はこの仕事をこなす事に決めたのだ。


「猫の先生、ならば黒雀か黄雀を同行させます、もちろん私も、旅のお供に、性欲処理に」


「うん、それは間に合ってるから」


 みつばちからの提案は、即座に却下する御用猫なのである。彼は本来、ひとり仕事を好むのだ、手を汚すのは自らの食い扶持の為であり、それは己自身で完結させるものなのだから。


(どうにも、最近は名誉騎士としての仕事をし過ぎている……みつばちもそうであるが、アルタソやアドルパス達の遠慮も薄れているだろうか……薔薇髑髏(ばらどくろ)の事もあるし、勘違いが深まる前に、距離を置かなくては)


 御用猫は、一介の賞金稼ぎに過ぎないのだ。名誉騎士である辛島ジュートの姿は、単なる彼の変装であり、それは、それが役立つ仕事の為に残してある名前、というだけの話であるのだから。


「捨てるなら、早い方が良いとか、誰かさんにも忠告されてましたねー」


「む、まだ水分が残っていたか……良いだろう、コタンの村に着く前に吸い尽くしてやる」


「おほほ、わてくしの蜜は甘かろう、やみつきになるのも分かる話でして……あ、いや、そんな、激しい! 」


 ずるずる、と卑しいエルフの指先から水を吸いながら、御用猫は足を早めてゆく。この仕事は手短かに終わらせ、オランで気分を切り替えようと考えたのだ。


 皆と合流する前に、血の匂いだけは落としておかねば、と考えていたのだ。





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