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うで比べ 11

 御用猫とジッタンビットの決闘は、田ノ上道場の屋内稽古場にて行われる運びとなった。板の間で行われる上品な地稽古を嫌うはずの田ノ上老が、こうして屋内に広い空間を確保していたのは、ただ単純に。


(道場破りの際に、慣れぬ床で不覚をとらぬ為、か……なんとも、最初は耳を疑ったものだが)


 足の親指を、きゅうきゅう、と伸び縮みさせ、御用猫は床の湿り気を確認する。そのような気遣いなど久し振りの事であったのだが、今日の敵を相手取るには、そこまで念を入れねばなるまいか。


「さて、始める前にな、一つ二つ、言っておかねばならぬ事がある」


「なんじゃ、またこまい事を……やるんかやらんのか、それだけはっきりせい」


 ジッタンビットからは相変わらず、緊張感というものが、欠片ほども感じられないのであるが、先日とは違い、傍目には御用猫もそう見えるであろう。やはり野良猫の演技力、いちど腹に飲み込んだ恐怖感は、決して相手に悟らせるものではないのだ。


「勘違いするなよ、ジッタンビット……今日の果たし合いは、今までと違うぞ? 」


「ほぉん? 大した自信じゃの、お前さんの腕前は、とうに見切っとるんじゃが……あ、ひょっとして、馬鹿なんか? 」


 これは嫌味という訳では無いだろう、しかし、彼女が御用猫を舐めているのは確かなのである。だが、この卑しい野良猫は、串刺し王女リリィアドーネから、今まで一本も奪えた事のない剣力なのだ、彼女と伯仲する実力のジッタンビットにしてみれば、取るに足らない相手だと覚えるのも、仕方の無い事ではあろう。


「今まで、と言ったであろう……マスカンヴィット伯爵は、陛下に対する働きにより、これまで特別扱いされてきた……だが、それも今日で終わりだと知れ、貴様ら親娘の無法横暴は目に余る……よく聞け、辛島ジュートは勅命騎士であるが、しかしこれは、次期国王たるシャルロッテ殿下にこそ、捧げた忠誠であるのだ、そして、今現在のクロスロードを、実質的に治めているのは殿下である……どうだ? その少ない脳味噌でも理解できようか、殿下の剣たる俺が奏上すれば、殿下は必ずに公正な判断を下される……マスカンヴィット家の、その罪を、断じられるのだ」


 今は顔に傷も無い御用猫『名誉騎士』辛島ジュートとしての言葉は、ゆっくりと、しかし確実にジッタンビットの心に浸透してゆくのだ。途中から、その端正な顔を歪め、何か呻き声のような、唸り声のようなものを上げ始め、睨みつけるその視線は、怒りという手順を端から放棄し、殺意に近いものが満ち満ちている。


「なれば、お前に拒否権は無い、今日の手合いは正々堂々と行い、勝利によって、その身の潔白、その証しとせよ……ただし、貴様が負けた暁には、俺の言うことを聞いて貰おうか……当然ながら、それにも拒否権は無い」


「なっ!? そうか、おのれ、さては最初から、わしの身体目当てで……恥を知れ! この、ど助平が! 」


 殺意の後に怒りを取り戻したのか、ジッタンビットが牙を剥いて吠え立てる。とはいえ、何やら勘違いしている様子であり、彼女は見当違いの糾弾を始めるのだ。


 内心にて溜め息を吐きながらも、御用猫は、あえて嫌らしい笑みを浮かべてみせる、意図的なものではないといえ、彼女が激昂するのは、都合が良いと判断したのだ。ジッタンビットには、この勝負にやる気を出してもらわねばならないのだから、それも、必要以上に。


 ただ、こうなればリリィアドーネの存在が、少々問題ではあるだろうか。しかし彼女とて、みつばち同様に付き合いも長いのだ、たとえ過剰な演技であろうとも、そこには何か理由があるのだと、彼の意図に気付いてくれる筈だろう。


 その程度の信頼関係は、構築されているのだ。


「ね、辛島殿! その言い様は、あまりに、あまりでは無いか! 彼女も伯爵も、決して悪人ではない、誤解があるのだ、弁明する機会を! あと、ふしだらな真似はダメだ! ぜったい! 」


「……みつばち、排除」


 ぱちん、と御用猫が指を鳴らすと、リリィアドーネの身体が膝から崩れ落ちる。普段ならば違った結果であったやも知れぬが、興奮していた為に、容易く首筋に吹き矢を受けてしまったのだろう。


 即効性の眠り針にて意識を失った彼女は、しかし床にぶつかる寸前、忽然と現れた黒装束の女に抱き止められ、無言のままに連行されてゆくのだ。


「……ちょいと段取りは狂ったが……続けようか、説明する事も、まだあるのだ」


「ふん、言い訳なら聞きとうないぞ、どうせ、わしを四人がかりで袋にするつもりじゃろう、けたくその悪い……好きにせぇ」


 腕を組み、御用猫を睨むばかりの白エルフに、思わず込み上げる笑いを噛み締め、彼は至って真面目な表情を維持している。四人がかりと侮蔑された他の三人も、リリィアドーネとは違い、野良猫の卑しい演技に動じることも無いのだ。


「勘違いはするなと言っただろう、これ以上、手間をかけさせるな……勝負は一対一、正々堂々だ、見届け人は三名、ハルヒコ ステバン、ハボック ヘェルディナンド、リチャード キンブレ、詳しくは明かせぬが、共にクロスロードの正騎士である」


 騎士同士の正式な決闘には、三名以上の証明者が必要である。もっとも、流石に実剣での勝負などは、簡単に許可も下りないのであるが。


「今回の勝負は竹刀で行う、だが、とどめを刺すのは禁止だ、アドルパス様から許可が下りなかったのでな……なので決着は、相手の意識が無くなるか、負けを認めた場合となる……以上だ、何か質問は? 」


 御用猫の説明を、渋面のままに聞き入れていたジッタンビットであったが、しばしの間をおき、ゆっくりと口を開く。


「……わしが勝てば、お父様に、手出しはせぬのだな? 」


「まぁ、厳重注意くらいは覚悟してもらうが……そうだな、負けた場合より、はるかに、まし、であろう」


「……そうか」


 今日は稽古も無く、冷たいままの床に視線を落としたジッタンビットは、その姿勢のままに、大人しくリチャード少年の差し出す竹刀を受け取ったのであるが。


「ぎたぎた、に叩きのめせば済む話じゃな、世話ないわ」


 持ち上げた顔は牙を剥いた笑顔にて、やはり、野獣のごとき勇ましさであったのだ。




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