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未だ名も無き御用猫

何度も言って申し訳ありませんが、もしも興味がおありならばシリーズの頭からお読み頂くと、ガッカリできると思います。







産まれた時から野良猫みたいに

雨に打たれて鳴くばかり


口も悪けりゃ面相(めんそ)も悪い

何でも言えよ石でも投げろ


首を追いかけ地べた這いずり

皮を剥がれてそれでも足掻く


手前の首が離れるまでは

生きているうちは






 王都クロスロードといえども、深夜を二つも針が廻れば、その姿をがらり、と変える。


 そこはもう狩場であるのだ、すでに幕は落とされているのだ、闇を恐れる者と、闇を求める者とが織り成す、弱肉強食の一夜舞台。


 もしも今の状況に不確かなものがあるとするならば、月明かりの下に向かい合う男二人、その果たしてどちらが狩る側で、どちらが狩られる側なのか、その一点に尽きるだろう。



「そろそろ、決心はついたか? 」


 一人は剣士、痩せて全体的に細長く、横から見た受け口が、まるで三日月のような男、いや、長剣を構えてはいるものの、腰から上だけを過度に前傾させた奇妙な構えと、身体に張り付くような黒服、そして一分の隙も無い所作を見れば、志能便(しのび)の者だと看破する者もいるだろうか。


「そんなものは最初から決まってるが……そうだな、そちらの思い描くこととは、少々違うかも、しれないな」


 もう一人は賞金稼ぎ、黒髪黒目、中肉中背、取り立てて目立つ要素のない男ではあるのだが、それ故に、顔面を斜断する大きな向こう傷だけが、ひときわ強く印象に残るであろう。こちらも黒い戦闘服に身を包み、闇に溶けるのは同じであったのだが、右の二の腕を左手で掴んでおり、その指の隙間からは、赤く温かな液体が、その右手に握る太刀にまで流れ落ちていた、どうやら、かなりの深手を負っている様子なのである。


「ならば、最後に擦り合わせでもしておくか? こちらの考えは、お前が浮世との別れを迎える、その覚悟だな」


 別段、笑うでも無く告げた男は、このようにやり取りされる軽口の叩き合いも、どうやら冗談というつもりではないのだろう、奇妙に屈めた身体をゆすりつつ、ほんの僅かに間合いを詰めてくる。


「それはまた、大きな相違だ……こちらとしてはな、今まで、生きる以外の覚悟ををな、決めた事はないんだがな」


 一方、にやりと笑う野良猫は、あいも変わらず、どこまでが冗談で、どこまでが本気であるものか。ただ、だらりと下げた右手の太刀だけが、己の血だけでは満たされぬとばかりに、ぬらぬら、とした粘つく光沢を月明かりに返し、主張しているのだ。

 

 早く早くと、急き立てるのだ、今宵の獲物から血を啜りたいと、急き立てるのだ。


「そうか、ならば(たが)いの溝は、互いの死体で埋めるしかないな」


「なかなか、上手いこと言うなぁ……でも、そんな物騒な解決策よりも、見逃してくれるって選択肢は無いのかね? 」


 ぴゅぅ、と野良猫の右腕から血がしぶく。それに一瞬だけ視線を移した三日月男は、しかし、きっぱりと言い放つのだ。


「無いな」


「まぁ、だろうな……護衛対象が死んでから不意打ちしてくるくらいだ、さては最初から俺が狙いか? 全く、仕事ってのはな、もう少し真面目に取り組むものだぞ」


 片眉を上げる野良猫には、何か余裕のようなものすら感じ取れるだろうか、しかし、客観的に見てしまえば、彼の不利は明らかなのである。御用猫が、とある賞金首に狙いを定め、それを察知した獲物はクロスロードからの脱出を試みた、そこを待ち伏せた今回の仕事であったのだが、どうやら更に上を行く罠を張られていたようなのだ。


「俺の仕事は、御用猫を討ち取る事だ、依頼者の安否は、そもそも契約に入っていない」


「ん? そんなもの、金を払う相手が死んでたんじゃ……あぁ、ふくろう辺りの手配か……なんと、迷惑だなぁ」


 遂に観念したものか、御用猫が視線を落とす、吐き出す息は細く、いかにも弱々しい。三日月男は、その時宜を逃さずに打ち込んだ、先程から、ずっと待っていたのだ、獲物が血を流し弱るのを。


 かしゅっ。


 すれ違う二人の間に、乾いた音が残された、これは鎖帷子を斬り裂いたものであろう。


「……なんで……振れ、る……」


 脇腹を裂かれた男が膝をつく、振り向いた三日月は、驚愕の歪みでその形を崩していただろうか。


「そりゃ、振れるからさ……知ってたか? 筋肉を締めて止血する技をな、応用すればな、浅手から血を噴きださせる事も可能に……」


 言い終わりを待たずに飛びかかる三日月を地に落とし、御用猫は、今宵も充分に満足したであろう、血濡れの太刀をひと振るい。


「志能便の割には、我慢弱い奴め……最初に仕損なったのだ、ここは出直すべきだったな」


 今度こそ太く息を吐き出し、野良猫は、ふと夜空を見上げる。


(上下の三日月とは……下が血の池でなければ、風情もあったろうに)


 しかし彼は即座に首を振る。手近な死体から上着を剥ぎ取り、牙の汚れを拭き取ってゆくのだ。


 所詮は卑しい野良猫に、風情のなんたるかが理解できるはずもないだろう、などと思いながら。







何の因果か野良猫稼業


未だ名前もありゃしない


おぼろ月夜は風流なれど


鼻に残るは血の香り


御用、御用の、御用猫











また、コチコチと書き進めてゆきますので、気が向いたらお付き合いくださいませませ。


かしこ

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