カイン編 1節
目がさめると、そこには見慣れない木製の天井があった。
「知らない天井だ」
周りを見渡してみると、グレア、アベル、ダスティンが横たわっていた。恐る恐る触れてみる。温かい、まだ生きてる。良かった。本当に良かった。ここはどうやら石造りの倉庫のようだ。芋の入った袋が山積みにされている。ドアは一つしかなく窓も無い。ドアの隙間や天井の隙間から漏れてくる明かりが全てだ。あれからどうなったのだろうか?僕は誰が死んで誰が生きているのかよく思い出せなかった。何が起こったのかは覚えている。たくさん殺された、でもアレを使った時全員殺されていた訳ではなかったはずだ。でも、なんど人が殺された瞬間を思い出しても、その顔を思い出すことができない。最初に斬り殺された男が誰だったのか、リーダー格の男に襲いかかったのは誰なのか、全く思い出せなかった。シオン、無事だと良いんだけど。
「起きたか?」
ドアの外から声がかかる。
「ここはどこ?村のみんなはどうなったの?」
「俺の口からは何も言えない。俺はただの倉庫番なんだ」
「これからどうなるの?」
「時期迎えが来る。その後のことは知らない」
「何にも知らないんだね」
「うるせぇ、ただの倉庫番に期待するな。俺はただこの倉庫に誰も出入りしないように見張ってる。それだけだ」
三人はまだスヤスヤ寝息を立てている。ほっとするのはほんの一時、すぐにあの光景を思い出して体が震える。
「お前、落ち着いてるんだな」
「僕は年長者だからね。しっかりしないといけないんだ」
話しかけてくれて良かった。このままじっとしてると気がおかしくなりそうだった。このまま暫く下っ端のおじさんと喋っていよう。
「そういう所は子供なんだな」
「おじさんだって下っ端の倉庫番なんでしょ?」
「でも大人だぞ」
「僕はまだ子供だけどしょうらいせいがあるからおじさんより偉いと思う」
「お前その言葉の意味わかって使ってるのか」
「もちろん!じっちゃんが…じっちゃんが言ってたんだ」
じっちゃんは生きているのだろうか?あの長い説教はもう聞くことができないのだろうか?考えているとまた体が震えてきた。
「寒いのか?」
「うん、ちょっとだけ」
「うーん、困ったな。飲むか?」
「何を?」
「ウォッカ」
「子供はお酒飲んじゃいけないんだよ」
「だからちょっとだけな。あったまるぞ」
「じゃあちょっとだけ」
おじさんはドアについている小窓を開けそこから金属製のボトルを入れてきた。蓋を開けて臭いを嗅いでみる。変な臭いがする。
「これ飲んで大丈夫なの?」
「別に嫌なら飲まなくていい。返せ」
大丈夫そうだ。勇気を振り絞って一口飲んでみる。すぐにむせてしまった。喉が焼けるように熱い。口の中がヒリヒリする。苦い。こんなの飲み物じゃない。
「おい!大丈夫か?そんなに一気に飲むからだ。ちょっとだけって言ったろ」
「………大丈夫、ありがとう」
そう言ってボトルを小窓から返す。体が熱い。震えも収まった。このおじさんは間違いなく悪い人だ。でもそんなに悪い人じゃないのかもしれない。そうこうしているうちにグレアが目を覚ましたみたいだ。ゆっくりとあたりを見回している。
「かいん、ここどこぉ?」
まだ寝ぼけているようだ。だが思い出したのかその目は見開かれ、表情は引き攣り、次いで下を向いて両手で顔を覆った。そのままくぐもった声で訪ねてきた。
「カイン、ここはどこ?村のみんなはどうなったの?」
「わからない」
少し沈黙が走った。その沈黙は何も出来なかった僕を責めているような気がして痛かった。少しの沈黙の後、グレアはいきなり僕の胸に顔面を押し付けるように体当たりしてきて、そのままガッチリとホールドされる。一瞬見えたグレアの顔は泣いていたように見えた。
「嘘。私、見てたもん………みんな、死んじゃったよぉ」
「うん」
グレアは少し震えていて、その声も途切れ途切れだった。僕は右手をそっとグレアの頭の上に乗せ、黙って天井のシミの数を数えていた。
ガサゴソと音がする。ダスティンが目を覚ましたらしい。
「おはようダスティン」
ダスティンはこっちを見ると無言で近づいてきてグレアを引き剥がしにかかる。
「ん?あ、ダスティンおはよう。え?なに?ちょっと。どうしたのダスティン?」
「なんか嫌だ。そういうのなんか嫌だ」
「………ヤキモチかな?」
「………ヤキモチだね」
「ごめんね、カインったら変な臭いするのよ」
「ホントだなんか臭い」
「え?臭い?」
グレアは話を変えた。臭いのはきっとさっきのウォッカの所為だ、そうに違いない。
「カイン兄ちゃん、ここどこ?」
「多分どこかの倉庫だと思う」
「倉庫?」
「うん。芋がたくさん置いてあるだろ?」
「本当だ。食べてもいいのかな?」
「お腹すいたの?」
「うん」
「でも生で食べるとお腹壊しちゃうよ」
「でもお腹すいた」
そう言われると確かに僕もお腹が空いている。
「お腹すいたね」
「そうだね」
ダスティンはいつも通りだ。もしかしたら村でのことは覚えてないのかもしれない。でもはっきり聞くことは躊躇われた。忘れているのならその方がいい。
「アベルお兄ちゃんまだ寝てるの?」
いつのまにか寝息が聞こえなくなっている。多分起きているが、おそらくは起きるタイミングを見失ったのだろう。いつまでもそうしているのも辛かろう。アベルを軽く揺さぶり起こすことにする。
「アベル、そろそろ起きな。みんな起きてるよ」
アベルはゆっくりと身を起こし大きな欠伸をして今起きた風の演技をする。
「おはようアベル。状況はわかってる?」
「大丈夫。ちゃんとわかってる」
「これからどうしよう」
「どうしようもなにも、どうしようもないじゃないか。ここから出られそうにもないし」
みんなため息をついた。そう、僕達にはどうすることもできないのだ。
「シオンちゃんと逃げられたかな?」
「きっと大丈夫よ、小さくて足が速いもの。森に入ったらそう簡単に見つけられないはずよ」
「そうだよね、きっと大丈夫だよね」
シオンは背は小さいのに足は速かった。本気で走ったシオンには村の誰も追いつけなかった。
「俺たちこれからどうなるんだろうな」
「そのうち迎えが来るらしい。けどその後のことはわからない」
「迎えってなんだよ」
「知らない。おじさんも知らないって」
「おじさん?」
「ドアの外の下っ端の倉庫番のおじさん」
「下っ端って、カイン………」
僕達はただ待ってることしかできなかった。
そのまま数時間が過ぎた。日は高く登り、今はちょうどお昼頃だろうと思われた。外が騒がしい。
「おい!ここにはなにが入っている」
「ただの芋の倉庫ですぜ。なにもありません。そうそう、これちょっとそこで拾ったんですけど、誰の落し物でしょうかね?」
「どけ!」
「怖い怖い、剣なんて下ろしてください。私は、ただの、倉庫番ですよ!」
ドッ、ガン!ガイィィン!ギイィン!ドサッ!
「先輩!大丈夫ですか?」
「あぁ、これはダメかも知れんな」
「しっかりしてください!腕の良い術者を知ってるんです。きっとなんとかなります!」
「そういうのは若い者のために取っとけ。そろそろ潮時だとは思ってたんだ」
「すみません。僕が未熟だったばっかりに…」
「魔術師の相手は初めてか」
「はい」
「初見では避けれんよあれは、気にすんなよ」
「はい、すみません。次は避けます」
「戦いに次は無い。今回は偶々命を拾ったが、その偶然と"俺"に感謝し頑張ってくれ」
「はい。頑張ります」
「………多分、あんなのがごろごろいる。死ぬなよ」
「………はい」
「さあ、仕事だ仕事。交代が来る前に片付けるぞ」
「はい」
ドンッ!ドンッ!と音が響く。どうやら体当たりでドアを破るつもりのようだ。ドンッ!3度目の体当たりで錆びた蝶番はあっけなく壊れた。現れたのは武装した若い男と少し年配の男。年配の男の右腕は糸が切れたようにぶら下がり、その金属製のガントレットの肘に近い部分の内側あたりがすっかり溶けて無くなっていた。あたりには何かが焼けたような匂いが広がった。
「対象四人を発見。保護します」
「おう」
「少年達、もう大丈夫だ。怖かったろう。さあ行こう」
内心怖かったのだろう。アベルが泣きそうな顔をする。ダスティンはよくわかっていないのか混乱しているようだ。グレアは、多分大丈夫だろう。僕は…、どうなのだろうか?下っ端のおじさんのことが気になっていた。
「もたもたしてる暇はない、急ぐぞ」
「はい。君達、付いてきてくれ」
若い男に従って外に出る。倉庫の外に出ると、男が一人壁に寄りかかるようにして倒れていた。胸には深々と剣が突き刺さり、生きているとはとても思えなかった。年配の男は左手で無造作にその剣を引き抜いた。倒れた男の右手が、キラキラと光っていたような気がした。
「先行します。走って!」
若い男はそういうと走り出した。僕達はその後を必死で追いかけていく。
「ちっ、追っ手がかかった。感のいい奴らだ」
「何人ですか?」
「見えるのは二人だ」
「………先輩、代わりましょうか?」
「馬鹿なこと言うな、まだいけるさ。作戦通りに、だろ?」
すぐ後ろを走っていたはずの年配の男の足音が消えた。
「そこの角曲がるよ!」
道を曲がり、彼の姿はすぐに見えなくなった。金属と金属のぶつかり合う音が暫く鳴り響いていた。
短いけど切りがいいのでここで切ります。