一章 雪村修一(2)
俺の中で何かがうずく。
なぜ、ここに「あの子」がいるのだろうか。
彼女が、俺に忘れるな、と言っているのだろうか。
空を見上げ、つぶやいた。
「どうしたらいいのだろうか……」
あたしは完全に参っていた。
修一と同じ学校、しかも同じクラスになっただけではなく、まさか彼に好意を寄せる人物に出会ってしまうなんて……。しかも、その子は「あの子」みたいに小動物ちっくで愛らしく、思わず抱きしめたくなるくらいの女の子だった。
なんとか、彼女、笠原なのかに修一のことを諦めさせたいのだけれど、一筋縄ではいかないみたい。むしろ、なのかと一緒にいると彼女の恋を成就させてあげたくなっちゃう。もしかすると、そうするのが修一にとっても一番良いのかもしれない。
……でも、あたしは踏み切れない。
「吉川さん」
修一が他人行儀にあたしの名前を呼ぶ。過去との断絶が、彼の痛みがひしひしと伝わってくる。せっかく、髪も染めて、あの土地も離れて、新しい生活を始めたというのに、これではあたしの方が先に倒れてしまいそうだ。
「ねぇ、雪村……」
だからあたしは、なのかのいないタイミングを見計らって何気なく聞いてみた。
「何?」
「部活とか……入らないの?」
ぴくりと眉が動き、彼が貼り付けていた笑顔が崩れる。
「……バイトがあるからね」
それでも、冷静を保って言葉を続ける修一の姿は、まだ完全に「あのこと」を吹っ切れていないことを示していた。
「そう」
「うん」
彼は、間違いなく雪村修一だ。名前を見たときは、同姓同名の別人だろうと思っていたし、同じクラスになって顔を見たときも、まだ別人だと信じたかった。
でも、彼はあたしがよく知る雪村修一その人だった。
小学校、中学校と一緒に過ごし、あの日「大きな傷」を負った雪村修一だ。
「あたしは……」
話が終わったと思い、立ち去ろうとする修一に声をかける。呼び止められて振り返る修一を見て、口を開こうとしたとき、なのかが教室に戻ってきたのに気づいた。
「何でもない。行って」
急かすようにそう言うと、修一は、あたしに背を向けて自分の席に戻っていった。彼はいつまで演じ続けるのだろう。あたしの前でも、ずっと演じ続けるのだろうか……。
雪村修一という、同じ名前で、これまでと全く違う人物の役を――。
あたしは彼にとって、ただの「クラスメイトA」になってしまったのかもしれない。
では、彼は?
あたしにとって、彼は、ただの「クラスメイトB」になってしまった?
それは違うと思いたい。
今でも、修一はあたしの「親友」のはず。
そこだけは疑いたくなかった。
俺にとって、「あいつ」は何なのだろうか。
かつては確かに「親友」だった。
では今は……?
俺たちは、一日に言葉を数回しか交わすことのない、「クラスメイトA,B」になりさがってしまったのだろうか――。




