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一章 雪村修一(1)

 驚いたことに、雪村君は一人暮らしをしているらしい。らしい、というのはあくまで噂であって、本人から直接聞いたわけではないということだ。

 でも、部活にも入らず放課後の予定はほとんどバイトで埋めており、お昼のお弁当は自分で作っている、というのは彼の口から直接聞いた。

 私は少しずつ、彼に近づけていっていると思っていた。何とか会話の糸口を見つけては彼に近づき、毎日毎日一言二言話をする。彼は小さく微笑みながらそれに答えてくれる。やっぱり私のことは覚えていないみたいだったけど、それでも私は良かった。


 これから仲良くなっていけばいいから……。

 

 一ヶ月が経つころには、私はクラスのほとんどの人と「友だち」になっていたと思う。男女問わず、仲良くやっていくのはとても楽しい。でも、雪村君と、それから葵は少し違うみたいだった。

 誰かとつるむのを嫌がっているみたいに、雪村君は基本的に一人で座っている。誰かが話しかけると優しく応えるが、それでも彼との間には見えない壁があるようだった。来るもの拒まず、去るもの追わず。まさにそんな風だった。そして、それは葵も同じだった。もちろん、2人とも周りに敵を作るようにしているわけでない。表面上はとても人当たりの良い人だ。

 でも、なんとなく、本当になんとなくだけどそれは「演じている」ように思えた。私のように、たくさんの友人を作ることが大事だとは思っていないみたいだ。




「雪村君って、一人暮らししてるのかな?」

「ん?」

 お昼休み、雪村君はいつも教室にはいない。聞いたところによると彼はよく屋上で空を見上げているらしい。まるで、そこに誰かがいるかのように、じっと見つめているらしい。不思議な人だ、と思う。

「興味ないから、分からないわ」

 葵は素っ気なくそう言うと、苦笑を浮かべた。

「なのかは、あいつのどこがいいわけ?」

 そう言われて言葉につまった。果たして、中学のときの話をするべきかどうかを迷ったのだ。あんな些細なことだけで、今でも彼が好きだなんて笑われてしまうかもしれないと思って怖かったのだ。

「あいつ、何考えてるか分かんないじゃん」

 はき捨てるように言った葵は、どこか悲しそうな瞳をしていた。

「でも、優しいよ」

「どうせ上辺だけでしょ」

「あ、頭も良いし」

「頭が良いだけなら、隣のクラスの桜井だってかなりできるらしいじゃん」

「え、えっと……」

「好きな人っていうのは――」

 さすような視線が私の瞳を貫いた。私はどきりとして口ごもる。葵の瞳は真剣そのものだった。

「入学式の日にそう言ったのはどういうこと? あいつと前にどこかで会ったことがあるの?」

「それは……」

 会ったこともあるし、言葉を交わしたこともある。でも彼は覚えていないかもしれないくらいの些細なことなのだ。

「……まぁいいわ」

「へ?」

「雪村は一人暮らしのはずよ」

「そうなの!? え、家族は?」

「詳しくは知らないけど、家族はいるはずだから、家を出たんじゃないかしら」

「こ、高校生で?」

「だから、詳しくは知らないわ」

「そう、なんだ……」

 葵の言葉を信じるならば、雪村君は一人暮らしをしている。理由は分からない。家族がいるということは、引っ越したわけではなく、彼だけ出てきたということで間違いない。


 では、なぜ――?


 がらがらと教室のドアが開き、誰かが中を覗きこんだ。教室内をぐるりと見渡し、ため息をついたのは、英語教師で陸上部顧問の林先生だった。まだ二十代の林先生は、なんでも現役時代は100m走でインターハイ四位入賞を果たしたということで、生徒たちの間ではちょっとした有名人になっている。目的の人物がいなかったのか、林先生は残念そうに首を横に振ると教室を後にした。

「なんだろうね?」

「…………さぁ、ね」

 葵はつまらなさそうに言って横を向いた。

 その様子を見て、彼女は私に何かを隠しているのではないか、と思った。それが雪村君のことなのか、それとも林先生のことなのか。それは分からないけれど、彼女は多分、私の知らないことを知っている。

 ……でも、それを聞くことはできない。

 それを聞いて、葵との友人関係が終わってしまうかもしれないから。せっかく築き上げた関係を壊すのは怖い。


 失うのは、怖い――。


 午後の授業ぎりぎりに、雪村君は教室に戻ってきた。寝不足なのか、眼を真っ赤にした彼は、机にうつぶせるとそのまま寝息を立てる。先生に注意されるまで、彼は眠り続けた。たたき起こされてクラスに笑いを生む彼を見て、後ろの席から小さく舌打ちが聞こえた気がした。

 

 多分、気のせいだと、信じたい。

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