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プロローグ はじまりの日

 高校一年生の春。新しい制服に、新しい学校。全てが新しい生活の始まりに、はやる気持ちを抑えながら入学式を迎えた私は、クラス発表を見て、間抜けにもぽかんと口を開けてしまった。彼はもう覚えていないかもしれないけれど、私が中学生のときに出会い恋に落ちた人の名前が、そこにあった。


 しかも、同じクラスに……。

 

 私の記憶が確かならば……絶対に確かなのだけれど、彼の家はここからかなり遠いはずだ。だから、飛び上がりたくなるくらい嬉しい気持ちを制して、きっと同姓同名の別人だろうと無理やり言い聞かせながら教室に入った。しかし、そこで見つけた彼の姿は間違うことなき、あの彼であった。引っ越したのか、それとも一人暮らしでも始めたのか……。それを聞く勇気はまだなかったけれど、彼がここにいることだけは確かで、私はこの幸せをかみ締めた。

 

 ただ、彼の瞳はあの頃のように輝いてはいなかった。

    彼の顔はあの頃のように笑えていなかった。


 そこが少し気にかかったけれど、それでも久しぶりに会えたという嬉しさが勝り、そんな気持ちもすぐに消えていった。

 彼は、癖なのか時折空を見上げる。その横顔は高校生とは思えないほど大人っぽくて憂いを帯びていたのがやたらに胸に残った。

 出席番号順に座った教室の中、窓側の前から2番目の席。そこに彼はいた。

 

 雪村修一。


 女子からもうやまれるだろうさらさらで綺麗な黒髪と、そのすらりとした体型から中性的な印象を受けるかもしれない。私の記憶によると、彼は少し子どもっぽい部分もあるけれど、声も態度も落ち着いていて同年代の男子に比べてかなり年上に見える人だったはずだ。

「こんにちは」

 突然、声をかけられて私は慌てて雪村君から目をそらした。声をかけてきたのは私の後ろの席の女の子。振り返って私は絶句した。そこにいたのはとても綺麗な人だったのだ。目つきは少しきつそうだけれど、ふわりと微笑むその顔に私は好意を覚えた。透き通るように白い肌、軽くウェーブのかかった茶色の髪。スカートから伸びる足は長く、どこかで雑誌のモデルをやっていると言われたら、すぐさま信じてしまうだろう。

 そして瞬間的に、神様は不平等だと思った。

「えーっと、笠原なのかさん、よね? さっきクラス発表の掲示で見てきたわ」

「あ、はい。えっと……」

 彼女には申し訳なかったが、私は彼女の名前など知らない。そもそも、入学したての最初のクラス発表の掲示で、同じ中学の人ならともかく、全く知らない他の人の名前にまで注意がいく人がいったい何人くらいいるだろう。

 そう思っても、私はちゃっかり雪村君の名前をチェックしてしまったのだけれど……。

「あたしは吉川葵。葵でいいわ」

 吉川葵。初対面にしては少し慣れなれしい人だなと思ったけれど、それでも私は別に嫌ではなかった。友人が増えるのは嬉しい。

「あ、よろしくお願いします。葵……さん」

「“さん”もいらないわ。それから敬語もやめてよね」

 葵はその大人びた印象とは対照的に、ころころと愛らしく笑う。この人は、私なんかとは違ってとてももてるんだろうと思った。

 私は身長も低く、それゆえ胸もあるとは言えない(無いわけではない)。顔もそこまで可愛いとは思っていない。唯一のとりえだと信じているのは、この髪だけだ。

 

 あの日、彼が言っているのをこっそりと聞いた。黒く、そして長い髪。彼が好きな長い髪。


「さっきから何をぼーっと見ていたの?」

 私が髪を触りながら、そんな感慨にふけっていると葵が声をかけてきた。初対面の人に言うべきか言わざるべきか迷ったけれど、私は頬を赤らめつつ口を開いた。

「あの、窓際に座っている人……」

 私は目で雪村君を指す。

「……あの人がどうかしたの?」




「私の、好きな人なの」




 恥ずかしさのあまり、下を向いていた私には気づかなかった。


 葵が苦々しい表情で、雪村君をにらみつけていたことを。

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