七章 クラス対抗リレー(1)
「俺がアンカーで良いんですか?」
「アンカーは君しかいないよ。だって、4組のアンカーはあの桜井なんだろ? 君じゃないと勝てないって」
「でも、1年生がアンカーって、ちょっと……」
「いいからいいから。俺たちは勝ちに来てるんだから。頼むよ」
「……はい、分かりました」
クラス対抗リレーでアンカーになった雪村君はアンカー用のたすきを先輩たちにかけられ、少々困惑気味みたいだった。
そんな彼の元へ、桜井君が笑いながら駆け寄ってくる。
「よぉ修一。聞いたぜ? 負けたら陸上部に入るんだって?」
「…………誰から聞いたんだよ。怒らないから言ってみな」
ちらっと雪村君が私を見る。違う。断言する。私じゃない。私じゃないから!
「そんなことはどうでも良いじゃねーか。……で、本当なのか?」
「本当だ。うちのクラスが1位になれなかったら、俺は陸上部に入るという約束だ」
「俺があれだけ言っても全く動かなかったお前が、そう言うってことは、なんかあったんだな?」
「……あったと言えば、あったな」
今度は桜井君が、ちらっと私を見てきて、私はそっと後ろに下がった。
「ふ〜ん。ま、いいや。よしっ! 燃えてきたぜ。お前、アンカーだろ。俺もアンカーだから、絶対勝ってやる」
「言ってろ」
「じゃあ、また“競技場”でな」
桜井君は陽気に笑いながら去っていく。雪村君が私に視線を向けたので、私は首をぶんぶんと振って否定した。言ったのは私じゃない。多分……ん、絶対、葵だ。
雪村君も同じ意見らしく、苦笑を浮かべて口を開いた。
「どうせ葵だろ」
「そうだと……思う」
「ま、なんでも良いや。だって笠原さんは俺を勝たせてくれるんでしょ?」
「ふぇ?」
「ふぇ、じゃなくて……。俺が帰ってからも、放課後こっそり練習してるって葵が言ってたよ」
葵っ――!
私は心の中でそう叫ぶと、テントで応援する彼女をにらみつけた。葵も私に気づいたらしく、小さく舌を出して、悪びれた様子もなく笑っている。
確かに私は自分で自分を褒めたいくらいに練習したと思う。でも、それが彼に知られていることは、なんだかとても恥ずかしくて、とてもくすぐったかった。
「頑張ろう、な」
そう言った雪村君の顔からは、賭けとか約束とかそんなもの関係なく、とにかくこの勝負に勝ちたい、という思いがうかがえた。
「うん。頑張ろうね」
第一走者の私はかなり緊張していた。8人も一斉に走るのだ。密集地帯でこけてしまわないか、そしてダントツのビリにならないか……もう不安でいっぱいだった。
うちのグラウンドは1周約180m。女子、男子、女子、男子、女子、男子の順番で1チームを作り、女子は半周、男子は一周、アンカーは1周半も走る。こうなると勝負はアンカーと言っても良いかもしれない。普通の人なら260mの全力疾走なんて無理だ。アンカーが走り方を考えないと勝てる見込みはないと思う。でも、うちのアンカーは雪村君だ。
負けるはずがない。
……勝ったら賭けには負けるんだけど。
スタートラインに立つと、心地よい緊張感が私を支配した。多分、比べ物にならないと思うけど、雪村君もレース前はこんな気持ちになるのだろうか。ちらっと彼の方を見ると、彼もこっちを見ていた。
ドキッとして慌てて前を向く。落ち着け、私。もうすぐ始まるんだ。
「位置について」
陸上部の部員さんがスタートの合図をする。8人が横に並び、隣の人の鼓動が聞こえてくるくらい辺りは静かになった。
「よーい」
ピストルの音がして全員が一斉に走り出した。雪村君に教えてもらったように走る。
私は足が遅い。
そんなことは分かってる。でも、この時のために必死に練習してきた。
今は全力で走るだけだ。
私は8人中7位でバトンを渡した。
これが私の本気だった。申し訳ない気持ちで雪村君の方を見ると、彼は空を見上げていた。
……違った。
顔を上に向けて目を閉じていた。今、つぐみさんの応援を聞いているのかもしれない。
そう思うと、ちょっぴり妬けた。
第三走者にバトンが渡り、うちのクラスは5位にあがっていた。トップは4組。桜井君のクラスだ。私も必死に声を出して応援をする。
「が、頑張れっ!」
勝ちたかった。負けたくなかった。……賭けなんてどうでもいい。
私はとにかく雪村君と一緒に勝ちたかった。
第四走者、第五走者と徐々に順位を上げていき、雪村君にバトンが渡るころにはうちのクラスは2位に上がっていた。
「ゆ、雪村くん!」
バトンを待っている雪村君は私の声に気づいたのか、こっちを見て小さく手を振ってくれた。
「任せとけ」
歓声で声は聞こえなかったけど、彼は確かにそう言った。
いよいよアンカーにバトンが渡る。
まず、桜井君が1位でバトンを受け取り、それから、ちょっと遅れて雪村君にバトンが渡った。
「しゅーいちー!」
はっとして私は声がした方に顔を向けた。そこにいたのは葵だった。一瞬、つぐみさんの声かと思って驚いた私は、そんなことないよね、と首を振ってレースの方に意識を戻す。
桜井君と雪村君の差はゆっくりと、でも確実に縮まっていた。半周が終わるころには身体1個分の差になり、一周が終わるころには横一線になった。
「修一、いっけー!」
二人分の声量があるのではないかと思われる葵の大声が私の耳にも届いた。最後のカーブに差し掛かって、残り数十メートル。雪村君の身体が桜井君を越える。そのまま一気にいけるかと思ったのも束の間、桜井君が負けじとくらいつき、再び横一線に戻る。カーブを終え、最後の直線に入った。
どっち――?
「ゆ、雪む…………しゅ、修一君! がんばれっ!!」




