五章 夢(3)
嫌な予感はしていた。
あれから修一の様子は明らかにおかしかった。日に日にやつれていくようだったし、あたしとの言い争いが何かを狂わせたのは確かだった。
だから今日、授業が始まっても修一が教室に現れなかったとき、異様に胸がざわついた。
誰かがあたしに知らせていた。このままだと取り返しのつかないことになる、と。
「助けてあげて」と。
それであたしは今、こうして走っている。屋上へ向かって階段を駆け上る。なのかに言ったように、あたしの力ではどうしようもないかもしれない。
でも、“あたし”が“つぐみ”に頼まれた。
だから、あたしは走る。
修一まであたしの前から消えてしまわないように……。
屋上のさびた扉を勢いよく開けると、風が吹き込んできて、あたしは思わず目を閉じた。どこかで空き缶が転がる音がした。からんからんと、高い音が響き、あたしはゆっくりと目を開ける。
鉄柵を乗り越えて、ぼーっと突っ立っている修一がそこにいた。
「しゅ、修一!」
あたしの声なんて聞こえていないかのように、微動だにしない修一に駆け寄る。
「何する気!?」
修一が生気のない顔で振り返った。目は真っ赤に晴れ上がり、その下には隈ができている。
「……疲れた」
「な、言ってんの!?」
「お前と言い争った日から毎日、あの夢を見るんだ」
修一の瞳から涙が零れた。もう枯れきるくらいに泣いたのだろう。それでも、こうして涙は出る。
彼は限界なのかもしれない。
「最近は少しずつ見る回数も減ってきていたのに……また見るようになった。つぐみは俺を許していない。忘れさせてくれない……」
「そんなことない!」
修一の目はうつろだった。あたしを見ているようで、見ていない。その視線の先には何も映っていない。
「つぐみは、修一を恨んでなんかいなし! 修一に生きて欲しいと思ってる! 修一に、未来を生きて欲しいと思ってるよ!」
「何でそう言い切れる!? お前はつぐみじゃないだろ!」
鉄柵を力の限りに掴んだ修一の手が血でにじんだ。痛みすら感じないのかもしれない。
「あたしは、つぐみの“親友”だもん! それくらい分かるわ!!」
「くだらないことを言うな……」
「くだらなくなんかない!」
あたしの瞳からも涙が溢れ出した。修一はあたしの泣き顔を見るのは初めてだろうか、それとも何度も見たことがあっただろうか……。
突然泣き出したあたしを見て、少しだけ現実に帰ってきたような修一の顔を見て、あたしは何故かそんなことを考えた。
「修一は生きているのよ。あなたは、つぐみの分も生きなくちゃいけないでしょ?」
「俺は……」
修一はあたしの顔から視線をそらし、鉄柵を離した。それからふらふらとおぼつかない足取りで、再び屋上の端に立った。
「修一っ!」
あの足取りでは、飛び降りる気がなくても落ちてしまうかもしれない。
「前に道がないことを知っているのと、道がない場所に突き出されるのとは違う。足をつこうとして、そこに道がないことを知ったとき、彼女はどう思っただろうか」
修一は独り言のようにそう言うと、あたしに向き直った。そして、かすかに微笑んだ。
その微笑みに、あたしの足は凍る。
異様なまでに安らかな微笑みは、あたしに“それ”を悟らせた。
やはり、彼を止めることは、あたしにはできない。
あたしには無理だった。
ごめん。つぐみっ――。
「ごめんな……」
「しゅ――」
「だ、だめーっ!!」
後方から涙の混じった“彼女”の大声が聞こえたのは、そのときだった。




