五章 夢(1)
また、あの日の夢を見た。
次第に回数は減ってきているものの、それでも何日か置きに見る悪夢がある。
それを今日、数日振りに見た。
あれは、去年のことだ――。
「修一、おめでとう」
「ありがと」
中学三年の全中。俺は100mとリレーで2冠を達成し、その帰り道につぐみから祝われた。
「びっくりした。すごいじゃない」
ついでに葵からも。
「まぁ、この三年間は全てを陸上に捧げたようなもんだからな」
「それで勉強もできるところが腹立つわよね」
葵がジトっとした目をして、軽く俺の肩をはたいた。大げさに痛がる俺を見てつぐみはくすくすと笑う。
「この程度が両立できないでどうする?」
「うっさい! どうせあたしはどっちもできませんよ」
「そんなことないじゃん、葵」
口を尖らせてわざとふてくされる葵につぐみがすかさずフォローを入れる。
そんないつもの光景が、もうすぐ崩れてしまうなんて、いったい誰が想像できただろうか……。
「あっ、しまった」
俺は足を止めてカバンをさぐった。
無い――。
どうやら、この誕生日につぐみからもらったタオルを競技場に忘れてきてしまったらしい。
「忘れ物したみたいだから取りに戻るよ。先に行ってて」
俺はそう言って身体を翻して走り出そうとするが、その服の裾をつぐみが掴み転びそうになった。
「あ、待って。私も行く。葵も行こ?」
「えー、邪魔者はここに残ってるから、二人で行ってくれば良いんじゃないかしら?」
葵は言いながらその場にしゃがみこんだ。そんな様子を困ったように見つめるつぐみの頭を軽く叩いてから、葵に顔を向ける。
「じゃ、そのご好意に甘えさせていただきます。……少々お待ちを」
恭しく一例をした俺の脛を蹴っ飛ばしてから、葵はつぐみに視線を向ける。
「行ってきなさい」
「うん、分かった。じゃ、ちょっと待ってて」
「俺に謝辞はないのか」
その問いを無視する葵を横目に、俺はつぐみと共に競技場に向けて駆け出した。
このとき、俺は何が何でもつぐみをその場に残しておくべきだったのだ――。
競技場につき、自分たちが荷物を置いて応援場所にしていた席に戻る。もしかしたら無くなっているかも、と心配したが、それは杞憂だったようでその場にタオルはちゃんと残っていた。
「あ、あった」
俺は安堵のため息をつき、それを首にかけた。それを見たつぐみも嬉しそうに微笑んで、
「あって良かったね」
と言った。その笑顔があまりにも可愛くて思わず抱きしめそうになったが、競技後で汗臭いことを思い出し、なんとか我慢した。
この先、いつだって、彼女を抱きしめることはできるはずだから――。
「じゃ、戻ろっか。葵も待ってるし」
「そうだな」
「ほら、早く早く」
「俺、結構疲れてるんだって。足もがくがく」
俺は苦笑を浮かべて、つぐみに手を引っ張られていく。全国大会終了直後だ。肉体的な疲労だけではなく精神的なものもあって、俺はかなり疲れていた。
もしかすると、それも一因になったのかもしれない。
戻ってきた道を俺たちは早足気味にまた戻っていく。跳ねるように駆けていくつぐみと、その手をしっかりと握り締めて、呆れ顔でついてく俺。
そのとき、確かに俺たちは幸せだった。
突如、強烈な風が吹いた。つぐみのポニーテールが左右に大きくゆれる。つづいて、俺の首からタオルが飛び、宙に待った。
「あっ……」
風に舞い、車道を飛んでいく一枚のタオル。ひらり、ひらりと“俺から離れていった”それはそのまま道路の中央付近に落ちた。
「取ってきてあげるよ」
俺が動き出す前に、つぐみはさっと駆けていった。
俺たちの手が外れた。
俺たちのつながりが外れた。
つぐみはすぐにタオルを手にし、俺に向かって微笑んだ。
……そして、誰かの悪戯であるかのように、またも強風が吹いた。
いきなりの強風に、目を瞑って髪を押さえ、その場に立ち止まるつぐみ。
それと同時に俺は気づいた。後方から、ありえないスピードで突っ込んできているトラックの存在に――。
「つぐみっっ!!」
そう叫んだのが早かったか、俺の足が道路に飛び出したのが早かったか、周りが悲鳴をあげるのが早かったか、はたまた、つぐみの身体が宙を舞ったのが早かったか……。
とにかく、次の瞬間には、俺の目の前は真っ暗になった――。
その後のことは、よく覚えていない。
後から聞いた話によると、トラックの運転手は居眠り運転をしていたらしい。
つぐみは即死だった。だけど、正直、そんなことはどうでもよくて、俺はただただ涙を流すつぐみの家族や、葵、友人たちを横目に、彼女がトラックに跳ね飛ばされた後も絶対に離さなかったタオルをきつく握り締め、呆然としていた。
いったい、これはどういうことなのだろうか。
俺の目の前で起きたことは何だというのだろうか。
それに答えてくれる人は誰もいなかった……。
ようやく、俺の目から涙が零れたのは、つぐみの葬式が終わって家に戻り、ひとりになってベッドに寝転がったときだった。




