温子との約束1
「来てくれてよかったわ」
今日も期待通りそこにいた図書室の魔女は、
僕の顔を見るなり息をついた。
「……僕を待ってたの?」
「ええ。今日会うことができなかったら、
あなたのことは諦めようと思っていたから」
「あー……その節は、
ご心配をおかけしました」
「別に心配してないわ。
ただ、こっちはこっちで行動しようと思ってただけ」
「行動って……もしかして、
他のメンバーのことが分かったの?」
黒塚さんは頷き、
視線を窓の外へと向けた。
それが、僕から視線を逸らしたように見えるのは、
多分気のせいじゃないんだろう。
「他のメンバー……
微妙な人みたいだね」
「そうね。
微妙な人だわ、きっと」
「でもまあ、ここまで来たら、
僕もある程度は覚悟してるから」
爽や琴子が死んでしまい、有紀ちゃんが偽物だった今、
これ以上驚くようなことはないだろう。
取り乱したりはしないから――と視線に込めて、
黒塚さんに続きを促す。
「調べて分かったのは、残る三人のうち二人。
一人は鬼塚耕平で、もう一人が部長よ」
「……誰なの? その部長って」
「森本聖」
その名前を聞いた瞬間に、
息が詰まった。
誰が来ようとも、黒塚さんに気を遣われないように、
平静を装っていようと思っていたのに……。
さすがにその答えは……少し堪えた。
「……本当、なんだよね?」
「ええ。信じたくはないでしょうけど、
間違いないわ」
「調べてみたら、
彼女はあの鬼塚と意外なほど繋がりが深かった」
「隠してたみたいだけど、あの鬼塚の性格だし、
やっぱり二人の繋がりは隠し通せるものじゃない」
本気で調べれば、
いくらでも尻尾を掴むことはできた――と。
そう……か。
聖先輩が、ABYSSの部長、か。
信じられないけれど――
信じるしかないんだろう。
何だよ、ホント。
僕の周りは、こんなにも
ABYSSの関係者ばっかりだったなんて。
「……やっぱり、殺すの?」
「部長を殺せば、私はゲームクリアになる。
それが答えよ」
……そっか。
黒塚さんと、
先輩が殺し合うのか。
そんなの見たくないけれど……
そこは止めちゃダメなんだろうな。
黒塚さんは、恐らくこの時のために、
色々なものを捨ててきているはずなんだ。
僕が、黒塚さんの行動に対して
とやかく言うことはできない。
それにきっと――それが、
彼女と先輩の役割だから。
そして、黒塚さんの行動が決まった以上、
一緒に歩けるのは今日で終わりだ。
ABYSSを特定する必要がないなら、
もう協力する意味もない。
「今までありがとうね、黒塚さん」
「……別に、
お礼なんていいわよ」
「それでも、
一杯お世話になったから」
黒塚さんがいなければ、
僕も温子さんも、もっと酷いことになっていた。
もしかすると、
死んでいても不思議じゃなかった。
だから、ありがとう――
そう頭を下げると、黒塚さんは横を向いて、
ふんと鼻を一つ鳴らした。
「最後だから、忠告しておいてあげるわ。
二人とも、もうここで手を引きなさい」
「爽とあなたの妹さんは本当に残念だったけど、
敢えて勝てない勝負に挑むことはないわ」
「私の相手と違って、あなたたちの相手は、
どう考えても普通じゃないから」
普通じゃない……か。
恐らく、温子さんが前に言っていた、
組織としてのABYSSなんだろうな。
「パートナーから聞いたんだけど、
あのラピスってやつが本当に手を回してるらしいわ」
「だから、ここで手を引けば本当に日常に戻れるわよ。
処理班も動いていないみたいだし」
「……前に言ってた、
ABYSSの火消し係だね」
「そう。現状で死体だらけなんだから、
本当はもう処理班が動いてる状況なのよ」
「それがない理由をパートナーに確認したら、
処理班を呼べないくらい失敗したからだろ? って」
「本当はもっと詳しい話もありそうなんだけど、
隠されて聞き出せなかったのよね」
「まあ、裏に何があっても、
ここで手を引けば全部関係ない話になるけどね」
だからもう手を引きなさい――と。
黒塚さんは真摯に、
僕の目を見て呟いた。
そこには何の裏もない。
ただ、純粋な善意だけがあった。
「……ありがとう、黒塚さん」
それでも――
その善意は嬉しいけれど、
素直に頷くことはできなかった。
復讐なんてやめたほうがいいことは、
僕だって分かってる。
分かってる。
ただ、頭と心は、
別の場所にあるというだけだ。
そんな僕の内心を悟ったのか、
目の前の黒塚さんの顔が、僅かに曇った。
「復讐、するのね」
「……まだ決まったわけじゃないよ」
僕の回答に、黒塚さんは目を伏せて、
『そう』と小さく呟いた。
「復讐を否定する気はないわ。
……私も同じだから」
えっ……?
「何だか不思議ね。
まるで鏡を見ているみたい」
「同じ理由で、境遇で……全て共感できるはずなのに、
何故かあなたを見ていて嬉しくない自分がいるわ」
「……そっか」
黒塚さんも、なんだ。
「……ごめんなさい。
今のは忘れて」
「そして、さようなら。
きっともう、二度と会うことはないでしょうから」
開きかけた引き出しを閉じるように話を切って、
黒塚さんは寂しげに笑みを浮かべた。
二度とというのは、
きっと比喩じゃない。
僕らの関係は、ここでお終い。
後は、何がどうなるにしても、
僕らの道が交わることはないだろう。
「あ、最後に新しく分かった情報を一つ」
「何かしら?」
「琴子と一緒に死んでた
あの安藤有紀って子は、偽物だった」
「調べてみたけれど、
あの子はうちの生徒でもないみたい」
「そう。ありがとう」
「それから、聖先輩と話しておきたいんだけれど、
僕が接触しても構わないかな?」
黒塚さんが行動に移すと言った以上、
もう先はない。
聖先輩がABYSSであるからには――
黒塚さんがプレイヤーであるからには。
間違いなく、
殺し合いになるだろう。
その前に、
どうしても確認しておきたいことがある。
「一応、黒塚さんが行動に移す前にとは
思うんだけれど……」
「別に構わないわ」
「そう、ならよかった」
それじゃあ、今すぐ行ってくるね――と踵を返すと、
もう一度、黒塚さんが僕の名前を呼んだ。
見返ると、黒塚さんは何か言いたそうな顔で、
こちらを見ていた。
それに僕は、曖昧な笑顔を返して、
図書室を後にした。




