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違和感の正体2

そうして、会話を交わすようになってから、

しばらく経ったある日――


「……お前に怖いものはないのか?」


温子はふとした疑問をぶつけてみた。


「怖いものって……お化けとか?」


「私の噂、

お前だって聞いてるだろ?」


嘲けるような笑みを浮かべながら、

温子が首を傾ける。


いかがわしい行為で荒稼ぎしている。

他の女の子も脅して稼がせている。


気に入らない相手は男に殺させる。

あるいは温子自身が凶器を使ってバレないように殺す。


どれも、周囲から人を排除し続けた温子が、

その代償として流されていた噂だった。


「もし噂が本当だったら、

お前も私に殺されるかもしれないぞ?」


「いやー、ないない。

だってあの噂って嘘でしょ?」


「……どうしてそう思う?」


「朝霧さんが噂通りの人だったら、

とっくに僕をどうにかしにきてるはずだから」


「なんだ、嫌がられてる自覚は

あるんじゃないか」


苦笑いする晶に、

温子が不機嫌そうに目を細める。


だったら放置してくれればいいのに、

何故この謎の生き物は無駄に関わって来るのか。


どうしてこちらの疎ましいと思う気持ちを受け流し、

好意的な対応を取ってくるのか。


まさか、自分のことが好きなのか?


そう考えたこともあったものの、

さすがにそれはバカらしくて捨てた。


自分は人に好かれる人間ではないし、

何より、この謎の生き物は普通じゃない。


他と違うことが明らかである以上、

そういう“普通”で考えること自体間違っている。


何か、この生き物を理解するための定規は、

ないものだろうか――


そう思った時に、

温子の頭に浮かんだものがあった。


「人を殺すって、

どういうことだと思う?」


「……どうしたの、急に?」


「別に。気まぐれで聞いてみただけだよ」


……温子はこれまでにも、

何人かに同じような質問を投げている。


単純な興味や、話の流れ、人を追い払うためと、

理由はその時々で違った。


あるいはそれは、様々なしがらみで実現できない

人を殺すことの代替行為だったのかもしれない。


ともあれ、その温子の投げた石は、

色々な波紋を起こした。


曰く、選択肢の一つ、絶対にしてはいけない行為、

別に普通のこと、脅し文句、本性を暴く儀式――


どれも、温子が思考実験の末に出した結論の一つであり、

特に興味を引かれることはなかった。


ただ、この質問にどう答えるかで、

何となく人のタイプを分類できる気がしていた。


それを今、この謎の生き物に

ぶつけてみたというわけだ。


「人を殺すことかぁ……」


晶がぽりぽりと頬を掻く。

目を閉じ、難しい顔をして小さく唸る。


一応は、真面目に考えているらしいが、

温子はあまり期待していなかった。


確かに晶は理解不能ではあるが、

その性質が秩序を重んじていることは明白だ。


どうせ、社会通念に照らし合わせて、

『良くないこと』等の回答が来るに違いない。


そう思っていたからこそ――


「……声に似てるかな」


その回答には、度肝を抜かれた。


「声に……? 何だそれ?」


かつてない、そして自身の内からも生まれなかった

予想外の回答に、温子が思案顔を作る。


そんな温子の様子に気付いたのか、

晶はごまかすように笑って、慌てて手を振った。


適当に言ってみただけだから、

あんまり気にしないで――と。


だが、適当に出た答えでないことは、

温子にも分かっていた。


どういう経験をしてきたら、

そんな答えが出てくるのか。


一体どういう理由で、

人殺しは声に似てるなどと思ったのか。


様々な質問を投げたが――

晶は、のらりくらりと躱すだけだった。



次の日も、その次の日も問いただすが、

納得の行く答えは返ってこない。


謎の生き物は、より謎の生き物となって、

温子の中に棲み着いた。


そうして――晶と温子の立場は、

そっくり入れ替わった。


未知は興味を呼び起こし、

興味は行動に繋がる。


口を割らすことは不可能だと悟った温子は、

ひとまず、晶という人間を知ることにした。


そのために、なるもんかと思っていた副委員長になり、

晶の傍に常に張り付いた。



観察していて分かったことは、近くで見る晶は、

酷く隙だらけだったということだ。


成績は良くても、効率に意識が向かず、

問題解決に関しては非常に下手だった。


見ていられずに温子が手を貸してやると、

物事が不思議なほど上手く回った。


晶以外の人間も同様で、

少し手を入れるだけで輝いた。


それを何度か繰り返していくうちに、

いつしか、温子を頼る人間が周りに増え始めた。


新鮮な経験だった。


『利用されることを楽しめるのはおかしい』と

晶に言った温子だったが、それも悪くないと知った。


また、価値観の違いや能力の差は、

個性の一つでしかないことも理解した。


興味の持てなかった他人を、

いつしか進んで観察している温子がいた。


『人殺しは声に似ている』という言葉の意味を知るべく、

晶の傍についたはずだったのに――


その目的が、どんどん

どうでもよくなっていった。


だが、一方で、

晶への興味は尽きなかった。


何故、決して優秀ではない晶の周りに

人が集まるのか、今ならよく分かる。


初対面でも取っつきやすいほど柔らかく、

適度に隙があり、自身が損することを惜しまない。


そして、頑張ったぶんだけ結果を出すという、

思わず応援したくなる人物だった。


そんな人間の傍にいて、

惹かれない人間がいるわけがない。


そうして、温子の中に棲む謎の生き物は、

優先的に支えたくなる人へと変わった。


晶の喜ぶ顔を見ることが、

温子の新たな目的となった。


さらに時が経ち――


冬を越えた辺りになると、

誰にでも優しい晶に、やきもきするようになった。


それが恋なのだと気付いたのは、

春を迎え、二年に上がった頃だった。






ゆっくりと目を開ける。


カーテンを久々に引いた部屋は仄明るく、

朝靄がかかったように淡かった。


昨日までは皮膚を溶かすように感じていた朝の光が、

今日は随分と柔らかく感じる。


ようやく、心の整理がついたからだろうか。


そういえば……と、少し心配になって、

一つ一つ思い返してみる。


琴子のことも、爽のことも、

きちんと覚えていた。


「……よかった」


ほっと胸を撫で下ろす。


二人のためにも、もう絶対に、

この思い出は忘れないようにしないと。


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