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ABYSSとの戦い 温子編2

「……というわけで、

これから私たちが目指すのは化学準備室だ」


温子さんが、

男から情報を聞き出すのに使った時間――約一分。


初手でいきなり顔目がけて振り下ろした鋏が、

床に自立するほど深く突き刺さった時点で決まりだった。


「でも、あれは正直言ってやり過ぎでしょ……。

普通に当たったら死んでたと思うよ?」


「ああ、殺すつもりでやったからね」


えっ……?


いやいやそれはまずいでしょうと目で訴えると、

温子さんは首を横に振った。


「さっきのあいつは、人数を考えても、

正規のABYSSじゃなくて片山の部下のはずだ」


「だから、もし仮に殺してしまっても、

そこらじゅうに代わりは居るから問題ないよ」


「……そういう発想ができる

温子さんが凄いよ」


正直、落ちこぼれとはいえ元暗殺者の僕よりも、

ずっと暗殺者めいた思考だと思う。


「……私からすると、さっきの晶くんのほうが、

ずっと凄かったと思うけれどね」


それは……。


「あの三人を制圧した動き、

どう考えても普通じゃないよね?」


「スポーツをやってたとか、格闘技をやってたとか、

そういう次元じゃないのは私が見ても分かったよ」


「……もちろん、私の知っている晶くんは、

あんな動きはできない」


それこそ、ABYSSみたいだった――と、

小さな呟きが聞こえてきた。


「……ねぇ、晶くん。

君は、本当に晶くんなのかい?」


温子さんの瞳が、

眼鏡越しにじっと僕を見つめてくる。


答えがどうであろうと目を逸らさないという、

意思の篭もった視線。


それに僕は、


「……僕は僕だよ」


ありのままを答えた。


「でも、温子さんの知らない部分が、

僕の中にあるのは間違いないよ」


「そうか……そうだったね。

あれも晶くんなんだ」


「……ずっと隠しててごめん」


「いや、全然気にしてないよ。

逆に、晶くんに助けてもらえて本当に助かった」


「……我ながらどうしようもないくらい、

頭に血が上っていたんだと思う」


「しょうがないよ。僕が温子さんだったとしても――

っていうか、僕は僕でキレてたし」


「そういえば、

晶くんの怒ったところ初めて見たよ」


「あんなに凄かったんだね。

正直言って、未だにちょっと信じられない」


「……そういう風に驚かせるのが嫌で

隠してたのもあるかな」


『なるほどね』と、

大きく溜め息をつく温子さん。


「晶くんをよく知ってるつもりだったけれど、

実は全然知らなかったんだなぁ……」


「……僕もそうだよ。

温子さんが格ゲー好きなんて、想像もしなかったし」


う――と、

気まずそうに目を逸らす温子さん。


その顔を微笑ましい気持ちで眺めながら、

『でも』と言葉を続ける。


「友達って、そういうものなんだと思う。

長い時間を過ごして、相手を知っていくっていうか」


「逆に言えば……相手に自分の隠し事を教えるのも、

時間をかければできるんだと思う」


そう。だから――


「今は僕に自信がないから、

詳しくは言えないけれど……」


「それでも、いつかちゃんと話すよ。

温子さんに、僕のこと」


「……分かった。待ってるよ」


「ありがとう」



「……っと、また悲鳴だ」


「これって多分、

仮面の連中の悲鳴だよね?」


「加工音声が混じっているから、間違いないと思う。

正規のABYSSか片山の手下かは分からないけれど」


「ただ、どちらにしても、何かがおかしいのは確実だ。

片山が手下を差し向けてきてる様子もないし」


「チェックポイントで

待ち伏せてる可能性は?」


「なくはないけれど、

可能性としては低いかな」


「私たちが手下から情報を引き出すことくらい、

片山でも予想はつくだろうから」


……確かに、それだったら、

生徒会室と化学準備室の間に兵隊を配置するか。


もう、チェックポイントは、

ほとんど意味を持ってないわけだし。


「何にしても、

とにかく今は爽たちを助け出すのが最優先だ」


「何が起こっているのかは分からないけれど、

私たちの目的地は変わらないよ」


とにかく、化学準備室に――


その一心で、

廊下を走る/階段を駆け下りる。


気配はなし。


“判定”の音もなし。


このまま一気に行けるか?





そう思っていたところで、

女の絶叫が耳に飛び込んできた。





背筋の凍るような狂気の絶叫。


なのに、温子さんは

それに気付いた様子もない。


つまり、この絶叫は

“判定”の音であり――


僕の記憶の限り、

この音を出すのは一人しかいなかった。


「温子さん、下がって」


音の鳴る方向へと正対し、

温子さんを背後に庇う。


鉄ヤスリの代わりに生徒会室から持って来た

警棒を伸ばし、前方へと構える。


それとほぼ同時に、月光の冷たい明かりに浮かされて、

化学準備室の辺りから白い仮面が現れた。


その手に握るアーチェリー。


身に纏うセーラー服。


見紛うはずがない。

忘れられようもない。


二日前のちょうどこの時間に出くわし、

逃走を余儀なくされた、まさしく都市伝説級の怪物――


「あなた達のゲームはここで終わりです」


アーチェリーのABYSSが、

僕らのゴールに立ちはだかっていた。


「晶くん、あれ……」


「……うん。

僕が遭ったって言ってたABYSS」


「ということは、これが本物か」


背中から温子さんの緊張が伝わってくる。


……さて、どうするか。


出会ったら逃げればいいと考えていたけれど、

ゴールで待ち受けられていたらそうはいかない。


しかも、この間と違って、

今日のゲームの主役はこの僕だ。


琴子や爽を助けなきゃいけない以上、

ここで引くことはあり得ない。


視線の先――

ゆっくりと弓に矢を(つが)えるアーチェリーの仮面。


その緩やかな所作が

激流のような苛烈さを帯びる前に、


「うわっ!?」


温子さんを抱えて、

すぐ傍の教室へと飛び込んだ。


直後、壁を金槌で殴りつけたような音が響き、

さらに遅れて足音が廊下を叩いた。


この間と同じで、

やっぱり直接仕留めに来る算段らしい。


僕の反撃を警戒して慎重に来るだろうけれど、

それでも、そこまでの猶予はないか。


「温子さん、聞いて」


教室のドアに鍵をかけつつ、

温子さんに声をかける。


「今から二人で、窓から中庭に出よう。

そうしたら、温子さんは化学準備室を目指して」


「でも、アーチェリーの仮面が見えたらすぐに、

近くの教室の窓を割って、中に隠れて欲しい」


「僕は、温子さんが窓を割る時間を稼ぐから」


「分かったけれど……晶くんは?

大丈夫なの?」


「大丈夫。二日前に、

あいつに襲われて逃げ切ってるしね」


「それに、僕が上手く敵を引きつけさえすれば、

温子さんに隙を作ってもらえるでしょ?」


「ああ……これだね?」


ニヤリと笑みを浮かべる温子さん。


つくづく、真ヶ瀬先輩の

武器の趣味の良さに感心する。


本当に、ABYSSと戦うことを

想定してたんだろうな。


「でも、絶対に無理はしないで。

物陰から半身以上は出しちゃダメだから」


「できれば隠れる場所も、

拳銃の弾が貫通しないくらいの気持ちで探して」


『分かった』という温子さんの頷き。


……足音がだいぶ迫ってきた。

もう猶予はない。


「それじゃあ、

窓を割る用の椅子を持って走って」


温子さんに指示を出しつつ、

教室の扉の前に机を数個、バリケード代わりに寄せる。


続いてUターン/急いで窓際へと走り、

温子さんの開けた窓から中庭へと飛び出す。



それとほぼ同時に、廊下側の扉の向こうに、

アーチェリーのABYSSの姿が見えた。


扉ががたがたと音を立てるのを聞きながら、

隣の教室へ走り、アーチェリーの視界から外れる。


さらに、扉が壊れる音を聞きながら、

壁際の配管を伝って二階へと駆け上がった。



そのまま窓を壊して、

二階の教室へ侵入――


規則的に並ぶ大量の机を手に取って、

その中身ごと、片っ端から窓の外へと放り投げた。


さらに、手近な椅子をかき集められるだけかき集めて、

数脚重ねて再び窓の外へ。


そうして中庭を見下ろすと――


ぐわんぐわんと音を立てて暴れる机と、

真っ直ぐにこちらを捉えるアーチェリーの仮面があった。


すかさず飛んでくる射撃――

ベランダの壁を盾にしゃがんで躱す。


そのままベランダ伝いに移動し、

第二射が飛んでくる前に椅子を投げ返す。


アーチェリーの仮面の回避――

同時に第二第三の矢を番える/射てくる。


不安定な態勢だったはずなのに、

狙いも威力も速度も全くブレる様子がない。


まるで機械のような正確性。


機を見て下りるつもりだったけれど、

これはさすがに予定変更か?


まあとにかく、

今ある椅子(たま)を使い切ってから考えよう。


そう考えて、

射撃の合間に椅子を投げ続ける。


そもそも当たることは想定していない。

プレッシャーをかけられればそれで十分だ。


このままベランダの影に隠れていれば、

相手側も打つ手が無いはず。


後は、温子さんが隙を作ってくれるまで、

投石機のように椅子や机を降らせ続ければ――



「!?」


突如、頭上からガラス片が降り注いできた。


そのガラス片から頭を庇いつつ、

這いつくばってその場を離れる。


その動きを読まれているのか、

二階の窓ガラスが的確に狙撃によって破壊されていく。


ベランダに撒き散らされるガラス片。

這いずって動くことができなくなる。


が、ガラスは一度割ってしまえば使えないし、

このままやり過ごせるか?


――いや、まずい。


僕のほうでABYSSを引きつけておかないと、

温子さんを狙われる。


被弾覚悟で体を晒し、

アーチェリーの仮面への投擲を再開する。


すかさず飛んでくる矢の嵐。


当たりこそしないものの、

あまりの苛烈さにその場に釘付けにされる。


そうこうしている間に、

こちらの椅子(たま)の数がゼロに。


やばい、教室に取りに行く暇はあるか?


そう思って教室に目を向けた瞬間――

背後の中庭が鮮やかな緑色に輝いた。


振り返る先で、

アーチェリーの仮面が大きくよろめく。


何が起きたのかは、

考えるまでもなかった。


夜の闇に走る強烈な一筋の光。


真ヶ瀬先輩の対ABYSSコレクションの一つ、

3Bクラスレーザーポインター。


その光の槍が、緑の輝きを持って白面を貫き、

ABYSSの目を焼いたのだと分かった。


「ナイス温子さん!」


すかさず階下に飛び降り、

警棒を抜いて仮面に突撃する。


幾らABYSSが超人だとしても、

光だけは避けられない。


あのレーザー光を受けて、

平気でいられるわけがない。


むしろ、普通の人間より視力や感度が上がっているなら、

そのダメージも大きいはずだ。


どれだけその目を封じていられるかは分からないけれど、

この機に一気にカタを付ける!


「ふっ――!」


射程に入ると同時に、

警棒を薙ぎ払う。


目元を押さえながら後ろへ飛び退る仮面――

そのまま横へステップ/さらに後ろへ跳ぶ。


距離を開けたいのが見え見え。

もちろん、相手の思う通りにさせてやる筋合いはない。


追い縋って警棒を振るう。

蹴りを入れつつ相手の進路に回り込む。


器用に捌くアーチェリーの仮面――


逃げ場を求めながら、

なおも矢を番えようと洋弓を軋ませる。


ただ、距離を離せないのであれば、

その行動に意味はない。


相手の潰れた視界側に絶えず移動し、軸をずらしながら、

ひたすら側面から圧力をかけていく。


「おっと」


いよいよ打つ手がなくなったのか、

仮面が手の中の弓を振り回してきた。


その苦し紛れの攻撃をスウェーイングで避けつつ、

ついでに警棒で相手の得物を殴りつける。


もちろん足は止めずに、

さらに仮面の側方へ。


逃げる仮面――それでも食らいつく

/死角に回り込む/打撃の雨を降らせる。


が、見えないはずの攻撃なのに、

当たらない。


脇腹に蹴りを叩き込む――弓で防がれる。


警棒を鎖骨目がけて振り下ろす――弓で防がれる。


ならばとローキック――

スカートが翻り飛び出してきた足に受けられる。


驚嘆すべき器用さ/戦闘能力の高さ。


幾ら“集中”していないとはいえ、

ここまでのハンデがあってまだ五分か。


いや――違う。


圧倒的に僕が勝っている部分があった。


それは、武器の強度。


こちらの警棒も、お世辞にも強いとは言えないものの、

さすがに用途の違う弓とは比べものにならない。


接触する度に、

相手の武器が悲鳴を上げていくのが分かる。


このまま行けば、じきに――



そう思っていた矢先に、

アーチェリーのアッパーリムが音を立てて折れた。


瞬間、勝負の天秤が急激に傾いたのを確信し、

反撃を怖れず相手の懐に飛び込んだ。


そして――打つ。


当たる当たらないを度外視して、

ひたすら仮面に攻撃を仕掛ける。


何発かは捌かれた。

何発かは躱された。


けれど、その二つを足してなお余る数が、

相手の体へと届いた。


有効打は幾つかは分からない。


ただ、仮面から零れる小さな呻き――

加工音声でも分かる苦痛の証。


……効いてる!


「うおぉおおっ!!」


このまま(とど)めだと、

体ごとぶつかるつもりで警棒を突き込む。


けれど、さすがは超人と言うべきか。


仮面の少女は、機能を失った得物をこちらへ投げつつ、

素早く僕との距離を離してきた。


それから、だらりと脱力して/顔を俯けて、

こちらへと正対してくる。


……仮面でその表情は窺えないものの、

辛うじて立っているといった印象。


虎の子のアーチェリーも破壊したし、

大勢は決したと見ても――



「……えっ?」


その時、気付いた。


それから、一瞬、自分の耳を疑った。


けれど、間違いない。

間違いじゃない。



こいつの“判定”の音が。


ここまで追い詰めたはずの、

こいつの“判定”の音が。


明らかに、大きくなっている――


アーチェリーの仮面が、

下げていた腕をゆらりと持ち上げる。


何てことない動作。


なのに、一瞬、その腕が抜き身の刀のように見えて、

思わず息を呑んだ。


“判定”の絶叫は、

まだ大きくなっていく。


いやいや、

ちょっと……やめてくれよ。


何なんだよ、こいつ――!?



「……え?」


突然、電子音が聞こえたかと思ったら、

アーチェリーの仮面はくるりと僕に背を向けた。


それから、まるで最初からいなかったかのように、

あっという間に夜の闇の中へと消えていった。


……何があった?


呼び出し?

それとも時間制限?


明らかに臨戦態勢に入っていたはずなのに、

あんなにあっさり引くなんて……。


「晶くん、やったね!

上手くあのABYSSを追い払えてよかった」


温子さんが明るい顔で、

隠れていた教室から飛び出してくる。


「……あれ、どうかした?

あんまり喜んでいないみたいだけれど」


「いや……ちょっと、実感がなくて」


「実感がないのは私のほうだよ。

晶くんが戦ってたなんて、未だに信じられないし」


引きつった笑いを零す温子さん。


それに、

僕は愛想笑いしか返せなかった。


……さっきのはどう考えても、

追い払っていない。


帰ってもらえたというほうが適切だろう。


アーチェリーの仮面は、

初対面から恐ろしい存在だと思っていた。


けれど、いざこうして戦ってみると、

今のほうがずっと怖く感じる。


もし。


もしも、あのまま続けていたら。


僕は、あのABYSSの少女に

勝てたんだろうか……?



「晶くん……」


「あ、ごめん。

早く行かないとだね」


アーチェリーの仮面について考えるより、

爽を助けるほうを優先しないと。


「いや、違うんだ。

そうじゃなくて、何か変じゃないか?」


変……?


そんなことを言われても、

周りには特に怪しい気配はない。


どこかで誰かが何かをやらかしている様子もなく、

ようやく静けさを取り戻したとも言えなくない。


この状況の、

どこが変なんだろうか?


「それだよ」


神妙な顔で頷く温子さん。


「さっきまであちこちで上がっていた男の悲鳴が、

いつの間にか全然聞こえなくなってるんだよ」



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