表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/228

悪夢の始まり5<過去>

有無を言わせない怪人の言葉に――


少女の口から、

初めて小さな嗚咽が漏れた。


これまでずっと我慢していた気持ちが、

堰を切ったかのように溢れ出してきた。


「あらあら、とうとう泣き出してしまいましたね。

素直になっていただけたようで何よりです」


目元を擦りながらしゃくりあげる少女に、

怪人が拍手を送る。


「では、用意が整ったところで、

ゲームの説明をしていきましょうか」


「一度しか説明しませんから、

聞き逃して後悔することのないようにして下さいね」


嘲るような仮面の忠告に、

少女はハッとなって嗚咽を飲み込んだ。


そして、溢れてくる涙を何度も拭いながら、

必死になって仮面を睨み、説明を聞く準備を整えた。


「まずゲームの目的ですが、

こちらで設定した勝利条件を達成することです」


「クリアさえすれば首輪は外してあげますし、

ご褒美も用意してありますので、是非頑張って下さいね」


「なお勝利条件ですが、三つ用意してあります。

どれを選択していただいても構いません」


怪人が右手を上げ、一つ指を立てる。


「一つ目は、五人いるABYSSのメンバーのうち、

誰か一人を殺害すること」


殺害という言葉に、少女の顔が強張る。


殺し合いをしてもらうとは、

確かに言われていた。


ただ、勝利条件の一つとして実際に提示されてみると、

体がすっと冷たくなった気がした。


「対象となるABYSSのメンバーは、

学園内を徘徊しています」


「全員が必ず仮面をつけていますから、

それを目印にして下さい」


「もちろん、私でも構いませんので、

見かけたら遠慮なく殺しにきて下さいね」


「……そんなことしません」


いちいち言わせるなと含ませた回答だったが、

怪人は興味なさそうに『そうですか』と流した。


「なお、一人殺した時点でクリアとなりますが、

夜明けまでであれば、何人殺しても問題はありません」


「ただし、ABYSSの部員は例外なく――」



「きゃあっ!?」


「……と、こんな感じですので、

注意して下さい」


目の前で事も無げに破壊された教卓を見て、

少女が息を呑む。


こんなのと殺し合えなど、

たちの悪い冗談以外の何だろうというのか。


「さー次々行きましょうか」


そんな少女の心中など知ったことはないとばかりに、

仮面の怪人が二本目の指を立てる。


「二つ目の勝利条件は、

学園内に存在する五つのチェックポイントを回ること」


「チェックポイントにはカードが一枚ずつあり、

その五枚を手に入れた時点でクリアとなります」


「チェックポイントがどの場所にあるのかは、

タカツキリョウコさんの同行者に聞いて下さい」


同行者という新たなワードが気になるものの、

まともそうな条件の提示に、少女は胸を撫で下ろした。


化け物に殺されるのはもちろん考えたくもないが、

人を殺すことも問題外だ。


どちらも避ける手段があるのであれば、

それに越したことはない。


「では、最後に三つ目――

人質の救出となります」


「人質……?」


不穏なその言葉に、

少女が眉をひそめる。


もしかして、自分と同様に、

他にも浚われてきた人がいるんだろうか――


「喜んで下さい。

可愛らしい男の子ですよ」


――ぴたりと、少女の動きが止まった。


「……は?」


可愛らしい男の子?

人質?


ちょっと待て。


人質という言葉を適用される人物は、

交渉相手にとって価値のある人物ではなかったか?


「ま、さか……」


口の端の引きつった笑顔に見えなくもない表情で、

少女が怪人を凝視する。


可愛らしい男の子。

価値のある人物。


心当たり――ないわけがない。


それでも、それはあり得ない。


そんなことが許されるわけがない。


そんなことがあってたまるはずがない。


だよね? という脅し染みた確認を、

タカツキリョウコが血走った目で投げつける。


それに、怪人は蕩けるような優しい声で、


「素敵な弟さんで羨ましいですね、

良都く――」


「あぁあああぁぁっ!!」


言い終わる前に、

少女の腕が怪人の喉元へと走っていた。


痛い目に遭わされたとか、殺されるかもしれないとか、

そういう一切は周りの景色と共に消し飛んでいた。


とにかく弟のために、

視界に居座る白面を排除しようと突進していた。


だが、突然の襲撃にも関わらず、

怪人に動じる気配は微塵もない。


伸びてきた少女の腕をやすやすと捕らえ、

勢いそのままに投げ飛ばし――


「げふっ!」


地面に叩きつけられた少女が、

痛みと酸欠の苦しみに呻きを漏らした。


その様子を、笑顔の面がしげしげと見下ろす。


「随分にぶい人だと思っていたんですが、

弟さんの名前を出しただけで凄い反応ですね」


「いいですね、そういうの。

麗しの姉弟愛とでも言うのでしょうか?」


「……おや?」


仰向けに倒れ悶えていた少女が、

うずくまって体を起こしたかと思いきや――


床に手をつき、怪人の靴を舐めるように、

深々と頭を下げた。


「お、お願い……」


「お願いします……お願いしますから、

良都は勘弁してあげて下さい」


少女が顔を上げ、(そび)える怪人を仰ぎ見る。

縋るように、黒衣の端を握りしめる。


「あの子、まだまだ子供なんです……

大事にしてやりたいんです」


「……手、離してくれますか?」


「何も知らないあの子を、

こんなことに巻き込みたくないんです」


「だから……私ならどうなったって構いませんから、

どうか弟だけは助けてあげて下さい。お願いします」


「あの、日本語分かります?

手を離せと言っているんですが」


「お願いします、

良都だけはお願い……!」


「弟殺すぞ?」


「ッ!?」


言われた途端、少女が真っ青になって仰け反り、

ひっくり返るようにして怪人から離れた。


「……どうもまだ、

勘違いしているようですね」


恐怖に顔を凍らせる少女を見下ろしながら、

怪人が大きな溜め息をつく。


「確かにあなたはゲームのためには必要ですが、

浚ってくれば幾らでも換えは利くんです」


「そんな価値しかないあなたが命を張ったとして、

それで交渉できると思いますか?」


「でもっ、どうしても良都のことは……」


「ああ、皆まで言わなくて結構ですよ。

相手をするのも、そろそろ疲れてきましたから」


怪人がおもむろに携帯を取り出す。


それから、少女を一瞥して、

いかにも手慣れた風に操作していく。


「ちょっ……まさかそれって……」


少女が自身の首元に手を伸ばす。

指先に触れる、ごつごつとした手触り。


この生け贄を繋ぐ首輪は、確か、

電話でも作動すると言っていなかったか――


「う、嘘でしょ?

だってこれから、ゲームを始めるんだし……」


少女が引きつった顔で確認するも、

怪人は携帯から目を離そうとしない。


「ちょっと! ねぇ!」


幾ら言っても帰って来ない返答に、

少女が悲鳴じみた声を上げる。


が、怪人は黙々と携帯を弄り、

やがてこれ見よがしに『決定』と呟き、ボタンを押下――



「きゃあっ!?」


「そんなに焦らなくても大丈夫ですよ。

今のはメールを送っただけですから」


「……えっ?」


「ふふふ。なかなかいい顔していますよ。

よく訓練された生け贄の顔です」


「なっ……」


そんなの違う――と言い返したくとも、

少女の口からはまともに言葉が出て来なかった。


死を覚悟して強張らせた体からは、未だに力が抜けず、

情けないと思いつつも手足が震えていた。


「さて、これで説明は終わりですが、

その様子だと十分に理解できたようですね」


「私はこれから所定の場所に待機しますので、

もし不明な点があれば、同行者に聞いて下さい」


この教室の外で待機していますから――と、

怪人が廊下の外を顎で示す。


「同行者の名前は鬼塚(おにづか)

あなたのサポート役であり撮影役でもあります」


「サポート……撮影……?」


「どちらもあなたに対しての、ですよ」


くすりと、意味ありげに怪人が笑う。


が、それもすぐに止んだかと思うと、

怪人は踵を揃えて僅かに顔を上げ、息を吸い込んだ。


「それでは、

これより“ABYSS”を始めます」


鈴のように通る声で、

重苦しくも(おごそ)かに。


怪人――ABYSS部長は、

ここにゲーム開始を宣言した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ