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綺麗な石ころ<過去>




少女が薄く目蓋を開かした先には、

暗色に塗れた壁があった。


「あれ……ここ、」


どこだろう、と言いかけてその声が止まる。


同時に、自身の置かれていた状況を

少しずつ思い出していく。


知らない校舎。白い仮面。

部長。副長。そして――


「鬼塚……さん?」


彼に打たれ痛む首筋を押さえながら、

少女が周囲を見回す。


現実感(いたみ)がある以上、

夢や死後の世界でないことは確かだ。


もちろん、“タカツキリョウコ”にされた彼女としては、

この状況は悪夢としか思えなかったのだが――


「鬼塚さん……どこ?」


その悪夢の中で見つけた貴重なパートナーである、

鬼塚の姿が見当たらなかった。


少女の記憶によれば、

鬼塚は生徒会室の前で“誰か”を殺そうとしていた。


その結果次第で、

彼女の立ち位置はガラリと変わってくる。


“誰か”がABYSSであるならば、

殺害をした時点で少女のゲームは勝利が確定。


逆に鬼塚が敗北をした場合は、

確実に悪い状況になっていることが予想される。


果たして、現在の状況はどちらの結果なのか――


「ここ、どこなんだろ……?」


目に入るのは、ファイルの詰まった棚

/カップのある流し台/学習机ではなく長机などなど。


一般教室ではないが、天井や床は他と同じであり、

少なくともまだ学園内にはいるらしい。


最後は廊下で気絶したはずなのだが、

鬼塚が運んだのだろうか。


そうだとしても、

一体鬼塚はどこに行ったのだろうか。


よく分からない状況と、一人でいることの心細さに、

少女がぐっと身を竦ませる。


「鬼塚さん……ねぇ、どこ……?」


「鬼塚ならいないよ」


「ひぃっ!?」


突然、背後から現れた声に、

生け贄の少女が慌てて飛び退る。


と――


「あ、よかった驚いてくれて。

その反応をずっと待ってたんだ」


驚きに見開かれた目の向こうに、

場違いとも思えるほどに屈託のない笑みがあった。


「でも、そんなに怖がらなくていいよ。

危害を加えるつもりはないから」


この学園にいる人間にあるまじき言葉に、

少女が首を傾げる。


というより、そもそもの疑問として――

この少女はABYSSなのか、否か。


小柄な身体/幼さの残る顔/高い声――

外見から予想される年の頃は自身(タカツキリョウコ)よりも下だろうか。


しっとりまとまった金の髪の下に佇むのは、

夜の青が溶け込む大きな瞳と、微笑を作る艶やかな唇。


そして、それらの特徴的なパーツと

白い肌ををまとめて包むゴスロリ衣装。


綺麗に飾り付けられた等身大の人形(ドール)そのもの。


ABYSSの仮面たちはどれも非日常的な格好だったが、

それとは別なベクトルでこの少女も十分非日常的だった。


そんな得体の知れない人形のような少女を、

タカツキリョウコが訝しげに睨み付ける。


「あなた……誰ですか?」


「ラピス。別に覚えなくていいけどね。

所詮は綺麗な石ころでしかないから」


わけの分からない回答に、

リョウコが眉をひそめる。


そんな少女の反応を楽しむように、

ラピスは笑顔を浮かべてスカートの裾を揺らした。


「何にしても、別に私を怖がる必要はないよ。

私は鬼塚のお友達だからね」


「えっ?」


「私がタカツキさんが起きるまで待ってたのは、

彼にキミのことを頼まれたからだよ」


「頼まれたって……

本当に、あなたは鬼塚さんの友達なんですか?」


「そう、お友達。

お友達のお友達だって、お友達でしょ?」


屈託のない笑みを見せるラピス。


味方が増えるのは少女にとって純粋にありがたいが、

果たしてその言葉を信じていいのかどうか。


「あの……鬼塚さんは、今どこに……?」


「部長のところに行くって言ってたよ」


ということは、

作戦は続行中と見ていいだろう。


カメラを壊されたことを部長に報告した後、

他の男の部員を連れて戻ってくる手筈通りだ。


ただ、彼と合流するには、

一体どこへ行けばいいのだろうか。


「……他に、鬼塚さんは

何か言ってませんでしたか?」


「カードを集めてクリアを目指せだって」


「クリアを目指せ……?

どこかに行けとかじゃなくてですか?」


『そうだね』というラピスの回答――

生け贄の少女が俯く/口元に手を当てて思考する。


腑に落ちない。


計画は続行中だというのに、鬼塚からの伝言がない。

そんなことがあり得るだろうか。


現状では、どの場所でどの時間に合流するかという、

計画に必要不可欠な情報が足りていない。


こんな状態では、いざ作戦を実行しようとしたところで、

上手く行かないのが目に見えている。


仮に計画を中止するとしても、

鬼塚が少女に黙って決定することはないだろう。


最低でも、

ラピスに伝言は残していくはずだ。


なのに、どうしてそれがないのか――


「どうしたの? 怖い顔してるけど」


「……本当に鬼塚さんは、

クリアを目指せって言ったんですか?」


「言ったよ」


ラピスの即答。


もちろん、信じられるわけがない。


ただ、どうしても味方が必要なリョウコには、

『あなたを疑っています』と口に出せなかった。


そもそも、鬼塚がこの場にいない今、

伝言の裏を取ることは不可能だ。


しかし、命のかかっている少女としては、

後悔しないために僅かでも理を詰めておきたい。


何かいい手段はないか――


「……そうだ。鬼塚さんから、

計画については聞いていますか?」


もし、この碧眼の少女が本当に鬼塚の友達であれば、

計画について聞かされているはずだ。


鬼塚が裏切ったケースを除外して考えれば、

この回答の正否が伝言の真偽に近いものになる。


「聞いてるよ。タカツキさんをクリアさせるために、

他の部員を殺す計画でしょ?」


「そのために、カメラを壊されたふりをして、

殺す部員と鬼塚が一緒に行動できるようにするんだよね」


「……はい。その通りです」


ラピスの回答は、正。


ということは、例外さえ考慮しなければ、

ラピスの言っていることは正しいことになる。


「分かりました」


「あ、よかった。分かってくれて。

これでようやく話を進められるよ」


「というわけで、

まずは渡すものを渡しておくね」


少女はドレスのどこかをまさぐり、

一枚のカードを取り出した。


「二つ目のチェックポイント――

生徒会室にあったカードだよ」


「あ、生徒会室が

チェックポイントだったんですか」


「うん。それから、これも」


ラピスはさらに、どこかに手を入れたかと思うと、

二つの箱を目の前の机に置いてみせた。


どうなってるんだあのドレス――と、

生け贄の少女が興味津々にラピスを眺める。


が、何となく聞いてはいけない気がして、

その謎を頭から追い出し、机のものに注目した。


「……何ですか、これ?」


「まあ、とりあえず開けてみて。

左はチェックポイントにあったものだから」


「ほら、鬼塚が言ってなかった?

チェックポイントには武器があるって」


そういえばそうだったと思い出し、

リョウコが左にある箱へ手を伸ばす。


中に入っていたのは――


「これ……武器なんですか?」


四つの肉厚の輪っかと板をくっつけた、

使途不明の謎の物体。


少女の記憶の片隅で、

ケンカ自慢の男子が持っていた覚えはあるが――


「ナックルダスターって言われる、

戦手袋(フィスト)の一種だね」


「ただ、接近戦専用の武器だから、

使いこなすには格闘技術が必要になってくるかな」


「でも私、格闘技なんてやったこと……」


「うん、それは私も分かってる。

だからこそ、キミにもう一つの箱をあげるんだから」


もう片方の箱も開けてみてよ、

とラピスが微笑む。


その期待に満ちた視線を受けて、リョウコは、

自分が神話のパンドラになったかのような気分になった。


目の前の箱に詰まっているのは、

希望か、それとも――


「どうしたのかな? 開けないの?」


「……いえ。開けます」


中身を推測しようと逡巡したものの、

すぐに止めた。


どうせ、開けるしかないのだ。


化け物じみた敵を相手に生き残ろうと思うのなら、

与えられるものは何であろうと貰う必要がある。


この碧眼の少女は信用しきれないが、

それでも、何かをくれると言うのなら貰ってやろう。


要る要らないは、見てから判断すればいい。

そう決めて、二つ目の箱を手荒く開く。


中に入っていたのは、一つのカプセル。


即座に連想される言葉――“毒”。


だが、わざわざ騙してまで飲ませるくらいなら、

気絶していた時に何もしていない理由がない。


「これ、何の薬なんですか?」


「鬼塚たちが使っている“フォール”とは違うけど、

それもABYSSの開発した薬だよ」


「名前は“ダイアログ”」


「“ダイアログ”……」


「効果は、簡単に言ってしまうと、

他人を殺せるようになる薬だね」


「わ、私は別に、

人を殺したくなんてありません!」


「あれ? それじゃあ、

勝ちたくないってことなのかな?」


「違います!

私だって勝ちたいと思ってます!」


「けど……けど、人を殺すなんて……」


「それに、鬼塚さんだって今、

作戦を続行してますしっ」


「えー、でも鬼塚の作戦って、

彼が他の部員を殺すって作戦じゃなかった?」


「それは……」


「それとも、アレかな? 自分が殺すのは嫌だけど、

他人が殺してくれるならいいや~って感じ?」


「ち、違いますっ!」


痛いところを突かれて、

少女が声を大にする。


だが、ラピスはまるで気にする様子もないまま、

さらに少女へ踏み込んでくる。


「それじゃあタカツキさんは、

誰も殺さないし誰にも殺されないって言ってるのかな?」


「そ、そうですよっ?

当たり前じゃないですか!」


「その方法って、

全チェックポイント回収以外にないんだけど、本気?」


「鬼塚に『それは無理だ』って

言われなかった?」


「それは……そうですけど」


「ふーん……」


「じゃあ、タカツキさんの甘いところを

二つ指摘してあげるよ。私って優しいでしょ?」


一片の曇りもない笑顔が、

生け贄の少女の前に現れる。


その、子供のような無邪気な表情に、

少女は薄ら寒さを覚えた。


「甘いところその一。タカツキさんは、

鬼塚の作戦が成功すると頑なに信じている」


「……人を信じるのは当然じゃないですかっ」


「うん。その辺が、もの凄~く甘いところなんだよね。

蜂蜜に砂糖を入れるよりも、まだ甘いんじゃないかな」


タカツキリョウコの険しい視線の先で、

ラピスが白い指先をタクトのように振るう。


「ねぇ、タカツキさん。

確かに、鬼塚は約束を守ろうとしてくれているよ?」


「でも、約束を守れるとは

限らないんじゃないかな?」


「約束を守ろうとすることと約束を守れることとは、

似てるけど天地ほどの差があると思うよ」


それは、その通りだった。


幾らリョウコが鬼塚を信じ、また彼が頑張ったところで、

作戦が成功する保証はどこにもない。


「鬼塚はまあ頑張っているとは思うけど、

所詮は他人だからね」


「勝敗が他人に左右されるって、

怖くないかな?」


「タカツキさんが本気で勝利したいと思うのなら、

鬼塚とは別に自分で動いていくべきなんだよ」


「彼の行動は成功したらラッキー程度に考えて、

さらに自分も動けば、成功率も上がるじゃない」


「それが、本気っていうことなんだと思うけどね」


「確かに、それはそうですけど……」


「うん?」


「でも……でも、私には何もないんです!

鬼塚さんみたいな力もないし、度胸もないし!」


「そんな私が動いたところで、

足手まといにしか……」


「じゃあ、二つ目に行こうか」


少女の言い訳を遮って、

ラピスが二つ目の指を立てる。


「甘いところ、その二。タカツキさんは、

自分の手を可能な限り汚さないで勝とうとしている」


「そ、そんなこと……!」


「さっき、『私には何もない』って言ったよね?

あるじゃない、私が渡した武器と薬が」


「タカツキさんはそれを持っていても、

自分には何もないって言える?」


「それは……」


「私はね、タカツキさん。この狩る側に有利なルールを、

できるだけ平らにしようとしてるんだよ?」


「そのための物は全て渡したつもりだし、

加えて私や鬼塚も協力してあげてる」


「私はともかく、鬼塚なんかは、

バレたら殺されるかも知れないんだよ?」


「なのにタカツキさんの口から出たのは、

『殺したくない、殺されたくない』でしょ」


「これって、

鬼塚にリスクを全部押しつけてるよね?」


「それはさぁ、タカツキさん。

ずるいよ」


今度こそ――生け贄の少女は、

何も言い返せなかった。


ラピスの言うことは、圧倒的に正しい。


タカツキリョウコは、

可能な限り無傷で勝利しようとしていた。


傷を負うことなく、人を殺すことなく。


この夜に放り込まれる以前の状態のまま、

元の世界に帰ろうとしていた。


――ただし、自身と良都の二人だけ。


確かに、鬼塚のことも考えてはいる。


彼の協力にはこの上ないほど感謝しているし、

省みない協力であることも理解はしている。


だが、このゲームが終わった後のことを、

少女は考えたことがあっただろうか?


裏切り者を探す魔女狩りが行われる可能性に、

彼女は本当に気付かなかったのだろうか?


「やるからには、

絶対に勝たなきゃいけないんだよ」


「そのためには汚れることだって必要だろうし、

傷つくことだって必要になってくると思う」


「それが嫌なのは分かるよ?

けど――それで、本当に勝てるとでも思っているの?」


穢れたくない自分。

怪我したくない自分。


穢したくない良都。

怪我させたくない弟。


二人だけの保身が、

青い瞳には透けるように見て取れていた。


「私は、キミに与えるものは与えたよ。

それをどう使うかは、タカツキさん次第だから」


答える声は、上がらない。


ただ、固く結んだ唇だけが、

暗がりの中で辛うじて見て取れた。


「……ふふっ。なーんてね!

ちょっと脅かしちゃったけど、驚いちゃったかな?」


一転して、

あははーと明るく笑い出すラピス。


それから、俯く生け贄の少女に軽く声をかけ、

軽く靴を鳴らした。


「まあ、そういうこともあるよーってことで、

覚えておいて欲しいかな」


「本気で勝ちたいんだったら、

泥水でも啜る覚悟を持っておかないとね」


「……でも」


「ん? なにかな?」


「でも、私はできるだけ――誰も殺すことなく、

殺されることもなく勝ちたいんです」


「汚れたくないと思っちゃだめですか?

欲張りだと思いますか?」


「欲張っちゃ、ダメなんですか?」


俯いていた少女が、顔を上げる。


その目は、

真剣にラピスの答えを求めていた。


「……欲張っても構わないとは思うよ。

ただ、ほら。欲って人の目を狂わせるじゃない?」


「私は、欲しいものは何をしてでも手に入れるけど、

状況次第でそれを諦める選択も必要だと思うのね」


「タカツキさんは、例えそれが欲しいものでも、

必要な時が来たら捨てられるかな?」


「そんなの……分かりません」


「ただ、持てる限り、

それを持っていたいんです」


「弟に、汚れた自分を見せたくないんです」


「なら、頑張るしかないよね」


「えっ?」


「欲張りたいなら、頑張るしかない。

そうじゃない?」


「――はい」


ラピスが、

出会ってから何度目か分からない微笑を作る。


けれど、何も表裏がないようなラピスの微笑を、

タカツキリョウコは初めて見たような気がした。


「オッケー。

それじゃあ、もう一度確認ね」


「タカツキさんが目指すのは他のクリア方法じゃなくて、

チェックポイントの回収だよね?」


リョウコが頷く。


もちろん、心情的には人質の救出であり、

作戦としては部員の殺害だが――


今、少女が現実的に目指すものとしては、

誰も殺さないその道で間違いはなかった。


「じゃあ、校舎を歩いて回るのに、

私も付き合ってあげるよ」


「それは……ありがたいんですけど、

ラピスさんまで巻き込むのは……」


「私のことは別に気にしなくていいよ。

どうせ文句なんて言われないし」


「でも、ラピスさんも

死んじゃうかもしれないんですよ?」


「特に、鬼塚さんの言ってた、

アーチェリーの仮面なんかに出くわしたら……」


「ああ、その新入部員くんをどうにかするために、

私が一緒に行ってあげようっていう話」


「……はい?」


今、何かとんでもないことを聞いた気がして、

少女が大きく目を見開いた。


その視線の先で、

碧眼が楽しげに細められる。


「だから、そのアーチェリーは私がどうにかしてあげる。

鬼塚に頼まれたし、少しはサービスしてあげないとね」




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