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容易くない相手1





目が覚めてすぐに、昨日の負傷箇所と

各所の関節/筋肉痛を確認した。


――軽いだるさがあるくらいか。


久々の全力だったけれど、

負担は思ったより少ないらしい。


これなら、今後荒事になったとしても、

気を遣うことなく動いていけそうだ。


「……まあ、荒事にならないのが

一番なんだけれど」


そのためにも、

今日から動いていかないと。


方針としては、とりあえず調べられるだけ調べて、

警察に任せられそうならそうする。


無理なら、

自力で何とかできる手段を見つける。


具体的には、相手の組織規模の調査と構成員の特定。

あとは証拠の確保といった感じか。


遭遇は昨日の夜だから、

まだ証拠は現場に転がってる可能性が高い。


真ヶ瀬先輩も生徒会室の惨状を疑問に思うだろうし、

調査に関しては先輩も勝手に巻き込まれてくれるはずだ。





まずは昨夜の状況の確認のために、

いつもよりだいぶ早い時間に登校――生徒会室へ。


その道中で、

やたらと静かなことに気付いた。


昨日はガラスを割ったり部屋を荒らした上に、

警察にも通報したんだけれど……。


先生方や警察が来ていたりしないのか?



その疑問は、すぐに解けた。



「……は?」


生徒会室は、何も変わっていなかった。


ガラスもドアも壊れておらず、ちゃんと元通り。

僕が投げ捨てた机だってちゃんとある。


アーチェリーの仮面に穿たれた部屋の前の壁は、

矢が刺さっていないどころか、穴すら開いていない。


つまり、昨日の夜に起きたことが、

何一つ無かったことになっていた。


「おいおいおい……」


それらしき場所を触って調べると、一応、

樹脂で埋めたような跡が見つかった。


でも、それが以前からあったのか、

昨日突然できたのか区別が付かない。


生徒会室の中も同じ。

ガラスもドアも見慣れたままで違和感なし。


矢を受けたはずの机には、真ヶ瀬先輩の落書きまで

そっくりそのまま再現されている。


まるで狐に化かされた気分。

あるいは、時間が巻き戻ったと言うべきか。


「……っていうか、やばくないかこれ?」


都市伝説でいられるだけの隠蔽スキルは

あると思っていたけれど――まさかここまでとは。


備品のスペアを常備しているにしても、

さすがに一晩でこれは異常としか思えない。


証拠が現場に転がってるだろうとか、

警察に頼れるなら頼ろうとか、考えが甘すぎた。


昨日、ABYSSとやりあった時も感じたけれど、

つくづくとんでもないのと関わってしまった。


これだけ完璧に物証を消してしまう団体なら、

目撃者なんてものを放置してはおかないだろう。


関わりを断とうと思ったら、

徹底的にやらないとダメだ。


どうにか連中に先んじて情報を集めて、

接触してきた相手と取引できるようにしておかないと。


でなきゃ――僕も殺される。

ABYSSがいつも、生け贄をそうしているように。


……そういえば、昨日のあの女の子は、

結局どうなったんだろうか?


普通に考えれば、あの二人のABYSSがいた以上、

生存は絶望的だけれど……。


僕だって、逃げなければ恐らく死んでいた。

その選択が間違いだとは思わない。


思わない、けれど――


「……くそっ」


もっと、上手くやれればよかったのに……。


「あれ? 晶くんがいる」


聞こえた声に振り向けば、部屋の入り口に、

聖先輩が鞄を揺らして立っていた。


こんな朝早くに何の用だろうと思いつつ、

まずは『おはようございます』を交換する。


「先輩って、

いつもこんなに朝早いんですか?」


「私は早起きしちゃったんで、

生徒会室でコーヒーでも飲もうかなーって」


「晶くんこそ今日は早いですけど……

さては、真ヶ瀬くんに何かお願いされたとか?」


『当たりですね?』と、

聖先輩が笑顔を浮かべる。


その雰囲気があんまりにもいつも通りで、

非日常に行きかけていた思考が上手く引き戻された。


「……そうですね、

印刷しなきゃいけない資料があって」


「ああ、それなら印刷しながら、

仲良く一服しませんか?」


「はい、喜んで」





「晶くんと会ってから、

もう一年半も経つんですねー」


稼働するプリンタを横にコーヒーを(すす)っていると、

先輩が頬に手を当てながら遠い目で呟いた。


「どうしたんですか、急に?」


「いえ、去年の私がやっていることを、

今年は晶くんがやってるんだなーって思って」


「晶くんも、

もうすっかり一人前ですね」


「まー、色々と苦労してますからね。

主に真ヶ瀬先輩のせいで」


「それでも、先輩にフォローしてもらっていたんで、

僕はだいぶ楽にやれていたと思いますよ」


「いえいえ、晶くんが頑張ってくれたからですよ。

私は自分の仕事で手一杯でしたから」


「いやー、それはさすがに謙虚過ぎですよ」


そうでなければ、

副会長に満場一致で推されるわけがない。


役割が違うのも当然あるけれど、それを差し引いても、

聖先輩は真ヶ瀬先輩よりもずっと頼りにされていた。


「それに今だって、本当は引退なのに、

生徒会に付き合ってくれてるじゃないですか」


「だって……ねぇ。

彼を野放しにできないじゃないですか」


……そんな理由で真ヶ瀬先輩に付き合えるだけでも、

十分に聖先輩は凄い人だと思いますよ。


「でも、私は学園祭までですからね。

後は晶くんにお任せです」


「先輩が安心して引退できるように、

頑張っていきますよ」


「あら頼もしい」


「でも、あんまり無理しないでくださいね。

今日の晶くん、微妙に体調悪そうですし」


「えっ……顔色悪かったりします?」


「いつもと比べて、何だかだるそうな感じがします。

風邪か何かですか?」


「あー、引き始めなんですかね?

確かにちょっとだるい感じはありますけれど」


「もし必要でしたら、

印刷と提出は私がやっておきますよ」


「ああいや、大丈夫ですよ。

もうすぐ終わりますから――」


「っ!?」


……誰かが生徒会室を覗いてる。


誰だ? もしかして、ABYSSか?


「あ――」


やばっ、気付いてるのがバレた!


「すいません、先輩。

ちょっと行ってきます」


「ちょっと行くって……

あれ、印刷はどうしますかっ?」


「後で取りに来るんで、先輩お願いします!」


先輩へ背中越しに叫んで、

廊下へと飛び出す――影の逃げた先へ目をやる。



そこに、曲がり角の向こうで(ひるがえ)

長い黒髪が一瞬だけ見えた。


「あの髪……」


走りながらの思案――

真っ先に浮かんだイメージは“図書室の魔女”。


屋上から僕を観察するだけじゃ飽き足らず、

生徒会室まで覗きに来たのか?


ということは、僕は大勢の中の一人じゃなくて、

ピンポイントで監視されてたってことか?


「……まあ、捕まえて聞けば分かるな」


角を曲がる。


さて、そろそろ聖先輩からも見えなくなるし、

本気出して走るか――


と加速しようとしたところで、

思い切り誰かとぶつかってずっこけた。


「痛ったぁー……!」


「す、すみません……」


やば……女の子か?


頭打たないように、咄嗟に抱き留めてはみたけれど、

ちゃんと無事でいてくれただろうか。


っていうか、何かふかふか柔らかいけれど、

何だこの感触……?


「あ、晶……?」


「えっ?」


聞き覚えのある声。知り合いか?


あ、やわらかっ……っていうか、

いいにおい――


「……って、何だこれ?」


「ぎ、ぎっ……!」


「ぎゃあああぁぁっっ!?」



……そうして僕らは、二人でぎゃーぎゃー騒ぎながら

人間知恵の輪を解くことになった。





「晶のばーっか! ば~~~~っか!

どうせわざとセクハラしてきたんでしょ!?」


「いや違うってば!

ホントに事故だから!」


「だったら何で、

勢いよく押し倒してくるわけ!?」


「たまたま廊下の角を曲がったら爽がいて、

出会い頭にぶつかっただけだよ」


「っていうか、爽はここに来る前に、

誰かとすれ違ったりしなかった?」


「……そういえば、

誰かが走ってた足音はしてたけど」


「その人が校則違反してたっぽくて、

走って追いかけてたんだ」


「んじゃ……本当にわざとじゃないの?」


「もちろん。神様に誓って」


「……分かった。今回は特別に!

とっくべつに! 許したげる」


「ただ、もう一回やったら、今度は口聞かないからね!

死ぬまで許してやんないんだから!」


「大丈夫。もうやらないから」


うむ、と爽が大仰に頷く。


はぁ……何とか許してもらえたか。


「で、晶は何で今日は早いの?」


「あー、生徒会室に用事があったんだよ。

爽も今日は随分早いけれど、部活か何か?」


「そそ。起きたら何か

歌いたくなったからさー」


「もう屋上では歌わないの?

たまには前みたいにさ」


「やってもいいんだけどねー。

生活指導がうるさくなければ」


……ああ、確かに目は付けられるか。


「そういや晶、合唱部(あたし)の申請ちゃんとやってくれた?

目安箱に入れといたんだけど」


「あー、あれね。基本的に却下」


「えー何で!?」


「体育館は競争激しいんだよ。

もうちょっとまともな理由と用途がないと……」


「まあ、ドライアイスだけは許可しておいたから、

後は部室を使って何とかしてもらえると」


「氷屋さんとかで売ってるみたいだから、

クーラーボックスを持って使うたびに買いに行ってよ」


「ちぇー、ドライアイスだけかぁ。

部室真っ白にして遊んで終わりじゃん」


いやそこは、

合唱部なんだから歌おうよ……。


「一応、事故らないように聞いておくけど、

ドライアイスの保存の仕方は知ってる?」


「あー、その辺は大丈夫。

昔、温ちゃんが遊んでるの見たことあるから」


「へー。何やって遊んでたの?

実験とか?」


「え? あー、うん、そんなところ」


個人で実験か……

さすが温子さんって感じだな。


「えっと……そんなことよりさ!

晶って今日、日直じゃない? しかも佐倉さんと」


「あ、そうだった」


ABYSS関連ですっかり頭から抜けてたけれど、

そんなものもあったんだっけ。


けれど、佐倉さんとか……うーん。


「ま、しんどいだろうけど、頑張りなよ。

あたしも応援してるからさ」


「とりあえず、当たって砕けろ!」


「いや、砕けたくないんだけれどね」


……まあ、接触する理由ができたと思えば、

日直も悪くないか。


何とか頑張ってみよう。


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