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冒険記  作者: 夢野 幸
魔族編
99/138

贖罪の時


 つんつん、つんつん。

 頬をつつかれているのがわかり、美代は薄く目を開いた。膝を抱えたスノーが心配そうに眉を寄せていて、口を緩めて笑う。


「また、スノーに起こしてもらっちゃったね」

「お姉ちゃん、お兄ちゃんたち」


 上半身を起こして目を擦り、周囲を見てみればボンドッツやシャドウ、ダークが倒れていた。他のみんなの姿はなくて、わずかに顔をしかめてしまう。


「あの時、近くにいたグループで別れちゃったのかな。おーい、ボンドッツ―、ダーク―、シャドウ―。起―きーてー」


 体を揺すればそれぞれ目を覚まし、即座に警戒態勢に入った。目をしばたかせながらも状況を説明すれば互いに顔を見合わせて、自然とダークに目を向ける。


「……ラオエン、ガ、言ッテイタヨウニ。擬似世界ヘ飛バサレタラシイ」

「どうします、合流を急ぎますか」

「うーん、とりあえず休まない? 向こうの世界、って言うのは少し変かもしれないけど。あっちではもう少しで夜だったじゃん? 体は疲れてると思うんだよねぇ」


~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・


「――昼夜の概念があるのか知らねぇが、今は休め。セイントもそう判断するだろう」


 黒疾に言われ、バーナーが不安を顔面一杯に押し出しながらも頷けば、雷斗たちは同意するしかなかった。自分たちの背後では少し落ち着いたらしいブラックが座り込んでいて、そっと傍に寄る。


「大丈夫?」

「……オレ、オレは」

「ブラック、セイント達を捜す時は、お前の心眼を頼ることになる。今はゆっくり休んでくれ」

「さが、せない。オレは美代を捜せない……だって、オレは、美代の大切な人たちを……」


 ヒクリ、ヒクリと小さな嗚咽を上げながら、両手で顔を覆ってしまった。大きな体を小さく丸めて、消えてしまいそうな声で言葉を続けていく。


「オレは美代の傍にいちゃいけないんだ。いられない、捜せない。あいつの、心を、見るのが怖い……!」

「てめぇの都合は聞いてねぇよ」


 胸倉をつかみ上げて頭突きをし、静かな声をあげたバーナーは目を充血させていた。顔を隠す手を引きはがして無理矢理に視線を合わせ、ぐすぐすと鼻を鳴らすブラックに青筋を立てていく。


「いいか、あいつはキャバシュグアルとの戦いの時にはすでに知っていたんだ」

「そう、そうだ。オレが」

「オイラのうそもてめぇのこういも知ったうえで、あいつは一緒にいたんだぞ。そのうえでてめぇを愛して笑って、苦しんで戦ってきた。お前は美代が大好きだと言ったな、あれは嘘か」

「嘘じゃない!」

「なら捜せ。お前の泣き言を聞くつもりは毛頭ない。オイラ達に出来るのは、美代を守ることだけだ」


 ブラックの体を投げ捨てて、背を向けるように胡坐した。両手で苛立たしそうに頭を掻き毟り、荒い呼吸を押さえつけるよう深呼吸を繰り返す。


「あいつが大事なら命を張って守れ。奪っちまった分まで埋められるよう、愛せ。オイラはそうするほかに、手段を知らない」

「バーナー……」

「湿っぽい話は終いだ。ブラック、今のところお前の心眼が一番の頼りだ、それで見つけられなければ足を使うことになる。

 お前は、セイントの心を掴めるか」


 間に入ってくれた黒疾に、ブラックは目元を強く拭った。大きく息を吸い込んで限界まで吐き出し、背中を震わせながらも目の光を強くする。


「オレは、美代が大好きだ。美代も、オレの事を好きだって言ってくれた。酷い事をしたのに、それでも、一緒にいてくれるって。

 なら守る。例え、美代がオレの事を嫌いになっても、恨んでも憎んだとしても。オレが美代を大好きだから、絶対に守る」

「それでいい。死神、食料を出せ。オレは少し周りを見て、休めそうな場所を探す。お前たちは留守番だ。食えるだけでいい、腹に入れろ」


 ポンポンと頭を撫でられて、雷斗とブルーは顔を見合わせた。これまで自分たちを守ってくれていた大きな背中が、今はひどく小さく見えてしまい、眉をひそめてそっと近寄る。


「バーナー、大丈夫か」

「……キャバシュグアルとの戦い。あの時美代は、オイラのせいで……体を、奪われたんだ。とどめを刺したと、美代を思ってついた嘘が、あいつを崖に突き落としたと。

 笑えるよな、オイラは嘘を貫けていると信じていたかったのに、美代は全部知ったうえで……仲間だと、慕って、くれていたんだ」

「大丈夫よ、美代はんもちゃんとわかってる。絶対に合流しようね! あっちにはきっとダーク達がいるよ、それにスノーもシャドウもいると思うよ。あっちもこっちを捜してくれる!」

「ありがとうな、二人とも。……ブラック、すまん。強く当たってしまった」

「ううん。だってこれは、オレの罪だから」


 緩く開いていた手を強く握り込み、紅い瞳を輝かせた。髪の毛がザワリと蠢いて、長く細く、息を吐き出す。


「美代、みんな、無事でいて。オレは全力で戦うよ」


 上げられた顔に、迷いは欠片も残っていなかった。


~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・


 とりあえず洞窟に移動した美代たちは毛布を広げ、岩肌が痛くないように各々腰を降ろしていた。ウトウトとまどろんでいるスノーを膝に乗せて背を叩き、寒くないよう毛布の端っこをかけてやる。


「美代さん」


 掠れる重々しい声に、美代は眉を寄せて振り返った。今にも死んでしまいそうなほどに表情が沈んでいるボンドッツを見て先ほどまでとは違うため息を漏らしてしまい、首を振るとあえて、微笑みかける。


「どうしたの」

「あなたはいったい、どんな思いを抱えて。我々と共に居てくださったのですか」

「……どんな思い、かぁ」


 スノーを寝かし付けながら遠くを眺める美代に、ボンドッツは弱々しく拳を握った。再び洞窟の外へと目を向けた彼女には解らないよう、手の甲で目元を押さえつける。


「どうしようもないんだよねぇ。だって好きになっちゃったんだもん。この人が、この人たちが町を壊して、両親や沙理を死なせてしまって。……知ったすぐは、憎くて恨めしくて仕方がなかった、だからあの時に、ひどい事を言ってしまった。

 でもさ、あんなにまっすぐな好意を向けてくれる人を、好きになってしまった人をいつまでも嫌って憎めるほどには、私は器用じゃなかったんだ」

「あなたは、幾度となく、私たちを助けてくれた」

「当然じゃん、仲間で友達だもん。誰もかれもを突き放して嫌おうとしたこんな大バカに手を伸ばしてくれたのは誰さ、みんなじゃない。私もあれで、救われたんだよ。独りじゃないって、私が何者かわからなくても、大丈夫なんだって」


 振り返り、歯を見せてニッカリと笑った表情は、嘘ではなかった。肩を震わせながら深々と頭を下げていくボンドッツに困ったような笑みを見せ、静かに涙を流しているダークに視線を向ける。

 シャドウは彼の懐に入り込んでいるらしい、小刻みに揺れているのがわかった。


「もう休もう、三人は先に寝て? 私はもう少し起きていたいんだ」

「美代殿」

「ごめんね、みんなを悲しませたくなくて黙ってたのに。耐えられなかったよ」

「耐エル必要ガアルモノカ! オ主ハ、ドレダケ……!」

「泣かないで、私は大丈夫だから」


 そう言って微笑んだ表情は、やはり少し困っているようで。


 ダークは袖で目元を強く拭い、震えたまま突っ伏しているボンドッツを一撫ですると魔力を流した。一度激しく痙攣した彼は力なく横に倒れてしまい、その背中をポンポンと優しく叩く。


「デハ、先ニ休マセテモラオウ。少シシタラ、見張リヲ交代スル。ソレマデハ、頼ンダ」

「まっかせてー」


 ヒョイと片手を上げる彼女に微笑み、懐に入ってしまっているシャドウを潰さないよう洞窟の岩肌によりかかって。

 深く長く息を吐き出すと、ダークは目を閉じた。




 翌朝。

 ブラック達を捜すために行動を開始しようとしていたダーク達だったが、美代の提案に渋っていた。彼女は腰に手を当てて頬を膨らませ、掌で風を遊ばせる。


「大丈夫だって! 今はほら、私も風を使えるし。バラバラに行動した方が効率いいよ、何かを見つけたら爆   舞グラナーテ・ロンドみたいに派手な術で合図をしてさ。ボンドッツはスノーもお願いしていい?」

「しかし、美代さん」

「早く合流したいからさ、ね?」


 心配そうに眉を寄せるボンドッツも、二度も言われてしまえばそれ以上の反論をすることができなかった。助けを求めるようダークを見上げるけれど、彼も美代に強く出ることが出来ないでいるらしい、残念ながらシャドウも同じような顔をしている。


「無茶だけは、しないで。きみは、魔族に、狙われているんだ」

「うん、ありがとう」


 念を押すように言われ、苦笑いをすると羽根を持ってフラリと歩き始めた。それぞれが空を飛んでいったのを確認すると立ち止まり、冷たく目を細めていく。


「愚かな奴らよ、生み出された風が、魔力によるものだと気付きもせずに」

「気付かれたら困るんだよ。これ以上、私のせいで誰かが傷付いていくのを見るのはイヤなんでね」


 光がない羽根を構えて、腰を低くして言った。自分が持っている武器はこれしかなくて、あとは魔術に頼るほかない。

 それでも、誰にも助けを求めるつもりはなかった。


「いい度胸をしている、妖精族。それに免じて、苦しませずに連れ去ってやろう」

「お断りさせていただきましょう? 全力で抵抗させてもらうし、ブラックやシャドウに教えてもらった魔術を舐めないでね」

「それはそれは、楽しみにしておこう」


 クツクツと喉の奥で愉快そうに笑うダークネスを睨みつけ、羽根を握りしめると足を踏み出した。




 ドクドクと脈を打つ心臓が不愉快で、ダークは目を閉じると上空まで飛んだ。深呼吸を繰り返して瞼を開き、服の上から魔力石を緩く掴む。

 久しぶりに同族の力を全身に受けているせいなのか、他に何かあるのか。不気味な胸騒ぎに脂汗が浮かんだのがわかった。深く息を吐き出して手の甲で額を拭い、ブラック達を捜すために進もうとする。


 ふと、視界の端で閃光が走ったような気がした。振り返って目を凝らしてみれば、地上で雷のような光が駆けているのが見える。それは先ほど、美代たちと別れた場所辺りだ。


「……美代殿!」


 胸騒ぎの原因がわかったと同時。

 ダークは自身が出せる最大の速度で飛び、地上に向かうと両腕で頭部を守るよう力を籠め、勢いを殺さずダークネスに体当たりを仕掛けた。あまりに不意打ちだったのだろう美代を締め付ける触手が緩み、小さな体が地面に叩き付けられる前に受け止める。


 結果、自身の体は激しく地面と衝突したけれど。空咳を一つ零して瞳を揺らした。


「だ、あく……どうして、ここに」

「美代殿! ドウシテ、ドウシテコンナコトニ……!」


 見て判るほどに魔力を消費し、全身に切り傷や痣を作った彼女は腫れた瞼を薄く開くとその身をすくめた。口の端から流れる血を優しく拭い取って魔力を流してやり、爆   舞グラナーテ・ロンドを空に向けて放つ。

 空高くまで飛んで盛大に爆発した術を見ながら、ダークネスは面倒くさそうに目を細めていた。


「ことごとく邪魔をしおって、裏切り者が」

「裏切リ者ダカラ、ナンダ。ココマデ、彼女ヲ痛メツケル理由ガ、ドコニアルトイウ……!」


 美代の体を少し離れた場所に横たえると、震える手で小太刀を構えた。背後で土を踏みしめる音が聞こえ、目尻を痙攣させながらもダークネスから視線を外さない。


「ダーク!」

「美代さん!」


 どうやら、シャドウとボンドッツが合図を聞きつけて戻ってきてくれたらしい。血に濡れた地面とボロボロな美代、目の前にいるダークネスを見て息を呑んだのがわかる。


「ダークネス! どうしてここに、まさか美代さんあなたっ……!」

「ボンドッツ、美代殿ヲ連レテ去レ」


 わずかに視線を向けてみれば、ボンドッツが美代を支えて立っていた。煮える腸に声が凍ってしまったのがわかり、これまでに聞かせたこともない声調に彼が目を丸くしているのが見える。

 それでも、光のない羽根を握りしめる美代の体を肩に担ぎ上げ、スノーを首にしがみつかせた。シャドウが躊躇いながらも小さく頷き、暴れる美代の背中に座る。


「なにをするの! 放して、ダメだよダーク! 一人で傷付かないで! 放してよボンドッツ!」


 加減なく背を殴り、足をばたつかせる美代を押さえつけながら地面を蹴ったボンドッツに、ダークネスは興味を示さなかった。ダークを見つめる目は冷ややかで、静かに楽しげな笑い声を出す。


「一人で傷付くなと、あの娘が言うのか?」

「ソウイウ子ダ。自身ハ顧ミナイクセニ、他者ガ傷付クコトヲ酷ク恐レル。……サァ、ソウナッタノハ、一体誰達ノセイダロウナァ?」


 声が震えるのは、決して恐ろしいからではなかった。こんなにも中途半端な魔族が、族長の側近を務めている父親に勝てるとは欠片も思わないけれど、やらなければならないことがある。


「ワシハ、彼女ガ愛スル人ヲ……二度モ、奪ッテシマッタ。償オウトシテ償エル罪ナモノカ。ナラバ、命ニ変エテモ、護ルダケダ」


 ゆらりと出した四本の触手を、ピクリと痙攣させたダークネスに口角を歪め。

 小太刀を振り上げると迷わず、突進していった。




 暴れていた美代は弱々しく服を握るばかりになっており、湿っていく背中にボンドッツも唇をきつく引き締めていた。シャドウは彼女の傷を癒そうとはせずに魔力を流すことに集中していて、スノーが不安そうに彼を見上げる。


 不意に、シャドウが離れていくのが見えた。何をする気かと止まれば美代も顔を上げ、涙でグシャグシャになった頬を両手で拭っている。

 そんな彼女の頬に小さな手を置いて、柔らかく微笑んだ。


「シャドウ……」

襲眠鬼ソメイル


 囁かれた術に、美代が目を見開いた。咄嗟に親指の付け根を噛みしめ、目元に力を込めて抗おうとする。

 それでも。重ねて唱えられれば、どうすることも出来ない。体から力が抜けて涙を走らせながら項垂れてしまい、彼女が深く寝入ったのを確認してボンドッツの頭を撫でる。


「シャドウ様」

「ダーク一人だけに任せられないよ。ボンドッツは美代ちゃんを護って、絶対に、ブラック達と合流するんだ。大丈夫! ボク達は死んだりしない、これ以上美代ちゃんを悲しませるような事、出来ないもの」

「……どうか、ご無事で」

「ボンドッツも」


 地上に向かっていくシャドウを見つめ、無理やりに視線を外し、美代とスノーを抱える腕を緊張させると唇をかみしめて、ただ飛んだ。


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