難を受けたのは誰でしょう
「……刃がない」
「あり、ませんねぇ……」
「えっと、これは、剣? なの?」
朝から出かけていった雷斗とバーナーが帰ってきて、剣を見た美代たちは思わず目を点にしてしまった。雷斗の手よりも少しばかり大きめに見える柄と幅が広い鍔を、両手で持ったままカチャカチャと揺らせば真ん中から剣が分離して、視線がブラックに向かう。
「それで、これに……」
雷斗の両手が放電し、柄を走らせると何もなかったそこに光の剣が出来た。静電気が起きているような音が途切れなく聞こえてきて、ブルーがこっそりバーナーの後ろに隠れていくのが見える。
少々手惑いながらも分離させていた剣を一つに戻せば、雷で出来たその剣が大きさと長さを増し、両手剣へと変わった。
「あと、は……なんと言っていたか?」
助けを求めるようにバーナーを見上げれば、苦笑しながらも手を伸ばしてくれた。つい放電したまま渡そうとすればますます苦い顔をしていって、慌てて力を抑えこむ。
「柄の頭同士を、こうやってくっつければ」
カチリと金属音を響かせて、再び剣を分離させると柄の先端同士を噛み合わせた。その状態で返してやれば再び雷を発生させて、柄を中心に左右へ剣を伸ばす。
「わぁ、ダブルセイバーってやつ?」
「炎や魔力と違って、纏わせるのは難しかったらしくてな。いっそのこと剣を生み出す補助道具にしてしまおうってことだ、この剣の使い方はブラックが指導した方がいいだろう」
「うん、オレの剣によく似てるみたい。分離と合体のさせ方も同じなのかな」
と、雷斗の剣に触れて目を閉じた。小さく頷いて柄の頭を分離させ、元の形に戻す。
「慣れるまでは大変だろうけど、慣れたら自在に変わる剣になると思う。普段は刃が無い形だから、オレ達と違って空 魔 箱に入れておかなくても、腰に下げてて邪魔にならないだろうし」
「そのためのベルトまでいただいてしまった、ほら」
こちらも不慣れなのだろう、少しばかり時間がかかったけれど二本のベルトを腰に巻いていった。場所を微調整してから、鍔に引っ掛けるよう細い四本のベルトをつけていく。
剣を引っ掛けるためのものはボタン式で、慣れれば片手でつけ外しが出来そうだ。
「カッコいいねぇ、雷斗!」
「ありがとう、ブルー。みなも、予定を狂わせてしまってすまなかった」
「問題ないさ、おかげで完全に疲れも取れたし!」
「オイラは先に行って、黒疾と合流するぜ。美代たちは急いで来なくても大丈夫だからな、自分たちのペースで来るんだぞ」
「はーい」
手を上げて返事をすると口の端を緩めて笑い、走り出していった。あっという間に見えなくなる姿に微笑んで、体を捻るよう振り返る。
「それじゃあ、私たちも出発しようか」
と、前を歩き始めた美代に従うよう、それぞれは足を踏み出したのだった。
都市を出るなりブラックが髪の毛をざわつかせ、一行は目つきを鋭くした。まさかもう魔族が来たのか、と思っていれば足音も静かに駆け出して、置いて行かれないように慌てて走る。
遠くに、バーナーと黒疾の姿が見えた。二人を囲うように嫌な笑みを浮かべた男たちが立っていて、盗賊と遭遇したのかと目を丸くする。
「お前さぁ! なんで狩っといてくれないの!」
「ヤダよ、なんでオレが相手をしてやんなきゃなんねーの」
「美代たちの! 安全!」
「新しい剣の練習台を残しておいてやったんだろ、実戦前に慣れとけ慣れとけ」
「こいつらが人形だったらよかったのになぁ!」
吼えるバーナーに対してケロリと返答した黒疾に、口角が引きつってしまった。
どうやら、試し切りの相手として適当に盗賊を突いて挑発したらしい。
「ってことで、オレは手を出さねぇぞ。ダークとブラックも手出し禁止な、雷斗を中心に死神からフォローをもらって頑張れ」
こちらを確認するなりニィッと口角と吊り上げて、一足で接近してくるとダークの腰元に腕を回した。二の句を継ぐ暇も与えないよう抱えあげて木の上へ避難してしまう、ブラックはオロオロと視線を泳がせていたが、とりあえず美代とブルー、スノーを引き寄せて魔 弾 盾を唱えた。
美代もチラリと羽根を見て、微かに眉を寄せてしまった。
「逃げるのかこの野郎! このガキどもがどうなってもいいんだなぁ!」
「やれるもんならやってみろザコ共が! オレの事も死神の事も知らねぇゴミ連中に、そいつらが負けるかよ!」
「ナッ何ヲ考エテイル! 放サンカッ!」
「不慣れな剣で、いきなりあいつらと戦わせんのか? それこそ酷な話だろ。かといってお前とブラックが出しゃばったら練習にもならん。やれるよなぁ! 雷斗!」
とりあえず、バーナーが炎で自分たちを囲ってけん制しているおかげか、盗賊たちはまだこちらに襲い掛かっては来なかった。大慌てで手に入れたばかりの剣を分離させて構えている雷斗に声をかければ、彼は目つきを鋭くしながらも微かにうなずいている。
「黒疾の鬼教官!」
「すごい、あの光景だけを見たらダークがとんでもない悪者に攫われているように見えますよ!」
「雷斗、大丈夫か?」
「問題ない、やらせてくれ」
強い言葉に表情を緩め、炎を消した。そうするとこれまでこちらに来られないでいた男たちが嫌な笑みを浮かべて、斧や剣を振りかざしてくる。
足元に雷を纏わせた雷斗は短く息を吐き出すと、一人の男の背後に回り込んだ。切っ先で触れる程度に切りつけると体を激しく痙攣させて倒れてしまい、わずかに青ざめて男を見る。
美代が咄嗟に治療術を唱えれば、目を丸くしながらも口の端を緩く持ち上げたのが見えた。そうしながらも油断なく、左側から突き出された剣を左手の剣で受け、右側から薙ぎ払われる斧を右腕で払い飛ばす。
バーナーやボンドッツは直接攻撃することはなく、シャドウは雷斗を守るよう魔力で体を包み込んでいるのがわかった。魔 弾 盾にも攻撃を加えられているようだけれど、ブラックが張っているものだ。普通の打撃では揺らぎもしない。
「せっかくだ、その剣の特徴を生かせよー!」
「そう、言われても……!」
「無茶言うな! 購入したばっかだぞ!」
「死ぬ気でやりゃあやれるって。そうだなぁ……たとえば、だ!」
ダークを腰元に抱えたまま、黒疾が何かをブラックに向けて投げつけた。魔 弾 盾に弾かれるはずのそれは魔力の壁をあっけなくすり抜けて、目を見開くブラックの胸元にあたる。
魔力の壁がはじけたのがわかったのと同時に短く息を呑む音がして、美代はブルーとスノーを抱きしめながら振り返った。真っ青になったブラックがコートの襟口を緩く握りしめて倒れている。
いったいどうしたのかと胸元を肌蹴させてみれば、拳大の鉱石が中に入り込んでいた。恐らく黒疾が投げたものだろう、これのせいで彼が苦しんでいるのだというのはすぐにわかり、反射的に握りしめる。
体から、何かがごっそりと抜けていくのがわかり、咄嗟にその鉱石を地面へ投げ捨てた。奥歯が小さく打ち鳴って、温もりを求めて二人の事をますますきつく抱きしめてしまう。
「ちっ……血吸いのぉおおおおお!」
「何ヲシタ! 今、投ゲタ物ハナンダ!」
「偽物でも劣化品でもない、本物の封魔石だよ。名のごとく魔を封じる、魔力を封じる石だ。あのガキでも、あの大きさじゃあひとたまりもねぇだろ」
「コ、ノ……!」
黒疾の腕から抜け出そうと暴れるダークを嘲笑うように、腰に回る手に力がこめられた。こめかみに血管が切れてしまいそうなほど青筋を立てたバーナーが瞬時に美代たちを守りに行っており、ボンドッツも射殺さん眼力で黒疾の事を見上げている。
「あとで手合わせを願いますからね黒疾さん! 全力でいかせていただきますよ!」
「オイラも付き合うぜボンドッツ! こんのクソ盗賊、メチャクチャしやがって!」
「えぇい! 私の訓練なのだ、他者を巻き込むこともなかろうに!」
二刀流にしていた剣のうち一本を力一杯投げつけて、美代たちの足元に刺した。そこから、近くにいるバーナーとボンドッツも同時に囲うように網目状の雷を走らせていく。
「シャドウ! 念のためだ、魔 弾 盾を!」
「了解!」
自身の周りにいる盗賊たちを剣で気絶させていき、シャドウの詠唱が終わると同時に体を低くして地面に両手をつけた。目を怒らせて一瞬息を止め、そこら一帯の地面へ視線を向ける。
雷で囲っていた美代たちと、シャドウが魔 弾 盾で保護してくれていたすでに気絶している男たち以外が纏めて感電し、陸に打ち上げられた魚のように体を痙攣させながら倒れた。
短い口笛が聞こえて顔を上げれば、ぐったりとしているダークを抱えたままの黒疾が地面に降りてきているのが見える。
「なるほどなぁ、分離させた剣をそう使うか。てめぇの雷から守るには、てめぇの雷が一番ってか?」
「……気を失っているようだが、ダークには何をしたんだ……」
「あんまり暴れて木の上から落としかけたからな、少しばかり絞めた」
罪悪感の欠片もなく、ケロリと言ってのけるものだから、もう呆れて何も言葉が出てこなかった。とりあえず地面に突き立っている剣を回収して一本に戻し、ベルトで固定していく。
「黒疾てめぇ……マジで覚えておけよ。オイラ達だけならまだしも、美代やスノー、ブルーまで危険にさらしやがって……」
「緊張感ってーのは必要だろ?」
気を失っているダークを受け取り、頬を軽く叩いてやりながら、バーナーは牙を剥いた。薄っすらと目を開いた彼も黒疾を視界に入れるなり低く唸り声を上げているし、ブラックが倒れて驚いたのだろう、動揺しているブルーとスノーを宥めるボンドッツも凍った視線を送っている。
「なんだなんだ、過保護連中が。今戦ってるやつらは誰だ? ガキが潰されて、ダークが封じられて。この程度で人族も相手に出来ないようじゃあ誰も守れねぇ……」
黒疾の指が痙攣し、額に冷や汗を浮かべながら一点を凝視した。何事かと思えば髪を逆立たせたブラックが上半身を起こしており、温度のない目を見開いている。
ダークが口の端を引きつらせ、ボンドッツがそっと美代たちの手を引いて離れていき、シャドウが苦笑しながら魔 弾 盾を唱え、それだけでは足りないと言わんばかりに魔力の壁を幾重にも張った。いったい何が起こるのかと見ていれば、ゆらりと立ち上がって黒疾を睨みつける。
それは絶対に、見間違いなどではなかった。
ブラックの口元が動くこともなく、髪の毛を騒めかせただけで大地を操った。黒疾が咄嗟に跳ね上がって木の上に避難するけれど、直後に背後から炎の球が流星群のごとく襲い掛かる。
それをも体を捻って躱したのは、さすが一億ガロンの賞金首と言うべきか。それでも地面に降りて来ようとした彼の体が宙でビタリと止まり、足元から伸びた地面に絡め取られたのはどうしようもないだろう。
害を与える、というよりも動きを完全に封じたその拘束が終わるとようやく、ブラックが足を進めた。
「言うことは」
「あー、封魔石なんて投げつけて悪かったな」
「それだけ」
「……セイント達を巻き込んで悪かった、だが必要なことではあった。わかるだろ? こんな状況に陥らないなんて事、言い切れるか?」
「オレを、なんだと、思ってるの」
大地が元に戻り、黒疾が自由の身になった。魚のように口をパクパクとさせる事しか出来ずにいたバーナーが錆びたカラクリの様にダークを振り返り、ブラックをスッと指さす。
「あいつ、規格外じゃねぇや。化身だ化身、塊じゃねぇか。え、なに? 今の。頼むオイラの見間違いだと言ってくれ」
「残念ナガラ事実ダ」
「だから、ブラックの髪は切れないんだ……。合図になりえるモノがないままにあの状態になったら、絶対に巻き込まれちゃうからね」
「いつかやるだろうとは思っていましたけれど、まっさか……一応、仲間を相手にやるとは驚きました」
苦笑する三人に頬の筋肉を引きつらせ、美代から撫でられてようやく髪の毛を落ち着かせるブラックを見つめた。心配そうに眉を寄せて彼女の小さな体を抱き上げ、腹部に額を押し付けている様子は幼いのに、秘めた力に血が冷えていくのを感じる。
「勝てねぇ、あれはもう生き物の範疇を越えてるぞ……」
「否定できないところが、何ともまた」
「アヤツダケダロウナァ、無詠唱ガヤレル者ナンテ」
腕を組んで少し誇らしそうに目を細めるダークに、バーナーは頭を掻いた。美代に手を伸ばそうとした黒疾を威嚇して髪の毛を逆立たせる彼を落ち着かせるよう頭を撫で、体を捻って困ったように笑っている彼女に向かって浮かべた笑みも、きっと同じものになってしまっただろう。
「雷斗、剣の使い方はどう?」
「……おかげさまで、慣れざるを得なかったよ」
ベルトからの取り外しはまだ両手でやっているけれど、剣の分離、合体は手間取らずに出来るようになっていた。とりあえずブラックに降ろしてもらい、布越しに鉱石を持ち上げてみる。
ほとんど軽減されることもなく魔力を奪い取られていく感覚に総毛立ち、早く黒疾に返そうと手を伸ばした、その時。
見えない手に鉱石が奪い取られ、地面が抉れると同時にそれが地中深くに仕舞われていった。盗賊頭の声なき悲鳴が聞こえた気がしてゆっくりと顔を上げていき、青ざめて指先を震わせる黒疾に顔を引きつらせてしまう。
「てっめ……! おいこらクソガキ! なにしやがる、返しやがれ! あの純正の封魔石がどんだけの価値があると思っていやがる、売るとこに売れば一家族が一生遊んで暮らせるだけにはなるんだぞ!」
「知らない、不愉快。あんな物が、視界になくても、近くにあるっていう事実が不愉快」
「こ、の!」
黒疾が伸ばした手はあっさりと躱し、全力で走り出したブラックの後を黒疾も全身全霊、追いかけはじめた。瞬きの間に二人の姿が点になり、美代がのんびりとバーナーを振り返る。
「追いかけるー?」
「そりゃあな! 周りに被害がいく前に止めないとマズいだろ」
「あ、ケンカすることは前提なんだ」
眉を寄せている彼はすでにブルーとスノーを抱えており、美代はダークが伸ばしてくれた手を素直に掴んだ。大人しく横抱きにされればシャドウが懐に潜り込むよう落ち着いて、ボンドッツと雷斗を見る。
「二人とも、走れる?」
「問題ありません」
「あぁ、行ける」
二人の姿はとっくの昔に見えなくなってしまっているけれど。
シャドウとスノーの心眼を頼りにして、一行は走り始めるのだった。




