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冒険記  作者: 夢野 幸
魔族編
96/138

息抜きも必要です・2


 改めて昨日の武器屋に行って依頼をし、バーナーを残して帰ってきて、ベッドの上で丸まっている姿に苦笑した。静かに近寄って顔を覗きこめばどこかふて腐れたように見上げられしまい、バンダナを外しながら撫でればプイとそっぽを向かれてしまう。


「どうしたんだ、ブルー? 置いて行ったことを怒っているのか?」

「……ワイも剣が欲しいって言うたら、危ないからあかんって言われた」

「それは、誰から……」

「バーナーから」


 拗ねたこの子を宥めるのは誰だと思っている、と心の中で頭を抱え、布団子になっていくブルーを布団ごと抱えあげた。嫌がるそぶりを見せるけれど拒絶しているようではなくて、果物の皮をむくように布を剥がしていく。

 目を見てみれば、怒りの感情よりも寂しさの方が現れていて、膝に乗せると抱きしめた。


「バーナーがそう言う理由は、わかるな?」

「……だって、一緒に強くなろうって、やくそくした」

「得手不得手があるから無理をするな、とも伝えたはずだ」

「リンに守られて、美代はんに守られて、ワイ一人だけなんも出来んで……。少しだけど剣も使えるんよ、教えてもろうたもん。それなのに、なんでワイだけ」

「剣を握ってしまえば、魔族はお前も敵と見なすよ。その時に、自分の事を守れるか?」


 少々厳しい問いかけだとは思ったが、出来るだけ優しく言えば無言で抱き着いてきた。しばらくしてから小さく首を振られ、ホッと息をついてしまう。


「いいんだ、みんながみんな戦えなくてもいいんだよ、ブルー。それにこれからは、リンの代わりにお前が美代殿の傍にいてやってほしい。彼女はすぐに無理をしてしまうから、それを止める者が必要だ。出来るね?」

「……うん」

「どうする、出かけてみるか?」

「……うん」


 少しは元気が出たらしい、伏せ目がちだけれどベッドを降りてバンダナを握り、無言で渡してくる。

 頭に巻いてやればヒョイと顔があがり、力なく笑った。


「美代はん達も、誘おう?」

「そうだな、行こうか」


 手を伸ばしてみればキュッと握り返してくる彼に微笑み、部屋を後にした。




 美代の部屋に行ってみても誰もおらず、もう出かけているのかと別の部屋の前を通りかかった時に彼女の声が聞こえてドアを叩いてみた。入っておいで、と言われて開けてみればダークが短剣を手に美代の後ろに立っている。


「今からお出かけー?」

「あぁ、美代殿は?」

「髪を切ってもらってたの。好き放題にのびちゃってうるさかったからさぁ」

「ブルーモ、切ッテヤロウカ? 伸ビテイルダロウ」


 サラサラの黒い髪は、肩を少し越えるほどに伸びていた。雷斗を振り返れば微笑んで、ポンと背中を押される。


「私も頼んでいいか?」

「順番ニナ」


 肩についている髪を優しく払い、クシャクシャと頭を撫でまわせば美代がくすぐったそうに笑った。フルリと頭を振って残りの毛を払うとブルーに席を譲る。


「ねぇねぇ、ダーク。ブラックの髪は切らんの?」

「腰まであるからな、戦う時に邪魔になっていないのか心配だ」

「アレハ切レン」


 服の中に髪の毛が入ってしまわないよう魔力で壁を張り、バンダナを外して毛先を整えているダークが短く答えた。ヒョイと顔をあげかけたブルーの頬を両手で挟んで動かないようにしてやり、美代はどこか険しい表情を浮かべた彼の事を見上げる。


「うーん、私はブラックの髪も大好きだから、そのままでもいいかなーって思うけど。そう言うってことは、なにか理由があるの?」

「まっさか、髪の毛に魔力が宿る。なんて迷信を信じているわけじゃないよなぁ?」


 訝しげな声と共に帰って来たのはバーナーで、先ほどふらりと出かけてしまったブラックも隣にいた。彼は髪の毛を無造作に掴んでしげしげと見つめ、ダークに顔を向ける。


「ソンナワケアルカ、実害ガ出ルカラ、ダメダト言ッテイル」

「でもこいつ、術を使ったり異能を使ったりするときに髪の毛が動くだろう? あれ、相手に教えているようなもんだぜ」

「ワザト、ソウシテイルンダ」

「不利益にしかならないのにぃ?」

「ダーク、オレなら大丈夫だよ?」

「信用ナラン」


 ザックリと斬り捨てられて、ブラックはふて腐れたように頬を膨らませると美代を抱えあげた。床に散らばる髪の毛はバーナーが燃やしてしまい、自身の髪の毛を掴んでいる。


「オ前モ切ルカ?」

「オイラは自分でやれる、ダークは?」

「……ワシノコノ姿ハ、術ニヨルモノダ。コレ以上ハ伸ビン」

「そいつぁ残念」


 いったい何が残念なんだ、と白い目で見つめれば肩を揺らして笑い、雷斗を手招きしてブルーの隣に座らせた。


「初めて会った頃の髪の長さでいいか?」

「あぁ、頼む」


 迷いなく、サクサクと通される短剣をどこか羨ましそうに見ながらも。

 仕方がない、と言った表情でベッドに腰を降ろして、美代を懐に抱え込むのだった。




 人っ子一人の気配すら、獣の気配すら周囲にはない。魔術を使える者しか来られないだろう旅館の屋上に、一人でぼんやりと座り込んでいた。足を投げ出して両手を股の間に力なく置き、なぜだか腹が立ってくるほどの晴天を見上げる。


 ふと、背後の人の気配に気が付いた。振り返ることもなくため息を漏らせば小さな彼は肩に座ってきて、一緒に空を見上げてくれる。


「……眩しいねぇ」

「……そうですねぇ」


 普段ならばキチンと姿勢を正すし、相手の顔を見て会話をする。

 それでも今は、それに気を回せるだけの力がなかった。


「ダーク達は今、何をしているのです?」

「美代ちゃん達の髪を切ってたよ。バーナー君がブラックの髪も切ろうかとして、全力で止められてた」

「事情を知らないと、邪魔なばかりですからね。でも彼は近いうちに、きっとやらかしますよ?」

「うーん、ボクもそう思う。大切な、妹を。奪っていったのは……あまりにも」


 ふぅ、と小さな吐息が聞こえて、顔を傾けた。目を伏せたボンドッツが首元のバンダナに手を伸ばし、瞼を震わせる。


「シャドウ様」

「……どうしたの?」

「もともと嫌いなこの体ですが、これまで以上に嫌いになってしまいそうです。……こんなに、悲しいのに。涙の一滴も、流せない」

「ううん、ボンドッツはたくさん泣いてるよ。それはみんなわかってる、きみはこんなにも、声を張り上げて泣いているのに。みんなのために冷静でいてくれたんだ、本当にありがとう」


 小さな手で頬を優しく撫でれば、くすぐったそうに身を捩った。シャドウの小さな体を両手で優しく包み込み、顔を腹部に緩く押し付ける。

 小刻みに揺れる肩をトントンと叩いていると、彼が静かに離れていった。大きく息を吐き出してから上げられた表情はスッキリとしており、立ち上がる彼に合せて自身もふわりと浮きあがる。


「一番心配していたブルーさんが立ち直れたようで、本当によかった」

「ボクが一番心配してたのは、きみだよ?」

「ふふ、ありがとうございます。……もう大丈夫ですよ、私は以前までとは違います、彼女たちが、変えてくれましたから」


 ふんわりと微笑む彼の頭を撫で、手を差し伸ばして屋上から降りるのだった。




 雷斗の剣を作るのに二日ほど要するということを夕食の時に伝えられ、バーナーが食事を終えるとほぼ同時に黒疾へ伝えに行ってしまった。とりあえず小遣いはもらっているけれど出かける気にはならず、大人しく部屋に戻る。

 ベッドに胡坐してぼうっとしていると、遠慮がちにドアを叩く音が聞こえた。迎えてみれば雷斗とブルーが立っていて、どうしたのかと首をかしげる。


「なんとなく、出掛けたくはないなぁって思って。でも寝るまでには時間があるなぁって……」

「もし、ボンドッツがよければ、なのだが。茶でも飲みながら、あの子を悼みたい。……リンの話を、聞かせてもらえないだろうか?」


 悲しそうに笑うブルーと、寂しそうに微笑む雷斗を目の前にして、追い払うことなど出来るはずもなくて。


「えぇ、もちろんです。物心ついたときから共に居ましたから、なんでも知っていますよ?」


 極力、表情を歪ませないように気を付けながら自分も微笑んで、二人を中に招き入れるのだった。




「へぇえ、ブラックの剣とバーナーの剣って、兄弟だったんだ」

「そうみたい。オレの剣を先に作って、それからバーナーの剣を作ったんだって。だから、魔力や異能に耐えられる物が出来たんだってさ」


 部屋でブラックが手入れを始め、ベッドの上からそれを見ていたら不意にそんな話をされた。伏せられている目は何故だか苦しそうで、ベッドから降りないよう腕を伸ばして彼の頭を優しく撫でる。


「……オレ、この剣をもらった時。全部を嫌って壊してた時で、これも……命と引き換えに、作ってもらったようなものだったんだ。だから、それが、すごく申し訳なくて……」

「……そのおじいさんは、ブラックの事を憎んでいたの?」

「憎んでくれていたら、よかったのに。この剣のおかげで、たくさんの人を傷つけてしまったけど、大切な人を守ることが出来るって伝えたら、それならよかったって。この剣をオレに作った甲斐があったって」

「ちゃんと、謝れた?」

「もちろん! バーナーが教えてくれて、ついて来てもらって。そしたら、オレとバーナーの力をもとにして、もっといい剣を作ってくれるって」


 ブラックの剣で魔力や魔術に耐えられる剣を、バーナーの遊炎で異能に耐えられる剣を作った男性が二人の力を礎にして作ろうとしている雷斗の剣は、きっとすごくいいものになるのだろう。


「それならよかった、これからもその剣で、たくさん守ってね」

「当然だよ! もう、もう誰も失わない。何をやっても、絶対に」


 手入れの手を止めて頬に伸びてきた手を柔らかく握り込み、血の色の目をギラリと光らせているブラックの膝の上にゆっくりと移動した。剣が危なくないように動かして腹部に手を置かれ、肩口に顎が乗る。

 ザワリ、と動いた髪の毛の先を掴んでみれば、くすぐったそうに微笑んだ。


「ねぇ美代、オレ、ちゃんと約束守れてるかなぁ?」

「約束?」

「そう。悪い事をしちゃったから、償っていこうって。ちゃんと、出来てるかなぁ」


 それは、遊園地での会話だったろうか。不安そうに瞳を揺らす彼を安心させるよう、背伸びをして頭を抱え込み、ポンポンとゆっくり撫でる。


「大丈夫だよ、大丈夫。これからもよろしくね、ブラック」

「……うん」


 ふにゃりと微笑むその表情も、あの時に見たものによく似ていて。

 美代はじわりと視界が歪みそうになるのをごまかすよう、ブラックの肩に額を押し付けて力強く抱きついたのだった。




 窓が開く小さな音に顔を向けると、そこから入ってきた人物が驚いているのが見て取れた。思わず口元を押さえて小さく笑えば、ろうそくほどの炎が部屋の中をただよい始める。


「起きていたのか、先に休んでいてもよかったのに」

「ナントナク、眠レンデナァ。黒疾ハ、何ト言ッテイタ?」

「適当に待つ、だと。まぁ、この辺の奴らと遊ぶんじゃねぇの? オイラも楽になる」


 雑な扱いだなと更に笑ってしまえば、バーナーも声を押さえて笑っていた。簡単に湯浴みをしたいと一言詫びられて、上着をするりと脱ぎ捨てる。

 背中に見えた傷跡に思わず、手を伸ばしていた。指先で触れると驚いたのだろう、肩越しに振り返ってくる。


「コレハ、アノ時ノ?」

「……あぁ、ラオエンに刺された時の傷跡だろう」

「ソノ他ノ傷ハ、賞金稼ギトシテ?」

「そうだな。ちょっと、くすぐったい」


 左肩から胸元にかけての刀傷、右のわき腹にある、裂かれた様な傷跡。それから腹のど真ん中から背中にかけてある刺し傷。

 あまりに痛々しいその傷跡を丁寧になぞっていれば、バーナーが身を捩って逃げた。あと一つ背中にある、小さな小さな傷跡に触れれば終わりだったので少々残念に思いながらも、肩を揺らして笑っている彼に口元を緩める。


「痛カッタロウ」

「そんなことはない、って言うのは流石に嘘だな。メチャクチャ痛かった、肩口のこれは仕事を始めてすぐの頃の傷で、こっちの脇腹は三年前くらいにやられたやつだったかなぁ。うん、この時は流石に死んだと思った」

「モット命ヲ大事ニシテクレ。ソノ時ハドウヤッテ、助カッタノダ?」

「エメラルドと知り合ったばかりの頃だったからな、薬草を塗りたくられた上で傷口を縫われた。内臓が出てたらしくてさ、ルビー達からすげぇ怒られたよ」

「アノ娘達モ、苦労サセラレテイルヨウダ」


 上半身が裸のままなのに、バーナーは寒そうでもなく鳥肌も立ってはいなかった。今度は言葉を添えてから触れてみる、ポカポカと温かいのは火炎族だからだろうか。

 前髪を掻き分けるよう、するりと頬に伸びてきた左手に反応が出来なかったのは、眠気のせいにしてしまいたかった。


「……ダーク」

「……ドウシテダロウナァ、シャドウ殿達ニモ言エンコトヲ、オ前ニナラバ話セテシマウノハ」

「そうか、ずっと気にはなっていた。どうして顔の右側を隠しているのか。……不意打ちのようなことをしてしまってすまない」

「構ワン、ムシロ、コレマデ触レナイデイテクレテ感謝スル」


 本来ならば右目があるはずの場所は、くぼみすらなく、つるりとしていた。服の上から魔力石を緩く握り、目を伏せるとバーナーからわずかに離れる。


「ドレダケ唱エヨウト、魔力石ヲ使オウト。ワシノ右目ハ出来ナカッタ。親父ガ言ウ通リ、コノ宝石ガ無ケレバ姿スラ保テナイ。……笑ウニ笑エナイホドノ、出来損ナイノ魔族ダロウ?」

「そんなことは思わない、卑下するな」


 頬を擦る様に撫でれば弱く笑い、左目を細めた。

 優しすぎる、魔族にも関わらず魔力がこんなにも少ない彼もきっと、一族の中で苦しんできたのだろう。そうして、一族を飛び出して来たのだろう。


 そんな彼のおかげで自分は美代に会うことができて、自分たちは繋がることが出来たのだ。


「これからも頼りにしているぞ、ダーク」

「……ナラバ、コノ命ガ尽キルマデ。ワシハオ前達ノタメニ戦オウ」

「勘弁してくれよ。オイラの方がお前より永く生きるのに、ちゃんと自分のために生きてくれ」

「ソレナラ、オ前達ノ為ニ生キルノモ、イイダロウ? ワシハ皆ガ大好キダ。一族ヲ知ッテモナオ、受ケ入レテクレタ。……ドレダケ嬉シイカ、ワカルカ?」

「泣きそうな顔をするなって、オイラは少し湯を浴びる、先に休んでろよ」


 ポンポンと頭を撫でてやればくしゃりと顔を歪めてしまい、目元を親指の腹で強めに擦ってから油断しきっている彼の体をヒョイと横に抱き上げて。

 何も言葉を発せずにいるあいだにベッドへ放り投げると、自身は浴室へと向かうのだった。


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