二つ名の由来
朝日が差し込む窓辺に座り、投げ出されていた枕を膝に抱えて外を眺める美代は、微かに唇を震わせた。
「バーナーはまだ、見つからないのかな」
「不安、カ」
いつの間にか後ろに立っていたらしいダークから頭を撫でられ、小さくため息をついた。
「うん、不安。……これまで、バーナーが誰かに捕まって、ここにいないことがなかったから。大丈夫かなって」
「コレマデノ奴ノ心労ガ解ッタカ?」
「……言葉もありません」
頬杖をついてふて腐れるよう口を尖らせれば、喉の奥で笑われた。視線を上げれば悪戯っ子のような目をしていて、怪訝に眉を寄せてしまう。
「美代殿ハ本当ニ、好カレルナァ?」
「全然嬉しくない。そのせいでみんなが傷付いていく」
「ソレハ違ウゾ、ソノオカゲデワシ等ハ出会エテ、強クナレル」
村人たちを宿の近辺から追い払い、近付かないように言いくるめに行っていた雷斗とボンドッツが帰って来た。撫でられる手がくすぐったくて肩を揺らし、不機嫌そうに顔をしかめる二人へ笑いかける。
「お疲れ様、ごめんね」
「美代さんの頼みならば。そんなに心配なさらないで、どんなに距離があってもあの二人ならば必ずバーナーさんを救出します」
「……その、バーナー本人が。ちゃんと声をあげてればいいけど」
「よーぉ、嬢ちゃん。いい返事を聞かせてくれる気になったか!」
外から聞こえた嫌な声に、美代は枕をきつく握った。背後ではダークが鼻で笑い、一瞬怯えたブルーを安心させるようボンドッツが背中を撫でている。
「ブルーさん、大丈夫ですよ。私たちがあんな虫に負けると思って?」
「……でも」
「オ前ハオ前ラシク、美代殿ノ傍ニ。頼ンダゾ、優シイ子ヨ」
雷斗にスノーを預け、まずはダークとボンドッツが外に飛び出した。黒疾が美代とブルーを腕に抱えて窓から降りる。
ポケットに両手を突っ込んだまま不敵に笑う天火に、美代は思い切り顔をしかめた。降ろしてもらうと少し前に出て、右手を頬の付近に運ぶ。
そのまま指を一本たてて目の下を引っ張り、思いきり舌を突き出した。
「だぁれがあんたみたいなドクズと! 全身丸っと、外身も中身も洗濯されて出直してきやがれ、ばああああああか!」
「おう、思ったよりもハッちゃけた」
いわゆる、アッカンベーをしながら吐き捨てた美代に、黒疾が呟いた。表情を歪めていく天火に美代は笑い、腕を組んで堂々と胸を張る。
「そもそもすでに付き合ってる人がいますー。何がどう転んでもあんたのところになんかいかないし、どうしてバーナーの足元にも及ばないような人と一緒に行かないといけないの?」
「こ、の……」
「サッサと失せて、雑魚」
「このクソ女ぁ!」
怒声と共にせまりくる炎に慌てもせず、魔 弾 盾を唱えて全員を囲った。霧散した炎に天火はわずかばかり目を丸くして、ニヤリと楽しげな笑みを浮かべる。
ポツンと動いた唇に反応したのは黒疾で、美代とブルーを何のためらいもなく空高くへ放り投げた。突然の事に唖然とし、下を見てみれば、先ほどまで自分たちが立っていたところの地面が地響きを立てながら彼の体を絡み取っている。
「歪 舞 地だって!」
「ダーク、ボンドッツ、二人を」
ほとんど衝撃もなく冷静に受け止められて、慌てて黒疾に駆け寄った。自力で大地から抜け出した彼の両腕は血まみれで、だらりと力なく垂れている。ブルーの頭を胸元に抱きかかえて、歪な方向に曲がる腕へと手を乗せた。
「なんて奴! 火炎族の癖に、魔術を使うなんて!」
「強けりゃなんでもいいんだよ」
「火炎族の男なら、己の技と炎で戦うんじゃないの!」
「ぶわっはははは! 古くせぇ信条を引っ張り出してきやがる! やっぱりあいつ、優しい火じゃなくて甘ったるい火だなぁ!」
「美代さん、言っても無駄な体力を使うだけです。黒疾さん、どうでしょう?」
「オレはいったん脱落だ、頑張ってくれや」
ひどい熱を持ち始めた腕に口を開けば、黒疾が腰をかがめた。額にコツンと頭がぶつけられ、黒い目が優しく弧を描く。
「使うな、オレの傷はこのままで大丈夫だ」
「だけど黒疾!」
「お前がそれを使えると知れば、あの野郎はますますお前を狙う。四肢を奪ってでもお前をモノにしようとするだろう、それくらい平気でやる程度には腐った野郎だ。
死神が帰らない今、オレ達はあいつを殺せない。生かして捕らえる、その難しさをお前ならわかるな? セイント」
「疾 風 斬!」
「うっ……!」
返事をする前に聞こえた天火の声に顔を上げれば、炎を乗せたカマイタチがボンドッツとダークを襲っていた。反射的に身を小さくすれば黒疾が覆いかぶさり、頭上をかすめていく熱気にきつく目を閉じた。なにかが爆ぜる音に視線を向ければ、民家が轟々と燃えているのが見える。
「あなた、彼女を巻き込む気ですか!」
「かかかかか! 要するに孕めればいいだけだ、多少の欠損はオレ様、許容して愛してやるぜぇ?」
「予想通りの反応だな」
眉間にシワを刻み込んで指を痙攣させるボンドッツの手を、チリチリと焼ける服の裾を払っているダークが握り込んだ。ギラギラと光らせる瞳にため息を漏らし、黒疾にチラリと視線を運ぶ。
「熱クナルナ」
「わかっていますよ、誰がこんな雑魚如きに」
「揃いも揃ってバカにしてくれんじゃねぇか! ぶっ殺す!」
一足でボンドッツに接近すると拳を突き出し、瞬時に炎を纏わせた。受け流すつもりだった攻撃は身体を捻って避け、指を痙攣させると不安定な体勢のまま足を振り上げる。
頭部を狙ったけれど呆気なく躱されてしまい、重心を強引に下げると地面に手を着いて背後に飛んだ。地面から噴き出した炎が危うく皮膚を舐めるところで、盛大な舌打ちをすると思い切り地面を蹴り上げる。
懐に飛び込もうとすれば火を纏った膝が突き出され、身を反らして距離を取った。
その間、ダークが水 球で炎の弾を打ち消した数は三回、魔 弾 盾を唱えたのは四回。周囲を巻き込む気しかない攻撃に呆れるばかりだ。
「そらよ! 疾 風 斬!」
「魔力だけは一端ですね、面倒な!」
天火がやっているのは略式詠唱の中でも、より魔力の消費が激しくなる術名を叫ぶだけのものだった。詠唱とほぼ同時に発動するそれを避けるのはなかなか厄介だけれど、そんなものは規格外な彼で慣れているせいか反応できないこともなく。
なんとなく、魔力の器で負けたような気になって苛立ちが沸き上がるばかりだ。
「ほらほらどうした、口だけか! まだオレ様に一撃も当てられてねぇ奴が、大人しく焼かれた方が楽だぜぇ!」
「うっわ!」
巻き上がった突風にあおられて、ボンドッツの体は綿帽子のように吹き飛ばされた。民家の一部を突き破っていった彼にブルーが青ざめて追いかけていき、美代が口を裂いて笑う天火を睨みつける。
「焼かせない!」
迎撃してきた炎を防げば、天火が凶悪な表情で舌打ちをした。それでも剣を取り出すとサポートに徹していたダークへ振り下ろす。
不意打ちにも関わらず冷静に受け止めた彼だけれど、男が持つ剣に目を細めた。
「……ソレハ、遊炎カ」
「オレ様ほどの魔力になりゃあ、他人の空 魔 箱から物を盗るのなんざ朝飯前さ、こんな良い剣、甘い火が持ってても宝の持ち腐れだろ!」
「ヌカセ。ソノ剣ハ、アヤツガ振ルッテコソ美シイ」
切っ先が小刻みに震えるほどの鍔迫り合いの中、ダークは左手を放して鞘に伸ばし、逆手に持つと一かけらの遠慮もなく天火の頬に殴りつけた。同時に右膝を突き上げて腕を蹴れば、頭部と腕を捻るような形で打撃を与えたせいか体の芯に骨が折れる嫌な衝撃が響いてくる。
「ぐっ……あああああ!」
「ソレダケハ、今ココデ返シテモラオウ。少シノ間デモ貴様ノ手ニ触レサセタクナイノデナ」
蹴り落とした遊炎は地面に落ちる前に受け止めて、即座に空 魔 箱へ収納した。手首から肘の間に関節が一つ増えた天火は腕を抱えて悲鳴を上げ、脂汗を流している。
吹き飛ばされたボンドッツの方へ視線を向ければ、青ざめたブルーが口をキュッと閉じてフルフルと首を振っていた。美代が黒疾を支えながらも心配そうに見つめ、両腕を揺らす黒疾がわずかに肩を動かす。すくめたらしい。
「ソモソモ。ワシモボンドッツモ、恐ラク美代殿モ他者ノ空 魔 箱カラ物ヲ取ルノハ容易ダ。盗ミガ悪ト知ッテイルカラシナイダケ、自惚レルナ」
「調子にっ……乗りやがって!」
唾を吐き散らしながら怒鳴り、急接近してきた天火にため息を漏らしながら鞘を構えた。ニヤリと笑った顔に違和感を覚え、間合いに入ると同時に鞘を振る。
脇をすり抜けていった男に目を剥くと、咄嗟に腕を伸ばした。
天火を掴むための指を焼かれ、ダークは一歩、下がってしまった。
「美代殿!」
「あかん!」
美代の前にブルーが飛び出せば、天火の左手がその細首をしかと握った。二人の周囲を炎が取り巻き、怯えたように深海色の瞳が揺れる。
「このガキを殺されたくなけりゃあ、得物を捨てな」
「勝テント悟ッタカ、小物ガ」
「最後に勝ちゃあいいんだよ、勝ちゃあな!」
「でしたら、最後まで気を抜いてはなりませんねぇ」
クツリと笑ったブルーが懐から短剣を取り出して、天火の腹部に柄まで通した。カキンと乾いた音が聞こえ、短剣の刃が外れたのが見える。
優しく指先で押せば体内に埋まっていき、内臓を傷付けたのか天火が血を吐いた。
「セイント、治療を」
「え、は? えっと? 治療術?」
黒疾の合図に戸惑いながらも、美代は天火を相手に術を唱えた。塞がっていく傷口には刃が残ったままで、吐血をしながら地面に崩れる男を見て目を点にする。
「いけませんよ、敵方を懐に招き入れるなんて。どこに伏兵がいるか判らないでしょう?」
「ボンドッツ―、もう出てきていいー?」
「はい、木屑に気を付けて。ほらほら、そんなところで転んでしまえば怪我をしてしまいますよ」
壊れた民家から聞こえたブルーの声に、美代は目をまん丸にしてそちらを凝視した。ブルーも返り血に両手を染める同じ姿に目を見開いて、激しく動揺しているのがわかる。
「ええぇ……。変 幻 偽 視……」
「この男が人質を使うだろう事は容易に想像できましたので、私が吹き飛ばされた時に入れ替わりました。元々いずれかのタイミングで入れ替わるつもりでしたから、調度良かったです」
「あの、剣は?」
「海洋石を加工しました。すでに一度使用している身、負の遺産だということを知っていても……私ならば、重ねて使っても支障はないでしょう?」
血に濡れたブルーが濡れていない方のブルーからブレスレットを受け取ると、ようやくボンドッツの姿に戻った。目をしばたかせながら体に触れて回るブルーに微笑んで、ダークにより拘束されている天火に目を向ける。
「クソが……。二、三人がかりでねぇと、オレ様と戦えねぇザコ共が」
「はて、なんのことやら」
「子犬を生け捕りにするのに多少のひっかき傷は付き物だろ? 多数でやりゃあ逃げられる心配もねぇ」
「うっかり一人で戦ってごらんなさい、加減を誤って殺してしまうでしょう」
「やめたげて! 場数も相手も違うと思うの!」
「美代殿、ソレハ止メダ」
心の底からバカにしたように笑う黒疾とボンドッツを止めるつもりが、ダークから白い目で見られてしまった。そんなつもりではなかったけれど、顔を赤くして頬を震わせる天火にチロリと舌を出す。
不意に魔力の揺らぎを感じ、体を捻ってそちらを見た。
「あ、終わってる」
「バーナー君の救出に成功したよ! ついでに子供も!」
ブラックに肩を貸してもらうように立っているバーナーに、美代は思わず飛びついていった。見た目には傷や怪我はないけれどひどく疲労しているようで、眉を寄せて抱きつく腕に力を込める。
「バーナー……!」
「心配かけたな、すまん」
「もうね、ビックリしたよね。全然声が聞こえないから不安になってたら子供の泣き声が聞こえてきてさ。行ってみたら大地に絡めとられたバーナー君がいて……」
「手足の関節外されて、海洋石を口に押し込まれて何もできないから冥想してたって。捜しようがねぇっての」
「すまんって」
苦笑するバーナーに歯を見せて笑い、腹部に頭を押し付けた。ポンポンと撫でてくれる手が温かくて目尻に涙がたまり、誤魔化すよう彼の服で拭いてしまう。
「本当だよ、バカ」
「美代、バーナーとブルーを連れて宿に戻ってて。オレ達はこいつを」
「混血をっ……舐めるなぁあああ!」
海洋石を体内に埋められているはずなのに。
天火の咆哮が聞こえたと同時に、黒疾の背から刃が飛び出していた。美代は咄嗟にブルーの頭を胸元に抱いて耳を塞いでやり、口を歪めて笑う天火を睨みつける。
「優火、嬢ちゃん。てめぇらのせいだぜぇ、お仲間が一人死ぬのはよぉ!」
「なんか勘違いしてねぇか」
砕けた両腕がわずかに揺れ、美代は黒疾の事を凝視した。腹部から、背部からダクダクと血を流しているにも関わらず汗の一つも流さずに、不敵な笑みを浮かべているのだ。
「てめっなんで……」
「粋がんなって子犬がよ、死神」
「おう? おう」
化け物でも見ているように真っ青な顔で黒疾を見上げる天火に、黒疾は大口を開けた。バーナーに目元を隠されたけれど慌ててそれを払い、代わりにブルーを押し付ける。
「美代、止めておけ」
「見る。私は盗賊黒疾の事を知りたい」
悲鳴を上げて離れようとした天火の喉笛に、黒疾の歯がたてられた。躊躇なく顎に力がこめられて、なんてこともないように体を持ち上げてしまう。
顔を血に染めながら更に力を込めれば、骨が折れる音が耳についた。思わず背中を震わせば後ろから優しく抱きしめられて、小さく息をのみ込む。
体を地面に向けて投げ捨てると、口の中に溜まった血を吐きだした。喉を噛み砕かれた天火は白目をむき、数度体を痙攣させると断末魔も何もなく動かなくなってしまう。
この村を襲い、バーナーを傷付け、好き勝手にやってきた男の最期は何とも呆気ないものだった。
「セイント、改めて腕の治療を頼んでいいか?」
「うん、治療術」
「修 復 術」
美代に重ねるようブラックが唱えれば、どす黒く染まった服が元のとおりに戻っていった。治療された腕を軽く回して肩をすくめる。
「どうすんだこいつ、焼くか? 死神」
「……みんな、その、オイラの名前……」
不安げに瞳を揺らしながら俯いていくバーナーに、美代はボンドッツ達を振り返った。口の端を緩めたように笑う彼らにニッコリと笑い返し、目元を隠された上に耳を塞がれていて何が起きているのか判らないのだろう、首をかしげるブルーの隣に抱き着いていく。
「なぁに? バーナー」
「名前なんてもの、一々気に留めませんよ。それにそれを言い始めたら私や美代さんはどうします」
「バーナーがどうして、優火って名前を隠していたのかはわからないけど。オレ達はこれからも、バーナーって呼ぶよ」
「……ありがとう、すまない」
二人の体を纏めて抱きしめれば、グシャリと頭を撫でられた。普段なら容赦なく払い飛ばすその手が、今は暖かい。
「火炎族としての埋葬法が嫌なら、オレがどこかに捨ててきてやるぜ」
「いいや、こいつはここで、焼いてやる」
血の一滴も残さぬよう、髪の毛一本残さぬよう。
天火を灰に変えていく炎はバーナーが操っているせいだろう、とても安心できて。
「本当にありがとうな、みんな」
そう言って顔を上げ、宿の窓から事のてん末を一緒に見届けていた雷斗に向けて手を上げたバーナーは、晴れやかな表情をしていた。
「――私たち、言いませんでしたか。あなた方からは一切、何も受け取らないと」
やることも終えたしサッサと村を出てしまおう、としていればバーナーのついでに救出した少年が村の人たちを呼びに行っていたらしく、ぜひ礼をさせてほしい。と申し出てきた。殺気立つボンドッツと雷斗を背後に押しやり、一歩前に出た美代は冷たく言い放つ。
「ですがあなた方は、ひどい事をしてしまったこの村のために……!」
「アホですか。あんた達の為じゃない、私たちの大事な家族のため。あんた達の自己満足に付き合う義理はないんで。それではこれで失礼します、一瞬でも早くこの村から出たいんで」
村長の言葉を遮って吐き捨てると、踵を返して歩き始めた。海洋石を続けて二度も使用されたことによる疲労のせいか、半分眠ってしまっているバーナーはブラックが背負い、聞こえてくる引き留める声を一切無視して進んでいく。
「さぁて、今度はちゃんと休めるところに行きたいねぇ?」
「なに、こんなところでやっていける村があるんだ。近くには町か都市があるだろうよ、そこまで頑張ろうぜ」
口角を上げて笑う黒疾に頷き、振り返ることもなく足を進めていくのだった。




