家族だから
村の中を歩き回り、少しばかり外へ足を伸ばし、村人たちの噂話に聞き耳をたて。
とうとう日が暮れて宿に戻ってきた美代たちはみな、疲れた顔をしていた。
「ダメだー、だぁれも話をしてくんない」
「なんかね、絶対にその話をしたくない、って感じやったよ」
「退治してやると言っているのだ、少しくらい話を聞かせてくれてもよかろうと思うのだがな!」
「雷斗雷斗! かっ雷がっ!」
低く唸りながら、無意識か静電気染みた放電をしている雷斗からそっと離れ、困ったようにバーナーを見上げたブルーは頬についている怪我に手を伸ばした。悲しそうにしている彼の頭を撫でて黒疾を睨んだところをみると、取っ組み合いでついたものらしい。
「なに、日中に村を歩き回って気配がないんだ、まだ来てない可能性が高いわな。それがわかっただけでもいい」
「オ前達ハモウ、休メ」
「これからは、私どもの時間です」
ボンドッツに促され、スノーが眠るベッドの端にもぐりこんだ雷斗とブルーは数分もしないうちに寝息をたててしまった。美代も欠伸を漏らしながら三人に布団をかけ直し、心配そうに眉を寄せるブラックに笑いかける。
「大丈夫だよ、何もされてない。ただ……怒りって感情は、体力を消耗するから」
「精神的疲労か。愛されてるなぁ?」
「うっせぇ、わかってる」
茶化す黒疾の脇腹に肘鉄を入れ、美代を抱えるとベッドの中にいれた。雷斗を除けば小柄なせいか意外と四人は転がれて、小さな感動を覚えた美代は目を輝かせながらもバーナー達を見上げる。
「私も休ませてもらうけど、危ない事はしないでね。あと血生臭い事も出来れば止めてね?」
「頭の隅には置いておくさ」
ケロリと言ってのける黒疾に、村に来て何度目になるかわからない苦笑を漏らして目を閉じた。
カチリ、と窓が開いた音に飛び起きてみれば、すでに朝日が顔を出しきっていた。思った以上に深く寝入ってしまったことに苛立たしく髪を引っ掴み、ふと顔を上げて硬直しているダークを視界にいれる。勢いよく目覚めた自分に驚いたらしい。
「おはよう、ダーク」
「オハヨウ、スマナイ、起コシテシマッタカ」
「ううん、大丈夫。ダークだけ? 他のみんなは?」
「ソロソロ戻ルダロウ。玄関カラ戻ッテクレバイイノダガ……」
ブラックとボンドッツは瞬間移動術を使うだろうし、バーナーは人目を気にして、黒疾は面倒くさがってドアを使わないだろう。
それを見越して、先に帰ってきて窓を開けてくれたらしい。
「何かあった?」
「ダメダッタ。ワシラハ散ッテ行動シタカラナ、他ノ者ガドウカハ判ラン」
「了解。じゃあ私は簡単に朝ごはんの準備でもしようかな、ダークも手伝ってー!」
「承知シタ」
まだ眠っている雷斗たちを起こさないよう、気を付けてベッドを降りると。
二人は静かに部屋をあとにした。
ブラックが戻り、ボンドッツが戻り、黒疾が帰ってきて。
まだ姿を見ない彼を心配して捜しに行こうかとした頃にようやく、帰ってきた。伏せられた目は収穫がなかったことを十分に知らせており、一行は肩を落としてしまう。
「まぁ、焦ることはないだろう。村の様子を見る限り、来ることに間違いはないようだしな」
「なら、今日はどうするの?」
力なく俯いていたバーナーが顔を上げ、スッと腕を組んだ。黒疾が何かを言おうとしたのを静かに制し、美代は視点を定めずポツンと呟く。
「ねぇ、尚人」
首をかしげるブラックに、誰の事だと集中する視線の中、美代は口の端を上げていった。静かに首をかしげていく彼にブラックも目を見開き、ザワリと髪を蠢かせる。
「誰だお前、バーナーじゃないな!」
「何を言って……」
「へぇ? 自分が使ってた偽名もわかってないくせに」
冷たく笑えば、今度は火炎族の彼に視線が集中した。細められた目は笑う彼女を睨みつけており、口の端が歪んでいく。
「それにね、バーナーは考えるときに腕は組まない。……あんた誰」
「……はぁー、一目で見抜かれるとは思ってなかったわ。いやぁ、良い目をしてるなぁ嬢ちゃん!」
一番近くにいたダークが男の襟首を掴み、窓に叩き付けるようにして外へと放り投げた。追うように窓から飛び出してみれば男は窓の破片を焼き尽くし、炎の中に立っている。
「油断させて一人ずつ消していこうと思ってたのによ、ここまで鋭い奴がいるとは思ってなかったぜ」
「変 幻 偽 視でそっくりに化けようと、癖までは真似できないでしょ。それに……バーナーは旅を始める前からずっと、傍にいてくれた。私の無茶を、我が儘を、泣きごとを包み込んできてくれた。絶対に間違えるもんか」
「お前が、この村を襲っている混血か」
ズボンのポケットに手を突っ込んだまま肩を揺らして笑う男に、一行はそれぞれ身構えた。美代も羽根を持ちながら、思わずだろう玄関から飛び出してきたブルーの傍に寄り、男の動きを見つめる。
「オレの名は天火。火炎族が天を取るための第一歩ってこった」
「バーナーはどこ」
「バーナーバーナーって、優火坊ちゃんのことかぁ? くっは! 笑える、あいつお仲間に名前を教えてねぇんだ!」
腹を抱えて喉を晒すよう笑う男に、美代は羽根を握る手に力を込めた。
レイリアで聞いた「ゆうひ」と言うのは、バーナーの火炎族としての名前だったのかと細く息を吐く。
「そろそろその姿で喋るのを止めてくれない? 実に、じ、つ、に! 不愉快!」
「くっふふ、そいつぁ悪いなぁ」
そう言って術を解いた男は、バーナーによく似た目の色をしていた。セミロングの紅い髪はうなじ付近で束ねられていて、笑うたびに毛先が遊び跳ねている。
眼光は狩りを楽しむ狩人のようにギラギラと鈍く輝いていて、薄い唇からチロリと出てきた舌が嫌にグロテスクに見えてしまった。
「あなたの目的は何なのでしょう?」
「火炎族の天下。平和すぎるこの世界が退屈なんだとよ」
「烈火がそう言ったのかな? 残念、純血の火炎族はバーナーを残して滅んだ」
「あぁ、優火の親父の奴が余計なことをしてくれてなぁ。まぁでも? 平和ボケしてこの素敵な力を振るえない理由にはならない、っていうか?」
品性の欠片もない笑い声に、耳を塞いでしまった。ブラックとシャドウは額に玉の汗を浮かべており、ボンドッツは目を細めながらも剣は出しておらず、ダークは緊張した面持ちで立っている。
「せぇっかく強大な力を持って産まれたんだ、ゆーこーかつよーしないともったいないじゃん?」
「弱い者いじめが有効活用法か、情けない男だね」
「口の利き方には気をつけな、嬢ちゃん」
だらしのない格好と締まらない口調からは考えられない速さで美代に接近した天火に、一行は殺気を膨れ上がらせた。彼女の顎を掴んで無理やり視線を合わせる男にブラックの表情が削げ落ちて、ダークが咄嗟に視線を塞いだのが見える。
「よく見りゃ可愛い顔してるじゃん。いい目も持ってるし、その反抗心も悪くねぇ。オレのもんにならない?」
「早死にしたくなければ手を放した方がいいよ」
「おーお、怖い怖い。優火の居場所を教えてやってもいいぜぇ? オレの女になるならな」
「もう一度だけ言ってあげる、放せ」
「お前みたいに調教し甲斐のある奴はだぁい好きだ、決めた。お前にオレの子を産ませてやるよ」
天火の手を勢い良く払い飛ばして早口に詠唱し、歪 舞 地を腹部に向けて突き出した。口笛ひとつ鳴らしながら腕で受け止めた天火は距離を取り、冷たく笑う。
「ブルーさん!」
「あっ……!」
火炎族の血を引く男は、詠唱なく炎を扱うことができた。
美代の背後、ブルーの目と鼻の先。そこに集まった熱気に、真っ先に反応したのはボンドッツだった。柄の宝石に魔力を流して二人の間に割り込み、美代の背を加減なく突き飛ばしてブルーのことを抱きかかえた。背に直撃した爆風に歯を食いしばり、上がりかけた悲鳴を喉の奥へと押しやってしまう。
「ボンドッツ!」
「一日やるぜ、お嬢ちゃん。次はだれが炎と踊るか、よーく考えな」
心底愉快そうに笑いながらその場を去っていく天火には誰も目をくれず、倒れるボンドッツに駆け寄った。詠唱しようと開いた口はブラックに塞がれ、代わりに彼が小さく詠唱をする。
「修 復 術」
「ありがとうございます……大丈夫ですか、ブルーさん、美代さん」
「ボンドッツこそ! ごめん、出てきてもなんにも出来ないのに、ワイが外に出たから」
「は、たったあれだけの火の粉。バーナーさんの炎に比べれば温いですよ」
青ざめるブルーの頭を優しく撫で、ブラックに支えられるよう天火が去っていった方角を見た。忌々しそうな舌打ちを漏らして美代を見つめ、長いため息を漏らしていく。
「厄介な相手ですねぇ」
「……ソウダナ。実ニ面倒ダ」
「バーナーの事、わからなかった……」
「あんなに悪意に塗れた人、久々に見たよ。心眼を使っても黒い色しか見えないんだ」
顔色を悪くする二人に目尻を下げて、表情を歪ませるダークと黒疾を見上げた。
「どうしよう、あんな奴にバーナーが負けるもんか! なにか卑怯な手を使ったんだ、早く捜しに行かないと!」
「それは、ボクとブラックが引き受けるよ」
シャドウが言うとブラックは首がもげん勢いで横に振り、美代を抱えあげると力いっぱい抱きしめた。腹が締め付けられて息が苦しくなり、腕を叩くと慌てて抜け出す。
「あなたの大事な愛しい人は我々に任せて、バーナーさんを頼みます」
「死神の居場所を効率よく探せるのは、心眼を持って戦えるお前とシャドウだけだ」
いつの間にかブラックの事を見下ろしていて、目をしばたかせて自分の状況を確認した。今度は黒疾の肩に座らせられているらしく、いよいよもって人形染みた扱いになってきた、と苦虫をつぶしたような顔になる。
「ソレニ、オ前ハアレト対面シテハナラン。理由ハワカルナ」
ジロリとダークに見られれば、彼はうなずくほかなかったらしい。肩に立つシャドウと顔を見合わせると目尻を下げ、黒疾の肩に座る美代へと腕を伸ばす。
「無事でいて」
「ブラックも。……バーナーを、優しすぎる火炎族をお願いね」
小さく笑い、二人は姿を消した。
「さて、この村に安全な場所はなくなったな」
「何を今さら、むしろ慣れている状況でしょう?」
「なんかイヤな慣れ方」
「旅の醍醐味だろ?」
「すんごいイヤだ!」
早朝の出来事なのに。
誰一人として外に出てこない村の中、美代の叫び声が妙に大きく響いていった。
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ぐすぐすと鼻を鳴らす音だけが、少年が生きていることの証で、全身の鈍い痛みに眉を寄せながらも薄く目を開いた。鉱石を強引に詰め込まれたせいで口内はズタズタに裂けてしまい、一杯に広がる鉄の味が気持ち悪い。
吐きだそうにも、口元どころか鼻から下は大地に呑みこまれており、四肢の関節は力任せに外されていた。
それでもバーナーは、恐れも何も抱かない。あえて言うならば心配しているだろう仲間たちの涙だけは、恐ろしい。
それは昨夜、仲間たちと別れて村の中を見ていた時。
殺気と同時に投擲された石を紙一重でかわし、視線を向けた先に捜している男がいた。腕にはがんじ絡めに縛られて声もなく涙を流すことしか出来ない少年を抱え、自身が名乗る資格がないと思っている名で嫌味たっぷりに呼んでくる。
抵抗のそぶりを見せればガキを殺すと言われてしまえば、どうすることも出来なかった。両手を頭元まで上げて膝をつき、自分より少し年上らしいその男を目を細めて見上げる。
優しい火じゃなくて甘い火と名乗ればいいのにと嘲笑われても、戯れに頬を打たれても声ひとつ上げないバーナーに男は口を歪めた。利き手を背面から肩口まで回されて、力任せに関節を抜かれても唇を引き締めてうめき声ひとつ上げない。
それが面白くなかったのだろうか。残りの手足も同じように関節を外されて、地に伏せたまま動けなくなったバーナーはようやく口を開いた。
「お前の目的はなにか」と。
一族の掟を好き勝手に犯し、力を自在に使いたいがためだけに火炎族を滅ぼしてしまった男の息子だ。ロクな返事は期待していなかったが、正解だったらしい。
「自身の国を作るため、力がある子を望む。そのために強い女に自分の子を孕ませる」
天火と名乗った男はひとしきり笑うと、加工どころか研磨すらされていない海洋石を取り出して口に当ててきた。仕方なくそれを受け入れれば無論、口内は傷まみれになるし虚脱感に苛まれる。
それでも、すでに四度目。意識はしっかりと保ちながらも連れてこられた洞窟で歪 舞 地を使われると、大地に閉じ込められた。
「オレを退治するなんて、クソふざけたてめぇのオトモダチを殺してやるよ」と言い残して行ったのが朝方の話しだ。
(いや、万が一にでもオイラが心配するのはあの村だし、あいつらは……)
魔族が一人、一億ガロンの賞金首が一人、規格外が一人に妖精族が一人。
これだけでも普通は逃げる。あげくに人族の彼も雷雲族の彼も強いし、彼らが手を汚してしまわないかのほうが心配だ。
(ストッパーがいるから、大丈夫だよな? ちゃんと機能してくれるよな……?)
「かえんぞくの兄ちゃ……ごめんなさい! オレ、オレ兄ちゃんに石投げたのに! オレのせいで……!」
突如洞窟内に響き渡った泣き声に、バーナーは目をしばたかせた。動けない自分は、後ろの方で縛られている少年の様子を伺うことも声をかけることも出来ない。
「ごめんなさいぃ! ご、め……!」
少年が疲労するまでは、この声は途切れないだろう。
ため息を漏らしてしまい、バーナーはゆっくりと目を閉じた。
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・
部屋に戻るなりボンドッツと黒疾が頭をくっつけあってなにか作業を始め、美代たちは内容を知ることも出来ずにそれが終わるのを待った。その間に雷斗へ耳打ちをすると心底嫌そうな顔をして、それでも美代の頼みならばと承諾する。
「ブルーさん、お願いがあります。あなたは戦い自体には参加せず、美代さんの傍にいてあげてください」
「雷斗、スノーと一緒に宿へ待機」
「仕方ガアルマイ。美代殿ハ我々ト一緒ニ、奴ト対面シテクレ。イザトイウ時ニハ、回復ヲ頼ム」
三人からの指示に首をかしげたのは雷斗とブルーで、互いに顔を見合わせるとボンドッツと黒疾を見た。
「逆ではないか?」
「その、美代はんと居ても……なんも、できひん……」
「いえ、逆ではありませんよ」
「雷斗はセイントの頼みを実行してくれ、宿の前でやるつもりだから待機場所はここな」
「……えっ、まさか今の、聞こえてたの?」
被害が大きくなり過ぎないよう、雲や雷でこの村を守れないか。
それに対する答えは、イヤだけど出来る。
それが聞こえていた故の、この配置らしい。
「今日はこれから、適当に自由時間。出かけるならオレ等のうち誰かがついて行く」
「バーナーさんのことは心配いりません、シャドウ様とブラックが必ず見つけます」
「旅ノ疲レヲ、少シデモ癒セ」
そう言って各々休み始めた三人に、美代は口の端を痙攣させてしまった。不安そうに眉を寄せるブルーを撫でてやり、スノーを抱えあげる雷斗を横目で見れば彼も自分と同じような表情になっている。
「仕方あるまい、今は魔族と対立しているのだぞ」
「……あ、なんだろう。すごく天火に逃げてほしい」
「無理だろうなぁ。あの男、ブラックの目の前で美代殿を手籠めにする宣言をしたのだぞ。逃げようものならそれこそ死んだ方がマシな運命が待っていよう」
緩々と首を振る雷斗を見て、美代は思わず同情してしまうのだった。




