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冒険記  作者: 夢野 幸
魔族編
92/138

もう一人の火炎族


 一行は入った村の小さな宿、その一室に集合していた。地図を眺めるバーナーの顔色は思わしくなく、美代は目尻を下げている。


「バーナー、大丈夫?」

「あぁ、慣れているよ」

「慣れていいわけあるかよ、そうやって理不尽を受け止め続ける気か死神」

「バーナーは何もしてないのに……!」

「海洋石なぞ、持ち出しおって……。止められていなければ、雷の一つや二つ落としてやったのに」


 疲れた表情で微笑んだバーナーに、黒疾、ブルー、雷斗が即座に口を開いた。全員が全員イラ立ちを表に出すのは珍しい光景だと、美代は苦笑してしまう。




 雷斗と無事に合流した後、人里を目指して歩いたけれど。

 歩いても歩いても、集落も村すらも見当たらず。夜も緊張してロクに休めない野営が何度続いたか、ようやく見つけることが出来た村に入った瞬間。投石を受けたバーナーが額から出血し、一行が殺気だった。


 もしあとわずかにでも下にあたっていれば失明していたかもしれないのに、攻撃を受けた本人がみんなを宥めて少し前に出た。


 敵意溢れる村人たちは口々に、彼に向かって、火炎族は去れと叫んだのだ。

 

 髪の毛を騒めかせかけたブラックを押さえ、指先から閃光を放つ雷斗を制止し、静かに剣の柄を握る黒疾の足を踏みつけて、バーナーは深々と頭を下げた。

 野営続きで仲間たちは疲れているから、彼らだけでも宿を貸してほしい。自分はここを立ち去るから。と。

 ヒュトンの集落で言った言葉と大差ないそれに、美代とブルーはもちろんの事。みんながみんなその提案を拒絶した、そうこうしているうちに村長が来たらしく、特異能力一族にとっては忌まわしい鉱石を突き付けてくる。


『獣を首輪なしに野放しには出来ない、これを呑むのであれば仲間たちも休ませてやる』


 そう言って放り投げられたそれを、誰が止める隙もなく。

 躊躇いなく飲み下したのだ。そうまでしてもここで休みたくはなかったが、次の村を見つけるために、夜を何度明かさなければならないのか全く分からない。

 何よりも、バーナーの行為を無にしないためにも宿を取ったのである。




 なお、部屋に入った瞬間から説教の嵐、耐性がない者たちを部屋から追い出してからの強制開腹手術、刹那の治療と部屋の修復、まで終わったのが約一時間前。顔色が悪いのは鉱石のせいだけではないだろう。


「どうして、バーナーが火炎族だってすぐにわかるんだろうね」

「どうしたんです、突然」

「だってそうじゃん。魔力とかそういうので一族がわかるんなら、ここにいる全員がバレてないと可笑しいでしょ? まっさか、火炎族がみんな同じ髪と目の色をしてるわけじゃあるまいし」

「……オレが以前会ったことがある火炎族は、こいつの髪色によく似ていた。根本はどす黒かったけどな、先端にかけて色が抜けていっていたようだった」


 呟く黒疾に、ますます顔色を悪くしたバーナーが勢いよく振り返った。唇を軽く噛み、緩く首を振る彼の事を流し見て、小さくため息を漏らす。


「まぁとりあえず、この話はいったん流そう。明朝早くにこの村を出る、そろそろ休め」

「旅人さん達、食事が出来たよ」


 遠慮がちなノックの後に入って来たのは宿の女将で、美代は座っているバーナーをさりげなく隠しながら立ち上がり、目を細めた。


「いらない。私たちがこの村で受ける施しは、一晩の宿だけでいい。それ以外は何も受けようとは思わない、一切、何も」

「美代、なにを」

「私も賛成だ。毒でも盛られていたらたまったものではないからなぁ?」

「雷斗!」

「てめぇがあんなことをしなきゃ、ここにいる全員、野宿でもよかったんだぜ。てめぇは少し自分を大事にしやがれガキんちょ」

「お前まで……」


 頭を叩いてきた黒疾も、その声は確かにバーナーの事を案じていた。敵意をむき出しにしている一行に女将は苦い表情を浮かべて顔を伏せる。


「まぁ、そう言われても仕方がないよねぇ。だけどあんたはこの村に来る火炎族の男とは違うじゃあないか、あたしは見境なく嫌ったりしたくないんだよ」

「女将さん、その話をもっと詳しく」


 バーナーが何を言わんとする前に、美代が訊ねた。ドアの外に立っている彼女を部屋に招き入れてベッドに座らせ、囲むようにそれぞれ腰を降ろしていく。




 聴けばこの村は数年前から一人の火炎族の男により荒らされているらしく、抵抗しようとすれば見せしめのように焼かれ、身動きできないようにされた上で家族を目の前で殺され。

 好き勝手に暴れた後は数か月姿を消し、立て直されたころに再びやって来る。と言うことが起きているらしい。

 村から出ようと画策したこともあったけれど、傷付けられ痛めつけられた村の人を見捨てる事は無論できず、下手なことをしようとすればますます、拷問染みた暴力を受けてしまう。


 男が最後に来たのは、約三か月前。そろそろこの村にやって来る時期で、皆が怯えている。

 そんな最中によく似た男が来て、少年が石を投げつけてしまった。血が出るほどの勢いだったのにその男は反撃してこない、それどころかこちらに頭を下げてくる。

 怒りと憎しみ、恨みをぶつけるには格好の相手だった。というわけだ。




「ふざけるな!」

「それに、火炎族の男だって? 火炎族はここにいるバーナー・ソラリアを残して滅びたのに!」

「それも数年前からって、おかしいやん!」

「私たちはこの目で、彼が唯一の火炎族だという証明を見ました。間違いありません!」

「落ち着けお前ら! この人に言っても仕方がないだろうが!」


 一斉に声をあげた美代たちを止めたのはバーナーで、女将に視線を向けると小さく頭を下げた。するりと冷たい指で頬を撫でられ、顔を上げると困ったように笑っているのが見える。


「謝らないどくれ、あんたが悪いわけじゃないだろう?」

「……もし、もしその男に、心当たりがあると言っても……」

「もしかして、おじさんの?」


 小さく言った美代に鋭い眼光を向け、そのまま伏せてしまった。口をつぐんだまま顔を背けていくけれど、重々しく口を開く。


「火炎族が滅んだ原因は、族長の座をかけた兄弟喧嘩さ。強大な力を持つ火炎族は温和であるべきだと主張したオイラの親父、剛火ごうか派と、火炎族は外に出てその力を誇示するべきだと唱えた親父の兄、烈火派。……この烈火の奴がクソ野郎だった、一族の外で女を襲い、子を産ませたと言っていたのを聞いたことがある。イフリートにも偵察してもらって、二人が発覚した」

「あー、そんなら残りは一人だな。オレが昔会った時に殺した奴が混血だったわ」


 サラリと言ってのける黒疾に目を丸くし、瞳孔を開いたまま凝視しているバーナーは珍しく動揺しているようだった。なんてことはない、と言わんばかりに黒疾が肩をすくめれば、何度か瞬きをして細く息を吐きだしていく。


「あいつは火炎族を広げていくために、色々と一族の禁忌を犯していった。当時、烈火に意見が近かった族長……オイラのジジイも、苦言を漏らすほどに。

 火炎族は混血を作るべきじゃない、誇りのない炎なんて誰かを傷付けるだけだ。理性のない力を振るうなんて、けだものと変わらない! それなのに、奴は……!」


 震える声は怒りを孕み、握りしめた拳には爪が立っているのか血が流れ出していた。シャドウがそっと撫でるけれど緩める事はなく、奥歯を噛みしめて唇を震わせる。


「バーナーとお父さんは、それを止めようとしたんだね」

「でも結局、こうしてクズの血が継がれてやがる」

「ならば私共で消してしまいましょう」


 言い放ったボンドッツは笑みをたたえ、黒疾が賛同の意を示して口角を吊り上げた。


「ボンドッツ、そんな汚れ仕事」

「あなた方が請け負うべきではないでしょう? ブラック、あなたもダメですよ」

「てめぇはオレにとって、これからの永い人生での大切な天敵だ。無駄なことでダメージを負う暇なんざやらねぇよ? 互いに楽しく生きていきたいよなぁ?」

「あ、あんた達……あの男を退治してくれるのかい?」


 半ば腰を浮かせるように立ち上がった女将に視線が集中した、ボンドッツは冷たい目で彼女を睨むと鼻で笑い、首に巻いているバンダナに触れる。


「この村のためではありませんよ、ここがどうなろうと興味はありませんから」

「なっ……」

「当然でしょう、あなた方は我々の大事な家族を、理不尽に傷つけた。私はそこまで心は広くありませんので」

「まーとりあえず、そいつが来たら教えろよ。明日の朝までに来ればいいけどな?」


 ニヤリと笑う黒疾に息を呑み、女将は脇目もふらぬよう部屋を駆けだしていった。クツクツと喉の奥で笑う彼の隣でボンドッツも冷笑を漏らし、眉をひそめるバーナーに少しばかり目つきを柔らかくする。


「村長のところへ向かったようですね」

「虐メルノモ、程々ニナ。ワシモドウデモイイノダガ」

「もー、三人とも……。でもどうするの、退治するの?」


 心の底からどうでもいいと思っているのだろう、あくびを漏らすダークに苦い顔をしてしまった。そのままバーナーの膝に寄りかかろうとすれば脇の下に手が差し込まれ、何事かと目を丸くする間に誰かの膝の上に乗せられる。振り返ってみれば、ブラックが満足そうに目を閉じていた。

 代わりにブルーがバーナーの膝の上に座り、スノーは黒疾の背中によじ登った。


「……あぁ、うん。定位置」

「とりあえず今日はもう休もうか、どうなるかは明日話し合えばいい」

「なーなー、バーナー。今日は膝の上で寝ていい? 久しぶりに」

「うん? 構わないぞ、冷えるか?」


 バンダナを外してやりながら頭を撫でればふにゃりと笑い、体を丸めるようにして眠りについてしまった。リンの出来事からキチンと立ち直る時間もないままに野営を続け、この村でのことで余計に疲れてしまったのだろう、あっという間に聞こえてくる寝息に目尻を下げてしまう。

 トン、と背中に寄りかかられて、ブルーの頭を撫でる手は止めないままに振り返った。雷斗が背中合わせに胡坐をかき、目を閉じている。これでは動けないとブラックに助けを求めればしばらく考え、美代と一緒に右側へ陣取った。


「どうした、どうした?」

「たまにはいいじゃん、どうせ一つしかないベッド。みんな遠慮して、結局使わないよ。スノーもおいで! シャドウも!」

「ダークとボンドッツは左側!」


 一つしかないベッドなら紅一点のお前が使え、と言おうとしたけれど普段ならば味方に回ってくれるダークが肩をすくめながらも左の肩に寄りかかり、ボンドッツが苦笑して雷斗とダークの間に挟まった。スノーもシャドウを抱えて美代の膝に座り込み、黒疾が頬を掻く。


「お前らなぁ、それじゃ風邪を引くだろう。毛布もかけとけ」

「いや、止めちゃくれないんだな、血吸いの?」


 ぎゅうぎゅうにくっつきあい、黒疾が放ってくれた二枚の毛布をみんなでかけあうと、温かくて心地がよくてすぐに眠気がきてしまった。流石に黒疾は参加するつもりはないらしく、笑いながらバーナーの頭を撫でまわしている。


「やめろ」

「オレはちょっと出かけるぜ、今日はこいつらの暖房だな死神」

「……甘えん坊ども」

「いいじゃん、お父さん?」


 からかうように言ってみれば小突かれてしまい、それでも彼が嬉しそうに瞳を揺らすのがしっかりと見えて。

 美代は寝やすいように体勢を整えると目を閉じるのだった。




 乱暴にドアを叩く音が妙に大きく聞こえて、美代はきつく眉を寄せながら目を覚ました。すでにダークとブラックがドアの両脇に構えており、いつ帰って来たのだろう黒疾が正面で口の端を吊り上げている。

 窓の外に視線を運べば、空はすでに白んでいた。


「こんな早くに何用だ、他の奴らはまだ夢の中、ちぃっと失礼が過ぎるんじゃないか? 村長さんよ」

「宿の主人から話を聞いた。あの男を退治してくれるのであれば、我々はそこの火炎族を受け入れる」


 なんて言い草だと目を吊り上げれば、ブラックが静かにドアを開いてダークが村長を引きずり込み、背後にいたらしいボンドッツがいとも簡単に組み敷いてしまった。声を荒げようとした村長の口に短剣の刃を入れ込み、温度がない声でクスクスと笑う。


「昨晩、皆さんが休まれてから我々で話し合った結果。彼がこれ以上、無意味に苦しまないように、悩みのタネを潰すことにいたしまして。あなた方の意思は関係なく抹消するつもりではありました」

「コチラカラノ要求ハ、一ツダケ」

「邪魔すんな。あぁ、ここが戦場になったとしてもオレ達は知らねぇから、てめぇらの身はてめぇらで守れよ?」

「バーナーを傷付けておいて、自分たちの事も守れ。なんて言わないよな? 海洋石まで呑ませているのに」


 こんなに殺気が渦巻く空間で、どうしてバーナーが黙っているのだろうと視線を上げれば、まだ眠っているようだった。普段の彼ならばありえないことで、恐らく眠らされているのだろうと推測する。他のみんなが起きていないのも同じ理由だろうか。


「肯定以外の答えを受け入れるつもりはありませんので。それとこれは、我々四人が決めたこと。バーナーさんは関係ない」

「再び理不尽を突き付けるなら容赦しねぇよ、こいつらが村を去った後にオレが潰してやる」


 ダークが鯉口をきり、ブラックが見下ろすように威圧して、黒疾が腰をかがめて口が裂けたような笑みを浮かべながら顔を近づけて、ボンドッツが背の上から拘束しつつ刃で持って口を塞ぐ。


 こんな中で否と言える人がいるのだろうか、これは交渉ではなく脅迫だ。


 するりと短剣を抜き出し、村長が小さく呻くように肯定の意を示したのを確認すると、首根っこを掴んで部屋の外に放り投げた。あまりにも無情な光景に引きつった顔からもとに戻せず、毛布にゆっくりと潜りこんでいく。


「ブラック、襲眠鬼ソメイルはあとどれくらいで解ける?」

「もうそろそろ、美代はもう起きてる」

「あー、いらねぇもん見せちまったなぁ。おーい、セイント」

「……はぁい」


 気付かれている上に呼ばれてしまってはどうしようもなく、美代は体を起こして黒疾の元に近寄った。ヒョイと体を抱えあげられると対面するよう膝の上に乗せられ、頭を優しく撫でられる。


「いつ話し合ったの」

「昨晩遅くに、よもやダークも黒疾さんも同じことを考えていたとは思いませんでしたが」

「同時に話しかけてくるんだもん、いくら心眼をコントロールしてても何度も名前を呼ばれたら気付く」

「オ前ニシカ頼メマイ、ガ出来ルノダカラナ」

「まぁ、オレは恐ろしいものの片鱗を見たとだけ伝えておく」


 いったい何の事だろう、頬を膨らませるブラックをダークとボンドッツがどこか温かい目で見つめ、黒疾がわずかに青ざめた。盗賊団頭が青ざめるなんて夜に何があったのかと口を引き締めていれば、再び抱えあげられて今度はブラックの腕に収まる。

 まるで人形のようだ、と自身のことながら苦笑して、眠っているバーナー達を見た。


「私たちはどうすればいいの?」

「こいつらを連れて村を出ろ、オレ達は後から追いかける」

「はい却下」

「だよな」


 喉の奥で黒疾が笑うと、バーナーがわずかに身じろぎした。薄く目を開けてぼんやりとこちらを見ているようで、美代は降ろしてもらうと寝る前と同じように寄りかかる。


「じゃあオレは女将と話をつけてくるぜ」

「話し合いでお願いします」


 村長への脅迫おはなしを目撃してしまった美代は、思わずそう呟くのだった。



 

「とりあえず、滞在できることはわかったが。お前たちまで付き合う必要はないんだぞ? これはオイラの一族の問題だ」


 眉を寄せて怖い顔になっているバーナーは、何となく腑に落ちない表情をしていた。空 魔 箱マジック・ボックスから取り出した食事をしながら、美代は静かに視線を外して例の四人を見る。

 普段と変わらない様相が、ひどく恐ろしく見えてしまった。


「いかん! バーナーの問題ならワイらの問題よ!」

「一国の戦争に首を突っ込んでいったお前が言うのか、それを」


 バンバンと膝を叩くブルーに、腕を組んで呆れたように言う雷斗。

 目頭を押さえたバーナーが、小さく笑った。


「……そうだな、それもそうだ」

「オレとブラック、ダーク、ボンドッツ、死神は昼の間ここで待機。他の奴らは情報収集を頼む」

「夜になったら交代ってわけね、了解」


 間髪入れずに美代が言うと、黒疾が口の端を緩めた。一言申す、と言ったように前のめりになってきたバーナーの顔を片手で押さえつけ、こめかみに青筋を立てながら腕を払おうとする彼にケラケラと笑う。


「じゃあ頼むぜ、セイント」

「まっかせてー!」

「スノーちゃんはボクとお留守番してようか」

「はーい!」


 顔を押さえつけていた手を直下に運び、胸倉をつかんでベッドに投げつけるなんて芸当ができるのは黒疾だけだろうなと、乾いた笑い声を漏らしてしまった。黒疾と取っ組み合いを始めたバーナーに昨日までの悲しげな色はなく、気付かれないよう微笑む。


「みんな気を付けてね、虐められたら言うんだぞ! すぐに行くからな!」

「迫害を受けた判定は私たちでやるからね! 心眼禁止だからね!」


 喰い気味に言った美代の心境を知るのは、四人だけだった。


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