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冒険記  作者: 夢野 幸
魔族編
91/138

見えない思惑


 ズキン、ズキンと、鼓動に合わせて痛みが走る。


 痛みがあるということは、生きているということだろう。億劫だけれどどうにか瞼を開き、辺りを見ようとする。

 確かに目を開いたはずなのに広がるのは闇だけで、薄い呼吸を繰り返しながら何度か瞬きをしてみた。視力がやられたのかと不安になったがなんてことはない、目の周りに布が巻かれているだけらしい。

 後ろ手に縛られた腕では体を起こすのも一苦労で、痛みに歯を食いしばりながらも床を這って壁にたどり着き、一呼吸おいて体を起こす。


 気を落ち着かせ、自身の状態に意識を持っていった。


 後ろ手に手首を縛られている、足首も縛られているけれど捻るくらいは出来るようで、胡坐をすることはできた。目隠しをされて口には布を詰め込まれている、頬を絞めつけられている感覚があるのは、吐き出せないよう縄を巻かれているからか。

 そこでふと、外れていたはずの肩が治っていることに気が付いた。裂かれたはずの脇腹も、穴が開いていたはずの太腿も。怪我の割には、痛みが少ない。


(治療、された?)

「起きたか、人間」


 声をかけられたらしく、見えないとわかっているのに顔を上げてしまった。ガチャガチャと金属がこすれる耳障りな音に眉をよせ、静かな足音に身構える。

 頭の付近に、腕が伸びて来たのを感じた。避けようと体を捩じれば腹部が濡れていくのを感じ、痛みに唸り声を上げてしまう。

 その隙に、目隠しをはぎ取られた。正面にいる魔族は、どこかで見たことがある。


「暴れるな」


 猿轡も外されて、口の中に溜まっていた唾液を吐き出した。記憶を呼び起こして目を怒らせ、少しでも距離を取ろうと身を捩る。


「お前は、チチェ……」

「会ったのは一度だけなのに。名を覚えていたか」


 額の一本角を揺らして笑いながら、逃げる雷斗の体を掴んで力任せに引き寄せた。思わず電気を走らせるが鼻で笑われて、するりと縄を解かれてしまう。


「何をする気だ」

「黙ってついて来い、出してやる」


 いったい何を言い出すのかと怪訝に思って睨んでいれば、小さな足音が聞こえてきた。警戒を高めればチチェが目を細め、わずかに振り返る。


「あの時の、魔物……?」

「お前たち人間は、魔族の子をそう呼ぶな? ……オレは今から、長様の意向に逆らい借りを返す」

「は、な、魔族の、子……!」


 その子が相変わらず聞きとれない何かを話し、チチェが同じく聞き取れない言葉を返すと、子供から腕を取られた。巻かれた包帯に血が滲み、思わずうずくまるとため息を漏らされる。


「早くしろ、見回りが来る」

「何を、考えている。借りとはなんだ、魔族の長の意向とはなんだ。是非、教えてもらいたいところなのだが?」

「誰だ、今はここに入るなと言われているだろう……チチェ!」

「ほら見たことか、もたもたしているから……!」


 何もない空間から槍を出し、即座に突き付けてきたのはカウンツだった。子供がすぐに雷斗の前に出て庇うように両腕を広げ、チチェが表情を歪める。


「なぁに考えてんだお前! ダークネスさんが連れてきた、捕虜? だぞ! 説教で済めば万々歳だ、今なら黙っててやるからサッサとそいつを戻せ!」

「お前にはまだ解らないだろうがな、カウンツ。人里に降りてしまった子が帰ってくるのだけでもありえない話なのに、治療までされていたなんて奇跡だ。本当ならばこの子の親が恩を返すべきなんだろうが……あいつが帰ってこない以上、友だったオレがやる」

「わーかーりーまーすー! まだ子は作ってないけど、興味、好奇心で人里に行っちまった子供たちが無事に帰ってくることがあり得ないことだっていうのはわかりますぅ!」


 なぜだろう、口を尖らせたように喋るカウンツが、恐ろしい魔族ではなくどこにでもいるような青年に見えてしまった。傷を押さえながら鉄柵に寄りかかるよう立ち上がり、キュッと手を握ってくる子供の小さく冷たい手を握り返してやりながら二人を見つめる。


「それに、あんまりにも相手が悪すぎるからって、なんにも命令されてないだろうが! ただでも協力してくれねぇのに邪魔まですんなよ!」

「一族のためにも見逃してくれ、ここで借りを返していれば必ず、これからもこの奇跡が起きる。見てみろ、あの子が人間の手を自分から握っているんだぞ」

「ぐ、ぐ……」


 眉間にあたる場所にしわが寄っていき、槍の切っ先がわずかに下がった。こちらへの意識が逸れている今ならと思い、そっと子供の手を離して歯を食いしばりながら腕を上げ、短く息を吐き出す。 

 カウンツに纏わりついた閃光が静かな音をたてて爆ぜ、完全に油断していたらしい彼を床へと寝かせつけた。


「お、お前……!」

「加減はした、しばらくは痺れて動けないだろうが、お前たちならばすぐに回復する。逃がして、くれるんだろう?」

「……あぁ、こっちだ」


 指先を痙攣させているカウンツに視線を送りながら、チチェは包帯の色を変え始めた怪我を見て顔をしかめた。

 相当痛むし、歩くどころか立つのだけでも精一杯で本当は動きたくもないけれど、今の機会を逃せば脱出は出来ないだろう。

 後ろを振り返ることもなく進んでいくチチェを追い、心配そうに振り返りながら様子をうかがってくる子供にどうにか笑いかける。


 牢の最奥に着いた辺りで、ようやく足を止めた。体が万全ならば散歩感覚で歩ける距離だっただろうに、治療をされているとはいえ危なく贓物を出しかけた腹と貫通している足では、銀世界の登山以上に呼吸も上がり脂汗も噴き出している。

 下を見れば床には血が滴っていて、これではどこに逃げたのかなんて一目瞭然だ。


「どうやって、逃がしてくれる」

「オレに出来る事は、せいぜい魔族の領地から外へ出してやることくらいだ。お仲間は自分で捜せ」


 手を取られると同時に、魔力の歪みを感じた。瞬間移動術レガ・ハラフに似たこの感覚は、あの術が確かに魔族の移動方法を魔術に変えたものなのだと理解させられて、こんなものを術式に変えられる仲間に対して妙な怖さを覚えてしまう。

 歪みが治まって辺りを見回すと、森の中のようだった。


「そこの紋章に乗れ」

「……これは、エメラルド殿の……?」

「エメラルド。そうか、多くの魔族の子を救ってくれたこの紋章を作った人間は、エメラルドというのだな」

 

 確か、この魔族の子をサピロスに連れていったときに、バーナーが言っていた。


『魔物には魔物の縄張りがある。人里に下りてくるのは、群れからはぐれてしまったか好奇心に負けて出て来たか、大体そんなものだ。なら、


 あの男はきっと、魔物の正体を知っていてそう言った。魔方陣の制作者であるエメラルドはもちろん、サファイアも。

 魔族と言えば異端として迫害をされるが、魔物と言えば恐れが先に来て、誰も手を出したがらないだろう。


「……だが、その子を助けたのは、バーナーだ」

「紅く尖った髪と紅い目をした火炎族だろう。だからオレは、子を助けられた同胞たちは、お前たちには敵意を向けられない」

「ならばなぜ、ラオエン達は来る! 美代殿を狙う、ブラックを狙う? リンを……殺した!」

「そうしなければならない理由があるからだ。これ以上は話せない、カウンツが起きればオレがお前を逃がしたことはすぐに気付かれる、早く乗れ」


 背中を突き飛ばされて、咄嗟に左足を出してしまった。不意打ちの激痛に短い悲鳴をあげて倒れ込み、血が流れる足を抱え込む。


「どこか、人里に出られることを祈る」


 そのまま問答無用で魔方陣に魔力が注がれていき、今度は心の準備をする時間も与えられず。

 傷の痛みに悶絶しながらどこかへと飛ばされてしまうのだった。


~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・


 帰ってきた黒疾とダークから、雷斗の姿がなかったこと、あの場所が血塗れになっていたこと、連れ去られた可能性があることを聞いた美代たちは、口を開くこともなくただ押し黙っていた。普段、泣いてしまったブルーを宥めていた人物はここにはいなくて、代わりにボンドッツが彼を懐に抱え込んでいる。


 眉間にシワを刻み込んできつく目を閉じ、美代を膝に乗せていたブラックが突如、勢いよく顔を上げた。どうしたのかと各々が視線を向ければ額に汗を浮かべた彼が短い呼吸を繰り返し、ザワリと髪を蠢かせて一方向を凝視する。


「見つけた、雷斗を見つけた! さっきまで全然、何も聞こえなかったのに! シャドウ、シャドウも一緒に見て! オレだけよりも、もっと場所が確実になる!」

「ブラック、本当? ちょっと待ってね!」


 即座に肩に乗り、ブラックの額に自身の頭をくっつけて、同じ方向を見て目を閉じた。固唾を飲んで見守るみんなの視線を受けながら、口の端を緩く上げる。


「雷斗君だ……! これは、セデールの王城跡地? どうしてこんなところに? ブラック、遠いところまで心眼の範囲を広げてくれたんだね」


 顔色も悪く美代を抱え続けているブラックの頭をそっと撫で、ダークとボンドッツに視線を送った。何も言わないのに指示がわかったのだろう、ダークは詠唱を、ボンドッツは黒疾とスノーに自身を掴ませて、剣の柄を握る。


「飛ぶよ! 瞬間移動術レガ・ハラフ!」


 シャドウとダークの声が重なり、ボンドッツが合わせて魔力を流し込み。

 一行はその場から姿を消した。


~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・


 魔方陣の上で仰向けのまま大の字になっている雷斗は、大きく長いため息を漏らしていた。怪我が痛むのはもちろん理由の一つだけれど、驚くほどに人の気配がない場所へ飛ばされてしまったからだ。


「いやもう、どうしろと……」


 こんな体の状態ではならず者どもに遭遇してしまっても、応戦が出来そうにはない。少し頑張ればいいのだろうが、そのための気力がすっかり削がれている。

 無茶をして歩いたせいだろう、腹からも足からも血が流れ始めているようだ、地面に着いた背中がじんわりと濡れていくのがわかる。


「よりにもよってセデールに出るかぁ……。どこか、ゆっくり、休める場所を」

「雷斗ぉおおおお!」

「雷斗さん!」

「雷斗!」


 ふて腐れていても仕方がないと体を起こし、雨風をしのげる場所まで移動しようかと足に力を入れた瞬間。

 自身の名前に鼓膜をぶん殴られて、何が起きたのかもわからないうちに多方向から力強く抱きしめられた。目を白黒させていると胸板を弱く叩かれて瞬きを繰り返し、懐に潜り込んでいるバンダナ頭へ視線を落とす。


「ばか! ばか! 雷斗のばか! なんで危ない事するんよ、なんで怖い事するんよ! 嘘までついて!」

「落ち着きなさい、ブルーさん。説教は後からでも出来ます、今は先に治療を」

「わああああああああん! 雷斗のバカ! 完 全 治 癒テリオ・リペイ! バカ!」

「服も血塗れでボロボロじゃないか。修 復 術メティス・ティ

「美代ちゃんは昨日から魔術を乱用しすぎだからね! まだまだ初心者なんだから、効果が大きい魔術はあんまり使ったらダメだよ!」


 ブルーが泣きながら力なく叩くのをボンドッツが止め、喉が裂けんばかりに叫んでいる美代にシャドウが魔力を流し、ブラックがなだめ。

 黒疾からは軽く拳骨を貰い、バーナーからは頭をグシャグシャに撫でられた。美代のおかげですっかり傷も治ってしまい、血で汚れた包帯を剥いでいくダークに視線を止める。


「みんな、どうしてここが……」

「ブラックが心眼で捜してくれたんだ。生きた心地がしなかったぞ」

「しかし……なぜ、治療がされて? 捕虜として生かしておくつもりだったのでしょうか」

「コレハ、恐ラク……ワシニ薬草ヲ教エテクレタ者ガ施シタノダロウ。ナゼ……」


 眉をひそめて難しい顔をするダークに、雷斗は目を伏せた。小さく息を吐き出すと胸元でグスグスと鼻を鳴らすブルーを柔らかく抱きしめて、バンダナに顔を埋める。


「心配をかけてしまったなぁ」

「本当よ! バカバカバカ!」

「もう二度と、こんな無茶はしないって約束して」

「……すまない、美代殿。約束はできん、もし万が一また同じような状況になったら、私じゃなくてもきっと誰かが残って足止めをする」

「そんなこと!」

「ならば進もう。怒りに身をまかせず、感情に心を侵されず、我々の目的のために前に進もう。悲しむなとは言わないさ、だがせめて、場所を改めよう」


 口をつぐんでしまった美代の頭を、雷斗は優しく撫でた。ボンドッツに手を借りて立ち上がるとくっ付いたままのブルーを抱えあげ、目つきが鋭い黒疾の事を見上げる。


「どうして逃げてこられたか、どうやってここに出たのか。それは聞かねぇよ、だがこれは勇敢でもなんでもない、単なる無謀だ。それは覚えておけ」

「私が弱いうちはその無謀にも付き合ってほしい。頑張ってお前たちがいるところまで、駆け上がるさ」

「レイリアに行ったのは無駄じゃなかったな。一丁前な面になって」


 ニヤリと口角を歪めて笑い、頭を小突いてくる黒疾に苦い笑みを漏らして。

 魔族の領地で起こったことは胸の奥にしまい込み、腹部に手を触れた。


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