怖さを強さに
翌朝も。
みんなの顔色は悪いまま、出発することはおろか動くことすら出来ないでいた。昨晩寝かせつけた時にはどうにか落ち着いていたブルーをもう一度なだめながら、雷斗は深呼吸を繰り返す。
目を腫らしたブラックをダークが包み込み、目を覚まして何があったのかを聞いたバーナーは黙したまま微動せず、抱えた膝に顔を埋めるように座り込んでいる美代は小さく肩を揺らしている。
「……このままここで、こうしていても仕方がないでしょう。どこかの人里を目指しませんか、今の状態でまた魔族が来たら、我々はどう戦えますか」
手拍子と共に立ち上がったボンドッツを見上げて、しゃくり上げてしまったブルーの背中を優しく叩き、眉を寄せる彼に苦笑した。
確かに、ボンドッツが言うことは正しいだろう。それでも、友を失った痛みはそう簡単に癒せないのだ。
「お前が取り乱していないことが、本当に救いだな、ボンドッツ」
「お褒めの言葉として受け取っておきますよ」
ダークの懐で背中を震わせているブラックを引っぺがし、うずくまったままの美代を半ば無理やり立たせた。バーナーの事も背中を叩いて反応を伺い、援助を求めるよう黒疾に目を向けている。
「ほら、ブルー。悲しいのはわかるよ、だけどここで泣いているわけにはいかない。せめてどこかの村か集落に入るまで、頑張ろう」
「……あんなぁ、リンなぁ。震えながら、ワイとスノーの事、抱きしめてくれてたんよ。大丈夫だよって、頭を撫でてくれて、それなのに……」
ボロボロと大粒の涙をあふれさせてしまい、わずかに眉を寄せて抱きかかえた。どうにかこうにか、緩慢ではあるけれど立ち上がり始めた一行に弱い笑みを浮かべる。
唐突に呼吸がし難くなって、それが魔力の歪みのせいだと気が付いた瞬間に辺りを殺気が渦巻いた。
「よくも、現れられたものだな、ダークネス……!」
「あいつはどこだ……リンを殺した奴。美代の父さんを殺した奴!」
歯のすき間から唸る様に呟いた美代とブラックに、ダークネスは目を細めた。瞳孔を開ききって静かに身構えるバーナーに、指先を震わせながらエペに手を伸ばすボンドッツを見て、ダークが二人の前に静かに立つ。
雷斗は支えていたブルーを放し、怒りを露わにしている美代の方へと軽く押した。不安そうに瞳を揺らしている彼に口の端を緩く上げ、ダークネスを見据える。
「今は戦えるような状態ではない、ブルーは美代殿を連れて先に行け」
「雷斗、雷斗はどうするん」
「私は殿を務めよう、先頭は頼んだぞ」
目元を強くこすり、大きく頷くと口をきつく閉じて美代に駆け寄った。無言のままに手を取って全力で走り始めるブルーに、わずかに遅れてブラックが勢いよく振り返る。
「ブルー!」
「っ……今は逃げますよ! なにをしていますかブラック、早く美代さんとブルーさんを守りなさい!」
「ふざけ、目の前に、リンを殺した奴らが……!」
「あなた一人なら構わないでしょう、ですが今は守るべき者の事を考えなさい!」
目を血走らせて髪の毛をざわつかせるブラックの背中を思い切り殴りつけ、なおも殺意をほとばしらせている彼のコートを思い切り引いた。ダークはシャドウを連れてすでに二人を追いかけており、なぜだか動かずにこちらを見ているダークネスの事を睨みつける。
「ガキ! 退くことも戦いだ、セイントを無防備にするな!」
「うぅぅううううう……!」
泣いているようにも、怒りに震えているようにも聞こえる唸り声を上げて。
自身の隣にいたバーナーの腕を掴み、踵を返して走り始めた。黒疾がスノーを抱えて後を追いかけて行く。
そうして、ボンドッツも走りだし、ただ一人残った青年に目を細くした。
「一人で相手をしようと、この私の?」
「足止め程度ならば、充分だろう?」
ブルーはきっと、疑うことなく自身の言葉を信じてくれているだろう。
スノーは気付いているとしても、利口な子だから黙ってくれているはずだ。シャドウやブラックはそもそも、普段は心眼を使わない。
昨日の戦闘でひん死の傷を負ったバーナーの事は、黒疾が止めてくれるだろうか。
「魔族と同じ、黒い柱の一つならば、どんなに恐ろしくても戦わなければならない時もあるさ」
両手に雷を纏わせて、緩く拳を握った。足先からパチリ、パチリと静電気のように小さな電撃を放出させて、一瞬息を止めるとダークネスの背後へ視線を止める。
その場に閃光が走ると同時。
雷斗の姿は、ダークネスの真後ろにあった。かろうじて受け止めたらしい触手は焦げた臭いを漂わせながら黒い煙を揺らめかせ、雷の剣を握りしめている。
「雷の速さを追えるとは、魔族とはやはり恐ろしい」
「足に雷を纏わせて、先に行かせた雷の元へと移動するか。雷の性質そのものを身にしたか雷雲族」
「あぁ、夜遅くまで修練に付き合ってくれる者がいたおかげでな。こんなことまで、出来るようになったよ!」
握っていた右手を放し、まばたきほどの時間もなく、もう一振りの剣を生み出していた。振ると雷鳴を轟かせ稲妻を走らせるその得物に、冷たく目を細め、触手を一本斬り捨てさせると距離を取って体を揺らす。
ぼたぼたと闇を流すそれをしまうと、新たな触手を出した。
「あぁ、実に相性が悪い。私が使いやすい術は雷系統が多いんだ」
「ほう、それは都合がいい。こんな私でも役目を果たせそうだ」
余裕の笑みと、引きつった笑み。
違う種類の笑みをたたえながら、二人は再び宙を蹴った。
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あまりに一生懸命だったのだろう、加減も知らないように握りしめられていた腕をようやく振り解き、再び捕まえようと伸びてきたそれを払いのけて後ろを振り返った。頬を真っ赤にして、肩で呼吸をしながら立ち止まる面々をゆっくりと見回していく。
「雷斗は、どこ」
「雷斗は、殿をって」
「足止めに残った」
咳き込み、酸素を貪りながらも答えたブルーを遮って、バーナーを肩に担いだ黒疾が言った。途端、ブルーが喉を鳴らし、唇を戦慄かせる。
「うそ、だって、雷斗」
「ボンドッツを先に行かせて一番ケツを走ったのはオレだ、昨日死にかけたこのバカが戻ろうとしたのをぶん殴ってな。ダーク、少し付き合えよ。他の奴らはここでお留守番、お利口さんに待てるな?」
「ふざけるな!」
どこか茶化したように笑いかけ、バーナーの体をブラックに放り投げながら言った黒疾に、咆哮を上げたのは美代だった。服の裾を掴んで大粒の涙をこぼす彼女は目を吊り上げて小さく震えており、頭を掻くとため息を漏らしてしまう。
「ふざけちゃねぇよ。お前らはここで待ってろ」
「どうして! あいつらが狙ってるのは私だ、そうだよ、そうだ。最初からそうだったんだ。私がいるから、みんなが傷付いていく」
「セイント、それ以上は」
「私が! 大人しくあいつらに着いて行っていれば、リンも死ななかったんだ!」
肌を打つ高らかな音を出したのは、黒疾ではなかった。美代の胸倉をつかみ上げて激しく揺さぶり、頬を痙攣させながら、呼吸を荒げるのはボンドッツだ。
「どうにもあなたは私の話を理解するつもりがないようで。そもそも最初に奴らが狙っていたのはブラックでしょう、あなたが行ったところでなにも変わらない」
「力がない奴がいなくなれば戦力が増すでしょう、守る必要がなくなるのだから!」
「そうしてお前は、リンの死を無駄にするのか!」
なおも口を開こうとすると、容赦のない頭突きを食らった。頬を張られた時には我慢も出来たが、いかんせん相手は皮膚が鋼鉄。骨の髄まで響くような衝撃に思わず先ほどまで流していた物とは違う涙が浮かび、霞んだ目で震えるボンドッツを睨みつける。
「もう一度言いますよ。リンはあの時ただ痛みを耐えてさえいれば助かったかもしれないのに、あなたを護りたくて術を使った。その結果体力を消耗し、どう足掻いても治癒術が間に合わなくなったんです。そんな彼女があなたのせいで死んだって?
とぼけるのも大概にしてください! 彼女を殺したのは間違いなくラオエン・ディスライトで、あなたは関係がないんだ!」
「っ……だけど、でも……!」
「私はあなたがご自身を否定するたびに、殴りますよ」
思わず、喉が鳴った。
突き飛ばされるように手が離されてしりもちをついてしまい、痛む頭とお尻を押さえ、目一杯顔をしかめて冷たい目をするボンドッツを見上げる。
「言ってもわからないのならば、わかるまで殴ります。その痛みはあなたの言葉で傷付いた、あなたの事を大好きな人たちが受けた心の痛みだと思いなさい」
と、ボンドッツの視線が動き、つられるように体を捻った。
「……オレが、オレがもっと強くなる。ううん、なんでもする。いいよね、シャドウ、ダーク」
「……ちゃんと、合図はすること」
「うん」
静かに涙を流すブラックとブルーに、美代はきつく目を閉じて顔を伏せてしまった。そうすると鼻で笑われて襟元を鷲掴みにされ、強引に立たされてしまう。
「わかったらサッサと泣かせた人たちを宥めなさい。黒疾さん、ダーク、一人で残ってしまったらしい無鉄砲な彼の事をお願いします」
「あぁ。ま、保護者が不在になるが大丈夫だろ」
「軽口を叩く暇があったら速く行っていただけませんか」
不機嫌度が見る間に上がっていくボンドッツに軽く手を上げ、黒疾はダークを引いて走った。
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雷の剣を持つ右手にはほとんど感覚がない。左手に持ち替えたくても、腕が上がらない。肩の骨が抜けてしまっているらしいことが、何となくわかる。
額から流れてきた血は右目を塞いでしまい、口の中でぬるりと動く塊が気持ち悪くてそれを地面に吐き捨てた。それでも喉の奥から湧き出る液体に咳き込んでしまえば、裂かれた腹が痛む。
「小僧、よくもここまで耐えた」
「は……。友を、護る、ため。少しでも、時間を稼ぐ。命は賭けん、あの子達がまた泣いてしまう」
ヒラヒラと左腕にまとわりつく布きれがひどく邪魔で、雷で焼いてしまった。見えたものは龍とそれを取り巻く雷雲、忌々しく思ってきたそれも、今となってはどうってこともない。
ダークネスが目を細めたのは、刺青の意味を理解したせいか。
「……世辞を言う方ではないが。私の触手を、お前は五本も焼き切った。あぁ、本当に強かった」
「それはそれは、ありがたい言葉だ」
軽口を叩いてみても、体がゆっくりと冷えていくのが嫌でもわかる。立っているだけでも精一杯で、一瞬でも気を抜けば倒れてしまうだろう。
左の太ももに風穴を開けられているのでは、動くことすらままならないのだが。
「私は、自分の事は大嫌いなのに、他者のために傷ついていくあの子を。人からの愛を恐れるあの子を、護りたい」
「しかし、もう戦えまい」
笑われて、足先に雷を集中させた。その途端に視界が明暗し、体が傾くのを右足だけでどうにか踏ん張る。
だが。無情にも触手で払われて、立ち上がることも出来ずに地面へ転がってしまった。
「意気込みは認めよう。その精神力は確かに、強い」
「な、にを……」
「しかし、力量の伴わないそれは身を滅ぼすと知れ」
首筋に触手を這わせ、ゆっくりと力を込めていった。振り払うにも両腕には力が入らず、わずかに頭を振ることしか出来ない。
ビクリ、と指先を痙攣させて、雷斗は目を閉じた。その胴体に柔らかく触手を這わせて抱えあげ、喉の奥から楽しげな笑い声を漏らす。
「あぁ、あぁ。強くなった。……死なせるのは、もったいない」
美代たちが逃げた方角に体を向け、そのまま姿を消してしまった。
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血で汚れた地面に、ダークが青ざめた。周囲に人の気配はなくて黒疾も舌打ちを漏らし、困ったように頭を掻く。
「雷斗……!」
「心配すんな、そもそもてめぇら魔族は、死神を相手にするのは分が悪すぎるだろ」
「黒疾、何ヲ……?」
キュッと眉を寄せ、瞳を揺らすダークの頭をガシガシと撫でまわせば、目を点にして口をきつく閉じてしまった。たった今までここで戦闘があっていたのだろう、ぬかるんでいる地面を軽く蹴り上げ、もう一度舌打ちをする。
「恩知らずな一族ならまだしも、誇りある魔族が仇で返すかよ」




