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冒険記  作者: 夢野 幸
魔族編
87/138

変わりゆく者たちへ


 乾いた軽い音が訓練場に鳴る。


 ゆっくりとしたペースのそれは、周囲の音とは明らかにずれていて、それでも向き合う兵士は嫌な顔一つ浮かべずに振り下ろされる剣を丁寧に受けていた。顔を赤くして呼吸を乱しながらも向かって来る少年の瞳は真剣で、笑う気も起きない。

 けれど、少しばかり悪戯心が浮かんでしまった。球の汗を飛ばす少年の剣先をヒョイと掬い上げればいとも簡単に弾き飛ばされてしまい、アッと驚きの声をあげている。

 トン、と喉元に切っ先を置けば、わずかに震えて怯えた目で見上げてきた。


「そんなに怖がらないでくれ。おじさんがきみを虐めているようじゃないか」

「太刀筋は悪くないんだけれども、坊やに対してこの剣は大きすぎるんだろうな。おーい、短い剣はなかったかー?」


 困ったように笑いながら腕を取ってくれた兵士に小さく頭を下げ、彼の背後で遠くに叫んでいる別の兵士に思わず肩が跳ねた。脇の下にヒョイと手を刺され抱えあげられ、座り込んでいたのだと初めてわかる。


「どこかで剣を習ったことがあるのかい? ソル……死神くんが教えたようでもないし」

「さ、サピロスで、兵隊さんに」

「サピロスの兵にだって!」

「羨ましいな、我々だって彼らと訓練できる事は少ないのに」


 力強く頭を撫でられて、崩れたバンダナをそっとなおした。渡されたのは短剣よりも少し大きいくらいの剣、ダークが持っている小太刀ほどのものだ。


「もう一度やってみるかい?」

「いやいや、もう休ませた方がいいだろう」


 抱え上げられたまま訓練場の隅に運ばれてしまい、水を渡されて俯いた。自分の相手をしてくれた兵士はすでに他の人と剣を交えていて、先ほどまでの訓練がほんの遊び程度だったのだとイヤでも理解させられる。


「ブルー君」


 呼ばれて顔を上げれば、リンが隣に座った。渡された布きれで汗を拭えば彼女からも頭を撫でられて、思わずクシャリと顔を歪める。


「頑張ってたねぇ」

「ううん、全然よ。だって兵隊さん、すっごく手加減してくれてた」

「でも、悪くないって言われてたでしょ? これまで剣を振ったことってほとんどないのに、すごいよ」

「だけど……」


 落ち込みながらも視線を向けた先には、三人の兵士を相手にエペを振り回すボンドッツがいた。その奥ではダークがブラックと手合わせをしていて、シャドウが美代に魔術を教えているのが見える。

 そして、雷斗も剣を握り、険しい表情を浮かべながらも兵士に混ざって訓練をしているのだ。


「一緒に強くなろうって、約束したのに。ワイだけ、置いてけぼりみたい」

「ううん、そんなことない」


 悲しそうに俯くブルーを慰めるよう、もう一度、頭を撫でた。眉を寄せながら美代に視線を送ればなんとなく気が付いてくれたのだろう、ヒョイと顔をこちらに向ける。


 一言、二言、シャドウと話をし、来てくれた。


「ブルー、どうしたの?」

「……なんでもない」

「あらあら、そんなに寂しそうな顔をしてるのに?」


 そう言うと、口を尖らせてしまった。息を荒げて顔を赤くしながらも剣を握り続け、礼をし、兵士と打ち合い続けている雷斗を見ているようで困ったように眉を寄せる。

 足元はよく見ればわからないほどにか細く、それでも絶え間なく放電し、それに合わせて彼自身の動きもわずかながら速くなっているようだった。


「ねぇ、ブルー。ブルーは血を見るの、平気?」

「え?」

「この間、バーナーがお腹に穴を空けちゃったのを見て。どう思った?」

「こ、怖い事を思い出させんといて!」


 パッとコップから両手を離して耳を塞いでしまい、地面に落ちる前に慌てて受け止めた。リンまで青ざめたのは申し訳なく思いつつ、震える彼を包み込むよう胸元に引き寄せる。


「あのね、ブルー。戦うってことは、たくさん血を見るし、傷付くし、誰かを傷付けないといけない。それってすごく怖くない?」

「……うん。怖い」

「雷斗はきっと、族荒らしと戦ったことで、それを乗り越えられた。ブルーはどう?」


 下唇を噛みかけた彼に、指をあてた。戸惑いながらも顔を上げれば、美代が温かく微笑んでいる。


「それは悪い事じゃないよ、とても大切な感情。だからどうか、ブルー達はそのままでいて。私たちの代わりに、戦って傷つけたり傷ついたりするのは怖い事なんだって、恐ろしい事なんだって。叫んで」

「……美代はんは、怖くないの?」

「怖いよ?」


 答えると、納得がいかないように顔を歪めてしまった。訓練場の方ではボンドッツがブラックと戦い始めていて、兵士たちが二人の戦いを呆然と見つめているのがわかる。

 ダークとシャドウは施設を壊さないための監修か、魔力で一帯を包み込んでいるようだった。


「怖いけど、私は戦わなくちゃ。例え戦力にならないとしても、みんなを支えられるようにはならなくちゃいけない。だってこれは、妖精族と魔族の戦いでもあるんだもの」

「美代ちゃん……」


 悲しそうに眉を寄せるリンの頭を優しく撫で、泣き出しそうなブルーを抱きしめ、柔らかく微笑んだ。


「二人がそんなに悲しい顔をしないで。私たちは二人が笑ってくれるだけで、すごく元気を貰えるんだよ。でもね、二人が悲しそうにしていると私たちまで悲しくなっちゃう。だから、泣かないでとは言わないけど、笑ってて」

「だって、美代ちゃん……」

「美代はん……」


 俯いた二人だけれど、互いに顔を見合わせてふにゃりと笑った。なんとなく不恰好になってしまったが、同時に抱き着いていけば美代も楽しげに笑っている。


「うんうん、笑顔が一番だねぇ!」




 剣を振るうのを突然止めたボンドッツに、ブラックは腕を痙攣させるようにして振り上げていた剣を止めた。何事かと目を丸くしていれば彼の視線が一点に定められており、思わず自身も顔を向ける。


「……なんだか楽しそう」

「……そうですねぇ」


 キラキラと笑っている三人に、ボンドッツが頬を緩めていた。以前まででは考えられないその表情に嬉しくなってしまい、彼を含めた四人を眺めてほっこりと微笑んでしまう。


「ところでブラック、あなた、バーナーさんや黒疾さんには嫉妬するのに、ブルーさんにはそうでもないんですね?」

「うーん……? ボンドッツは平気なの?」

「何がです」

「ブルーとリンがすごく仲がいいの。オレは嬉しいよ、弟まで出来たみたい」


 ふわふわとした笑みをたたえるブラックに、ボンドッツは眉を寄せてしまった。とりあえず訓練中の兵士たちの邪魔にならないようにとその場を離れ、ぎゅうぎゅうと抱きしめ合っている三人をもう一度見る。


「あなたにとってリンは、妹ですからね。私からしてみればあなたは弟のようなものですが」

「オレの方が年上だ!」

「精神年齢が追いついていないでしょう」


 三人を眺めながら談笑する二人を見て、ダークとシャドウまで微笑んでいた。肩の上に座っている彼は体を揺らし、破顔しきっている。


「シャドウ殿、懐ニ入ルカ」

「うんっ……ありがとう、もう、ボク、嬉しくってっ……!」


 震えるシャドウを服の中にいれ、いつの間にかこちらを見ている美代に軽く手を上げた。ポンポンと二人の頭を撫でて近づいてくると、膨らんでいるダークの胸元に首をかしげる。


「どうしたの」

「ナンデモナイ」

「そっか。雷斗も頑張ってるみたいだねぇ、明日には出発するって言ってたから、障りがなければいいんだけど」


 休憩を促され、それを断り、剣を振る雷斗は左手を柄から放して雷を生み出していた。少しずつ形を変えているけれど保てずに崩れてしまい、舌打ちをしながら片手で兵士と打ちあっている。

 相手をしている兵士も先日と比べれば本気を出しつつあるらしい、表情からは余裕が消えているようだった。


「ま、その時には魔力を流してあげればいいか」

「コラコラ、アマリ乱用スルデナイゾ? 魔力不足ニ陥レバ、体調ヲ崩シテシマウダロウ?」

「大丈夫だよ、ちゃんとそのあたりは考える。ただでも迷惑をかけてるのに、これ以上はかけられないよ」

「ホウ、何ノ迷惑ダ?」

「だって私は妖精で、魔族とはなぜだか対立してて……」

「馬鹿ヲ言エ。美代殿ハ怒ッテ恨ンデ、叫ンデ良イ立場ダ。迷惑ダナンテ、誰モ思ッテオランサ」


 美代はただ困ったように笑うだけで、何も言わなかった。わざと髪の毛を崩すように頭を撫でまわせばくすぐったそうに身を捩り、柔らかい目で見上げる。


「ありがとう。だからダークも気にしないでよ、時々私に対して余所余所しいんだもん」

「ム……スマナイ」


 仲良く話す二人を睨むように見つめるブラックに笑いを必死にこらえ、近寄ってくるリンとブルーに軽く手を上げた。二人が持ってきてくれた水を受け取って布きれを持ち、膝に手を着いて息を切らせている雷斗を手招きする。


「あなたも少し休憩なさい。それに、あまり私たちが占領してしまっては訓練の妨げになってしまいますよ」


 少しばかり間が空いた後、小さく頷いてこちらに来た。布きれを渡せばゆっくりと汗を拭っていき、喉を鳴らしてコップの中身を干していく。


「剣の扱いも慣れてきたようですね、あとはスタミナが問題でしょうか」

「こう、雷で剣を作ろうとしてるみたいだけど、もっと効率よく出来ないのかな? あれじゃあ体力が抉られるだろ?」

「それも含め、修練中だ。……これまで自分で戦ってこなかったツケが来たと、そう思っておくさ」


 汗でぬれた服が不快なのだろう、眉をひそめて胸元を引っ張りながら、口の端を緩めた。心配そうに見上げてくるブルーの頭をくしゃりと撫でれば二人ともが嬉しそうに目を細める。


「ですが、急に二日も続けて修練すれば体が悲鳴を上げますよ。そろそろ止めておきなさい、ねぇダーク?」

「ソウダナ。明日、背負ワレテモ良イトイウナラバ、別ダガナ?」


 微妙に嫌そうな顔をする雷斗に、思わず口元を隠すようにして笑った。足音が聞こえて城へと続く渡り廊下の方へ目を向けて見るとバーナーが来ていて、ヒョイと手を上げれば軽く応答してくれる。


「捜し物はもう終わったのー?」

「あぁ、オイラが調べたいことは全部終わった。神話の方は十分に学べたか?」

「うん、私は十二分に。明日には出発するんでしょう?」

「その予定だ。だから今日は、あまり無理をするんじゃないぞ」


 苦笑いと共に言われてしまい、雷斗は渋い表情をした。そうしていると兵士がバーナーに手招きをし、仕方がないと言わんばかりに肩をすくめて先ほどまで雷斗が使っていた剣を手に引っ掛ける。


「そんじゃ、今度はオイラが来る」

「はいはい、いってらっしゃーい」


 緩く口の端を上げるバーナーに手を振って見送り、さて自分たちはこれからどうしようかと晴れ渡る空を見上げるのだった。


~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・


 休憩を挟みながら訓練を楽しみ、夕食と風呂を終え、明日には出発するからと最後に文献を読んでいれば、背後に音もなく誰かが来たのがわかった。体を捻る様にして顔を上げ、ふと目つきを和らげる。


「リン、どうしたのです?」

「部屋にいなかったから、どこに行ったのかなーって」


 両手にはコップを持っていて、一つを机の上に置いた。湯気が立つ中身は真っ白で、仄かに甘い香りがする。

 バーナーからもらったのか、ハチミツ入りのホットミルクだろう。


「ふふ、リン? 零さないように気を付けてくださいね」

「だいじょーぶだもーん!」


 プクッと頬を膨らませ、ボンドッツの隣に腰かけた。ふぅふぅと息を吹きかけてゆっくりと口にいれ、頬を赤くしながら顔を緩める彼女に本を閉じ、失礼だと思いながらも頬杖をついて眺めてしまう。


「兵隊さんやブラック達との訓練、楽しかった?」

「とても有意義でした。……私はこんな体になってしまっているけれど、あくまで人族の範囲です。生半可な修行では、ダーク達はおろか雷斗さん達にも着いて行けないでしょうね」


 小さなため息に、リンが目を丸くして彼を見つめた。なんとなく疲れているように見えて眉を寄せれば、優しく耳の裏を撫でられる。


「彼らは特異能力一族の者たちですから。……美代さん達と対立していた時なんて、誰も本気を見せていなかった」

「ボンドッツ?」

「だけど、置いて行かれるわけにはいきません。特に、バーナーさんと美代さん……私はきっと、お二人を、一度は殺めている。ただ、一族の最後の純血という性質が、守ってくれたのです」


 思わずキュッと、下唇を噛みしめた。彼の言葉を即座に否定できない自分が悲しかった。

 けれど、それだけの事を、彼女たちにやってきてしまっている。


「本当に、呆れるほどのお人好しですよ。仕舞いには放っておいてもいいのに、我々の国まで救ってくれた。そんなあの方々だからこそ、命を投げても守りたいと。そう思ってしまいます」

「……ボンドッツ、死んだらヤダよ」

「おや、私があなたを残して逝くとでも?」


 意識せず零れた言葉に、ボンドッツが悪戯っ子のように笑って答えた。話をしている間に冷えてしまったらしいミルクを一気に飲み干し、キョトンとしているリンの頬にそっと触れる。


「命を投げると言うのはまぁ、言葉の綾ですよ。死んでしまっては守れるものも守れないでしょう? ……昔から、今も。変わりません、私はエレクサンドラ様に着いて行くだけです。どこまでも」

「ボードオン……」

「さて、これで黒疾さんやバーナーさんが神話の話を始めても着いていける程度の知識はつけられたと思います」


 静かに立ち上がったボンドッツから手を伸ばされて、リンは視線を泳がせた。優しい目付きで首をわずかに傾げた彼に頬が熱くなるのがわかり、ごまかすように耳を動かす。


「そろそろ休みましょうか」

「うん。おやすみ、ボンドッツ」

「お部屋までお供いたしますよ。おやすみなさい、リン」


 同じ歳なのに随分と小さな手で、これまでは傷付けるためだったのに今度は守るために剣を振るっていて。

 リンはキュッと目を閉じて肩を揺らし、借りている部屋まで暗い廊下を歩いて行くのだった。


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