~閑話~ 望む力は誰が為
ふうふうと、肩で激しく呼吸をする音が暗闇に響く。
床を叩く水滴の音が嫌に大きく聞こえて舌打ちを漏らし、口の中に広がる生臭い鉄の味が不快でそれを吐き出す。
正面にいる彼は非常に渋い顔を浮かべ、傍に控える彼もこの戦いを止めようと、布きれを片手に近づいてきているのが見えた。
「もう少しだけ、頼む」
「今日はもう止めましょう、明日に障ります。シャドウ様を呼んでまいりますので、ここでお待ちを」
「頼む」
「雷斗、誰シモ突然ハ強クナレンノダゾ」
「掴みたいんだ。せめて足がかりが欲しい、今以上に雷を操るコツを、バーナーのように、自在に繰る術を」
荒い呼吸を無理やりに抑え込み、肺一杯に空気を送り込むと今度は空っぽになるまで吐き出した。多少は整ったようで両手にバチリと雷を纏わせて、足先にも雷を送り込む。
「雷雲族は、紫電族は魔族や火炎族と同じ、黒の一柱だと。ならば私にも出来ない道理はない、あやつの様に、雷を物理的に扱えるはずなんだ。無論わかっているさ、戦うのを恐れた私と、自身の命も顧みないようにして戦ってきたバーナーとでは、実力は雲泥の差よ」
散らばる雷を、瞼を緩く閉じて集中し、まとめていった。剣の形を保ったそれに頬を緩ませて目つきを鋭くし、鞘を握るダークの事を凝視する。
「だが。私はこれ以上、守られるだけなのを許容したくない」
「……ワカッタ。ダガ、今日ハ次デ仕舞ダ。イクゾ」
「おう……!」
音もなく床を蹴ったダークの動きは、目で追えるほどの速さだった。振り下ろされた鞘を剣で受け止め、足を覆った雷を走らせて彼の背後に閃光を起こした。歯を食いしばって身を低くし、つま先をわずかに逸らす。
瞼を閉じても眩しさを感じる強い光がはじけ飛び、鍔迫り合いをしていた剣がなくなって、反射的に太刀筋を逸らした。鈍い衝撃が伝わった腕に表情を歪め、対面していた彼を見る。
左側で肩口を抑えて座り込んでいる雷斗の口は、わずかに上がっていた。
「もう少し、もう少しなんだ。これでも雷雲族で、ガーディアンで、雷の使い方も下手じゃないと思っている。出来るはずだ、出来ないわけがない。ダーク、もう一度、もう一度だけ」
「ダメダ」
鞘をボンドッツに向けて放り投げ、口の端から顎に伝う血を拭ってやり、痣がない方の手を取って雷斗を立たせた。悔しそうに唇を引き締める彼の頭を少々乱暴に撫でまわすと空 魔 箱から薬草と包帯を取り出して丁寧に巻いていく。
「一日、二日デヤレルヨウナモノデモ、ナイダロウ? コレカラ、イクラデモ付キ合ッテヤル。ダカラ今日ハ、止メルゾ」
「……ありがとう。遅くまで、すまない」
「焦る気持ちもわかります。けれど、以前も言いましたが、あなたは決して弱くないですよ。まぁなんです……周りが可笑しいんです周りが」
視線だけを上げるようにしてダークを見ると、呆れたようなため息を漏らした。見られた彼は口をとがらせて眉を寄せ、頬を掻く。
「ワシハコレデモ、魔族ダ。ブラックヤ妖精族ノ美代殿ハトモカク、着イテ来ラレルバーナーハ可笑シイ」
「なんだかんだ、彼も十分規格外ですよねぇ?」
「ガーディアン、ダトシテモ……ナァ?」
顔を見合わせて解せぬ表情をする二人に、雷斗は思わず笑ってしまった。今さらながら切った口の中が痛んで眉を寄せ、先ほど強打した肩をゆっくりと回す。
「治療は明日の朝から頼むことにしよう。ダークがうまく振り抜いてくれたから、見た目ほどの痛みはないようだ」
「雷ヲ剣ニスルナンテ、無茶ナ事ヲ。体力ノ消費モ激シイダロウニ」
「バーナーではないが、私の全力の雷に耐えられるほどの剣があるとは思えんからな」
肩をすくめようとしてうずくまり、心配するようダークが背中を撫でた。ボンドッツが小さく首を振り、雷斗の事を再び立たせる。
「明日は早起きですよ。あなたのそんな姿を見れば、ブルーさんが泣き出します」
「それはいただけんなぁ……。守りたい子たちを泣かせては、意味がない」
「冗談が言えるようなら十分ですね。さぁ、もう休みましょう」
欠伸を漏らすボンドッツに、申し訳なさそうに眉をよせ。
もう一度だけ、ぬるりとした液体を吐き出して、ダークに促されるよう訓練場を後にするのだった。




