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冒険記  作者: 夢野 幸
魔族編
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親愛なる


 美代たちを書物庫に残して自由気ままに城の中を歩いていれば、微かな歌声が聞こえてきた。誘われるように足を運ぶと二階のバルコニーに出る、どうやらこの上から聞こえるらしい。


『世界を真っ赤に彩っていく 全てを包むわ温かく

 傍にいさせて 焦がれてもいい 手を伸ばしたら 掴み返して

 ゆうひ ゆうひ 私を見てる ゆうひ ゆうひ 私を染めて』


「王女。あまり一人で歩き回ると、城の者が心配しますよ」


 バルコニーの手すりに足を掛けて三階に飛びあがってみても、王女は驚くことなく、階下からの客人に微笑みかけただけだった。トン、と静かな足音で隣に立てば、ゆっくりと腕を持ち上げる。


「今日は届きそうな気がしましたの。手を伸ばせば、ゆうひに」

「……仕方のない人だ」


 そう言うバーナーは割れ物に触れるよう、優しくモモの手を取った。細く華奢な手が武骨で厚い手を握り、嬉しそうに肩を揺らす。


「ほら、届きましたわ。優火ゆうひに」

「オイラの、火炎族としての本当の名を知るのはもう、お前だけだよ。モモ……いいや、レイ?」


 片手で両頬を挟み込み、むにむにと揉んでみればくすぐったそうに身を捩った。逃げようと後ろに下がるモモの手を引っ張れば、いとも簡単に懐へと倒れ込んでくる。


「まったく。モモのところに送ったつもりなのに、森に出たと聞いたから。まぁた、城を抜け出していたんだな?」

「ふふ、ごめんなさい。だけどあの日は、を逃がしていたの、レア女王の結界が弱まって迷い込んできてしまったみたい」

「そうだったのか。危なくはなかったな?」

「平気よ。兵を連れて行った方が危ないわ、無意味に害を与えてしまうもの」


 バーナーの腕に絡みつきながら胸板に頭を押し付けるモモは、周囲を見渡すとすぐ後ろにある部屋に彼を引きいれた。空き部屋らしいそこのベッドに倒れ込むよう身を預ければ、戯れに彼が覆いかぶさる。


「シャロムの生活はどうでした?」

「平和すぎて退屈だった。……のに、色々あってさ。火炎族の復興のためにあの世界の事を教えてもらったのに、結局はオイラ一人になって帰ってきちまった」


 言葉に含まれる意味を理解したのか、悲しそうに眉を寄せたモモの首元に食むようなキスを落せば小さくすくめた。頬を朱に染めながら見上げる彼女に弱い笑みを浮かべて、隣に倒れるようベッドに体を沈めると緩く髪をかき上げる。


「優火……」

「ついでに、伝承もオイラの体をもって証明しちまった。って言ったら怒る?」

「伝承ってまさか、永久とわを知る、の? 当然でしょう怒ります! いったい何があったんですか!」


 ポコポコと背中を叩く小さな拳はただくすぐったいばかりで、寝返りを打つとその腕を掴んだ。膨れている頬を指先でつつけば、柔らかさに思わず小さく吹き出してしまう。


「旅の中で、仲間の内の二人が魔族に狙われているんだ。オイラじゃ力不足なのは重々承知しているけどさ、あいつらを守るためなら、いくらでも戦ってやる」

「……あなたはそうよ。いつも、そうやって、傷付いていく」

「モモが苦しそうな顔をするなよ、それにだからこそ、オイラ達は会えたんだろう?」

「そうですけれど。四年前から変わらないんですね、むしろ悪化してますわ」

「悪化って……。あぁ、でも懐かしいなぁ。もう四年も経つのか」


 顔を上げれば、王女と視線が合った。なぜだか小さく笑われてわざとらしく眉を寄せれば、口元に手を運んでますます笑ってしまう。


「なんだよ?」

「ふふ、初めてお会いした時から無茶ばかりだったなーって。思い出していたんです」

「王女さんも大概だったぞ。せっかくならず者共から助けてやったのに、率先して捕まりに行くし。国王陛下の心臓が心配だ」

「だけど、わたしを助けてくれた報酬で、特別に文献が読めたんでしょう?」

「それを言われたら、オイラは何も言えねぇなぁ」


 ふて腐れるバーナーの頬を楽しげにつついている王女は、まつりごとをやっているとは思えないほどにあどけない笑みを浮かべていた。つつくのを止めさせようと腕を取れば、じゃれるように被さってくる。


「美代さん達には、本当の名前は教えないの?」

「オイラの炎は優しくない。火炎族のだれよりも強くて、使い方を誤ればあっという間に人を死なせてしまう。こんな力を持っているのに、親父が付けてくれた優しい火ゆうひという名は……ふさわしく、ない」

「優火……」

「だからオイラは、あの時お前がくれた名前を使う。燃やす者バーナー太陽と神話の元にソル・レイリアという名前を。

 まぁ、そのまんま使ったらオイラがレイリアの関係者だって一発でバレるから、ソラリア。って変えてるけどさ」


 細い腰に腕を回し、彼女をベッドに引っ張り戻した。流されるままにベッドに倒れ込むとバーナーの硬い髪を撫でつけて、肩をすくめるよう笑う彼に同じよう微笑んでしまう。


「くすぐったいよ、モモ」

「もう少しこうさせて、あなたはきっと……数日後にはまた、いなくなってしまうのだから」

「そうだなぁ。明後日か、明々後日か」

「優火、寂しいわ」

「オイラもさ。だけどオイラにはオイラの使命がある、モモにはモモの、責務があるように」


 困ったように下げられた眉を見て、モモも同じような顔をしてしまった。


 だけどそれも、見つめ合ったほんのわずかな時間。互いの表情に吹き出しあって、部屋いっぱいに楽しげな笑い声を響かせる。


「随分と疲れた顔をしていますよ、私の部屋で休んではいかがでしょう?」

「おいおい、そろそろ城の連中が良い顔をしないんじゃないか?」

「関係ないわ。わたしたちは『友達』でしょう?」


 そこに含まれた意味なんて考えない。

 それをツッコミもしないし、あえて言い直すことだってしはしない。

 この関係が心地よく、長く一緒にいるためには必要なことなのだ。


「それじゃあ、お言葉に甘えて。……モモ、オイラはあとで書物庫に行く、夜中に、一人で」

「夜食を持って行きましょうか? なにか、お力になれることは?」

「一緒に見てくれると助かる。なんにもない場所、恐らくオイラ達が向かうところはそこだ」

「わかりました。それでは、夜に」


 と、空き部屋を後にして、バーナーは案内もなくまっすぐに王女の部屋へと向かった。モモはそれを見送って書物庫に足を向ける。


「なんにもない場所。お父様に、許可を貰わないと……」


 大丈夫だとは思っていても、国王への報告は必要だろう。

 食事の前にと考え直し、父親の寝室へと向かうのだった。


~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・


 活字を前に眠ってしまったブルーとスノーを連れて雷斗が客室に行き、ブラックがシャドウと一緒に散歩に赴き、居眠りをしかけているリンの体を支えながらボンドッツとダークが少しずつ文献を読み進める中。

 美代は周りの音も耳に入らないようにして読みふけっていた。何度も立ったり座ったりを繰り返すのが面倒でまとめて運んできた書物を脇に置き、読み終えてその場に置いたものを、ボンドッツとダークの二人が読んでから片付けている。


「皆様、お食事のご用意ができました」

「ありがとうございます、もう、そんなお時間なんですね……」


 ノックと共に入ってきた兵に頭を下げ、立ち上がると背伸びをした。半カラクリ化してしまっている体なので関節が痛むなんてことはないけれど、ついついやってしまう。

 立ち上がった拍子に目を覚ましたのだろう、リンも目をこすりながら、背中を丸めるような背伸びをしていた。耳の後ろをくすぐる様に撫でてみれば甘えるようにすり寄ってきて、口の端を緩めてしまう。


「ワシハ、皆ヲ呼ンデ来ヨウ」

「お願いいたします。美代さん、お食事ですってよ。美代さん?」

「ふおぉっ!」


 ピクリとも反応を示さない彼女に、ボンドッツは背後に立つと肩に手を触れた。途端に体を大きく跳ねて文献を取り落としかけ、慌てて手に力を入れる美代に思わず目を点にしてしまう。


「そんなに驚かなくても……」

「ごめんごめん、落ち込まないで! 集中しすぎて周りが見えなくなってただけだから!」


 表情は変わらなくても肩を落としているのがわかるボンドッツに、美代は慌てて謝った。目頭を揉むように押さえて大きく背伸びをし、先にふらりと外に出る。

 寝ぼけ眼のブルーを抱えたダークと、眠っているスノーを抱えた雷斗が立っていて、小さく手を上げた。


「シャドウ殿トブラックハ、食堂デ合流デキルダロウ。行コウカ」

「なんか、文字の読み過ぎで、目が変になっちゃってる」

「美代さん、御手を。リンも、行きますよ」

「はぁい……」


 微妙に視界が歪んでいるということを伝えれば、ボンドッツが付き添ってくれるようで。

 伸ばされた手に甘えるよう掴み、あくびを漏らすリンと一緒に歩き始めるのだった。


~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・


「みなさま、神話はいかがでしょうか」


 長時間集中して文字を追っていたせいだろうか、見るものすべてに何らかの文字が見えてしまっていた時、モモに声をかけられて美代は目を閉じた。それから彼女に目を向けてみて初めて、自身の前にある料理がほとんど減っていないことに気付く。

 サピロスの時とは違って、絢爛豪華というわけではないけれど。

 口に運んでみると優しい味が舌いっぱいに広がって、思わずもう一口、二口と箸を進めていってしまう、何となく癒される料理だった。


「これまで神話というものに触れる機会がありませんでした。こういった感想を持つと失礼かもしれませんが、非常に楽しいです」

「なにごとも、興味を持つことが始まりです。嬉しい、怒り、悲しい、楽しい。それらが足がかりとなります、ですから神話に、文献にどんな感情を抱こうと、それは全て正解なのですよ」

「夜モ引キ続キ、閲覧シテモ構ワナイダロウカ?」

「えぇ、大丈夫ですよ。ですがキチンと休まれてくださいね、倒れてしまっては大変ですもの」


 言いながら浮かべたその笑顔は、初めてニルハムに来たときに見たものよりも、ずっと明るいものだった。それがなんとなく嬉しくて、料理を口に運びながらキュッと目を閉じる。


「どうしたの、美代?」

「なんでもないよ」


 なんとなく拗ねたように口を尖らせたけれど、悪い事ではないとわかってくれたらしい。ブラックも同じようにキュッと目を閉じて嬉しそうに笑ってくれる。


「それでは皆さま。お風呂の支度もさせてあります、休まれる方はゆっくりと、文献を読まれる方はあまり遅くならないように気を付けて。心いくまで知識を得ていってください」


 モモの言葉に各々はうなずいて、王城では珍しいように感じる静かな食事を終えるのだった。




 ふいに目が覚めた。

 以前もこんなことがあったなと思いながら体を起こし、隣に眠るブラックを起こさないよう立ち上がる。

 ふらりと部屋を出て廊下を歩き、バルコニーに身を乗り出して空を見上げてみた。少し曇っているのだろうか星はあまり見えなくて、月も霞がかかって見える。


 ふとため息を漏らせば、息は白く消えていった。肌寒さは感じないけれどそれなりに冷えてはいるらしい、自身を抱きしめるよう腕を回す。


「王様、元気じゃねぇか。孫どころかひ孫が生まれるまでは死なないだろあれ」

「ふて腐れないで、ね?」

「別にふて腐れてねぇし。ガキを相手にやるみたいに髪の毛をぐっしゃぐしゃにされたからって、怒ってねぇし」


 上の階から聞こえて来たのは、モモとバーナーの声だった。非常に親しげな会話に思わず息を潜めて耳を傾け、乗り出していた体を引っ込める。


「だけど、キチンとお父様の許可は得てきたわ。ふふ、レア女王だってまだ御存じない文献なのよ?」

「お、恐ろしい事を言うなよ! 本当なのか? そんなもん、オイラが閲覧してもいいのか?」

「えぇ。ごめんなさい、お父様に……話してしまったわ。あなたが、ただ一人だということを。それを承知の上で、許可をくださったの」

「……そうか。明日にでも陛下への謁見を頼みたい、ちゃんとオイラの口から礼を言いたいんだ」

「ふふふー、もーっと撫でられてね、優火?」

「覚悟しておく」


 その会話は、古くからの友人同士がしているようにしか聞こえなくて。

 ちくりと、胸が痛んだのがわかった。ゆるりと首を振って潜めるような深呼吸をし、バルコニーの壁に背中をつけて座り込む。


「ゆうひって、なんだろう」

「んん……みよ、どうしたの?」


 膝を抱えてうつむいていれば、ブラックが目をこすりながら歩いて来るのが見えた。階上からの会話もピタリと止んでしまい、美代は小さく笑って立ち上がる。


「なんとなく、目が覚めちゃって。ごめんね、起こしちゃったかな?」

「なんかお腹が寂しかった」

「私は抱き枕かい」


 そう言って懐に入り込めば、迷うことなく抱えあげて首筋に頬を摺り寄せてきた。安心させるように頭を撫でれば嬉しそうに微笑んで、踵を返す。

 上の気配が、今度は静かに動いたような気がした。二人が何をしているのかはわからないけれど、覗きに行くのは無粋だということくらいはわかる。


「美代、寝れる?」

「うん。部屋に戻ろうか、ブラック」


 目をこすりながらも小さく頷いて、部屋へと戻っていくのだった。


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