神話の国
「死神、そこになおれ」
「あぁ?」
無事に合流を果たした美代たちだったが、増えている仲間に口をポカンと開けていた。両頬に傷がある男性は男性で、視線を走らせるなりバーナーの事を小突いているし、彼はドスの利いた声を返している。
「ほとんど子供じゃねぇか。お前、いままでこんな団体を引き連れまわしていたのか」
「どうしようもねぇだろ、そりゃあ成り行きだ」
「それにありゃあ、藍ののバンダナか? 魔族もいる? ……よく、やってこれたな……?」
「兄ちゃん、兄ちゃんの事知ってるん?」
「いや、お前の年齢からすると、ヘリュウは親父くらいになるんじゃねぇか……?」
名前も言わないうちに混乱の渦に引き込まれたらしい男性は、ヘリュウの名前にヒョイと顔を上げてきたブルーのことを覗きこむよう、腰を曲げた。
その流れで胡坐をすれば、膝の上に乗ってきた。抱えあげて体勢を整えてやれば嬉しそうに目を閉じて、バンダナをキュッと握る。
「兄ちゃんは兄ちゃんで、ワイを助けてくれた優しい人なんよ!」
思い切り吹き出し、口元を押さえて小刻みに震え始めた。
ヘリュウの事を知っている、ということは、彼は恐らく盗賊なのだろう。それなのにどうして、ここにいるのか。
「すっげぇ……あいつが、優しい……く、く」
「いいから自己紹介。話が進まねぇだろうが」
バーナーに小突かれて小突き返し、深呼吸をして笑いを無理やり抑え込んだ。キョトンとしているブルーの頭をガシガシと撫でつけて、歯を見せて笑うよう大きな口を開ける。
「へぇへぇ。オレは盗賊団頭、血吸いの黒疾。死神に誘われて同行することになった、よろしくな」
「黒疾兄ちゃん?」
「よせやめろ、オレは藍のを敵に回したくないすこぶる面倒くさい。黒疾でいい」
「ちすいの黒疾、ということは本当の名は?」
「血を吸うで血吸いな。血吸いが二つ名で黒疾はオレの名前、藍の剣や紅蓮の悪魔とは別だ」
「わざわざオイラが嫌ってる方の名前を出しやがって、焼くぞ」
「やってみろよガキんちょハンター」
テンポが良いのか悪いのか、ブルー、雷斗、バーナーと続いた会話を見事に捌き、膝の上に目を向けた。ヒョイと手を上げたバンダナの子に微笑んで、今度は優しく頭を撫でてやる。
「ワイはブルー・カイ! 海中族よ!」
「だからブルー!」
「まったく、その子は……。私は雷斗、雷雲族。スノーの事を知っているのであれば、我々がこうして地上にいる理由もわかるだろうか」
「お前ら!」
「ヌ、ウ……? マ、魔族、ダーク・アルス・エレヴ……」
「ダークも無理して言わなくていいから!」
ブルーを筆頭に出身一族を暴露していった彼らに、バーナーは頭を抱えてしまった。困惑気味なダークに口元を押さえて笑うと、美代もブルーが座っている膝とは反対側に身を乗り出す。
「はーい! 上野美代、見た目は人族だけど妖精族の最後の王女でーす!」
「だから! 美代も!」
手を上げて言うと、黒疾から凝視された。空色の瞳でジッと見上げていれば彼は柔らかく頬を上げ、顎に手を置いて細く息を吐き出す。
「神話か。白い柱と黒い柱のバランスが崩れた時、回り巡る魂とは別に、神により直接生み出された存在」
ニヤニヤと笑う黒疾に、美代たちは目を丸くしてしまった。バーナーが鋭く見つめても何食わぬ顔で面々を眺め、ただ一人自己紹介をまだ終えていない人物の事を物珍しそうに見つめる。
「んで、そこの碧髪はなんて名前なんだ?」
「……ブラック」
不機嫌そうに眉を寄せ、美代の体を持ち上げると自身の膝の上に乗せた。なぜだか敵視しているような視線で黒疾を見つめ、じりじりとダークの傍に近づいて行く。
それを気にするようでもなく、黒疾は膝の上から熱い視線を送ってくるブルーに顔を向け、くすぐる様に背中を撫でた。
「白い柱が三本、黒い柱が三本。ある種、全員がいるわけか」
「はしら?」
「三本と三本?」
首をかしげた美代とブルーに、黒疾が目をしばたかせた。雷斗はしばらく考える素振りをした後にバーナーを振り返り、着けはじめたばかりで気になるのだろう、頭飾りを突いている。
「以前、柱の力をどうのと教えてくれたな。神話は歴史書である、と」
「おーい、神話連中。お前らはせめて知っておこう? な?」
呆れたような視線に頬を膨らませたのは、好奇心に目を光らせる美代だ。
「どこで勉強すればいいのさ?」
「レイリアが一番だろ。確か今は国王が伏せていて、王女が政を行っていたはずだ。大図書館には誰でも入れるし、王族の許可があれば文献なんかも閲覧できる。お前たちは十二分に、それを目にする資格があるさ」
「なんで知ってんだよ血吸いの」
突き出された肘鉄砲に黒疾がむせて、バーナーの頭を掴むと下方向へ力一杯押し込んだ。牙を剥きながら体を捩じって手から脱出した彼は舌打ちをして、長いため息を漏らしていく。
「今からどうやって、レイリアまで行くって?」
「ここまで移動してきた術があっただろうが。まぁ、人間の魔力でやれるような代物じゃねぇが……桁違いの器を持つ奴なら、使えるだろうな。てか、あの術は魔族や妖精族の移動手段を術化させたやつだろ?」
「え?」
「魔族の移動手段を?」
「………」
「こっちを見るな」
白い目をした黒疾に、そっけなく答えたのはバーナーだ。ダークがなんとなく視線を斜め下に外していき、シャドウとボンドッツが苦笑する。
「ダークが詠唱をつけた結果ブラックが真似をして、使えるようになったんですよね」
「そのおかげでこうして、魔道具にも出来てるから、すごく便利だよ!」
「自分のところの移動手段を一般化させていいのか、おい」
「……色々トアッタノダ、色々ト」
美代とは反対に、自身の一族を明かしてからは落ち込むことが多くなった気がするダークに、励ますようブラックが背中を撫でた。美代も同じように優しく触れて、指の先で額をつつく。
「美代はん、ブラック、ワイの村を覚えてる?」
「うん?」
「うん。覚えてるよ」
「あそこね、レイリアの王都に近かったと思うんよ。どう?」
チラリとバーナーに視線を向けて、彼の反応を待った。目を閉じたまま眉間に海溝を作っていたけれど、渋々といわんばかりに首を縦に振る。
「わかった」
「すんごくイヤそうだけど、なにかあるの?」
「個人的な感情だ、だからレイリアには寄らなかった」
彼の言葉を聞く限り、意図的に避けていたようだ。ならば行かない方がいいのではないかと口を尖らせるけれど、言葉には出さない。
それが、知的好奇心を満たしたいという我が儘だとは、自覚しているけれど。
「それに、確かに神話は知っておいた方がいい。オイラも……調べたいことがあるからな、ブラック、瞬間移動術を。オイラがレイリアまで飛ぶ」
「……これまで渡した髪の毛は?」
「用が済んだら逐一燃やしてる。あの術は、普及させない方がいいと思うからな」
「ふぅん」
不服というよりも、単なる疑問だったようだ。ぷつりと髪の毛を一本抜いてバーナーの手首に巻き付けると、美代を手元に引き寄せる。
「いいの? バーナー」
「あぁ。王都の少し手前に行く、離れるなよ」
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・
これで、王都に入るのは四度目だ。
それなのに、入った途端。思わず息を飲んでしまった。
「なんて、綺麗なところなんだろう……!」
「神話の国、レイリア。アダマースには負けるけれど、この国も、誰もかれもを受け入れる」
整えられた歩道の脇には植木があり、充分に手入れが施された花々が街道を彩っていた。行き交う人々は肌の色や目の色が違ったりしているけれど、互いに笑顔を分け与えている。
大通りを見渡せば教会のようなものがいくつかあって、眉を寄せたままのバーナーを引っ張った。
「あれなに?」
「教会だ。何を信じるかは自由、他者に迷惑をかけない限りは、それこそ魔物への信仰も許されている。複数あるのは崇める神が違うからだろうな」
「宗教なんてあったの」
「オイラが知る限りでは四つか。天を神とする天上教、柱を神とする柱神教、魔物を崇めている邪神教に、大地こそが神だと信じる地神教。ここの主流は柱神教だな」
「ふ、ふぅん?」
「わからなくても支障はない、まぁ、知ったうえで神話を読むと、少し面白いかもしれないな?」
含み笑いをされて、美代は頬を膨らませた。小馬鹿にされたようで腹が立つけれど知識不足も確かだ、それならばこれから学べばいいと正面に見える王城へ目を向けた。
それから周りを見てみれば、並ぶ店を指さして楽しげな笑い声をあげては列から離れそうになるブルーとリンを雷斗とボンドッツが引き留めて、ダークやシャドウがそれを見て目を和らげて、スノーを抱えたブラックが興味深そうに辺りを見回していた。微笑みながらももう一度人数を数え、首をかしげる。
そこに、本日仲間になった彼の姿はなかった。
「ねー、黒疾さんはー?」
「あいつ首だぞ。こんなところにいたら役人がくるわ」
「むぅ、アドバイスだけしてどっかいっちゃったの?」
「なぁに、王都を出て適当に森の中に入ったら勝手に合流するさ。これから王城に向かう、オイラ達が真に欲する情報はそこにあるからな」
来るのを嫌がっていた割には、随分と詳しいようだ。思い思いに雑談をしながらも足を止める事はなく、迷いなく進んで行くバーナーに着いて歩く。
城門にたどり着くと、二人の兵に対面した。躊躇いなく進むバーナーに向けて槍の柄が振り下ろされるけれど、何事もなかったかのように受け止めて睨み上げている。
「この先は王城、王家が住まう場所。小僧、何用だ」
「王女に謁見を。神話を学びに来た、真の意味でそれを知りたければ私を訪ねよ、知識は誰が前にも平等なり」
棒を振り下ろした方の兵士が、もう片方の兵士に小突かれていた。目付きを悪くしていくバーナーの事を凝視して、息を飲むような素振りをした後に敬礼する。
「進まれよ。玉座は、わかりますな?」
「あぁ。……御苦労」
ポケットに両手を突っ込んだまま城門へと歩き始めたバーナーに、美代たちは頭を小さく下げると慌てて追いかけた。振り返ると兵士たちが見守る様に立っていて、その暖かい瞳に前を行く彼の服を引っ張る。
「バーナー?」
「どうした?」
「いや、なんか、パクスやサピロスと……雰囲気が、違うなぁって?」
「そうだろうよ」
王城の中ではなくて彼自身の雰囲気の話をしたつもりだが、通じなかったらしい。
城の中を突き進み、階段を上がると、遠慮なく扉を開いたバーナーに目を剥いた。
「ちょっと!」
「何者だ!」
玉座にいるのは小柄な女性で、バーナーの粗暴にも笑みをたたえていた。しかし当然、玉座の周りに立っている護衛らしき兵士たちはこちらを警戒し、腰に下げる剣の柄へと手を伸ばしている者もいる。
それに驚いて腕にしがみついてしまえば、ブラックがヒョイと体を抱えあげた。そうじゃないと主張してみても首をかしげているだけで、降ろしてくれる気はないらしい。
「王女モモ。力を得るために来た、許可を願う」
「……ふふ。全兵士、退室を願います。旅の方々は中へ」
「うん?」
聞き覚えがある声だった。警戒して身構えていた兵士たちを、身構えなかった兵士たちが連れて行き、バーナーがそれを見送って中に入る。
淡い橙色のドレスを身にまとい、似た色の髪をポニーテールにしている王女は微笑んだまま立ち上がって上品に裾を持ち上げた。玉座を降りてきた彼女は一行の前に立ち、ゆるりと頭を下げる。
「あなた方が訪れた理由はわかっています、火炎族族長の子よ」
「……ご無沙汰しておりました、レイリア国王女、モモ・シャイン」
ふと見上げたバーナーの瞳に、ドキリと心臓が大きくなるのがわかった。
これまでの旅の中で、こんなにも穏やかで優しい目をしたことがあっただろうか。
「お久しぶりですね、死神さん。レア女王からもお話を伺っております、思う存分に、知識を得ていってください」
「感謝します。……では、失礼を」
「ブラックー、ちょっと降ろして―」
どうしても、気になることがあった。首をかしげる彼の背中を優しく押してバーナーに着いて行くよう促して、自身は玉座に残る。
正面に立つ王女に、美代は大きく息を吐き出した。
「王女様」
「客間は書物庫の傍に支度させます。十分に体を休め、知識を蓄え、心を癒していってくださいな」
二の句を継ぐ前に、王女が言葉を発した。きっと聞いたことがある声のはずなのに、本当にあの人ならば、キチンとお礼を言いたいのに。
遮るように言われた言葉のせいで、美代は続きを言えなくなった。
「……ありがとう、ございます」
「それではまた、後ほどに。美代さん」
俯きかけた顔を、勢いよく上げた。モモは片目を閉じて口の前に人差し指を立て、イタズラをする前の小さな子供の様に笑っている。
あぁ、だからあの時、素性を知られるのを嫌ったのだと。美代は高鳴る胸を抑え込み、その場に膝をついて頭を垂れた。
「レイリア国王女、モモ・シャイン様。ありがとうございます、これからも……永く、お付き合いしたく思います。上野美代として、最後の妖精族王女、セイント・オウス・アスパル・ファータとして」
視界の端で、ドレスが揺れたのがわかった。頬を両手で包まれて顔を上げれば、柔らかな表情をした王女が正面に座っているのが見える。
「こちらこそ、セイント様。彼らと共にお行きなさい、美代さん」
「はい! ありがとうございます……それでは、また!」
と、勢いよく立ち上がって玉座を駆け出ていく美代に、モモは緩く目を閉じた。祈りを捧げているように胸の前で両手を組んで、俯いてしまう。
「美代さん、これからのあなたの道に、加護の光があらんことを」
呟いて、一度ゆっくりと首を振り、モモは天井を仰ぐのだった。
玉座の外で待ってくれていたイフリートに案内されて書物庫にたどり着き、思わず瞳を輝かせた。
「本の山!」
「ブラック達には先に伝えたが、破くな、汚すな、濡らすな、間違えても持って帰るな。この書物庫にある文献は全て、この国の宝だと思え」
入口付近の壁に背中を預けていたらしいバーナーがあまりにも静かに話すから、驚いて体が跳ねてしまった。案内してくれたイフリートはしばらく主人の肩に座っていたけれど、何度か頭を頬に擦り付けるなりフワリと離れ、机の上で羽を休め始める。
「厭きたら城内を散歩すればいい、夕食が出来たら呼びに来る」
「バーナーはどうするの?」
「……オイラは夜にでも閲覧に来るさ、一人でゆっくり。大変だろうけどダークと二人で保護者をやっててくれ」
「はーい」
自身が知らない文献を前に、見るからに心を躍らせている美代の頭をクシャリと撫でるとイフリートに軽く手を上げた。使い魔の短い鳴き声に口の端を軽く上げ、壁から背中を離す。
そうして彼は、少々賑やかになりつつある書物庫を一人、あとにしていくのだった。




