一族めぐり~スノー編~
「さむいっ!」
「さむぅい!」
「やぁっちまった! ここじゃない! 出るべきなのはここじゃない!」
ボンドッツに頼んで移動してきた結果、バーナー達は白銀の世界に立っていた。バーナーは慌てて着物を羽織り、リンとシャドウを中に引き込む。
スノーを抱えるボンドッツは申し訳なさそうに眉尻を下げ、俯いた。
「すみません……」
「いや、まぁ、大丈夫だ……。リンとシャドウは?」
「バーナー君あったかぁい……」
「リンは背負ってやるよ、シャドウは懐に。スノー、お家まで案内してくれるか?」
視線を合わせるように腰をかがめると、口を尖らせて不機嫌そうに眉を寄せた。ボンドッツの首元に抱き着いて、子供特有の頬を膨らませる。
「おや、スノーちゃん?」
「あぁ……。スノー、イヤか?」
「……あっち」
彼には珍しく顔を歪めたまま、それでも方向は教えてくれるらしく。
指を刺された方角に、バーナー達は歩き始めるのだった。
しばらく歩いていると気温に慣れてきたようで、体を魔力で包み込むことで寒さに対応することが出来た。シャドウは懐に入ったままだけれど、リンは自身で歩きだす。
雪ばかりの場所で、木々が生えているとは思わなかった。物珍しそうに辺りを見回していると強い風が体を殴りつけ、身を寄せ合って暖を取る。
「ん、あ! バンダナ!」
咄嗟に手を伸ばしたけれど指先をかすめて飛んでいき、雪に足を取られながらも慌ててバンダナを追いかけた。ボンドッツもスノーを降ろして彼女の後ろから足跡をつけながら出来る限り急いで走り、バーナーが頭を掻く。
「クレバスに気を付けろ! 舞 空 術を使えるだろう!」
「魔力で寒さを遮断してるんだもん! あたし、一緒には使えない!」
「ほら、リン! 私が唱えますから、掴まって……」
リンの姿が、フッと下に消えた。まさか話をしている最中に落ちたのかと一行が顔色を変えていれば雪の中から黒いバンダナが現れて、何者かが雪を舞わせながら勢いよく出てくる。
巨漢だった。長身ならばブラックで慣れているはずなのに、一目で彼以上に身長があることがわかる。
左の頬には十字傷、右の頬には一文字の傷。刃のように鋭い黒眼がこちらを映し、腕には目を点にしているリンを抱えているその男は、なぜだろうか。雰囲気がウィングに似ている気がした。
「な、何者です!」
「いやいやこっちのセリフだわ。探し物してて上から人間が降ってきたら誰でも驚くだろうよ、深みにはまる前に助けてやったんだぞ」
「さ、探し物? 雪の中で?」
「この辺で抜身の短剣を見かけたってな。それを踏みつけて怪我をしちまった奴もいるみたいだし、ほれ」
足元に放られたそれは、見覚えがある物だった。ボンドッツがそれを拾い上げてマジマジとみつめ、思わずといったようにバーナーへ渡す。
傷の男はリンを降ろし、呆然としている彼女の頭にバンダナを巻いてやっていた。おずおずと礼を言いながらゆっくりとバーナーに近づいて、こちらも思わずといわん風に隠れていく。
「これ、美代さんの……?」
「だな……。え、なんでこんなところに?」
「お前らの連れのもんかよ。気を付けろ、こんな上等な短剣、踏んだら靴の上からでも怪我する……」
眉間にシワを寄せた男性の視線が、ゆっくりと下に向かっていった。自分たちの足元にいるのは瞳をキラキラと輝かせているスノーだけで、グッと腰を落とすと凝視する。
「……スノー?」
「お兄ちゃん!」
苦も無く雪の上を走り、たくましい腕にしがみついていった。片手で抱えあげた男性は体に見合った大きな口を開いて歯を見せながら笑い、首が揺れるのも構わないよう力強く頭を撫でている。
「スノー! 無事だったのか、姿を見なかったから心配していたんだぞ!」
男性にしがみつくスノーを見て、シャロムの動物園で見たコアラを思い出してしまったバーナーは思わず顔を背けた。先ほどまでの渋い顔はどこへやら、心の底から嬉しそうな笑みを浮かべる彼は目をキュッと閉じている。
「お兄ちゃん、おともだち!」
「そうか、スノーの友人達か。ははっ、お前の家に招待するわけにもいかないだろう? とりあえずオレが使ってる家に案内しよう、温かいものでも食べてくつろいでくれ」
返事なんて待ちもせず、男性はサッサと歩いて行ってしまった。顔を見合わせてみるとバーナーだけが険しい表情をしていて、懐に入っているシャドウが首をかしげる。
「バーナー君、どうしたの?」
「……なんでもねぇよ。あの男に着いて行ってみようぜ」
確かに、スノーも一緒に行ってしまったので着いて行く以外の選択肢はないのだけれど。
賞金稼ぎとしての顔が半分ほど現れているバーナーにわずかばかり身を引きながら、雪上の足跡を頼りに歩き始めるのだった。
うっそうとした枯れ木の山を抜けると、再び一面の雪景色が見えた。目を凝らせば先の方に茶色い何かがまだらに建っているのが見える。
近づいてみるとそれが集落であることがわかった。
「あら、あなた達がお友達?」
「外の人が来るのは珍しい。あの人ならあの家にいるよ、スノー様もご一緒だったねぇ」
「久しぶりにあの方があんなに嬉しそうなのを見たよ。あんた達のおかげかい?」
雪山だというのに防寒具を身に付けているわけでもなく、薄着でいる彼らにリンが震えたのが見えた。握手を求められ、スキンシップをされそうになると身体を捻って避けるバーナーに、ボンドッツが代わりに応じてやる。
彼らがきっと、銀世界の住人なのだ。
「おう、来たか。こんな雪山にそんな軽装で来て寒いだろう……とはいえ、魔力で体を包み込むような芸当が出来るやつらだ、寒さなんか遮断してるんだろ」
口の端を歪めて笑い、膝の上にスノーを乗せた男性が獣の肉を焼いていた。それを突き出されて受け取れば、床に敷かれた絨毯を叩かれる。
座れということなのか、大人しく従ってみれば、実に豪快に笑った。
「そんなに緊張するなよ! あぁ、まだ互いに名前も名乗ってなかったな。オレの恩人を助けてくれてありがとうよ、お前さん方。オレの名前は」
「黒疾」
呟いたのはバーナーだった。穏やかだった男性の瞳が一瞬で凍り付き、瞳孔を細くして薄い笑みを浮かべて、黒疾は喉の奥で笑いだす。
「盗賊団頭、血吸いの黒疾。その首にかけられた賞金は一億ガロン、数年前から行方不明になっていた奴が、こんなところに潜んでいたとはな」
「はっ! やっぱりそうかよ、火炎族。紅いツンツン頭に同じ色の瞳をしたガキんちょハンター、紅き死神バーナー・ソラリア」
「オイラはてめぇを捜していた。まさかこんなところで会えるなんてなぁ、ありがたい限りだぜ」
なんでも切り裂ける刃物のような瞳で互いに睨み合い、火花を散らしているのが目に見えるようだった。緊迫した空気にあてられたのだろうリンがか細い呼吸音を出し始め、ボンドッツが静かに背中へ隠してシャドウが優しく撫でる。
ペチペチと可愛い音が聞こえ、そちらを見てみると、頬を膨らませたスノーが黒疾の膝を叩いていた。
「お兄ちゃん、め!」
「あー、ごめんな、スノー。また怖い目になってたなー」
「バーナーお兄ちゃんも、めっ!」
「そうだな。すまん、仕事の時の目になってた」
「盗賊たちは普段、それほどに心臓に悪い目を向けられているのですか……」
呆れたような声に、バーナーは苦笑した。黒疾も目を閉じて長く息を吐き出し、開いたときには穏やかな瞳に戻っている。
「それじゃあ、改めて。オレの名前は黒疾、まぁ正直に話すと……少々ヘマをして役人に追いかけ回され、たどり着いたのが銀世界だった。倒れていたところをスノーに助けられて、こいつの仲介でここの集落に家を借りている。
定期的に会いに来てくれていたスノーが突然、姿を見せなくなってな。集落の奴らの頼みを聞くがてら、捜していたんだ。助けてくれたこと、本当にありがとう」
胡坐をかいたまま深く頭を下げる彼に、スノーがキャッキャと抱き着いていた。それからジッと見つめられて、バーナーが両手を軽く上げて口の端を上げる。
「まったく、スノーには敵わないな。改めて、オイラの名はバーナー・ソラリア。知ってのとおり火炎族……最後の、純血だ」
「私はボードオン・アスカ。ボンドッツとお呼びください、こちらはエレクサンドラ・ドゥ・ラスト、リンと呼んでおります」
「……ラスト? ラスト……たしか、セデールの王家の名前じゃなかったか?」
「シャダッドとの戦争の末に王家は滅び、生き残りは彼女だけになりました。セデールの民はアダマースに入国後、国籍を得ました。彼らも納得した上での処置です」
「警戒するなよ。その辺はオレにとって重要じゃねぇ、それよりも……シャダッドがどうなったのか。それが、気になる」
「地図上から消えました。国王と教皇の身元は、スラマグドスに引き取られましたよ」
真剣な眼差しをぶつけ合う二人に、リンがボンドッツの後ろに隠れ、スノーが心配そうに黒疾の事を見上げていた。
突如伸びてきた二本の腕にボンドッツがリンを庇えば、柔らかく頭に乗せられて、力強く撫でられた。ポカンと口を開けて視線を上げれば、優しげな微笑みを浮かべた黒疾がいる。
「シャダッドの奴らは、銀世界の住人を攫って行った。オレも戦ったけど、同時に二か所以上を襲われたら……全部を守ることは、出来なくてな。そうか、もうこれ以上ここの奴らが、傷付くことはないんだな。ありがとう」
「……あなたは、ここを守っていたのですか」
「そんな崇高なもんじゃねぇよ。受けた恩は返す、受けた仇は返す。ただそれだけだ」
ニッカリと歯を見せて笑う彼は、盗賊の様には見えなかった。シャドウがバーナーの懐から出てきて肩に座ったのを見ても、黒疾は驚くこともなく平然と見据えている。
「ボクの名前はシャドウ。スノーちゃんと同じ力を持つ者、って言えば……きみなら、きっと通じるね」
震えた指を、スノーがキュッと握った。コトンと首をかしげたように微笑む幼子を見てため息を漏らし、その小さな体を抱きしめる。
「心眼能力者。そうなんだな」
「オイラ達の仲間にはもう一人、その力を持っている奴がいる。なぁ血吸いの、実はな……」
と、バーナーは簡単に、スノーが自分たちと一緒にいる経緯を話した。徐々に表情を渋くしていく彼は口を尖らせる幼子に請われて肩に座らせてやり、再び長い長いため息をついていく。
「どうして、オレがお前たちをここに招待したと思う? あの女が、スノーの母親が異常なほどにこいつを毛嫌いしているからだ。ガーディアンとして持ち合わせた異常性だけではなく、心眼能力をも持って産まれ落ちたから。
話を聞いた限り、お前たちがスノーと会った場所はこいつの家から遠い。考えられる可能性は……」
舌打ちを漏らし、黙ってしまった。バーナーもきつく眉を寄せて押し黙り、シャドウ達は俯いている。
「……スノーちゃん。ご両親には、会いたい?」
「やー」
「ですよね」
あまりの返事の速さに、思わず笑ってしまった。ぴょんと肩から飛び降りて今度はバーナーの背中によじ登り、ニコニコと笑いながら黒疾を見つめている。
「……スノー?」
「いや、それは……。確かに脅威は去ったみたいだし、お前も無事に見つかって、楽しくやれているんだろうということもわかった。恩にも報いることが出来ただろう。
だけどオレは、死神たちと行けねぇよ。お前の願いだと言っても、流石に賞金稼ぎと一緒に行くのは……」
何も言っていないのに、スノーが言いたいことがわかったらしい黒疾は、動揺しているようだった。とりあえず他の面々を見渡してみれば特に異論はないようで、肩に顎を乗せている小さな頭を優しく撫でる。
「オイラは別に構わねぇぞ。さっきも言った通り、お前には会いたいと、会って話をしたいと思っていた。それに今更、盗賊程度でなにかあるような奴らじゃないぞ、オイラの仲間たちは」
「……は?」
「諸事情で、オイラ達は二手に分かれて行動している。これから五人の仲間と合流予定だ」
「多いなおい」
呆気にとられた表情を一瞬で壊し、口角を上げた。腕を伸ばせばすぐにスノーがジャンプして飛び込んでいき、嬉しそうに目を閉じる。
「そんだけ人数がいりゃあ、オレ達が万が一ケンカしても大丈夫だろ」
「ケンカ売るんならいつでも買うぞ。ま、出来たらだけどな」
部屋の片隅にあるベッド、それを突然ひっくり返したかと思うと、裏側に隠されていた大剣を手にした。ブラックのものより少しばかり小振りのそれを空間に溶け込ませると、スノーを抱えたまま立ち上がる。
「一億ガロンは伊達じゃないってこと、見せてくれるよな?」
「言ってろよ、ガキんちょハンター。てめぇの方こそ失望させてくれんなよ?」
「焼くぞ」
「集落の方々には、何も言わなくても?」
「あぁ、オレは風みたいなもんだ、一か所には留まらない。だからいつかはふらりといなくなる、その時にはオレの事は忘れてくれ。って、伝えてある」
ボンドッツが非常に渋い顔を浮かべた。
いったい黒疾の言葉に何があったのか、わからなくて首をかしげる面々に、彼の心を見ることができるシャドウとスノーが笑っていて。
頬を膨らませて目を細める彼の服をリンがひっぱり、シャドウに瞬間移動術を頼んで美代たちと合流するべく移動するのだった。




