最後の純血
魔 弾 盾を張っている足元に熱気が走り、ボンドッツとリンは咄嗟にその場を飛びのいた。宙に浮いているシャドウだけが険しい表情で地面に黒い線を描いた彼を見つめ続け、目を細めたダークネスに術へ注ぎ込む魔力を増やす。
「ダークネス、黒い線から向こう側は観客だ。お前と戦うのはオイラだけ」
「バーナー、何を言っている!」
「今はただ見せろ、お前たちの異常さを。何故、異形と呼ばれているのかを、理由が見かけだけではないということを」
身を低く構えたかと思うと、まばたきの瞬間に彼の姿はダークネスの背後にあった。炎に包まれた足を蹴り上げるがダークネスには当たらず、表面をなぞるだけになってしまう。
短く息を吐き出して足の炎を拳に移し、全身の筋肉をバネにして突き出した拳はたった一本の触手にいなされた。鞭のように振るわれたそれはバーナーの腹を打ち付けて、彼の体を吹き飛ばす。
宙に浮いた状態でバランスを取り戻し着地すると、ダークネスが楽しげに体を揺らしているのが見えた。
「ほう、小僧。使い魔を身体の中で召喚しているのか? 今の動きを見たところ、鳥か」
「今、雷 撃をほとんど詠唱しない状態で放ったな」
腹部を抑え、ゴプリと血を吐きだし、口元を血まみれにしながらもバーナーは笑った。青ざめるシャドウが口早に治療術を練り上げると白い光を放り投げる。
黒い線から出ない限りはこちらに興味を持たないらしい。バーナーの腹部が癒えていくのを見ながら、シャドウは魔 弾 盾を解いた。
「なるほど、術を使用する際の言語がオイラ達とは異なる。噂では、魔族は詠唱を必要しないと聞いていた。違うな、言葉が違うためか極端に短いだけだ。……少々安心したぜ、ならば発動前に術を判断できる」
「たった一度で、そこまで分析するか。先ほどの失言を詫びよう、お前は立派な火炎族の戦士だ」
「いいや、オイラはただの若造だ。ただ、大事なものを守ると自身に言い聞かせ続ける事しか出来ない、無力な青二才だよ」
自嘲的な笑みを浮かべ、再びダークネスに向かって行った。拳を突き出し、足を振り上げ、触手を掻い潜って剣を握る。
そのどれもがダークネスに届くことはなく、ダークネスが出している二本の触手により一方的に血の珠を地面へと落としていった。シャドウが休みなく白魔術を放っているけれど、癒される傷よりも新たに刻まれる傷の方が圧倒的に多い。
鋭く払われた触手を剣で払いのけ、その振動で震える手に無理やり力を込めながら炎の柱をダークネスの直下に建てた、その時。
バーナーの背に炎の翼が生え、宙を翔けた。一足でたどりついたのは黒線の前、腕を大きく広げて裂かれた着物をはためかせながら地面に踏ん張る。
シャドウたちの目の前で、雷の剣がバーナーの腹部を貫いた。血が沸騰して肉が焼ける臭いにブルーとリンが血の気を無くし、雷斗が目を見開いて微動だしないスノーごとまとめて三人を背に隠す。
「黒い線から向こう側が、観客だったな? 人族」
「う……?」
紅い目がニヤリと笑い、見られたボンドッツはわずかに視線を下げた。
半歩ほど、線から出てしまっている。異様な戦いに魅入ってしまい、自覚しないままに前進してしまっている。
「あ……!」
「ボンドッツ、心配、するな。だい、じょ……」
焼かれた腹部を抑え、翼をしまうと膝をついた。震える声で詠唱を重ねて治療をしてくれているシャドウに軽く手を上げて応え、血の塊を吐き出す。
それでも口元を拭うと立ち上がり、炎で体を包み込んでいった。
「イフリート、出ておいで。こいつらを、頼む」
纏う炎がイフリートになり、肩に止まった。着物はすっかり元通りになっていて、不安そうに鳴く使い魔を優しく撫でるとおぼつか無く前へ出る。
「そこの人族の動きに、よく気が付いた。声を殺した詠唱の、その矛先をよく察した。
火炎族、お前を殺してしまうのは実に惜しい。あの小僧か小娘、どちらかで手を打ってもいいのだぞ。それでお前の命は長らえる」
「孤独の炎、永久を知る」
ダークネスが、冷たく笑った。徐々に治療が進んで癒えていく傷口に触れながら、バーナーも口角をわずかに上げる。
「ブラックも美代も、てめぇらなんぞに渡さねぇよ。ほら、まだまだ遊べるぜぇ? 存分に戦おうじゃねぇか」
カウンツが突き出す槍をいなし、振り上げられた柄を避け、嗅ぎたくない血の臭いに鼻孔を殴られながらもダークは剣を振るった。
炎が起きる低い音、ボンドッツ達の小さな悲鳴、それに気を取られてわずかにでも視線を逸らそうものなら、容赦のない突きがやってくる。
「よそ見してるヒマなんてないぜ、ダーク!」
「無茶ナッ……! 人間ガ親父ト殺リ合ウノハ無茶ダ! ワシハ、貴様ノ相手ヲシテイル場合デハナインダ、カウンツ!」
「だったらオレを潰してから行けよ!」
火 球を剣で弾いて唱えた斬 裂 血を難なく避けられて、稲 妻 刃を放つと歪 舞 地で防がれる。
カウンツの方が詠唱や魔力を練り上げる時間が短いために、魔術を仕掛けても効果はほとんど得られなかった。
シャドウが休みなく詠唱をする声に肉を斬る音、仲間たちの叫び声が心を焦らせた。一刻も早くバーナーの元へ行きたいのに、邪魔をされて舌打ちを漏らす。
泣き叫んだブルーの声に、ダークはついに動きを止めてしまった。ダークネスの触手がバーナーの脇腹を貫いて、宙づりにしている。黒い線の向こう側にいる雷斗たちは血の気を失い、主人の姿を見せないようにとイフリートが必死に炎の壁を建てていた。
「バーナー!」
「よそ見、するなって!」
右の肩口に走った熱に剣を取り落とし、柄を掴むと疾 風 斬を纏った足で槍を蹴り上げた。折れたところが体に刺さらないよう払いのけると瞳孔をギュッと細め、カウンツを睨みつける。
掌に魔力を集結させ、間髪入れずに爆発させた。魔術とは呼べないその攻撃をまともに受け、カウンツは無防備に吹き飛ばされた。それを見ようともせずにダークは肩から突き出ている槍の残骸を引き抜いて、ダークネスへと足を向ける。
「歪 舞 地!」
「完 全 治 癒!」
響き渡る二つの声に、一同は息を飲みながらそちらに顔を向けた。カウンツに向かい大地がせり上がって言葉のとおり鞭を打ち、ダークネスには飛んで来た何者かが速度を変えないままに体当たりをお見舞いする。
反動で触手が緩んだのだろう、落下するバーナーの体をスライディングで受け止めたのはブラックだった。
「小娘……」
「去れ、ダークネス。私は思い出したぞ」
半透明な羽を背中に生やし、額のあたりに二本の触覚をつけているのは、確かに美代だった。ブラックから術をかけられてもなお、掠れた呼吸を繰り返しているバーナーに視線だけを送り、クッと口角を吊り上げる。
「それとも我が一族の仇、ここで討たせてくれるのか?」
歪んだ笑みを浮かべ、ダークネスとカウンツは姿を消した。すっかり治療をされてしまっているバーナーは深く息を吐き出し、美代を見上げる。
「美代、お前……」
「孤独の炎、永久を知る」
背に衝撃が走り、鼓膜を通り越して頭蓋を殴りつけるような泣き声を一身に浴びながら、正面まで静かに降りてきたシャドウを見た。首にしがみつくブルー、背に額を押し付けるリン。膝の上で腹のあたりをグリグリと頭で押してくるスノーに戸惑いながらも苦く笑う。
「きみは、そうなんだね」
「確証はなかった。だけどこれまでの事を考えたら、充分に信頼できる伝承だった。……結果オイラは、賭けに勝った」
「賭け、だって!」
シャドウの小さな手で勢いよく頬を挟まれ、バーナーはわずかに肩を跳ねた。アメジストの瞳一杯に涙を溜め、震える彼に、目を伏せてしまう。
「きみは自分の命で賭け事をしたの? ボクがどれだけ怖かったか想像できる? どんなに、どんなに魔力を持っていても、ボクは詠唱をしなければ術を使えない。どうしても時間がかかるんだ! それなのに!」
「バーナー、周囲をよく見て。あんたが流した血の量をよーく見て」
美代に頭を掴まれて、ゆっくりと辺りを見回した。雨でも降ったのかと思ってしまうほどに地面はぬかるみ、生臭い風が漂っている。
「死んでても可笑しくない量なわけ。人間って体内の三分の一、血が流れたら死んじゃうのよ。あげくに腹に風穴を空けられて、吊られて?」
「それを遠くから見てしまったオレ達に対して、こんなに間近で見てしまったみんなに対して。なにか思うことは?」
美代に続いたブラックの声も、怒りを含んでいた。バーナーは頭を掻き、泣きじゃくる三人を優しく引きはがして胡坐をかく。
「悪かった。だけどオイラは、伝承を確かなものにしたかったんだ。それが本当なら、オイラはいくらでも戦えるから」
「孤独の炎、永久を知る。と仰いましたね。いったい何なのです? 私は……あなたは死んでしまうのだと、本気で思いました」
声を枯らしながら泣いているリンを抱きしめ、ボンドッツは震える声で言った。雷斗も血で作られたぬかるみをブルーとスノーに見せないよう腕に抱え込み、バーナーの事を冷たく見ている。
「雷雲族にも、もう少し小難しいが似たような言葉があるな。
雷の怒りを繰る一族、汝が民を想い慈しむ事忘るる時、己が身地へと縛られるだろう。
……雷雲族の最後の純血は大地に縛られるというものだ」
「あぁ、各一族にある伝承と似たようなものだ。オイラが火炎族でただ一人の純血だってことさ」
ブラックが肩を跳ねたのが見え、少しだけ手を上げて静かに制した。俯いたまま目を閉じてため息をもらし、先ほどまで穴が開いていた脇腹に掌を置く。
「一族でただ一人の純血となった時、寿命がなくなるらしい。まさしく不老不死、何があっても死ねない、殺されない、その一族の最盛期である年齢に達したらそれ以上は老いる事はない。そう言う伝承だ」
「まさか、そんなことが本当にありえて?」
「これが現実であり事実だ。オイラは今、生きている」
心地のいい音を響かせるよう後頭部を叩かれて頭を抱え、平然としている美代をにらみ上げた。彼女の体の異変も気になるけれど、凍った視線を送る彼女に誰も何も言わず、呆然と見ている。
「ねぇ、バーナー。私が同じことを言ったらどうする?」
「は? なにをふざけたことを!」
「そっくり返す。ふざけるな、命を捨てるような戦い方は許さない、そんな戦い方で守られても嬉しくない」
震えた声で言いながら、一人でうずくまる彼の前に膝をついた。彼は小さくした体を震わせて、垂れている頭をますます下へと運んで行く。
「ダーク、顔を上げて」
「……貴女ハ、ヤハリ。セイント様……」
「ダークずるいよ。以前どこかで会ったことがないか、なんて。ダークの姿が違うんじゃわからない」
跪いている彼の手を取り、ゆっくりと立ちあがった。従うように立ち上がるダークはなおも顔を伏せ、肩を震わせている。
「あのね、ダーク。私はあんまり覚えてないの。私が私の言葉で過去を話せるほどに、覚えてない。
私は……ラオエン・ディスライトの魔力に中てられて、あの男が父に言った言葉をブラックに言われて、セイントと言う名を呼ばれて。それでかろうじて、自身が何者なのかを思い出しただけなんだ」
「……セイント・オウス・アスパル・ファータ。ソレガ貴女ノ名前デスヨ。妖精族、最後ノ王女様」
「最後。ということは、やっぱり父様は死んじゃったんだ」
なぜだろう、ダークを見上げながらつぶやいた言葉は、妙に軽かった。手を放してブラックの傍に寄り、肩に座らせてもらう。
みんなに自身の姿をよく見せて、儚げに笑った。
「私の名前はセイント。今、ダークから教えてもらったんだけど、セイント・オウス・アスパル・ファータ。妖精族。
だけどこれまで通り、美代って呼んでもらえると嬉しいな。セイントって呼ばれてた期間より、美代って名前の方が長いから。それに、人族の両親からもらった名前だから、大切にしたいんだ」
地面に降ろしてもらうと、触覚と羽が消えてしまった。自身の体をキョロキョロと眺めまわしながら首をかしげる彼女の事を、ブラックが優しく包み込む。
「ダークはいつから、美代の事を知って?」
「……ボンドッツニ連レテ来ラレテ、会ッタ時ニ、初メテ会ッタヨウナ気ガシナカッタ。……人非ザル者ダト、人デハナイ言葉ヲ話スト聞イタ時ニ、確信シタ。妖精族ト魔族ハ、他ノ一族デハ聞キ取レン言葉ヲ話ス」
「そっかぁ。ダークは、私がちゃんと思い出すまで、話すのを待っててくれたんだ。ありがとう」
ふにゃり、と普段とは違ってどこか幼い笑みを浮かべる美代の事を、全員が見ていた。見守るようなその視線を受け止めて、ブラックの手を引いていく。
「ごめんねぇ、さっきも言ったけど、思い出したけど……話せないんだ。だから私の過去を見たい人は、知りたい人は、ブラックに聞いて。ブラックならきっと、私よりもうまく教えてくれると思うから」
言いながらバーナーの手も引いて、美代は歩き始めていた。みんなが戸惑っているのがわかっているのだろう、体を捻って振り返り、やはり柔らかく微笑んでいる。
「行こう? せめて野営がしやすいところまで進まなきゃ。ね? バーナー」
「う、あ……そう、だな」
チラリとブラックに視線を送り、雷斗たちに体を向けた。疲労やショックが伺える表情に眉を寄せ、頬を掻く。
「休める場所まで進む。オイラも今日は、無茶をしない。行こう、みんな」
進み始める三人に一行は顔を見合わせながら、それでも置いていかれないようにと足を踏み出す。
悲しげでもなく、寂しげでもない美代の背に、不安を持ちながら。




