目覚める血
シャダッドの国王と教皇をエメラルドに引き渡し、彼女がヘリュウに邪魔をされながら魔方陣を作成している間にサファイアへ戦争の事情とてん末を話し終えた後。
ドゥクスに頼んで、広場に墓石を建てたこと、時間はかかるだろうけれど、望むならばいつの日か土地に戻れるように魔方陣を作成できるだろう。ということをセデールの国民に伝えてもらい。
付き合い始めました。と、美代とブラックから報告をされて「今更か!」と全員が全員で総ツッコミをして大笑いをして。
合計七日の滞在で、ヘリュウの町を出発できた。今は瞬間移動術を使ってセデールの広場に来ていて、ボンドッツとリンが墓標の前に座り込んでいるのを少し離れて眺めている。
「結局、セデールの人たちはみんな、アダマースに入ることになったね」
「あぁ。トロイとマティが死にそうな顔をしていたが……ドゥクスがちゃんと事情を理解して、自身の配下に置いてくれたからな。無茶をしない程度に罪の意識を薄れさせてくれるだろうよ」
風に流された髪の毛を抑える美代の頭には、久しぶりに見た青い宝石が着いた髪飾りが着いていた。
いったい、いつの間にか。パクスの王城でブルーが落としていた物を、ブラックがしっかり回収していたらしい。曰く、美代の想いが精いっぱい詰められた見覚えがある物が落ちていたから拾った、と。
「お待たせいたしました」
祈りを終わらせたらしい、ボンドッツとリンが戻ってきた。シャドウからポンポンと頭を撫でられてボンドッツは驚いたように、リンはキュッと目を閉じて嬉しそうに肩をすくめている。
「それじゃあ、今度こそ出発しようか」
「はい!」
「ゆっくり休ませてもらって、魔力も体力も万全だ。町を出る前には軽く手合わせをしてもらったし、問題ない」
「ソノ代ワリ、巻キ添エヲ受ケタ果物屋ノ親父サンガ泣イテイタゾ」
白い目をしたダークに思わず笑い、セデールの地を出発するのだった。
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村を見かけたら宿に入り、集落を見かけたら何かの依頼を受ける代わりに屋根の下へと泊めてもらい。
そうして何日が過ぎただろうか、地図に穴が開きそうなほど凝視しているバーナーとダークが、とうとう揃って放り投げてしまった。
「ダメだ……」
「人里ガナイ。シバラクハ、野営ガ続キソウダ」
「まぁ、仕方がないさー」
「あのなぁ、呑気なことも言ってられないんだぞ?」
脱力して地面に転がっていたバーナーが、呆れたように言った直後。眼光を鋭くさせて勢いよく立ち上がり、火炎族の着物をまとった。
魔力の訓練をした後だからか、以前よりもはっきりと解る。息が詰まってしまいそうなほどに濃い魔力が、自分たちの周囲をただよい始めていた。
「……噂をすれば?」
「なんとやら? って、そんなのはいらねぇよ!」
蜃気楼の中から先に姿を現したのはカウンツで、視線は自身が狙っていると公言したブラックではなく、美代に向けられていた。それに気が付いたのだろうかブラックが素早く背に隠し、牙を剥いて威嚇する。
遅れてもう一つ現れた魔族に、誰かが小さく喉を鳴らした。岩のような肌質で丸い姿をしたその魔族は、一つだけ着いている紅い目をわずかに細めると、なぜか緊張した面持ちでいるカウンツに視線を送る。
「……よくもまぁ。我々の捜し人を、こうも続けて見つけたものだ」
「……お褒めの言葉と、受け取っても?」
「事実、褒めている」
なにが起きたのか判らないまま、美代は頬を伝う生ぬるい液体に指を走らせていた。赤黒く染まる指先に肩が震え、勢いよく後ろを振り返る。
ダークが額に脂汗を浮かべながら地面に倒れ込み、胸元をきつく押さえつけているのが見えた。ハクハクと唇を痙攣させているけれど声は出ず、目を細くして一点を睨みつけている。
「ダーク!」
「お前、何を!」
「……魔力石、か。こんなにも大きな宝石を、よく見つけたものだ」
球体の魔族から触手のようなものが出ていて、黒い宝石を弄ぶように転がしていた。恐らくたった今、ダークから奪ったものだろう。頬を伝う血は、触手が走った時に切れたものか。
サピロスでしていた盗み聞き、その中でダークが言っていた、共に居られなくなるということ。
それが何を指しているのか、ようやくわかった。
「私の名はダークネス。ダークネス・アルス・エレヴ。……それの親だ」
ダークの姿が霞み掛かり、歪んでいった。人の姿をしていた彼は段々丸みを帯びてきて色は宝石と変わらない漆黒になり、開かれた一つ目は血の色をしている。
「久しいな、ダーク。こんなものがなければ人の姿を保つことも出来ない、魔族の子よ」
「えぇ、ダークは魔族ですよ」
カタカタと震えるダークを背に庇うよう前に立ったのはボンドッツで、その隣にはリンも並んだ。シャドウが体の上にチョコンと座り、ブラックもザワリと髪の毛を動かしてダークネスの触手にある宝石を睨みながらゆっくりと腕を上げる。
「だからいったい、なんだって言うの?」
「あたし達の大事な家族を傷付けるんなら、本当の親だって、許さないんだから」
「まぁ、とりあえず。それを返せよ」
ブラックが力一杯拳を握り込めば、宝石が弾丸のごとく飛んで来た。ダークに渡すとその宝石から魔力が流れ出してきて彼の姿が元に戻り、力なく地面に座り込んでしまう。
「……黙ッテイテ、スマナイ。忌マレルノガ、恐ロシカッタ」
「ダークが魔族だったなんて! 周りの奴らの異常さが際立った!」
「よかったじゃないか雷斗。おかげでお前の正常さが確立したぞ」
「妙だな、全く嬉しくないぞ!」
頭を抱えて吼えた雷斗に目を白黒させて、適当に励ましているバーナーを凝視した。顔を伏せている間に来ていたのか、ブルーが傍に座り込んでいて、伸ばされた腕に思わず震えるとそれを落ち着かせるように抱きしめられる。
「魔族でも、ダークはダークやん。ダークなら、怖くないよ」
「オイラ達を動揺させたかったのか、ただ事実を話しただけなのか。どちらにせよ、そんなので揺れるほど弱くはない」
湿っていく琥珀の瞳から頬を走った涙を着物の袖で拭ってやり、目を見開いたまま動けずにいるらしい美代と、彼女の傍に立つブラックに目を向けた。小さく頷けばヒョイと美代を抱えあげ、何を言われる前に全力で走り始める。
「さて、お前たちはブラックを狙っているんだったな? じゃあここで、足止めさせてもらうぜ」
「……出来るのならば、な。あぁ、それに、一目見て確信した。……あの娘は我々がもらう」
ダークネスが淡々と言った刹那、彼の目前で剣と槍が交差していた。力が均衡しているのか双方の切っ先は激しく震え、互いにギラギラと瞳を光らせている。
「フザケルナ。コレ以上、アノ子ハ傷付ケサセハシナイ」
「ふざけてんのはお前の方だよ、ダーク。お前の相手はオレだ」
「シャドウ、みんなを頼んだ。流石のオイラも今回ばかりは炎を制御できる自信がねぇ、こいつの相手はオイラがする」
「やってみよ、火炎族の若造が」
バチリ、バチリと飛び交う火花に息を詰められながら。
シャドウ、リン、ボンドッツは魔 弾 盾を展開し、戦いの火蓋が切って落されるのを静かに待った。
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体を硬直させていた美代の顔色が、見る間に悪くなっていく。体が小刻みに震えて奥歯がカチカチと打ち鳴る音が耳に届き、ブラックは足を止めると膝立ちになり美代をコートに包み込んだ。
「美代、美代。大丈夫? ダークが魔族だったの、ビックリした?」
頬を伝う血を拭い、治療術を唱えた。手に着いた血は意識せず舐めとってしまい、愛する者の血ならばこんなにも甘く感じるのかと首をかしげ、これ以上こんなものは彼女から出させたくはないと目付きをきつくする。
「違う、違う。わからない、だけど頭痛がひどくて、寒くて……!」
「ならば、その苦しみから解放してやろう」
全身に鳥肌が立ち、髪の毛を蠢かせ、ブラックは美代を懐に抱えたまま声がした方へ射殺さんばかりの眼光を向けた。揺らめく空間から現れたのは、一人の男だ。
血の色の瞳が印象的なその男は同じ色の甲冑を身に付けてマントを羽織り、重度な巻き毛の短い黒髪を揺らしながら近づいてきた。見た目は人間と変わらないけれど、魔力と心でわかる。
「魔族……」
「……ほう。貴様が、ブラックか。そしてその娘」
ヒュウヒュウと苦しげな呼吸を始めた美代をきつく抱きしめて、目を半ば閉じた男を温度のない瞳でねめつけた。
「美代が、なに」
「なに、我々が狙うものが、お前の命だけではなくなったというだけさ」
ブラックの顔から、ゆっくりと表情が落ちていった。美代を地面に寝かせて額に張り付く髪の毛を柔らかく掻き上げ、武器を片手に立ち上がる。
ブラックを取り巻く魔力は見間違えなどではなく、実際に音をたてながら爆ぜていた。
「美代には手を出させない」
「ならば。……私の名はラオエン・ディスライト、お前の命をいただこう」
彼が言い聞かせるよう、はっきりと告げた瞬間。
甲高く泣き叫ぶ声に、ブラックは体を捩じるよう美代の事を振り返った。大粒の涙を流して頭を抱え込み、怯えるようにガタガタと震えている彼女に細く息を吐き出して、躊躇いなく剣を振り上げる。
戸惑うこともなく大剣を受け止めたラオエンだが、自分たちの周りで大気が揺れるほどに濃くなっている魔力のせいか頬を一筋の汗が流れていた。
「みよになにをしたの」
「何もしていない。だが、お前の命とあの娘が我々の目的、少しでも自身に有利な環境で戦いたいのは当然だろう」
抑えられない魔力が自分から流れ出しているように、ラオエンからも彼の魔力が空中をただよっているのがわかった。
これが流れ出た瞬間に、美代が悲鳴を上げたのだ。
「美代を泣かせる奴は絶対に許さない」
「ならば、私を倒すことだ」
目の前が赤くなるのがわかった。周囲に散らばる自身の魔力を切っ先に収束させ、間髪入れずに爆発させる。
瞬間的な出来事だったにも関わらず剣を弾いて爆風を避けたラオエンは、これまでに聞いたことがない……いや、一度聞いたことがある言葉をつぶやいた。術を警戒して動こうとしたけれど縫い付けられたように引き戻され、喉を鳴らして視線を陰に向ける。
「火 球!」
「遅い」
影を打ち消したと同時に腹部を蹴り飛ばされ、受け身を取ることも出来ずに地面へ倒れてしまった。腕を伸ばすがラオエンには届かず、彼は青ざめてカタカタと震える美代の傍に膝をつく。
「おまえ……!」
「……思い出せ」
「いやっ……いや」
「セイント」
「ああああああああああああああああ!」
絹を裂くような叫び声が響き渡ったその時。
美代から想像もできないほどの魔力の波が発せられ、ブラックは咄嗟に顔を覆った。肌をチリチリと焼いていくその衝撃波に目を丸くして勢いよく立ち上がり、頭を抱える彼女をコートごと抱きしめる。
泣き叫ぶ彼女を落ち着かせながら近辺の気配を探ってみるけれど、ラオエンは姿を消してしまっているようだった。だから、今は美代が泣き止むのを静かに待つ。
彼女の額に着いている蜂のような二本の触覚と、背中に飛び出た半透明の二対の羽も、気にはならない。
「美代、もう大丈夫だよ。怖い男はいなくなった、泣かないで」
「う、あ、$&%&#、んぅ、せい、セイント。私、ミヨ、セイント?」
焦点が合わずに震えている彼女は困惑したように口を動かし、聞き取ることが出来ない言葉をつぶやいた後、普段と同じような言葉を使い始めた。変わらず震えているが背中を撫でているうちに落ち着いてきたのだろう、目の前で手を動かせば、まばたきをして瞳が動きについて来る。
「大丈夫?」
「……ぶらっく」
「よかった、ちゃんとオレがわかるんだね。自分の名前は言える?」
「……みよ。かみの、美代。でも、それは、人族の名前。わたし、セイント。妖精、妖精族」
美代の額に自身の額を当てて目を閉じると、彼女が混乱している様がよく見て取れた。一度に色々な事を思い出しているようで、言いたいことや伝えたいことはたくさんあるのに、言葉が散らばったパズルのピースのようになっている。
これまで話していた言語と、思い出した言語とが衝突し合っているせいもあり、うまく纏める事が出来ずにたどたどしい言葉遣いになってしまっているようだ。
「慌てないで。もし言葉が見つからないなら、オレがちゃんとみんなに伝える。それでもいい? セイント」
「みよっ!」
頬を膨らませ、グイと腕を引っ張りながら、短くも力強く答えた。キョトンとしてしまったが小さく笑い、触覚を避けるよう頭を撫でつける。
「うん、美代」
「戻ろう……! *#&$#+、んぁ、えっと、だあく……ダークネス! 危ない!」
「わかった。美代、飛べる?」
ゆっくりと首が傾いていき、しばらく考えた後に緩々と首を振った。ヒョイと横抱きにすれば大人しく腕の中に納まって、胸元に顔を摺り寄せてくる。
「今から飛んで、みんなのところに行くよ。少しでもいい、心を整理させて」
「……うん」
小さく頷いた美代に微笑みかけて、ブラックは地面を蹴るのだった。




