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冒険記  作者: 夢野 幸
記憶編
75/138

受け取る心


 ゆっくりと暗いところから浮上していくのがわかり、瞼を薄く開いて、起き上がろうと腕に力を込めたのに全く動かなかった。何が起きているのかと目をしばたかせて顔を上げても、視界のほとんどが真っ暗だ。

 まだ夜なのかと辺りの気配に集中すれば、外からワイワイと人々の話し声が聞こえてきた。


「……? あれ、ブラック?」


 どうやら抱きしめられているようで、視線をもっと上げてみたら、わずかに眉を寄せながら眠っている彼の顔に行き当たった。真っ黒だったのはコートらしくて、額に浮かぶ汗を拭ってやりながらブラックを起こさないようにコートを剥いでいく。

 ついでに自分も腕を抜け出せば、ますます眉間にシワが寄ってしまった。バーナーはすでに目を覚まして部屋を後にしているようで、あくびを漏らして再び腕の中へと納まっていく。


「ブラックもお疲れ様。ゆっくり休んでね」


 自分が抱き枕で安眠できるのならば、目を覚ますまではここに居よう。

 指の背で頬を優しく撫でると、柔らかく微笑んだブラックに自身も思わず微笑んで、微睡の中に落ちていくのだった。


~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・


「セデールの国民よ、聞いてください。私は、エレクサンドラ・ドゥ・ラスト、セデールの王女であり、第一継承者です」


 不意にリンの声が響いて来て、美代はブラックを起こさないように気を付けながらも耳を澄ませた。時折言葉に詰まっているのがわかる、だけどすぐに演説を続けていくのは、ボンドッツが励ましているのだろう。

 彼女は震えた声でこれからの方針といくつかの選択肢を投げかけていた。


・セデールは戦争の果てに再建が難しいほどの痛手を負った、だから、世界で最も大きな国、平和の象徴であるパクスの保護下に入る。

・その前段階として、移民の国であるアダマースに入国後、国籍を得ることになる。

・抵抗がある者は申し出る事。キチンと報告をしてもらえれば極力希望に沿えるよう、力を貸す。

・セデールがなくなった今、自分は王女でも第一継承者でもなくなった。だから、みんなとは一緒にはいられない。


 少々難しい言葉が使われていたが、おおよそ言っていることはこんな感じだろうと頭の中で箇条書きにしていき、キュッと目を閉じた。


 セデールの国民に対して一緒にいられないと言った。それはつまり、これからも旅について来てくれるということだ。


「ブラック、よかったねぇ。これからもリンやボンドッツと、一緒にいられるんだよ」

「……ん……」


 瞼を痙攣させ、わずかに目を開いたブラックの頬に手を置くと、彼はなぜか不思議そうにこちらを見ていた。体を起こすと一緒に起き上がり、ぼんやりとしたまま辺りの事を見ている。


「ブラック、おはよう」

「美代。美代、おはよう」


 目を擦り、自然な流れで小柄な体を膝の上に抱えあげると、寝ぼけたように抱きしめた。ユラユラと揺れる彼に合せて自分も揺れていれば、そのままソファベッドの上に倒れてしまい、クスクスと小さく笑う。


「ブラック起きて、リンやボンドッツはもうセデールの人達にこれからの事を話し終わったよ。昨晩はここで休んじゃったからダーク達も心配してるだろうし、バーナーは先に起きて」


 バーナーの名前を出した瞬間。

 ブラックの髪の毛がブワリと膨れ上がり、加減も忘れたように抱きしめられて変な声を出してしまった。どうしたのかと腕を軽く叩いて力を緩めてもらい、胸元に埋められた顔を覗きこむ。

 今にも泣きだしそうな表情に、美代は目を点にした。


「ブラック、大丈夫?」

「……美代、教えて。セデールで、何をされたの」


 淡々としたこの声を聞くのは、三度目か。

 それはつまり、彼が、自分を害した何者かに怒りを抱いているということで。


「もういいんだよ、だってここに、それをやった人達はいないからね」

「バーナーには話せるのに、オレには教えてくれないの」

「話してないよ! あれは不可抗力であって、変 幻 偽 視メンティ・マスケもなしにあんなことが出来るなんて思わないじゃん!」

「それでも、バーナーは美代が苦しい時に傍に居られた。本当はオレが居たかったのに。それに美代は、自分が苦しい時に何も教えてくれないんだ。閉じちゃうから、オレが一番に助けに行きたいのに、気付けない。オレは頭がよくないから、美代とバーナーが気付くことでもすぐに気付けなくて」


 膨大な魔力を持っていて、心眼を持っていて、念動力サイコキノをも持っている彼が。

 やろうと思えば無理やりにでも心を覗いて、こちらの思考も感情も読むことができるだろうはずの彼が。

 自分の心が読めないと言って、か細い声を震わせながら泣いていた。


「オレ、すごく怖いよ。美代が傷付くのが、苦しむのがすごく怖い。それを一人で抱え込んじゃうのが嫌だ。ねぇ、どうして教えてくれないんだ、オレの事が信用出来ない?」

「ブラック、それはっ」


 自分で言った言葉が刃物となったのか。

 静かに流れていた涙の量が倍になり、声もなく悲鳴を上げるとなだめるようにブラックの頭を抱え込んだ。優しく撫でてやれば、今度は包み込むようにこちらを抱きしめてきて、美代は困ったように笑ってしまう。


「……セデールで貴族騎士の奴らに、彼氏が戦場に行って寂しいだろうから、貴族のオレ達が慰めてやるよって。そう、言われたんだ」

「なぐ、さめる?」

「うーん……まぁ、ザックリ言うとお前の事を抱いてやる、あぁえっと解ってないね……ちょっとダークさんお子さんの性教育どうなってんの。そう、私にとってはすーっごくイヤなことをしてやるよ、って言われたの」


 ゆっくりと首をかしげていくブラックに苦笑しながら、実に簡潔な説明をすると、腕に力がこめられた。頬を走る涙を両手で拭ってやりながら体を起こし、膝の上に収まる。


「だけど私、少しだけ嬉しかったのかもしれない」

「な、んで……!」

「彼氏が、って言われた時に。私が想像したのがブラックだったんだ。あぁ、周囲から見たらそう見えるんだな、って思っちゃってさ。セデールでのやり取りを考えたら多分、バーナーの事を言ってたんだろうけど。私にとってのそれは、ブラックだった」


 見る間に目を丸くしていくブラックの事を見上げて、美代は照れくさそうに笑った。胸板に額を押し付けると体がピョンと跳ねるのがわかり、喉の奥で小さく笑う。


「返事、まだ、してなかったねぇ」

「み、よ?」

「私ねぇ、好きな人がいるんだぁ」


 今度は体が緊張してしまい、背中に回されている手が震えているのがわかった。胸元に頭を押し付けたまま、彼に顔を見せられないまま、話しを続ける。


「私が怖い目に遭ってる時、危ない目に遭ってる時、不安な時。近くにいるときはもちろん、遠くにいるときもすごく心配してくれて、傍に居てくれて、何度も助けてくれた」


 一度深呼吸をして顔を上げてみれば、不安そうに揺れている紅い瞳と視線がぶつかった。目尻に浮かぶ涙を服の裾で押さえるように拭ってやり、震えそうになる声をごまかすよう笑いながら首元に抱き着いていく。


「ごめんね、臆病で。まだ全部を見せるのは怖いし、きっと知られたくない事や心配をかけたくないことは、無意識に心の奥底に隠しこんじゃうと思う。それでもブラックは、私の事を好きだって言ってくれる?」

「……! 美代!」

「こんな私で、なかなか変わることが出来ない私で。自分が何者なのかも解ってないこんな気味が悪い子を、好きでいてくれる?」

「嫌いになんてなれるもんか! だって美代はオレの事を怖くないって言ってくれた、心眼の事を忌まずに受け入れてくれて、周りが怖くて攻撃することしか知らなかったオレを助けてくれた!」


 大粒の涙を流し、腕の中に閉じ込めるよう背中に置いた手に力を込めて、ブラックは叫んだ。落ち着かせるようトントンと体を叩いてやれば、彼には似合わない弱々しい笑みを浮かべて、自身の額を美代に軽くぶつける。


「大好きだよ、美代。例え美代がオレの事を嫌いになったとしてもオレは美代の事を放したくない、放さない。こんなオレでも、いい?」

「それは難しいなぁ。だって、私がブラックを嫌いになるなんて想像できないもん」


 互いの額を合わせたまま笑いあい、ギュッと体を抱きしめた。目を覚ましてすぐに涙を流したせいか腫れてしまっているブラックの両目に掌をそっと乗せ、ゆっくりと魔力を流していく。

 手を放したときにはすっかり治っていて、目を細めて笑う彼に、頬を緩めた。


「さて、そろそろ外に行こうか? ヘリュウさんにもお礼を言わないといけないからさ」

「ん!」


 起きたすぐとは違う、キラキラとした笑顔を散りばめて大きく頷いたブラックの手を取り、美代はベッドを降りるのだった。


~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・


 演説を終えたリンは舞台を降り、緊張のあまり冷え切った手を胸元で組むようにして温めていた。目を伏せていると正面から優しく包まれるのがわかって顔を上げ、崩れるように地面へ膝をつけると同じように抱きしめ返す。


「よく頑張りましたね、リン」

「ボンドッツぅ……。ごめんねぇ、あたし、勝手に言っちゃった。美代ちゃん達と一緒にいきたくて、あたしが行くって言ったらきっと、着いて来てくれるってわかってたのに。あたし、また、ボンドッツの話を何も聞かないで勝手に……!」

「構いません。以前も言ったではないですか、私は貴女に着いて行くだけですよ。何があっても」


 泣き出しそうな彼女を慰めていると視界の端で座る陰があり、ボンドッツは跪いている父に目を向けた。頭を深々と下げるドゥクスにリンは慌て、顔を上げさせると躊躇いもなくペタンと地面に尻をつけた。


「おじさん……」

「エレクサンドラ様。本当に、立派になられましたな」


 顔をしわくちゃにして大粒の涙を流し始めたリンに、ドゥクスは慌てる事もなく彼女を宥めるボンドッツの事を見ていた。


「ごめんなさい。おじさんが、おじさん達が命を賭けて守った国を、あたしが滅ぼしてしまった。それに……ボードオンがこんな体になってしまったのも、全部あたしのせいなの」

「リン。もうその話はいいじゃないですか、私は何も気にしていません、貴女を一人にしてしまわなくてよかったと、そう思っているくらいです」

「だけど! あの日、ボードオンが遠くに行くのは止めておこうって言ったのを、あたしがちゃんと聞いていれば! 無理を言って森まで行かなければ、ボードオンもあたしもこんな体にはならなかった!」

「そのかわり、シャドウ様たちとお会いすることもなかったでしょうね。えぇ、今こうして、私たちが隣にいる事も絶対になかった」

「サンドラ様」


 大きな手が頭に乗り、体を跳ねてきつく目を閉じたリンの背中を、ボンドッツは優しく摩った。なんとなく悪戯っ子のような、見方を変えればいじめっ子のような笑みを浮かべるドゥクスに眉を寄せる。


「あなたが、国王陛下を殺めた」

「ひっ……」

「だけどそうしなければ、ボードオンが殺されていた。貴女を連れ去り、人非ざる者に変えてしまった罰として。戦争に勝ったとしても負けたとしても。私の息子は殺されてしまっていた」


 目を剥くリンに、対して驚きもせず小さく舌打ちを漏らしたボンドッツ。そんな二人をまとめて抱きしめ、肩を震わせた。


「それに私は、忠義を貫けなかった。国のために戦って傷付き、命を落とした部下たちを嗤われて平静でいられるほど、私は強くなかった。

 挙句の果てに正規の兵ではない息子に単身敵地へ突っ込めと? 無事に帰ったとしても、王族に傷をつけた罰として広場で処刑してやる? ……サンドラ様がやっていなければ、私が殺してしまっていたかもしれない」

「おじさん……」

「セデールの民の事は、王城に属した兵士長として、私が責任を持って守ろう。だからお前たちは何も心配せずに行きなさい。大好きな彼らと、無関係なのに体を張って我々の事を助けてくれたあの子達と」


 大きく頷いて身震いさせる二人の子供を抱きしめて、町長宅から出て来た美代とブラックの姿を見て微笑みかけた。


~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・


「――こんなもんか、死神」

「すまない、藍の。こんなことにまで付き合わせてしまった」

「今更や。昨日の夜に訪問された時点でえぇ迷惑やし」


 二人は今、セデールの広場にいた。正面にはバーナーの炎とヘリュウの水系統の術で磨き上げたいくつかの石が建てられて、前には花が供えられている。


「ほれ、シャダッドに居た坊やたちの分はそれで終いや。なんやけ、朝からおどれのところに殺してくれと言うてきた……トロイとマティ言うたか? あれらの部下が城に残っとるんやろ」


 ガシガシと頭を掻き毟り、気怠そうにボロボロの城へと向かうヘリュウにわずかばかり目を丸くしてしまった。


 陽が昇り始めた頃に目を覚まして、ソファベッドに眠る美代とブラックに表情を緩めながら、イフリートが燃やさずに残してくれていた髪の毛を手首に結わいつけて魔力を流そうとした時。

 後頭部を叩かれて振り返ればヘリュウが居て、シャダッドまで付き添ってくれたうえに亡くなった人達の埋葬に協力してくれたのだ。


 自分が土を掘っている今も、城の中から遺体を運んできてくれている彼に目を伏せ、頬の汗を手の甲で拭った。


「昨晩は遅く訪問しちまったからな、休んだらどうだ? 藍の」

「はぁあああ? ぶっ倒れとったやつに心配されるほど腐っとらんわ」


 存外、優しく遺体を地面へ寝かせながら吐き捨てた彼に、バーナーは渋い顔をした。事実だけに言い返せず、穴から這い出ると彼らをゆっくり横たえていく。


「ワイの半分も生きとらんくせに、妙に大人びやがって。こんなん、お前ら賞金稼ぎの仕事じゃないやろ」

「仕事、だとは思ってないからな。オイラに出来る事をやりたいだけだ」

「アホくさ。だから、おどれの事は他の賞金稼ぎに比べて、だぁっい嫌いなんや」

「そりゃどうも」


 憎まれ口を叩きながらも最後まで手伝ってくれたヘリュウに舌を突き出し、最後の墓標を建て終えた。起き抜けに泥まみれだと全身を見ていれば、バシャリと水浸しにされて額に青筋を浮かべてしまう。


「汗も泥もまとめて流したったわ。ほれ死神、火ぃ出せ」

「こんのやろう、ことあるごとに水をぶっかけやがって」


 愚痴を言いながらも炎を出して乾かせば、ヘリュウは長い髪をかき上げてバンダナを巻いた。突き出された手を訝しく見つめ、ため息交じりに握りしめてやる。

 加減なく握れば同じように手を砕かんばかりの力を込めてくる男に、何となく今が自分らしい時間でいるようで、歪んだ笑みを浮かべてしまった。


「それじゃあ、戻ろうか。藍の剣さんよ?」

「今回の事はしーっかり貸しにしとくからな、死神ぃ」

「へーへー、わかったよ」


 軽口を叩きながら髪の毛に魔力を流し、瞬間移動術レガ・ハラフが発動する瞬間に体を捻って広場を振り返り。


 これで、ようやくひと段落ついたのだと。細く息を漏らしたのだった。


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