気付いた想い
「――ほおおおお? わっざわざ、進行先が戦争中だと教えてやって、大体通り抜けられる日程すらも教えてやった挙句に自ら首を突っ込んでいって。
命に関わる魔力とおどれの一族の力をまるっと使い魔に渡して、おどれは使い魔に成りすまして、魔力の枯渇で死にかけて。
おまけに両方の国を潰して、アダマースの受け入れ態勢が出来るまで国民をここで預かれと?
ええ度胸しとんのぉ、死神いいいいいいい!」
「さ、叫ぶな……頭痛に響く、吐き気が増す、増すから……」
「体調不良は自業自得やろ、覚悟せぇよこの大ボケが! 盗賊頭に魔力を流されて延命されるなんざ、賞金稼ぎにとっては最大の屈辱やろ!」
「や、やめ、藍の」
「おどれのためやと思うなや、ワイの愛子のためや!」
ブラック達がセデールに戻ってきて、一階部分の半分近くが瓦礫と化して吹き飛んでいる城を見て悲鳴を上げたのは仕方がないだろう。
その上に大広間に入ってみれば、バーナーと美代が気絶しているし、周囲には息絶えた兵士、あるいは無事で怪我の一つもない兵士たちが倒れているし。
二階、三階につながる階段は崩れ落ちていて雷斗とドゥクスを問答無用で抱えあげ、舞 空 術でリン達を迎えに行って。
そこでリンから、国王が『亡くなった』ことを聞いてしまって。
さぁ、これからどうするか。と困り果てた末に、先日お世話になったヘリュウの町へと全員を連れてきてしまったのだ。
突然の事で流石の彼も困惑したのだろう、血の気もなくダークに支えられているバーナーの体を掻っ攫って自室のベッドに放り投げ、意識を朦朧とさせている彼の頬を張りながら事情を聞いたのが先ほどの話しだ。
暴れるだけの気力や体力もないらしいバーナーの腕を押さえつけて背後に回し、バンダナで血が止まるのも構わずに結わいつけてしまった。普段の彼ならば苦も無く跳ねのけるだろうし、燃やさずともこれくらい抜けられるはずだ。
それが出来ないほどに弱っている死神に、青筋が立つのがよく分かった。
「おどれの仲間からは改めて話を聞くつもりや。とりあえずおどれは、寝とけ」
「……勘弁してくれよ、藍の。オイラ、スラマグドスにも、行かないといけないんだ。それにまだ、やることが」
「ばぁぁぁぁか。盗賊が、賞金稼ぎの願いなんぞ聞くと思うてんか?」
ザーッと血の気が引く音が聞こえたような気がして、バーナーは瞼を痙攣させると諦めるように体の力を抜いていくのだった。
「――とりあえず、おおよその事情は分かった」
戦地に赴いていたダークと、城に残っていた美代やリンの話をまとめて聞いた町の副町長、ヘリュウの右腕らしい男性が腕を組んで眉を寄せていた。一行はとりあえず宿屋に入り、女将さんから温かいスープを振舞われている。
「しかし、よりにもよってここを頼るとはなぁ。お前さん方、ここがどういう町かはちゃんとわかってるはずだろう?」
「ごめんなさい。国の人たちを守らないといけなくて、でも……あのままあの国を再建させるのは、とても難しくて」
「どうしたらいいか、バーナーさんに相談したら……アダマースの知り合いに、掛け合ってやると。だけどそれまで、彼らを保護しておく場所が、必要だと」
「咄嗟に思いついたのがここで、慌ててオレが……連れてきちゃったんだ。だからバーナーを責めないで」
リンが、ボンドッツが、ブラックが俯きながら小さく言い、ブルーが不安そうに副町長を見上げた。赤の他人ならいざ知らず、バンダナの愛子を相手に下手なことも出来ないらしい彼は苦い表情で頬を掻く。
「まぁ、なに。死神の奴なら今頃、頭が寝かせつけてるだろうよ。とりあえずあんた方もキチンと休め、あんた方が連れてきちまった奴らは、オレ達がちゃんと屋根の下に休ませるよ」
「あと、そっちの嬢ちゃんは歩けるようなら頭のところに案内するが、どうだい」
手招きをされた美代は目を丸くし、小さく頷くと立ち上がった。心配そうに伸ばされたブラックの手を優しく払い、表情を歪める彼の頭を撫でつける。
「大丈夫、ちょっと行ってくるよ。ブラック達はここで休んでて、リン、大変だろうけど、セデールの王族の生き残りとして。彼らのこれからを考えて、ちゃんと指示してあげてね。ボンドッツはリンをお願い」
しっかりと頷いた二人に、美代は微笑むと宿屋の主人に連れられて一人その場を後にしていった。小さくため息を吐いたのはダークで、掌に爪を突き立てんばかりに拳を握るブラックの事を軽く叩く。
「トリアエズ、我々ハ休マセテモラオウ。イクラ、オ前ノ魔力デモ、先ノ戦イデハ消耗シテイルハズダ」
「なら、美代だってそうだ」
「バーナーヲ迎エニ行ッタノダロウ、スグニ戻ルサ。ダカラ今ハ、オ休ミ」
グッと唇を噛んで目を伏せてしまったブラックに、眉を困ったように寄せ、思わず美代が歩いて行った先を見つめてしまうのだった。
案内されて開いた町長の部屋の扉、すぐに見えたのはイスに座るヘリュウの背だった。中に入るよう促されて向かいに腰を降ろせば、ベッドに転がるバーナーが見える。
「そんな心配して見いんでも、寝かせただけや。あれはワイら盗賊と戦って戦って、果ててもらわな困る。見も知らん場所で、ヒトダスケのために死なれてたまるか」
緩やかに胸元を上下させて眠っている彼に、美代はふと微笑んで頭を下げた。すると額の辺りを指先で勢いよく突かれ、押さえながら顔を上げる。
「アホ、盗賊相手に易々と頭を下げんな。あくまでワイは、自分本位でしか動いとらん」
「……それでも、ありがとうございます。バーナーはいつも私たちの事ばかりを優先して、今回だって……まさか、イフリートと入れ替わってたなんて。無茶ばっかりするんだから」
「ようも好かれとるなぁ。まぁえぇわ、これが起きるまで居とってやりぃ、目覚め一発目にワイの面見んのも気分はよくないやろ」
と、立ち上がってベッドの傍にあるソファに手をかけると、背もたれを倒した。何をしているのかと見ていれば手際よく布団やクッションを放っていき、背後に立つ。
こちらが何かしらの行動をとるよりも早く、ヘリュウの腕が両脇に突き刺さった。持ち上げられたと思えば横抱きにされて、ポイと簡易ベッドの上に投げられてしまう。
「嬢ちゃんの仲間は宿に、連れてきた連中はバラけて家に突っ込むわ。死神ほどはなくても嬢ちゃんも魔力不足やろ、大人しく寝とけ」
「……ありがとう、おやすみなさい」
再度、感謝の言葉を述べる美代に、思わず鼻で笑った。呆れを含んでしまったのは仕方がないと思う。
そして、部屋を出たと同時に廊下に膝を抱えて座り込んでいる大きな影が視界に入って、声なき悲鳴を上げてしまったのも仕方がないと、そう思う。
「ビックリしなくたって、いいじゃないか」
「えぇか、よー覚えとけ真っ黒坊主。大体の人間は、予期せんところに予期せん人影があったら、驚く。お前、どうやって入って来た? 鍵はちゃんと……かかっとる、よなぁ?」
「美代の後を追いかけてきた。でも、部屋には、入っちゃいけないような気がして……」
「……どうやって入って来たか、詳しくは聞かんわ。今から嬢ちゃんたちは寝るから、こっち来い」
ため息とともに手招きをされて、ブラックは渋々立ち上がるとヘリュウの後を追いかけた。家の奥に向かっているようで大人しくついて行けば、数振りの剣が壁に掛けてある部屋に着く。
そこにある本棚を横に動かすと、小部屋が出て来た。中央にはラピスラズリの珠が置いてある。
「それは?」
「宝石どもと連絡を取り合うための物や。……ほれ、ルビーちゃん、起きぃ」
ヘリュウがラピスラズリに手を置くと、仄かに光を放った。その中に波打つ姿があって、ブラックはジッと目を凝らす。
≪藍の剣、か。どうした≫
「お前らの大事な大事な弟クンが、ダイアとエメ公に用があるんやと。とりあえず二人に繋いでくれ」
≪死神が? わかった、だが夜も深いぞ? 明日ではいけないのか?≫
「ワイは構わんのやでぇ? お前らのだーいじな弟クンがぶっ倒れるだけや」
≪脅すな。わかった、しばらく待て≫
ルビーの姿が霧散し、しばらくするとダイアモンドの姿が現れた。どうやらヘリュウの隣に居る自分を見て目を丸くしたようだけれど、すぐに表情を戻して腕を組む。
≪何事だ、死神は?≫
「えぇ加減にせぇよお前ら。口を開くたび死神、死神て。寝かせつけたわい」
≪不穏な言葉にしか聞こえないのが怖いな。あの時の青年も、久しぶりだな≫
「は? なんや、お前ら顔見知りやってん?」
≪なぁにー? 藍の……きゃあああ、ブラック! 久しぶり! 魔道具はありがとうね、おかげで魔方陣が改良出来そうだよ!≫
目を擦りながらダイアモンドの隣に映ったエメラルドも、ブラックの事を見るなりピョンピョンと跳ねているのがわかった。なんとなく渋い顔になっているヘリュウに首をかしげると、肩をすくめて二人に視線を移している。
「ダイア、アダマースに百人前後の受け入れ要請や。あのボケが戦争に首ツッコんで両国とも潰したと、シャダッドの方は生き残りが国王と教皇だけ、セデールの方がザッと百人ちょい。入国税は死神がどうにかするやろ」
≪また、急な話だな……わかった、明朝に陛下へ取り継いでみる。戦争後ということは、体が不自由な者たちもいるのだろう? ここまでの護衛はお前たちに頼むぞ≫
「しゃーないのぅ。頼まれてやるわ」
ヘリュウの返事に頷くと、ダイアモンドが消えた。エメラルドの方でもダイアモンドが去ったのがわかったのだろう、首をかしげながら自身への言葉を待っている。
「エメ公への用件は知らん、とりあえずあれが急いどるようやから、明日の朝、一番に」
「エメラルド、ボンドッツとリンの体をいじったやつを捕まえたんだ。バーナー……イフリート? が、悪い奴が使ったら害があるけど、良い奴が使ったら他の人のためになるからって、部屋もそのまま取ってある」
横から顔を出して話した瞬間、エメラルドの瞳孔が細くなった。冷たい笑みが浮かんでいるのに、ヘリュウはヒョイと片眉を上げただけで黙っている。
≪へぇ……使い魔クンも、粋なことをしてくれるねぇ。わかった、準備ができ次第サファに連れてってもらうよ≫
「脳筋も来るんかい」
≪あたし一人じゃ絶対に行けないし。ま、あんたのところに魔方陣を作ったら一人でも行けるようになるから、ついでに作っちゃうけどね!≫
「無駄に遊びに来るつもりやろ! ぜぇったい作らせへんぞ! 用件は終いや、そんじゃな!」
≪ひどおい! 叩き起こしたのはそっちなのに≫
頬を膨らませたエメラルドの事を無視するようにラピスラズリから手を離し、再び触れると、ルビーが映った。弱冠呆れたような視線になっている彼女に、小さく笑ってしまう。
「ま、そういうことや。また詳しくはおいおい」
≪礼を言う≫
今度こそ通話が終わったらしい、振り返ったヘリュウに、ブラックはわずかに目を伏せた。コートの裾をギュッと握り、唇を痙攣させる。
「どうして、バーナーの事が嫌いなのに、良くしてくれるんだ」
「突然やな。そんなん、アレに貸しをつけてたら何かあった時に面倒事を押し付けられるからに決まっとるやん。アレの事を好いとる盗賊なんざ、一億ガロンの化け物くらいやろ」
用事も終わったらしい、動物でも払うように手を動かしながらブラックを追い出し、本棚をもとに戻すと壁際にある椅子に腰を落とした。気付けば彼の手にはコップがあって、アルコールの臭いが漂う。
突き出されて受け取っては見たけれど、目一杯顔をしかめたまま、口をつけることはできなかった。
「そいに、ワイの愛子を守ってもらわないかんしなぁ?」
「……どうして、美代を、呼んだの」
「なんや、心配やったんか? ま、そうやろな。盗賊の頭やし」
「美代にとっての一番は、バーナーなの……?」
震えた声に、自分自身で驚いているようだった。面倒くさそうに目を細めているヘリュウは、それでも追い払うようなマネをせず、ブラックの言葉を待っている。
「バーナーにとって、の、一番も……美代、なの?」
「知るか。つか、妹分みたいなもんちゃうの? ルビーちゃん達がアレを見てる時の目ぇとよー似とるで」
「……美代、セデールできっと、すごく嫌なことがあったはずなのに。何も、教えてくれないんだ。ねぇ、何か言ってた?」
「なーんも聞いてへん。嬢ちゃんに直接言ったらええやん、もう寝とるやろうから明日な」
「あいつ、すぐに心を閉じちゃうんだ! オレ達には何も教えてくれない、一人で抱え込もうとしちゃう。なのに、バーナーはその中に入っていけて、それがすごくずるくて苦しくて、悔しくて……!」
手首を掴まれ、何事かと一瞬呆けた隙に、持たされていたコップを口に押し付けられた。液体が口に入った瞬間は目を丸くするほどに冷たかったのに、喉を通り過ぎた後からは焼け落ちるように熱くて、鈍器で殴られたような頭痛と目が回る感覚に体が傾いていく。
大きな手に支えられて、反射的に払って離れてしまった。ヒュッと息を飲んで視線を合わせれば、赤くした手の甲を振りながらもポンポンと頭を撫でてくる。
「言うたやろ。本人と、直接、話せ。そんなにあの嬢ちゃんが心配ならここで休めばええよ、ワイは適当に寝るから」
「みよ、美代」
「あーもー。わかったわかった、ほれ行くで」
白い肌を赤く染め、焦点は定まらず、フラフラと揺れている体に肩を貸して立たせれば大人しく歩き始めた。遠慮なく自室に入ればバーナーも美代も溶けたように眠っていて、小柄な少女の体をソファの奥にやるとその隣に押し込む。
「オレの一番は、美代で、大好きで、大好きなのに。美代、美代の心が、わからなくて」
「ええから寝ろて。兄貴分に嫉妬すんなってアホらしい」
モゾモゾと布団の中に潜りながらも、美代の事は潰さないよう、懐に包み込むように動いた彼に思わず声も出さずに笑ってしまった。よほど酒に弱かったのだろう、小さな寝息を立てながら眠ってしまったブラックの頭を再度撫でて、あくびを漏らして背伸びをする。
「真夜中に人の領地に押しかけてきて、このガキんちょ共は。ワイは相談屋ちゃうぞ、こちとら冷酷無慈悲で名が知れた盗賊団頭やで」
吐き捨てるように愚痴りながら、口の端が緩く上がっていることを知る者は誰もいなかった。




