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冒険記  作者: 夢野 幸
記憶編
73/138

剋するは我ら火風なり


 ブワリと全身を走った悪寒に、イフリートを肩に乗せた美代は顔を上げて呼吸を止めた。


 みんな一緒に一つの部屋で眠ったことで、ようやくゆっくり眠れたのだろうブルーをリンに、スノーは変わらずシャドウに任せて大広間に向かい、二日に一度程度しか食事を貰っていないと聞いて思わず目を剥いてしまって即席スープを振舞って。

 ないはずの右腕が痛いと、ようするに幻肢痛がすると言ったトロイのために鏡の類を探しに物置小屋へと来ていた時だ。

 悪寒と同時に鳥肌が立った腕をさすりながらドアを開けば、その直後に凄まじい爆発音と肌を舐めるような熱気が廊下を駆け抜けた。


「な、に……」

「なんだ今の音は!」

「大広間から聞こえたぞ、兵士どもは何をしている!」

「階段が壊れてやがる! 今の衝撃か!」

「火事だ! 逃げろ!」


 ひくり、ひくりと喉が震え、美代はふらりと部屋の中に倒れ込んだ。床に強かに打ち付けた尻は痛いはずなのにそんな感覚もなく、バタバタと足音が響く部屋の外をぼんやりと眺める。


 体が震え、血の気が引いた。なぜだかわからないけれど、ひどく恐ろしくて、大広間から聞こえたという音が気になるのに手足に力が入らない。


「い、いふりーと……!」


 頭の中で割れんばかりに警鐘が鳴り響いている。理由がわからないそれに冷たくなった手をイフリートに精一杯伸ばして胸元に抱きかかえ、頭痛に目を回しながらもドアの向こう側の音と光景から目を背けることが出来なかった。


(こわい、こわい……! どうして? わたしはどこかで、この光景をみたことが)

「美代ちゃん! 美代ちゃん、どこにいるの!」


 黒くなっていく視界をうち破ったのは、リンの甲高い悲鳴だった。は、と息を勢い良く吐き出せば頭痛も寒気もすっかり収まって、転げるようにして部屋の外へと飛び出す。


「リン!」

「美代ちゃん!」

「シャドウにスノーとブルーをお願いして、リンは動けない人の救助! 私は、大広間に行く!」


 真っ青になっている彼女を見てしまえば、先ほどまでの不安も恐怖もするりと体から溶けていき冷静になるしかなかった。動揺し怯えているリンに鋭く言葉を投げかけると焦点が合い、キュッと瞳孔が細くなるのが見える。


「そんな、危ないよ! あたしが行くから、美代ちゃんは!」

「城の構造に詳しいのはリンの方だ。より早く、効率的に救助に回れるのはリンの方だ。だから、頼んだ」


 リンがいるのは三階で、自分がいるのは二階。


 ポケットにしまったままの羽根を見てみれば光があって、美代は口角を上げると迷いなく一階へと飛び降りた。廊下は燃えていたるところから火の手が上がり、冒険に出る前までの自分ならば間違いなくひるんでいただろう。


 ならば今の自分は?


 シャロムにいる事に比べて随分変わってしまったと、思わず唇をゆがめてしまった。


「こんな炎、なんてことない。バーナーの炎に比べれば冷たくてただ傷つけるだけの、こんなもの!」


 ガシャガシャと鎧を鳴らしながら炎から逃げていく貴族騎士が廊下にひしめき合い、美代は眉を寄せると一瞬息を止め、力いっぱい床を踏みつけた。イフリートが戸惑ったようにも見えたがやりたいことがわかったのだろう、先に羽ばたいて騎士たちの向こう側、無事に足をつけられる場所を示してくれる。

 踏みつけた勢いのまま壁に足の裏をつけて、重力に逆らうようにして駆け抜けた。途中バランスを崩したのは風で無理やり整えてしまい、イフリートの傍に着地する。


 無茶をすると言いたげに睨まれたのを笑いとばせば、彼はただ静かに宙を翔けてくれた。向かっているのは、迷いなく、大広間。

 廊下側に吹き飛んだ大広間の扉が、爆発が内側で起きたことを如実に表していた。喉を焼きながらせり上がってくる何かを無理やりに飲みこんで足を踏みだし、炎を避けて中に入る。


 部屋の中央に立つ影に、美代は目を丸くしてしまった。


「トロイ、さん」


 失われていたはずの右肘から下には歪な腕が生えており、皮膚を突き破るようにして埋め込まれている宝石から植物の根のようなものが彼の半身を覆っている。

 血走った目で、容姿が完全に変わっているのに彼だとわかったのは、トロイがずっと支えていた青年が近くにたおれて い る か ら――


「美代」


 今ここにあるはずがない声がして、美代は閉じることも叶わなかった目を柔らかく覆われていた。剣に変えていた羽根を持つ手を握りこまれて動かされ、何かを受け止める衝撃に思わず身を震わせる。


「だいじょうぶ、か」

「ば、あ、な……?」


 顔を上げれば、髪の毛の先や肩口、指の先からチリチリと火の粉を舞わせ、腕からは炎の翼を出しているバーナーが、背後から包み込んでくれるように立っていた。目元からそっと離れた腕は力強く抱きしめてくれていて、美代はグシャリと表情を歪めてしまう。

 ポンポンと頭を撫でてくる彼の姿はまるで、使い魔と融合しているかのようだった。


「こいつを、助ける」

「で、出来るの?」

「やる。もう少し、時間が欲しい。……オイラが、気を引く。美代は、中の奴らの治療を、術を覚えろ」

 

『我らが大地に芽吹きし全ての生命いのち 我が前に倒れし哀れなものに

 汝が偉大な慈悲を与えたまへ 我が力もて この者の傷全てを 癒したまへ』


完 全 治 癒テリオ・リペイ


 顔色も悪く一息で言い切ると、バーナーは美代から剣をもぎ取り正面で爪を突き出しているトロイの腹部を蹴り飛ばした。持ち主の手を離れてしまった剣は羽根へと戻り、戦ううえでは心もとない得物となる。

 そんなもので、魔族を彷彿させる姿をしたトロイと戦うのは、あまりにも無謀だ。


「バーナー!」

「早く!」

「あ、あんたがそんな無茶をするんなら、文句は言わせないよ!」


 ブラック達はどうしたのか、どうしてそんな姿をしているのか、どうやってトロイを助けようというのか。

 恐怖や吐き気は新たな混乱に霧散してしまい、急いで部屋の中央に行くと焦げた床に手を付けた。大きく息を吸い込んで魔力を部屋いっぱいに流し込み、せっかく覚えた調整のやり方を頭の隅へと追いやってしまう。


完 全 治 癒テリオ・リペイ!」


 叫んだ瞬間、体が冷えていくのがわかった。同時に部屋に充満していたうめき声が治まっていき、歯を食いしばる様にして倒れるのを耐えて床を蹴る。

 そうして掌に風の珠を乗せ、バーナーに向けて放てば、彼は驚くこともなく首をわずかに傾けて避けた。背後に迫っていたのは、片目に宝石が埋め込まれている男性。


「美代、退け」

「退くもんかよ。私だってバカじゃない、シャダッドの奴らの……ボンドッツとリンの体を弄り回した奴らの仕業だっていうのはわかる。……片目のあの人、昨日、私と同じくらいの娘がいたって言ってた人だ。なら私はあの人に傷付けられない、もちろんあんたのことも、傷付けさせない」


 バーナーと背中合わせになりながら、美代は目を半ば閉じていた。暖かいのはきっと、彼の体温のせいだけではなくて、自分も顔色が悪くてフラフラしているくせにと口を尖らせてしまう。


「バーナー、どれくらい時間が必要なの」

「……情報を、得るまで」

「そ。部屋に散ってる炎を繰れる?」

「どこに集める」

「入り口付近。一か所に」

「オイラは今、万全じゃ」

「時間は稼ぐ」


 チリチリと体の先端部分を燃やすバーナーを背中側から思い切り引っ張り、風に乗せるようにして入口の方へと突き飛ばした。無防備な彼に襲い掛かろうとした片目の男性の体を竜巻で包み込んでしまいながらこちらに引き寄せれば、トロイと共に襲い掛かってくる。

 バーナーが息を飲んだのがわかった。口角を吊り上げて応えれば、海溝のごとく眉間にシワを刻みながらも踏みとどまって、呼吸を整えている。


魔 弾 盾マジア・シルト!」


 バーナーの周囲、大広間に倒れる兵隊たちの回り、そして入り口を塞ぐように魔力の壁を張り、美代は二人の異形を前に細く息を吐き出した。視界の端ではゆらりと炎が動いている。


「ちょっと痛いだろうけど、ごめんなさいっ!」


 少しずつ移動する炎を巻き込まないよう気を付けながら、自身の周囲に上昇気流を起こした。飛びかかってきていた二人は宙で煽られて体勢を整えることも出来なかったのだろう、天井に強かに背を打ち付けている。


 落ちてくる瞬間には横風を起こし、壁に叩き付けられる直前に竜巻を起こして二人の体を回収し。

 恐らくは魔力の枯渇と精神的ダメージ、そしてこの数日の疲労。

 それらのせいだろう再び冷えてきた体を無視し、割れるような頭痛から目を逸らしながらも、風を駆使した。


 視界から炎が消えつつあるのを確認して。


「バーナー! 炎を!」

「うまく、避けろよ!」


 かき集められた炎がバーナーにより巨大化し、熱風が辺りを駆け巡った。美代はヒュッと口を鳴らして部屋の奥に向かい、二人が来ているのを確認する。

 床を思い切り踏み込んで頭上を軽く飛び越えれば、心配そうに唇を噛むバーナーの姿が見えた。

 同時に、散っていた炎がまとまって勢いを増したことで、複数あった影が一つになっているのもわかる。


影   縫 スキアー・ラプティス!」


 細い、ピアノ線のような針が影を地面へと縫い付けた。動きを止めた二人を見てホッとしたのもつかの間、着地の事をすっかり忘れていて重力に捕まり床に叩き付けられ、痛みにうずくまって震えてしまう。

 小さな笑い声が上から聞こえて、抱え上げられた。


「……強く、なったな」

「バーナー……。どうしてここに? その姿はいったい、イフリートはどうしたの?」

「あとで、みんなと一緒に、説明するよ。……まだ、魔力は、あるか」

「バカだなぁ。さっき分けてくれたのは誰だっけ?」

「それも、そうか。……あの、宝石が、わかるな」


 バーナーから出ている火の粉が少しずつ落ち着いており、美代はわずかに安心しながらもトロイと男性の体に着いている宝石を見つめた。彼らの体に絡みつく根っこはあれから出ているようで、知らずに目つきが鋭くなっていく。


「アレに魔力を流し込み、負荷をかけて砕けばいいらしい。手伝って、くれるか」

「もちろん」


 と、バーナーに肩を貸しながら足を進め、美代は右肘の、バーナーは片目の宝石に優しく触れた。魔術により動きを封じられている彼らは爆発を起こしたときと同じように炎を操ろうしているようだけれど、火炎族の前ではどうにもならないらしい。


「……倒れてもいい」

「……お互いにねぇ」


 体に残るありったけの魔力を掌にかき集め、バーナーの魔力の流れを見ながら、彼と同じように宝石へと力を込めていった。ピキピキとひびが入り、縫い付けられた二人の痙攣が激しくなっていく。

 だけど、なんの不安も持たなかった。


「トロイさん、おじさん。もう少し、我慢してください」


 乾いた音と共に宝石が砕け散り、カラカラと足元に落ちた。体に絡みつく根っこは急速に枯れ始めて剥がれてしまい、元の姿に戻った二人が床へと崩れ落ちていく。

 と、次の瞬間、バーナーに引きずられるようにして美代も床に尻をつけてしまった。


「つ、疲れたぁ……」

「悪い、白魔術の……上級魔術をいきなり、使わせたからな」

「私なら使えるって、そう思ってくれたんでしょう? ……信じてくれてありがとう」


 弱々しい笑みでクシャリと頭を撫でると、彼は背中を預けるようにして力を抜いて目を閉じた。体を支えながら抜け出してバーナーをゆっくりと横たえて、周囲を見渡す。

 バーナーが一か所に集めてくれた炎は消えていない。それを操れる人物は、気絶するように眠ってしまった。


「……シャドウ、シャドウ! 聞こえてるかわかんないけど聞こえてると信じて念じるよ! 言うよ! 

 今から! 火事を防ぐために! 燃えそうなものを一掃します!」


  魔 弾 盾マジア・シルトは張ったまま、風をゆっくりと流していき、炎の動きを見つめた。広がる様子はないようだ。

 突風を瞬時に起こして消せば、炎が風に舞って広がることもなく周囲の可燃物を一切合切吹き飛ばすことが出来ていた。おかげさまで大広間の入り口は大穴が出来ているし絨毯も床も剥がれて石が露出して、大砲か何か打ち込まれたような惨事になっている。


 けれどこれで、放って置いても炎は消えてしまうだろう。


「……つか、れた……」

「美代!」


 名前を呼ばれたけれど、返事をすることも出来ない程度には疲労が来ていたらしい。

 伸ばされる、漆黒のコートを羽織った腕をかすんだ視界に入れながら、美代はバーナーの上に覆いかぶさるよう倒れ込んだ。


~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・


 ――シャドウにスノーとブルー、それから侍女たちをお願いした後、リンは一人で炎の中を歩いていた。バタバタと走り回る金色の鎧を追いかけて玉座に入り、仰々しい椅子の後ろにポッカリと開いている穴の中を覗く。

 舞 空 術アラ・ボラルを唱えながら飛び降りてゆるりと着地し、冷たい道を歩いて行けば鎧がこすれる耳障りな音が大きくなっていった。ピチャン、と湿った道にわざと音をたててみれば、貴族騎士たちが勢いよく振り返る。


「サンドラ様!」

「おぉ、サンドラ。お前もここの避難路を知っていたか、さぁ行くぞ」


 貴族騎士に囲まれる国王ちちおやの事を、リンは表情もなく見つめていた。湿気が充満する通路とは裏腹に唇は乾燥し、瞬きさえもひどく億劫に感じてしまう。


「にげるの」

「国が墜ちようと王が残れば再建は可能だ。サンドラよ、お前も来るのだ」

「まだお城には兵隊さん達がいる、お父さんが人質にした美代ちゃん達が、あたし達の恩人がいる。それなのに、お父さんたちだけでにげるの」

「サンドラ、聞き分けなさい」

「……そう。お父さんは、国を捨てるのね」


 自分でも驚くほど感情が籠らない声調だった。国王がどこか苛立たしそうにこちらを見つめているが、恐らく彼が思っている以上に、自身の腹は煮えている。


「最後だ。……サンドラ、来い」

「ヤだ。……さようなら、国王陛下。もう会うことはないでしょう」


 クルリと踵を返しながら誰にも聞こえないよう呟いたのは、歪 舞 地ソル・ロンド

 大地を意のままに操る術。それに、誰も気付かない。


「対立していたあたしに、自分が大事にしているバンダナを貸してくれたブルー君を、傷付けて泣かせたこと。ボンドッツやおじさんに対する侮辱、道に迷ってどうしようもなくて、途方に暮れかけたあたし達に手を差し伸べてくれた、美代ちゃん達への無礼。……絶対に許さない。最期まで、せいぜい悔やんでね」


 出口も入口もすっかり塞いでしまった。これでは自分も出られないけれど、ボンドッツとおそろいのブレスレットは左手首に巻かれている。

 安物の子供のおもちゃで、魔道具にするために小さな宝石が一つ付いているだけのもの。それでも、自分にとっては宝物だ。


「サンドラ」

「リン。あたしの名前はリン。じゃあね」


 魔力を流せば瞬間移動術レガ・ハラフが発動し、シャドウの元へと戻ることが出来た。


 次の瞬間に体の芯まで響いてきた轟音と衝撃に勢い良く跳ねあがってしまい、毛布に包まるブルーとスノーの間に思わず飛び込む。


「お帰り、リン」

「シャドウ様! なに、今の? 美代ちゃんに何が!」

「いやぁ、その美代ちゃんがさ、一階の火事を抑えるために、辺りにある燃えそうなものを一掃する。ってボクに話しかけてきて……あぁ、たぶん心眼を使ってるだろうって見越してね。うん、たぶん、一階は悲惨なことになってるんじゃないかな……」


 一階が悲惨なことになっている、と言うのであれば。

 なんとなく複雑な表情をしてしまうと、小さな手が優しく頭に乗せられた。顔を上げれば暖かなアメジストの瞳と目が合って、クシャリと顔を歪めてしまう。


「大丈夫だよ、リン。……よく、頑張ったね」

「……ううん、きっとこれからが大変だから。もっともっと頑張って、いろんなものが落ち着いてしまったら……また、頭を撫でてくれますか?」

「もちろん、何度でも」


 ぎゃああ階段がない! 何ですかこの惨状は! シャドウ殿達ハ無事ナノカ!


 大切な仲間たちの、慌てているけれど元気な声が響いて来て。

 リンは柔らかく微笑むのだった。


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