見かけで侮ることなかれ
「ここが本当に、シャダッドの王都なのか……」
「あの兵士が言っていたことが、事実だったということだろう」
「自国に実験台がいなくなったから、他国から。ですか。胸糞悪い……」
「……ドゥクス殿。問答無用デ担ギ上ゲタノハ、スマナカッタ。ソロソロ立チ直ッテモラエナイカ……」
閑散として人の気配がほとんどない王都らしき場所にたどり着き、各々が思わずと言わんばかりに口を開いていた、その後ろで。
ブラックから一晩担ぎ上げられていたドゥクスは鎧についているマントを頭からかぶり、布団子になっていた。カタカタと震えている彼の事を気に掛けているのはダークだけで、息子のボンドッツからすら放って置かれている状態に思わず同情してしまう。
「お、お前たち、本当に人なのか? 人間か? 私は決して、決して軽くはないぞ! そこの小僧なんかはどうして休みもせず一晩中駆け抜けられた! あんな! 速さで!」
「父上、私のことも人外扱いしています?」
「すまんボードオン、しかし可笑しいだろう! どれだけ訓練をした兵でも無理だ!」
「ドゥクス殿、大丈夫だ。私も同じ意見だからな、まぁ嫌でも慣れる」
「慣れるかよ雷斗! あぁ、本当にようやくわかったし実感を持った。お前たちならば簡単に戦局をひっくり返せるな!」
「だから、そう、言っている」
肩に担ぎ上げられたまま、人族の三倍近くの速さで駆け抜けてこられたのだ。体調不良を起こしていないところはさすが兵士長だと思うけれど、心情を察せるのが雷斗しかいないというこの状況に苦笑してしまう。
ボンドッツが力任せにマントを引っ張って、やっと立ち上がった。長く息を吐き出して咳払いをし、先頭に立つ。
「……バーナー、お前が敵兵から得た情報は事実だったようだな。そしてブラック、お前が聞いた情報も正しかったようだ。先日戦った敵兵がほぼ全て、城内に残るのは数体の実験体のみ」
「ふふ、楽しみですねぇ。私やリンをこのような体にした国王と……そして、教皇と。対面が出来るのですから」
「合成生物ガ厄介ダロウ、油断ハスルナ」
人影がない街道を王城に向かって突き進み、奇襲も何もなく城門へとたどり着いてしまった。チラリとバーナーを見てみれば彼が無言で扉に掌をあて、深呼吸を繰り返す。
念のためにと彼から距離を取って様子を見ていれば、鉄の扉が溶けていた。ゆっくり通れるほどの穴が開いたのを確認して中に入ると、渦巻く魔力に一同は警戒する。
「おや、まだこれほどの魔力を放出できるような輩が残っていたのですね?」
「強すぎないか? 何だろう、ざわざわする。心が読めない、声が重なって聞こえるんだ」
「ほう……セデールの者共か? 我が軍勢を押し退けて、よくぞここまでたどり着いた」
しわがれた声に、視線が一瞬でそちらに集中した。目前の階段、上の方に二つの影がある。
ブワリと膨れ上がった殺気に、ダークがボンドッツの肩へと手を置いた。
「アクアマリンの瞳をした、セデールの紋章を鎧に刻んだ兵。なるほど、お前がうわさに聞く厄病神か、小隊程度ならば一人で立ち回り、殲滅したという。我が兵士が世話になったなぁ?」
「今となっては全くもって嬉しくない名前だな、あぁ、一かけらも嬉しくない」
「これはこれは、国王陛下に教皇様。随分お年を召されましたねぇ、七年も経てば仕方もないことですか」
白い目でため息交じりに言うドゥクスを押し退けるよう前に出たボンドッツの事を、二人が凝視しているのがよく分かった。指先をカタカタと震わせているのは怒りか憎しみか、バーナーが静かに彼の目元を覆ってしまう。
「……ほう! 負の遺産を使用した実験の、初の成功体か! ならば共に脱走したあの娘はどうした、あれも成功体だった。お前たちのおかげで研究がはかどったぞ、特異能力一族者を捕らえるのには苦労したがな」
「ふざけるな。貴様たちのおかげでどれだけ苦しい日々を送って来たと思っている」
「シャダッドの兵は、殲滅した。城下町や城内を見る限り、残り兵力もほとんどないはずだ。大人しく降伏すればそれでよし、しないのならば強硬手段を取る」
大口を開けて笑い始めた国王と教皇に、六人は表情を歪めていった。今にもエペを振り上げて飛びかからん姿勢のボンドッツの肩に手を置いたまま、ダークが一歩前に出る。
「勿体ブラズニ、出シタラドウダ。コノ魔力ノ持チ主ヲ」
「いくら人間を改造したところで、それを超す化け物は必ず出て来るさ。ならば人間を超すものを改造すれば? 人間に化け物を融合させれば?」
「その実験もすでに、成功している! 民などどこからか攫って来ればいい、これで我が国は最強となる!」
「量産できたら手始めに、パクスを落して見せよう! あぁ、あの国を、あの女王を手中に収めてしまえば我らが天下を取る日も間近よ!」
殺気がもう一つ、宙をはじけた。瞳孔が開ききった無表情のバーナーはブラックが後ろに押しやってしまい、国王の動きを静かに追いかける。
宝石のようなものが無数に散りばめられた扉が開かれたと同時に何かが飛び出し、武器を手にしたダークとブラックが突進してきたそれを受け止めた。
攻撃を仕掛けてきた者の姿に、二人が言葉を失っているのが、背後からでもよくわかる。
「見よ! 我が国は魔族をも捕らえ、実験を行えるほどの力を持っている!」
「大人しく降伏するのは貴様らの方だ、弱小国セデール! そうすれば命だけは助けてやろう、我らが奴隷として!」
嘲るような笑い声など、耳に入っては来なかった。瞳孔のない紅い瞳と頭部に突き出た獣のような耳、背中に生えたコウモリのような翼と、まるで刃物のような両手の爪。
それは肌色をしているけれど、人だとは思えなかった。引きつった唇の奥では尖った牙が見えていて、ブラックが勢いよく弾き飛ばすと階段上の二人を睨みつける。
「お前たちは害悪だ! ボンドッツやリンみたいに苦しむ人たちをたくさん出して、それを悪い事だと思う心も、償おうという気持ちも何もない! お前たちみたいなやつは生きてちゃダメなんだ!」
「なんとでも言え、小僧。まずはそれを倒さねば、遠吠えすら届かんぞ!」
「バーナー、ボンドッツ。奴ラヲ頼ンダ、コレハワシガ相手シヨウ」
悲しげな目を隠すように瞼で蓋をし、流すようにブラックへと視線を送った。ダークが言いたいことがわかったのだろう小さく頷くと雷斗とドゥクスの手を引いて、魔 弾 盾で自分たちを覆ってしまう。
「ダーク、サピロスに連れて行った魔物の事、覚えてる?」
「忘レルモノカ、ドウシタノダ?」
「国王にも教皇にも、あの……魔族、の心にも。同じ姿があるよ」
目を見開き、奥歯を噛みしめ、ダークは背中を向けてしまった。小太刀を構えながら改造を受けてしまった人と向き合い、喉を震わせる。
「ダーク、一人で大丈夫か」
「アァ。ワシニ、ヤラセテクレ」
「わかった。ボンドッツ、まだ殺すな」
「……仕方がありませんね」
一度体を低くして、伸び上がるのと同時に二人の姿は国王と教皇の目前にあった。だけれど慌てる様子もなくて、バーナーの眉がピクリと動く。
体を捻るようにしてエペを横なぎに振りかけていたボンドッツの服を掴み、手すりを足台にして距離を取った。攻撃を仕掛けようとしていた彼は目を白黒させながら自身を抱えるバーナーを見上げ、廊下にそっと足をつける。
「狂人はやることが違いますねぇ、ご自身の体まで弄っていたんですか?」
「当然だ、力がなければ奴隷どもを従えさせることが出来んだろう」
「見た目が、ますます気持ちが悪い事になっていますよ」
チリチリと、国王と教皇の服を焼いていく炎が消えていく。露出された肌にボンドッツは嫌悪の感情を乗せて彼らを睨み、肌に埋め込まれている鉱石に目を凝らした。
海洋石、封雷石、魔道具らしいいくつかの宝石。なんの術が籠められているのかはわからないけれど、あのまま突っ込んでいれば何かしらには巻き込まれていただろう。
「見たところ火炎族のようだな、お前の力は我々には効かん」
「粗悪品しか生み出せない者共が、何を吼える。彼らはみな、灰に帰した。貴様らはひとまず生かしてやるが、哀れな被害者は、助けられぬ者は、全てを眠りにつかせてやる。全てだ」
「ほざけ!」
突き出された腕の先に魔力が集結し、ボンドッツが足を踏み出そうとしたけれど、それはバーナーによって止められた。放たれた氷の礫はこちらに当たる前に蒸発して消えてしまい、それを成しただろう彼の事をゆっくりと見上げる。
変わらず無表情なのに、心臓を握り締められているような錯覚を起こしてしまうほど、彼は怒りに満ちていた。
「……慈悲など、いらん」
ゆらりと着物が揺れ動き、両手を静かに持ち上げた。鞭のごとく伸びていく炎は余裕の笑みを浮かべていた彼らの体に巻きついていき、その異常さに国王も教皇も、ボンドッツでさえも目を丸くする。
「なっ、なぜだ!」
「海洋石が、偽物だったとでも、言うのか!」
「ボンドッツ、今のうちにあれらを拘束してほしい。我はあちらの様子を見たい」
「え……? あ、はい……?」
魔力石に魔力を込め、全身に力を入れて炎の縄から抜け出そうとしているけれど、暴れれば暴れるほどに戒めが厳しくなっていく。
ついには目元以外の全てを覆われた二人に、ボンドッツはエペを握ったまま呆然としていた。声をかけられたのはわかったけれど、言葉が頭に届いて来ない。
「これらの所業は、我らが友の知識となる。それまでは殺しはしない、させない。すまない、お前に仇を討たせてやれん」
「……構いませんよ。えっと、すみません、先ほどはなんと?」
「これらを拘束してほしい。が、あちらももう終わりそうだな」
突き出される腕を剣で払えば皮膚が裂けて鮮血が舞い、頬を濡らすそれに舌打ちを零しながら接近して勢いを殺さぬままに額へ頭突きを喰らわせた。視界に電光が走ったが耐えられないほどではなくて、得物を投げ捨てると頭を抱えてフラフラと踊っている合成生物の両手を掴む。
暴れようとしているけれど腕力に物を言わせて抑え付け、影 縫 を唱えた。影が重なっているために自身も動けなくなるのは、想定内だ。
「貴様ハ魔族カ、人族カ。ドチラダ、答エヨ」
『……子、を……!』
「貴様ニ魔族トシテノ矜持ガ残ルナラバ、聴ケ。貴様ノ子ハワシラガ保護シ、一族ニ帰シタ。安心セヨ、コレ以上、人間ニ使役サレル必要ハナイノダ」
対面する生き物の肩が、大きく跳ねた。か細く喉の奥から出てくる鳴き声に、ダークは大きく息を吐き出すと掌から魔力を流し入れ、瞬き一つしないよう見続ける。
「人族トシテノ心ガ残ルナラバ、答エヨ。異形ノ者トシテ苦シミノ生ヲ選ブカ、コノ場デノ安ラカナ死ヲ望ムカ。残念ダガ貴様ハモウ、元ノ姿ニハ戻レマイ」
『……たす、け……』
光 球を唱えて影を打ち消して、自身と同じく自由の身になった合成生物が行動を起こす前に。
投げ捨てていた小太刀の柄に足を引っ掛けるようにして蹴り上げ、宙に跳ね飛んだそれを引っ掴むと、躊躇いなく胸元に突き立てた。
顔面に受けた返り血を拭うこともなく、振り回される腕を掻い潜って小太刀の峰に左手を添え、力任せに押し上げると、合成生物の動きが緩やかになっていく。
「眠リナサイ。魔族ノ性質ガ入ッテイル故ニ、死ニ難カッタダロウ。シカシソレモ、今日デ終イダ」
胸元に立てられていた小太刀が肩口から飛び出して、鮮血が弧を描き床に水玉模様を作り出した。倒れた合成生物はわずかに穏やかな表情を浮かべているようで、ダークは膝をつくと彼の瞼をそっと閉じる。
「なんということだ、魔族が負けるなど……!」
「使えない化け物が! 我らの計画が、野望が!」
血の海に倒れる生物を見て忌々しそうに言葉を漏らした国王と教皇の背に、鋭くつま先が突き出され、後ろ手に縛られた彼らはなす術もなく床に突っ伏した。冷たく見据えるバーナーが片手ずつで二人の襟首を掴み上げ、口の端や鼻から血を流しているのを見て口角を緩く上げる。
「研究室へ連れて行け。断るならば、手足をもぎ取り傷口を焼き、動けぬようにしてから荒らさせてもらう」
言いながらすでに、両手は炎に包まれていた。炎は効かないとタカをくくっていたらしい彼らは青ざめて、地面に降ろすと仕方なく歩き始める。
「雷斗、大丈夫?」
「……私は平気だ。大丈夫」
ブラックが声をかけるとか弱い返事が来て、頭を撫でると抱えあげた。
昨日の戦いの時は極力、一番後方にいた雷斗に戦闘の様を見せないよう気を付けていたけれど。今回は直視してしまったのだ。
嫌がることもなくコートの端をギュッと掴み、背中を震わせている彼は誰を思って悲しんでいるのだろうか。
「大丈夫。ダークが……休ませたあの生き物は、あれでよかったんだと思う」
「……あぁ。ちゃんと、わかっているよ」
歩き始めているバーナーとボンドッツを追いかけるようブラックも足を踏みだし、硬直しているらしいドゥクスの背中を軽く押して、ダークに並んだ。苦しそうな表情を浮かべているのを見て思わず眉を寄せてしまえば、今度は困ったように笑い、腕を伸ばして頭を撫でてくる。
「行コウカ」
「ダーク」
「マダ、戦争ガ終ワッタワケデハナイ。ココデノ目的ヲ終ラセテ、早ク皆ヲ迎エニ行コウ」
「……うん」
それでも歩き始めたダークの背中は悲しげで、追いかけながらもブラックは目を伏せてしまうのだった。
城の地下へと向かう階段を降りていき、鉄の扉の前でバーナーは国王と教皇の縄尻をボンドッツに渡した。勇み足で中に入ろうとする彼の目元をそっと隠し、ダークに向けてポンと体を押す。
「バーナーさん、私は大丈夫ですよ。私の仇が成したことを、キチンとこの目で見たいのです」
「……辛いぞ」
「はは、今更じゃあないですか」
口の端を吊り上げた彼に、バーナーはゆっくりと扉を開けた。ブラックが即座に雷斗の目と耳を塞いでコートの中に仕舞いこみ、絶句しているドゥクスの肩を引いてダークが前に出る。
骨組みがむき出しのベッドに枷で四肢を固定され、虫の息になっている子供たちが部屋いっぱいに押し込められていた。肌が焼きただれている者、見た目が人間ではなくなっている者、虚ろな瞳を彷徨わせてぼそぼそと何かを呟いている者。
その中に、肌が鋼鉄になっている者の姿も確認できて、視界の端で何かが震えたのがわかった。
悲しげに目を伏せて掌に炎を乗せたバーナーを制し、静かに前に出たのはボンドッツだ。
「ボンドッツ」
「私にもわかりますよ。私やリンが。そして戦争に駆り出されていた彼らの運がよかっただけです、あの子達はもう助からないでしょう」
「だから、眠らせる」
「やらせてください。……こいつらの罪を一緒に背負うつもりも感傷に浸るつもりもございませんが、私たちが成功してしまったがためにこの子達は生まれてしまった。此度の戦争が起きてしまった。……始めてしまったものを終わらせたいのです」
と、小さな瓶を取り出したボンドッツは、トロリとした中身を布きれに含ませながら子供たちに近づいた。バーナーがチラリと視線をダークに運べば、彼は薄く口を開く。
「睡眠薬ダロウ。本来ハ水デ薄メテ、使ウモノダ。……味ハ甘イケレド、原液デ使用スレバ、目ヲ覚マスコトハ、モウ」
「……薬草の知識は、いったいどこで?」
「ワシガ教エタ。故郷ニ明ルイ者ガイテ、教ワル機会ガアッタノデナ」
頭を撫でながら薬を含ませた布で口元を拭い、舐めたのを確認すると次の子供に移動して。
柔らかな、それでも悲しげな瞳をさせながら帰ってきたボンドッツの事を、ダークは包み込んだ。
「バーナーヨ、ココヲ焼イテハクレンカ?」
「出来ない相談だ。悪意ある者が使えば害悪となるが、善意ある者が使えば他者を救うための力となる」
「ダーク、大丈夫ですよ。先ほど聞きました、仇を討たせてはやれないと。……スラマグドスでの出来事を思えばこれでいいのです。これからの事を考えればあの方々の知識にしてしまいたい、ですのでここはこのままにしておきたいのです」
クツクツクツ。
突如聞こえた低い笑い声に、ボンドッツは鋭く教皇へと視線を向けた。
縛られ、防げると思っていた炎も防ぐことが出来ず、ただ囚われているだけの男が一体なにを笑っているのか。
そう思って視線を送り続ければ、口を歪めた笑みを浮かべながらボンドッツの事を見返した。
「小僧、我々が何もしていないと、そう思ったか」
「どういうことです」
「魔道具には、遠隔操作できる物もある」
「何ヲ言イタイ」
「厄病神。貴様は味方兵を見捨てなかったらしいな。四肢をもがれ死に瀕している仲間も生きている限り、見捨てなかったと。……ならばそれに魔道具を埋め込んでやれば? 魔道具を通して術を発動させるよう、体を弄ってやれば?」
「城にどれほどの戦力を残しているかは知らないが。……その甘さが、命取りとなるのだよ」
目を丸くしたボンドッツ、血の気がなくなっていくドゥクスをそっと後ろに下げ、嘲笑う教皇の腹部を、膝のバネを生かして蹴り上げたのはバーナーだった。咳と同時に血を吐く彼に構うこともなく胸倉を掴み上げ、その手に炎をともしていく。
「そいつを助ける手段を吐け」
「無駄だ、無駄だ。ここからでは城までっがっあ!」
「お前に許されている発言は、助ける手段のみだ。御託を吐きたければ吐け、その度に骨を一本もらう」
胸倉を掴んだまま足を掴み、遠慮なく頭の後ろまで運んでそう吐き捨てた。視線をチラリとブラックに動かしてすぐに戻し、国王の脛元へと鋭い蹴りを入れる。
「えっ……」
「あと、連帯責任だと思え」
「……っぎゃあああああああああああああ!」
「無駄口を利くなというのに」
関節を一つ増やし、脛から下をおかしな方向に曲げながら崩れ落ちた国王の叫び声に、バーナーは冷ややかな目を向けた。問答無用で後ろに回されている教皇の腕、正確には指を取り、手の甲に向けて加減を知らない子供の様にたたみこむ。
倒れて転げまわる国王の掌にも踵を乗せて指をあらぬ方向に踏み込めば、教皇が悲鳴を上げた。
「被験者に着けた魔力石を壊せばいい! ただそれだけだ!」
「どうやって壊せば?」
「衝撃でもなんでも与えて割ってしまえ!」
ブラックを見ればゆるりと首を振り、口を開きかけたのを止めて教皇の首を掴む手に力を込めた。唇を噛みしめて悲鳴を押し殺す国王の頭にも足を置き、徐々に体重を込めていく。
「正直に、話せ。どのように、壊せば、いい」
「バーナー、もういいよ……! オレがわかる、だから」
「腸が煮えているのだ。主人の命がなければ、生きながらに臓物を焦がしていくものを」
バーナーの言葉に、ダークが目を丸くした。ブラックや雷斗は訳がわからないと言わんばかりにうろたえていて、ボンドッツがドゥクスの前に出ながら小さく口を開く。
「……あなたは、いったい」
「こちらも時間が無い。……早急に真実を吐いてもらう。人の臓器には、二つあって片方が失われても大丈夫なものがあるらしい。貴様らで試してみようか」
「魔力を込めれば! 魔力を込めて、割ればいい!」
喉を引きつらせるような絶叫に、ブラックを見れば、彼は肯定の意を示した。ようやく教皇を床に落としたけれど手を纏う炎はそのままに、髪の毛の先までもチリチリと燃えていく。
「……良い事を教えてやろう。貴様らが、戦力がほぼないだろう城内を狙う可能性があることくらい、出兵を命じられた時から気付いていた。同時に、人質にされた主人の愛い子達が傷付けられる可能性も見出していた。
なぁ、貴様らが付けている本物の海洋石、どうして我に効かなかったかわかるか?」
グッと腰を落として倒れる二人の顔を覗きこむ彼の体は、チリチリ、チリチリと火の粉に巻かれて一回りほど小さくなったように見えた。それでも、口角を吊り上げて瞳を冷たく光らせる彼は、見たことがないほどに恐ろしい。
「それで制することが出来るのは火炎族だけだからだ」
「貴様、火炎族では……!」
「所詮は使い魔。我が主の膨大な魔力と膨大な炎を預かり、彼の代わりに、ここにいる」
耳元に囁いて勢いよく立ち上がると、彼は全身から炎を吹き出した。両手を大きく広げて天井を仰ぎ、大きく息を吸い込む。
「主よ! 我が主よ! 魔力と炎をお返しする、我らもすぐにそちらへ向かうぞ!」
なにが起きているのかも把握できないままに、バーナーの体が炎に包まれて崩れ落ちた。ダークが咄嗟に抱きとめようとしたけれど腕をするりと抜けていき、代わりに小さな生き物が落ちていく。
床に叩き付けられる前にどうにか受け止め、それを胸元に抱えながら呆然としているダークを見て、ブラック達もまた目を丸くしていた。
「イフリート!」
「あの方も、大概人外染みていますね!」
「こやつらの話が本当ならば、美代殿達が!」
ザワリとブラックの髪が揺れ動き、ダークとボンドッツがそれぞれ教皇と国王を引っ掴んだ。雷斗がドゥクスを慌てて引き寄せれば何事かと目をしばたかせているのがわかる。
瞬間移動術を詠唱したのかしていないのか、それすらもわからないままにして、一行はその場から姿を消していた。




