忘れるな、因果応報
「……美代ちゃんはどこかで、魔力を貰ったことがあるの?」
「ブラックから流してもらったことがあるよ。あ、だけどその後もバーナーやダークから流してもらってるなぁ、あれ? 危ないからダメだって言われてたのに、可笑しいね?」
ゆっくりと首をかしげていく美代に、シャドウは両手を掴んだまま同じように首をかしげた。それからふいに顔を上げ、手を放すと顎に手を置く。
「んとね、魔力を流すって言うのには大まかに二種類あって、対象者に魔力を流し入れる方法と循環させる方法があるんだ。
危ないって言うのは流し入れる方で、体の中から温かくなる感覚があると思う。循環させる方は体調を整える意味合いが高くて、包み込まれるような温かさかなぁ、三人から流してもらった時、どうだった?」
訊ねられ、美代はジッと考えた。シャドウもジッと美代の目を見つめ、近くに寄ってきたスノーの事を優しく撫でる。
「あ。ブラックから以外は、包み込まれてるような感じだった」
「じゃあきみは、ブラックから以外は魔力を受け取っていないことになる。それにしては容量が大きくて、魔力の量自体もすごく多いんだ。それに扱うコツも簡単に掴んだ」
「もしかしたら、覚えてない自分の事が関係あるのかもしれないね。ほら、私も人じゃないんだろうし。シャドウやスノーでは、記憶を覗き見る事は出来ないの?」
「ボク達心眼能力者が出来る事は、思考や感情を読み取るくらいなんだ。ちょっと頑張れば記憶を覗けないことはないけれど、本人が忘れていることや記憶から追いやっている事は見られないよ」
「そうなんだ……。残念」
言いながらも魔力を体の中でめぐらせ、量を管理し、掌で集結させてからまた循環させる。という作業を繰り返していた。
そしてシャドウは、暇そうにしているスノーの相手をしながら美代の魔力の流れを静かに観察していた。
不意に、美代の頭に手を乗せて、魔力を流した。美代はそれに慌てる事もなくシャドウから体に流し入れられた魔力を掌に乗せ、ゆっくりと循環させていく。
「……うん、基礎は大丈夫そう。あとは徐々に詠唱を覚えていこうか、きみも瞬間移動術を使えるようだけど、乱用しないように気を付けてね」
「ありがとう。私はちょっと、ブルーとリンのところに行ってみるね。スノー、お留守番をお願いね」
「はーい!」
元気な返事に微笑んで、美代は魔力の流れを感じながら目を閉じた。詠唱するのは瞬間移動術、空間がゆっくりとねじれ始めて、シャドウはスノーの腕の中にスッポリと収まってしまう。
美代が姿を消してしまった後に、シャドウは目を伏せていた。スノーから心配そうにキュッと抱きしめられて、苦笑しながら子供特有のぷにぷにしている頬を撫でる。
「スノーちゃん、今日はどうしようか? また、本を読む?」
「よむ!」
キラキラと目を光らせたスノーに、今度は優しく微笑んで、シャドウは机に向かうのだった。
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うつらうつらとしては体を震わせて怯えたように周囲を見渡し、リンの姿を見て少しだけ安心したように緊張が緩む。
ほぼ一晩それが続き、ようやく眠りに落ちたブルーの手を握ったまま、リンはベッドに突っ伏していた。
あくまでも、疲労のせいで気絶の状態に陥っているだけだ。きっと安眠しているのではなく、この手を放せば再び目を覚ましてしまうのだろう。
「ごめんね……。ごめんね、ブルー君。怖かったね、何をされかけたのか、わかってなかったのが……本当に、救いだった」
「リン、ブルーの様子は……」
部屋の中で魔力が渦巻き、そちらに顔を向けてみれば姿を見せたのは美代だった。寝苦しそうにしている彼に眉尻を下げ、疲れた表情を浮かべるリンの頭を優しく撫でる。
「ありがとう、さすがにあいつらも、王女の部屋にまでは入って来ないだろうからね」
「美代ちゃん、昨晩は……」
「私のところにも違うやつらが来たけど、ウィングになれる今なら、あんな奴ら赤子の手をひねるも同然だよ」
目から光を失い、呆然としているリンの耳の後ろを掻いてやれば、彼女は甘えるように掌へと頭を押し付けてきた。泣き出しそうな様子に目を伏せて、ベッドに突っ伏すように座り込んでいるリンの肩に毛布をかけてやる。
「休んで、このままじゃリンも倒れちゃう」
「美代ちゃんは、どうするの?」
「私は怪我をしている兵隊さん達のところに行ってみるよ。道具はバーナーから預かってる分があるから、少しでも治療が出来るはず」
「シャドウ様とスノーちゃんは?」
「シャドウがスノーの心眼を遮断してくれてるみたい。だから、向こうは心配ないと思う」
そんなことができるのかと最初は目を丸くしたけれど、心眼能力者を育てるのは二人目で慣れているのだろう、という結論に落ち着いた。それにシャドウは、ブラックと変わらないほどの魔力を持っているという。
バーナー基準で言うならば十分な規格外だろう。
「いろんな可能性を考えて、出来る事をやろう。イフリート、このまま二人をお願いね」
なんとなく渋ったように見えたけれど、体を小さくするとそのまま眠ってしまった。触れる程度に撫でればわずかに震え、小さく笑ってしまう。
「美代ちゃん……何かあったら、すぐに戻ってきてね。ごめんなさい、なにも、できなくて」
「リンが謝ることじゃないよ。じゃあ、行って来るね」
と、来たときとは違って普通にドアから出ていく美代の背中を見送った。それから身じろぎしたブルーの頭をそっと撫でて、自身も目を閉じるのだった。
城内の一階部分、廊下の奥にある大広間。
ゆっくりと扉を開いてみればいくつもの視線が向けられて、美代は深呼吸をすると中に入った。閉じられている窓を開放し、風を流して吐き気を催すような生臭い空気を追い出していく。
「きみは……?」
「……何の情報も、与えられていないんですね。私の名前は上野美代、リズ表記で美代が名前。エレクサンドラとボードオンの友人です」
「エレクサンドラ様の……? あの方は、亡くなって」
「生きていますよ。兵士長さんとボードオン、それから私の仲間たちが今、戦場に赴いています。……私を含めた数人の仲間たちは、城に残る様に言われました」
なにを言いたいのかがわかったのだろう、右の肘から下がない男性は表情を歪めた。近づけば申し訳なさそうに顔を伏せ、自身の隣にうずくまる青年へと視線を落とす。
「そうか。ドゥクス様のご子息も、ご無事だったのか。……この部屋はきみにとって、刺激が強すぎるだろう。はやく、お行きなさい」
「私はここに、みなさんの治療に来たんです。出来る事は少ないだろうけど、度合いが酷い方には術を使いますから」
と、うずくまっている青年の前に膝をついた。紅く染まった包帯は乾燥していて、当てられた布きれも交換されていないことがわかる彼は、虚ろな目でこちらを見ている。
畳んだ布を口元に近づければ、おずおずとそれに噛みついた。新しい布を竹筒の水で濡らして傷口に当てれば、体が大きく跳ねる。
あまりの痛みのせいだろう、振り上げられた腕に目を固く閉じたけれど、打撃はこなかった。最初に会話をした兵士が腕を受け止めてくれている。
「……お嬢さん。こいつはまだ若くて、嫁さんも王都まで無事に逃げてこられているんだ。助けて、やれるか」
「はい。……よく、頑張ったね。生きる事を諦めなかったね。ごめんなさい、私はまだこの術しか教えてもらってないから、すごく疲れるかもしれない。だけどもう少し頑張ってね」
固まった血をゆっくりと溶かし、布をはぎ取っていけば、裂かれた腹部が見えてきた。その傷跡を見た瞬間、美代の顔からはわずかに血の気が失せるけれど、肺一杯に空気を吸い込んで魔力の流れを確かめていく。
『慈悲深き者 哀れし者 汝が力もて 願わくばこの者の傷 癒す助力に なりたまへ』
「治療術」
唱えられた術と癒えていく傷に、右腕がない兵士が目を丸くしたのがわかった。凝視されているのもわかるけれど今は目の前の傷に集中したくて、美代は青年の顔色を見ながら魔力を流していく。
ホッと息をついて手を離したとき、傷はすっかり治っていた。安心して顔を上げれば触れる程度に頭を撫でられて、思わず目を閉じてしまう。
「ありがとうよ、お嬢さん。……この部屋の奥の方に、重傷者がいるんだ。彼らを癒してやってくれないか。オレ達は簡単な治療でいい、まだ動けるからな」
「いいのかよー、トロイ。その嬢ちゃん、早く部屋に戻してやった方がいいんじゃないか?」
「そうですよ分隊長―、貴族騎士の奴らに見つかったら可哀想でしょー?」
「どうせオレ達は、この国と運命を共にするしかないんですから。あぁ、だけど若い衆だけでも逃がしてやりたいなぁ。それならやっぱり、お願いするしかねぇのかぁ」
やいのやいのと声をかけられ、美代は体を硬直させた。
みんな包帯まみれなのに、どうしてだろう。声が明るい。
「うん、お嬢さん。若い衆だけでも治療してやってくれよ。おっさん達は構わねぇからさ」
「みなさんを、治療します」
強調するように言いかえし、部屋の奥へと向かう美代の背中を見ながら、声をかけた兵士たちは笑っていた。
無茶をするなよと声をかけられ、国王がすまないと謝罪を受け、貴族騎士の奴らにひどい事をされなかったかと心配され。
両手を血に染めながらも、美代は道具による治療と詠唱を止めなかった。
しかし、いくら魔力の使い方を覚えて調整できるようになったとはいえ、続けて使うことには慣れていない。
「大丈夫かい、お嬢さん」
「ほら、無茶をするな」
八人目か、九人目かを治療していた時に世界が回り、座ったままなのに倒れかけた。いくつかの武骨な手に支えられて振り返り、ケラケラと笑う兵士たちに頬を膨らませる。
「だって、このままだと痛いじゃないですか」
「もうなぁ、痛いも痛くないも、あんまりわかんねぇんだ」
やはり悲壮感も何もない呟きに、目を丸くしてしまった。包帯すら変えてもらえず、こんな広間に押し込められて半ば放置されているのに、どうしてこんなにも平然としていられるのだろうか。
そう思ったことが表情に出てしまったらしい、目尻を下げた男性が、愛おしそうに頭を撫でてきた。
「多分なぁ、ここに居る奴らはみんな、国のためには戦ってねぇんだわ」
「お嬢さんだって見ただろう? 国王に付き添う騎士どもを。あいつらは身分を鼻にかけて威張り散らすだけで、自分で武器を振ることなんてしやしない。あんな奴らのために命を賭けられるもんか」
「家族の仇のため、生きている家族のため。オレ達は、武器を振るってきたんだ」
右足がない兵士が器用に近づいてきて、美代の頬を柔らかく突いた。プクッと膨らませれば楽しそうに笑っていて、釣られて笑ってしまえば、今度は違う人から抱えあげられる。片目が潰れている男性は寂しそうに微笑みながら、美代の肩口に額を押し付けるようしっかりと抱きしめていた。
「オレにはな、お前さんくらいの娘がいたんだ。だけどな、シャダッドの奴らに……連れて行かれて。一矢報いるために戦っていたけど、この体じゃあ。……悔しいけどもう、ここは負ける。巻き込まれる前に、逃げてほしいんだ」
「負けません。私の仲間たちは絶対に負けない。あなた達の家族の仇は、絶対にみんなが取ります」
「だけど、兵士長のご子息はまだ十五歳だろう。あの子まで、兵として駆り出されないといけないだなんて」
「ドゥクス様は、気を病まれていたからな……。お子さんがエレクサンドラ様を連れ出してしまい、その結果行方知れずになって……。戻ってきたかと思えば、正規でもなく兵として戦地に、なんて。あまりにも」
言いかけた男性の口をパッと塞ぎ、空間に感じた魔力の塊を見ていると案の定、リンが姿を現した。毛布の塊を懐に抱きかかえた彼女は全身で荒い呼吸を繰り返し、これまでに見たことがないほどに目を吊り上げている。
いったい何があったのかと凝視していれば、毛布からブルーの頭が飛び出して、兵士たちに目を止めると怯えたように再び隠れてしまった。とりあえず降ろしてもらって一歩近づけば、決壊したダムのごとくリンの目から涙がこぼれる。
「美代ちゃああああああああん!」
「リン、落ち着いて! どうしたの、なにがあったの! ほらほら、私に呼吸を合わせて。スー、ハー、スー、ハー」
突進してきた彼女を受け止めれば、ずるずると毛布が動いて、弱々しく服を引っ張ってきた。小刻みに震えている彼の事もまとめて抱きしめ、困ったように兵士たちを振り返る。
「えっと、この子が、エレクサンドラ……です」
「お、王女様……?」
「もー知らない! あんな奴ら知らない! 知らない! みんな知らないから言えるんだ! ボンドッツもダークもブラックもバーナー君も雷斗君も強いのに!」
戸惑う兵士たちの声をかき消さんばかりに叫んだリンに、美代は思わず耳を塞いだ。甲高い泣き声が頭の奥で反響をしているようで、わずかばかり呆けてしまう。
それでも落ち着かせるよう頭を撫でれば、少しだけ泣き声が小さくなった。
「あー、また待つだけ無駄、みたいなことを言われたんだねぇ」
「それだけなら我慢したもん! あいつら、あたしが入るなって言うのに部屋に入ってきてっ……ううん、いいんだ。だってあたしはもう人間じゃなくなってるから、化け物って言われるのはどうでもいんだ。だって美代ちゃん達がちゃんと受け止めてくれるから。
だけど! イフリート君を床に叩き付けて! また、ブルー君の事を傷付けようとした! 待つだけ無駄だから慰めてやるよとかなんとか言ってさぁ!」
毛布が動き、ブルーが出てきて、懐に抱え込んでいる使い魔を見せた。声もなくボロボロと泣いている彼の頬に頭を押し付けるよう動いているイフリートを見て、美代は青ざめる。
炎で出来ている体のはずなのに。彼の足が、折れていた。
「……治療術」
使い魔の彼に効果があるのだろうかと心配に思いながらも、美代はそっと触れながら唱えた。そうすれば怪我が治っていき、バサリと翼を広げて美代の頭の上に乗る。
大丈夫だと、ありがとうと言わんばかりに頬ずりをしてくる彼に、唇を引き締めて二人の体をかき寄せた。
「わかった。リンも含めて、みんな同じ部屋で休もう。二人は先に、シャドウとスノーを連れて私の部屋にお願い。私はもう少し治療を進めてから、戻るよ」
「美代はんも戻ろう、部屋に戻ろう。あかんよ、怖いよ、わかった、あんな怖い人たちが来るから……合図を作ってくれたんやろう? 部屋に居よう? 戻ろう?」
震える腕で精いっぱい抱きついて来ているのは解るけれど、不安になるほど弱いものだった。喉を鳴らし、か細い声で言った彼の涙をぬぐうよう頬を両手で包みこみ、落ち着かせるよう優しく撫でる。
「大丈夫だよ、今の私はすごく強いんだから。リン、ブルーをお願いね。すごく興奮して混乱してるから、襲眠鬼が必要かもしれない」
「うん……シャドウ様に、お願いしてみる。でも美代ちゃん、本当に危ないよ」
「ほんの一部のゴミのせいで、全体を悪く言うわけにはいかないさ。今の、私たちの話を聞いて怒ってくれている人たちの事を、私は治療したい」
目を丸くして顔を上げたリンは、傷だらけの兵士たちを見て、唇を噛んだ。表情を歪めている彼らに深く頭を下げると、慌てたように彼らも頭を垂れる。
「ごめんなさい。お父さんが、騎士たちが、本当にごめんなさい」
「王女様、あなたがご無事でなによりです」
「謝らないでください、サンドラ様は何も悪くないでしょう」
「お逃げください、あなたまで運命を共にすることはないのです。兵士長のご子息と共に、彼らと一緒にお逃げください」
傷一つなく、自国が負けると決めつけたうえで自分勝手にふるまう悪趣味な金ぴか鎧をまとった騎士と、全身ボロボロになりながらも家族や大切なもののために戦った、赤の他人である自分たちの事を心配してくれる目の前の兵士たち。
彼らを同じだとは思いたくなかったし、目の前にいる人たちが、悪い人たちだとは到底思えなかったのだ。
「大切な人たちを守るためには、キチンと傷を治さないと。疲労して消耗した体では守りたいものも守れない、自分の命すら危険にさらす。……正しい目を持って人を見なければ、偏見と差別の目を向けられた方は苦しいだけだ。王族ならばそれを、心に刻んでおかないと」
そこまで言い終えて、美代はふと、首をかしげた。そんな彼女にリンも首を傾けている。
今のは、自身の言葉ではない。どこかで聞いたことがある言葉だ。
「美代ちゃん? どうしたの?」
「う……ううん。なんでもないよ。ブラック達が帰って来るまでの辛抱だ、もう少し頑張ろう」
「うん。ボンドッツ達が帰るまで、ちゃんと頑張る。……ブルー君、先にお部屋に戻ろう?」
リンから毛布ごと包まれて、ブルーは瞳を揺らしながらも小さく頷いた。姿を消した二人に小さく息を漏らして、目を丸くしている兵隊たちに振り返る。
「お騒がせしました」
「いいや、大丈夫だよ。きみももう、部屋に戻った方がいい、あの子が心配だ」
「貴族騎士の連中……。泣いていたあの子の事を守ってあげなさい、何をされたのかはわからないけれど、ひどい事をされたのだということはわかる」
「……食事を終えて、ブルーが落ち着いたら、また来ます」
「ありがとうよ、お嬢さん」
なぜだろう、何かを、思い出しかけたような気がする。
つきん、つきん。と走り始めた頭の痛みに眉を寄せ、それでも頭を下げると、美代は口先で術を唱えて部屋に戻るのだった。




